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第11話 ウサギの肉

 

 

 

 

 どれくらい眠っていたのだろう。白い山犬、小太郎は目を覚ますとその身を翻した。辺りは日が沈み、夜を迎えている。唸り声を上げる小太郎の眼前には悠々と焚き火にあたる一人の男の姿があった。


 「おぉ、元気になったか。」立ち上がった小太郎の姿を確認すると“戸丸=とまる”は嬉しそうに笑った。キョトンとする小太郎をよそに戸丸は「まぁ、落ち着きなさい」と言う。小太郎は不意にもぞもぞとした感覚を足元に覚えた。見ると彼の足にはすりつぶした薬草が塗られ、布で巻かれていた。


 戸丸は立ち上がると小太郎に言った。「命を取り留めて良かったな。お前のように面も尾も白い犬、死なせるには惜しかった。恩に着ずとも良い。助かった生を楽しめ。」小太郎は身も心も癒される思いであった。彼は戸丸を命の恩人と理解すると頭を下げ、クーンと甘えた声で擦りよった。戸丸はフフフと笑うと小太郎の頭を撫でる。そして「では、白く気高い大きな犬よ。その首に掛けた竹筒の中身を見ても良いか」と問いかけた。小太郎は静かに伏せると戸丸の呼びかけに応じた。


 小太郎は竹筒から取り出された文を読む男の横顔を不思議そうに眺めていた。ここまでの道中、人に会わなかったわけではない。しかし、ある者は怯え、ある者は逃げ出し、ある者は悲鳴をあげ、そしてある者は巨大な山犬との遭遇に武器を構えた。小太郎に敵意はなかった。しかし、その恐ろしげな風貌ゆえに彼の助けを求める声は届かず人々は逃げ惑った。だからこそ小太郎にとって戸丸の存在は不思議であった。


 「あい、わかった。」文を読み終えた戸丸が立ち上がる。戸丸は小太郎に歩み寄ると「小太郎、ご苦労であった。微力ながらこの私がお前の主人の力となろう」と言った。小太郎は喜びに打ち震えた。自分の努力が報われ、これほど頼もしい男と巡り会えた事に感謝した。「小太郎よ、今はとにかく休め。明日は早くなる。」戸丸は小太郎の背中をポンポンと叩くとその労をねぎらった。小太郎はその声に主人、月代に抱く物とは違う安らぎを感じた。戸丸に言われると小太郎はゆっくり目を閉じ眠りにつく。それは安堵に包まれた静かな夜であった。


 翌朝、小太郎は肉の焼けるかぐわしい匂いに目を覚ました。起きた小太郎が匂いの出所に目を向けると早起きした戸丸が焚き火で何かを焼いていた。「おう、小太郎。起きたか。見ろ、罠にかかったウサギが捕れた。今焼いてるから食べよう。美味いぞ。」何日も食べていなかった小太郎の口からよだれがとめどなく滴った。「それ。」戸丸が焼き上がったウサギを半分にすると一切れを小太郎に投げ与えた。飢えた山犬はむさぼるように喰う。戸丸はそれを見届けると「ほれ、こちらも食え」ともう一切れの肉も与えた。こちらも小太郎は喜んで食べる。戸丸は満足そうに大きく笑った。小太郎も満足げであった。


 不意に大笑いを続ける戸丸の腹から空腹を告げるグーという音が鳴り響いた。ウサギの肉は実は数日前に捕れた最後の食料であった。唖然とした顔で小太郎は戸丸を見る。戸丸はばつが悪いように目を泳がせると、突然、爆音でブブッと放屁しごまかした。小太郎はその臭いにブシュンと鼻を鳴らし今あった出来事を忘れてしまった。戸丸は小太郎のその様子を見てカッカッと再び大笑いを始めた。その笑い声はしばらく続き、響く音は初夏の空に馴染んで消えた。



自作小説『Dime†sion』 =第11話=



つづく




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