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第11話 王都、入った瞬間から通知がうるさい

第11話です。

ハル村を出発し、ついに王都ルミナリアへ到着したリリィとアルト。


白い城壁、賑やかな街並み、立派な門。

見た目だけなら美しい王都ですが、リリィの目には赤いエラー通知が大量に浮かんでいました。


城門検問、王都イベントキュー、貴族派閥AI、そして婚約破棄イベント。

王都編、入った瞬間からだいぶ終わってます。


保守担当リリィ、王都案件に着手します。

 王都ルミナリアは、遠くから見ても大きかった。

 白い城壁。

 空へ伸びる尖塔。

 金色の屋根。

 整えられた街道。

 行き交う馬車と商人たち。

 ハル村とは比べものにならない。

 村が小さな木造アプリだとしたら、王都は巨大な総合システムだ。

 見た目は豪華。

 機能も多そう。

 利用者も多い。

 つまり、壊れていた時の面倒くささも桁違い。

「すごいな……」

 隣でアルトが呟いた。

 彼は王都の城壁を見上げ、素直に感動している。

「これが王都ルミナリア。僕も、来るのは初めてだ」

「へぇ」

 私は半目で王都を見た。

 確かに綺麗だ。

 白い石の城壁は夕日を受けて輝いているし、門の両脇には王国旗が掲げられている。

 兵士たちの鎧も磨かれていて、街道には花飾りまである。

 でも、私の視界にはそれ以上に目立つものがあった。

【貴族派閥AI:敵対値上昇中】

【市場価格計算:異常】

【城門検問処理:無限待機】

【王都イベントキュー:容量超過】

【婚約破棄イベント:実行準備中】

【聖女記憶領域:破損拡大中】

【民衆感情補正:不安定】

「……」

 私は無言で額を押さえた。

 赤い。

 とにかく赤い。

 ハル村もひどかったが、王都は警告の密度が違う。

 村は、壊れた水道と壊れた畑と壊れた出口が積み重なった感じだった。

 王都は違う。

 街全体の裏側で、大量の処理が同時に異常を起こしている。

 交通。

 経済。

 貴族関係。

 民衆感情。

 イベント管理。

 聖女の記憶領域。

 どこから手をつければいいのか、見ただけで胃が痛い。

「リリィ?」

 アルトがこちらを覗き込む。

「どうした?」

「見た目だけ綺麗で中身ぐちゃぐちゃじゃん」

「中身?」

「クソコード城下町」

「くそ……?」

「覚えなくていい」

 私は管理画面を指で払う。

 しかし、赤い通知は次々に湧いてくる。

【王都イベントキュー:容量超過】

【王都イベントキュー:容量超過】

【王都イベントキュー:容量超過】

「うるさい」

 私は空中の通知を横に押しのけた。

「キューが詰まってるのはわかったから、三回も言わなくていい」

 アルトが真面目に言う。

「王都は、そんなに危険なのか?」

「危険というか、詰まってる」

「詰まっている?」

「処理待ちが多すぎて、街全体が変な順番で動いてる感じ。たぶん、誰かの人生イベントまで順番待ちで渋滞してる」

「人生イベントが渋滞……」

 アルトは眉を寄せた。

「それは、嫌な言葉だな」

「かなり嫌」

 私は王都の城門を見た。

 門の前には、長い列ができていた。

 旅人。

 商人。

 荷車。

 貴族らしい馬車。

 冒険者風の男女。

 みんな、城門の前で待たされている。

 列はほとんど動いていない。

 城門の前に立つ門番が、先頭の旅人に声をかける。

「身分証を提示せよ」

 旅人が身分証を出す。

 門番はそれを見る。

 そして、同じ声で言った。

「身分証を提示せよ」

 旅人が困った顔をする。

「い、今見せましたよね?」

「身分証を提示せよ」

「だから、これです」

「身分証を提示せよ」

「いや、あの……」

「身分証を提示せよ」

 私は足を止めた。

「はい出た」

 アルトが小声で言う。

「ハル村の会話バグに似ているな」

「似てるけど、こっちは手続きループ」

 門番の表情は真面目だった。

 ふざけているわけではない。

 怠けているわけでもない。

 彼は本気で検問をしている。

 ただし、処理が進んでいない。

 私は列の横から管理画面を開いた。

【対象:王都ルミナリア城門検問】

【状態:処理ループ】

【検問担当者:門番NPC 12名】

【現在処理:身分証提示要求】

【確認済みフラグ:未設定】

【通行許可処理:未到達】

【待機人数:214人】

【継続時間:10日】

「十日」

 私は思わず声を漏らした。

 アルトが驚く。

「十日?」

「この検問処理、十日前から壊れてる」

「では、ここにいる人々は……」

「最大十日待たされてる可能性あり」

 列の後ろの方では、商人が疲れ切った顔で座り込んでいた。

 荷車の上で眠っている子どももいる。

 貴族の馬車の中からは、不機嫌そうな声が聞こえてくる。

「入国審査で無限ループとか、観光客全員詰むでしょ」

 私は門番の方へ歩いた。

 アルトがついてくる。

「リリィ、僕にできることは?」

「今は剣を抜かない」

「わかった」

「門番を責めない」

「もちろんだ」

「あと、変に勇者っぽく名乗らない」

「なぜ?」

「話がこじれるから」

「……わかった」

 アルトは素直に引いた。

 いい子。

 私は先頭の旅人と門番の間に割って入った。

 旅人が目を丸くする。

「え、あの、君は?」

「通りすがりの保守担当」

「保守……?」

「十日待ち?」

 旅人はげっそりした顔で頷いた。

「はい。身分証はあるのに、何度見せても同じことを言われて……」

 門番が私を見る。

「身分証を提示せよ」

「今それどころじゃない」

「身分証を提示せよ」

「会話通じないタイプの窓口、ほんと面倒」

 私は門番の前に立ち、手をかざした。

【門番NPC:検問処理詳細】

【入力:身分証提示】

【確認処理:成功】

【確認済みフラグ:未設定】

【次処理:身分証提示要求へ戻る】

【原因:王都イベントキュー容量超過によるフラグ反映遅延】

【副原因:検問処理のタイムアウト未設定】

「確認は成功してるのに、確認済みにならない」

 私は半目になった。

「ボタン押しても画面遷移しない系じゃん。最悪」

 アルトが首を傾げる。

「確認できているのに、できていないことになっているのか?」

「そう。内部では見てる。でも結果を保存できてない」

「それで何度も同じ確認を?」

「うん」

「ひどいな」

「ひどいね」

 門番は相変わらず真面目な顔で言う。

「身分証を提示せよ」

「ちょっと待ってなさい」

 私は管理画面を操作する。

【修正候補】

1. 確認済みフラグを強制設定

2. 検問処理を一時停止

3. 通行者全員を許可

4. 門番を全員休憩させる

「三番は雑すぎ。四番はちょっと優しいけど今じゃない」

 私は詳細修正を開いた。

【修正内容】

・身分証確認結果の保存先を復旧

・確認済みフラグを再設定

・通行許可処理へ遷移

・タイムアウト処理を追加

・王都イベントキュー混雑時の代替処理を追加

・十日以上の待機者を優先処理

「よし。これで回るはず」

 アルトが聞く。

「大丈夫なのか?」

「保守作業に絶対はない」

「それは何度か聞いた」

「なら復唱」

「保守作業に絶対はない」

「よし」

 私は【実行】を押した。

【実行中……】

【身分証確認結果の保存先を復旧】

【確認済みフラグを設定】

【通行許可処理を再開】

【待機列を再計算】

【検問処理を正常化】

 城門の上を、淡い光が走った。

 門番たちが一斉に瞬きをする。

「……あれ?」

 一人の門番が手元の記録板を見下ろした。

「私は、今まで何を……」

 別の門番が青ざめる。

「おい、日付が十日進んでいるぞ」

「十日!?」

「まさか、我々はずっと検問を……?」

 先頭の旅人がぐったりと肩を落とした。

「やっと……やっと入れる……」

 門番は慌てて旅人に頭を下げる。

「も、申し訳ありません! 身分証は確認済みです。お通りください!」

 旅人がよろよろと門をくぐる。

 その後ろの商人たちから歓声が上がった。

「動いた!」

「列が進んだぞ!」

「十日ぶりだ!」

「荷物が腐る前でよかった!」

「いや、少し腐ってる!」

「それは別件」

 私は腐りかけの荷物のログを見ないようにした。

 今は見ない。

 見たら対応したくなる。

 門番の一人が、私の前で深々と頭を下げた。

「君が何かしてくれたのか?」

「検問処理を直しただけ」

「検問処理……?」

「身分証を見たら、ちゃんと確認済みにするようにした」

「それは……普通では?」

「そう。普通にしたの」

 門番は呆然と呟いた。

「普通とは、ありがたいものなのだな……」

「ハル村でも似たようなこと言われた」

 アルトが横で微笑む。

「普通を取り戻すのが、リリィの仕事なのだな」

「かっこよくまとめないで。照れる」

「すまない」

「謝りすぎ」

 その時、門番が急にふらついた。

「う……」

「ちょっと」

 私は慌てて手を伸ばす。

 門番の頭上にログが出る。

【門番NPC】

【連続勤務時間:240時間】

【疲労値:限界】

【水分不足:中】

【精神負荷:高】

【推奨:休憩】

「十日間ずっと同じ質問してたんだから、そりゃ倒れるよね」

 私は周囲の門番たちを見る。

「全員、交代して休憩」

「しかし、検問が――」

「今直したから交代できる。休憩処理入れるよ」

【門番シフト管理】

【状態:異常】

【交代処理:停止】

【休憩許可:未発行】

「休憩許可まで止まってる。ブラック城門じゃん」

 私は即座に修正した。

【交代処理を再開】

【休憩許可を発行】

【臨時応援兵を呼び出し】

 城門の奥から、控えの兵士たちが慌てて走ってきた。

「交代だ!」

「今まで呼ばれていなかったぞ!」

「お前たち、顔色がひどい!」

「十日ぶりの休憩だ……」

 門番たちは次々に座り込んだ。

 その中の一人が、私を見て震える声で言う。

「ありがとう……小さな聖女様……」

「違う」

 私は即答した。

「保守担当」

「ほしゅ……?」

「覚えなくていい。休んで」

 門番はそのまま、ほっとしたように座り込んだ。

     ◇

 検問処理が直ると、城門前の列は一気に動き始めた。

 旅人たちが王都へ入っていく。

 商人たちは荷車を引き、貴族の馬車もゆっくり進む。

 門の向こうには、広い石畳の通りが続いていた。

 王都ルミナリア。

 内側から見ると、さらに華やかだった。

 白い建物。

 花で飾られた窓。

 噴水。

 露店。

 高級そうな馬車。

 きらびやかな服の貴族たち。

 人が多い。

 音が多い。

 匂いも多い。

 焼き菓子。

 香辛料。

 花。

 馬車の油。

 そして、ほんの少しだけ不安の匂い。

 アルトは街並みを見て、感嘆の息を漏らした。

「本当に、大きな街だな」

「うん」

「世界は広いんだな」

「十年訓練場にいた人の感想、重いね」

「……すまない」

「謝るところじゃない」

 私は王都の通りを見渡した。

 綺麗だ。

 本当に綺麗だ。

 でも、赤い表示も多い。

【市場価格計算:異常】

【野菜価格:通常比280%】

【パン価格:通常比40%】

【貴族街通行判定:不安定】

【噴水水量:過剰】

【鳩の待機数:多すぎます】

「鳩まで?」

 噴水の周りを見ると、確かに鳩が異常に多かった。

 みっしりいる。

 噴水の縁にも、屋根にも、看板にも、馬車の上にも。

 アルトが言う。

「鳩が多いな」

「多すぎますって表示されてる」

「それもバグなのか?」

「たぶん軽微。今は見なかったことにする」

 私は視線を逸らした。

 鳩より先に見るべきものがある。

【婚約破棄イベント:実行準備中】

【王都イベントキュー:容量超過】

【貴族派閥AI:敵対値上昇中】

 この街は華やかだ。

 でも、裏側では何かがおかしい。

 人々は笑っている。

 商人は呼び込みをしている。

 貴族は優雅に歩いている。

 それなのに、ログはずっと赤い。

「リリィ」

 アルトが低い声で言った。

「何か、妙だ」

「何が?」

「人々は明るいのに、どこか落ち着かない。祭りの前のようでもあり、争いの前のようでもある」

「勇者スキル?」

「わからない。ただ、胸騒ぎがする」

「危機察知弱、働いてるかもね」

 私は管理画面を開く。

【王都民衆感情】

【興奮:上昇】

【不安:上昇】

【好奇心:上昇】

【違和感:抑制中】

【イベント誘導:進行中】

「イベント誘導」

 私は眉をひそめた。

「民衆が、どこかへ集められてる」

「どこへ?」

 その答えは、すぐに聞こえてきた。

 王都の中心部から、大きな歓声が上がった。

「王子殿下だ!」

「レオンハルト殿下が広場へ!」

「また始まるぞ!」

「婚約破棄だ!」

「今度こそクラリス様も終わりだな!」

「聖女様もいらっしゃるらしい!」

 人々が一斉に通りの奥へ流れ始める。

 露店の客も。

 道端の貴族も。

 馬車から降りた者たちも。

 まるで見えない手に引かれるように、中央広場へ向かっていく。

 私は足を止めた。

「……また?」

 その言葉が、自然に口から出た。

 アルトがこちらを見る。

「また、とは?」

「私が言ったんじゃない。今、民衆が言った」

「また婚約破棄、と」

「うん」

 管理画面が赤く点滅する。

【婚約破棄イベント】

【実行準備:完了】

【実行回数:148回目】

【会場:王都中央広場】

【対象者:クラリス・フォン・アイゼンベルグ】

【王子レオンハルト:行動固定中】

【聖女セラフィナ:イベント範囲内】

「百四十八回目」

 私は低く呟いた。

「婚約破棄って、そんなにリピートするものじゃないでしょ」

 アルトの表情が険しくなる。

「行こう」

「うん」

「今度は、剣を抜いてもいいか?」

「まだだめ」

「だが――」

「剣で切ったら、たぶん王子か誰かが怪我する。今のところ敵は人じゃなくてイベント処理」

 アルトは拳を握ったまま頷いた。

「わかった」

 私は中央広場へ向かう人波を見る。

 笑っている人がいる。

 興奮している人がいる。

 不安そうにしている人もいる。

 誰も、止めようとはしていない。

 何度も繰り返される断罪を、見世物みたいに受け入れている。

「性格悪いシステム」

 私は吐き捨てた。

 王都に入った瞬間から通知がうるさいと思っていた。

 でも、たぶん本当にうるさいのは通知じゃない。

 この街そのものだ。

 誰かの人生が壊れる音を、歓声でごまかしている。

「行くよ、アルト」

「ああ」

 私は管理画面を開いたまま、人波に逆らわず中央広場へ向かった。

【婚約破棄イベント:開始まで残り5分】

【外部干渉者:接近中】

【強制シナリオ防衛処理:待機】

「防衛処理?」

 私はにやりと笑う。

「いいじゃん。守ってみなよ、そのクソイベント」

 赤い警告が、視界の中央で強く点滅する。

【王都イベントシステム:警戒中】

「保守担当、王都イベントのログ確認に入りまーす」


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


王都ルミナリアに到着しました。

見た目は華やかでも、中身はエラー通知だらけ。

初手から城門検問が無限ループしていて、十日間同じ質問をし続ける門番という、なかなか悲惨なバグでした。


そして、王都の中心では「また婚約破棄」が始まりそうです。

また、です。


ハル村の生活バグとは違い、王都編では人の役割やイベントそのものに関わるバグが増えていきます。


次回、第12話。

婚約破棄イベント、毎週開催されてるんだけど。

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