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銀月のロスト  作者: taka
第7章 線を守る
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死んだロスト

 戦闘が収まったのは、唐突なくらいだった。


 さっきまで断続的に響いていた銃声が、気づけば一発、二発と間を空けるだけになり、やがてそれも止む。


 残るのは、火薬の匂いと、血の生臭さと、荒い呼吸だけだ。


 外縁の風が、低く草を鳴らしている。


 コボルトの死体が点々と転がり、その間に人間の血も混じっていた。


 崩れた壁際。


 草の根元。


 さっきまで線だった場所に、戦いの終わり方だけが残っている。


 タチバナはすぐに銃を下ろさなかった。


 周囲を見て、残った気配がないことを確かめ、それからようやく短く言う。


「確認入るぞ」


 それで全員が動く。


 慌てる感じはない。


 誰も泣かない。


 誰も騒がない。


 ただ、生きている人間を数え、動ける人間を確認し、倒れたままの連中を見て回る。


 それが終わった後の仕事なのだと、誰もが知っている動きだった。


 ユウもそれに混じる。


 歩きながら、足元を一つずつ見る。


 まだ息があるか。


 もうないか。


 立てるか。


 担げるか。


 その区別だけを淡々と拾っていく。


 右端で崩れた連中のところには、もう何人かが寄っていた。


 一人は足を裂かれて、壁にもたれて荒い息をしている。


 もう一人は肩口を深く抉られているが、生きている。


 だが、その少し向こうで倒れている二人は動かない。


 さらに奥にも一つ、ぴくりとも動かない影があった。


 レンジがそれを見て、小さく舌を鳴らす。


「こっちで三人、か」


 声は軽くない。


 でも重くもない。


 数を数えるみたいな言い方だった。


 サエが近くで負傷者の止血を手伝いながら言う。


「今のところはね」


 ユイはそのやり取りを聞いて、少しだけ顔をこわばらせた。


 戦っている間は、とにかく目の前で精一杯だった。


 でも終わった後にこうして数として出されると、それが急に重くなる。


「確認終わったら、後は回収班だな」


 誰かが別の場所で言う。


「死体も拾うんですか」


 若い声が返す。


 質問というより、半分呆然とした声だった。


 それに対して返ってきたのは、もっと平らな声だった。


「拾えるならな」


 簡単だった。


 簡単すぎる返しだった。


 ユイはそこで、少しだけ目を見開く。


 拾えるなら。


 拾えないなら。


 その先を、誰もわざわざ言わない。


 サエは負傷者の包帯を締め直しながら、ユイの表情に気づいたらしい。


 顔を上げずに言う。


「驚くことじゃないわ」


 ユイはすぐには返事ができなかった。


「……でも」


 ようやく出た声は小さい。


「死んだら、その人の報酬は……」


 近くの何人かが、一瞬だけユイへ目を向けた。


 そんなことを聞くのか、という顔だった。


 答えたのはレンジだった。


「出ませんよ」


 あまりにもあっさりしていた。


 ユイがそちらを見る。


 レンジは肩を竦める。


「死んだロストには払われません。保障もないです」


 そこで一拍。


「そういう稼業なんで」


 言い方は軽めだった。


 でも内容は軽くない。


 軽く言わないと、いちいち抱えきれないからそうしている声だ。


 ユイはそれで余計に息を詰まらせる。


「……ないんですか」


 今度はサエが答える。


「ないわ」


 迷いのない返事だった。


「元から存在しない扱いの人間だもの。死んだ後まで面倒を見てくれるほど、この街は優しくない」


 その言葉に飾りはない。


 慰めも、濁しもない。


 ただ事実だけを置く声だった。


 ユイはしばらく何も言えなかった。


 目の前には、さっきまで立っていたはずの人間が倒れている。


 命を賭けて戦った。


 都市の外縁を守る仕事だった。


 それでも死ねば終わりで、報酬も保障もない。


 それがこの稼業の前提。


 ユウはそのやり取りを少し離れた位置で聞いていた。


 顔色は変わらない。


 野良犬の頃から、死んだやつに次はなかった。


 ロストになったからといって、そこに急に別の理屈が生えるわけでもない。


 だから、聞こえていても何も言わない。


 タチバナも同じだった。


 負傷者の確認を終えて戻ってきても、その話にわざわざ口を挟まない。


 必要なら言う。


 だが、今はもう答えが出ている。


「数は」


 タチバナが短く問う。


 レンジが振り返る。


「こっちで三。向こうはまだ数え直してます」


「動けるのは」


「大半は残ってます。足やられたのが何人か」


 タチバナはそれを聞いて一つ頷く。


 表情は変わらない。


 変わらないまま、次に何をするかだけを考えている顔だった。


 ユイはその横顔を見て、少しだけ戸惑う。


 誰も冷たいわけではない。


 でも、誰もそこで立ち止まらない。


 立ち止まったところで、何も戻らないと知っているからだろう。


 誰も、倒れた二人へ長く目を置かなかった。


 近くで、右端の崩れた組の一人が低く呻く。


「……くそ」


 足を裂かれた男だった。


 まだ生きている。


 生きているから、今はそちらを優先する。


 死んだ方は後になる。


 それもまた、ここでは当たり前の順番なのだろう。


 サエが立ち上がりながら言う。


「動ける人から戻すわね」


「頼む」


 タチバナが短く返す。


 レンジはその横でまた軽く息を吐く。


「いやあ……」


 それからユイを一度見て、少しだけ笑みを消す。


「まあ、最初は皆そこ引っかかりますよ」


 言い方は柔らかい。


 でも、ごまかしではない。


「でも、だからって変わらないです。ないもんはない」


 ユイは何も言えなかった。


 その代わり、倒れているロストたちへもう一度だけ視線を向ける。


 さっきまで生きていたはずの人たち。


 名前も、住んでいた場所も、家族がいるのかも分からない。


 それでも確かにそこにいた人間が、もう報酬の勘定からも外れる。


 その事実が、静かに胸へ沈んでいく。


 ユウが近くを通り、止まらずに言った。


「行くぞ」


 短い声だった。


 呼びかけるというより、次へ進むための言葉だ。


 ユイはその声で、ようやく今いる場所へ意識を戻す。


 まだ戦場の後だ。


 ここで立ち止まり続ける場所じゃない。


「……はい」


 返事は少し遅れた。


 それでも、ちゃんと歩き出す。


 帽子のつばを軽く押さえ、銃を持ち直し、サエの近くへ戻る。


 さっきまでより、足取りは少し重い。


 でも止まってはいない。


 風がまた吹く。


 火薬の匂いが薄れ、その代わりに血と土の匂いだけが残った。


 戦いは終わった。


 ユイはその中を、サエの後ろについて歩いた。

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