第12話:動乱のドミノ、経済地政学の罠
北方が落ちたことで、大国は物資の「価格」と「流通量」を操作する「経済地政学」を仕掛ける。パルミアンへの穀物が差し押さえられ、キリアへ横流しされて市場が大混乱。
「北方の三カ国が帝国側に寝返った。これが何を意味するか分かります? お兄様」
王宮の緊急作戦会議室。ミリアは世界地図の上で、パルミアン王国を囲むように配置された10カ国の駒を、次々とドミノのように倒していった。
「北方が落ちたことで、我が国とキリア王国、カルカン王国を繋ぐ陸上の貿易ルートの半分が、帝国の事実上の影響下に入りました。リュシアン王子の狙いは、二年前のような単純な『封鎖』ではありません。我が同盟国の間で、物資の『価格』と『流通量』を裏から操作し、同盟国内に深刻な経済格差を生み出すことよ」
地政学において、武力を使わずに市場や資源を支配する手法を『経済地政学』と呼ぶ。
「すでに、カルカン王国から我が国へ向かうはずだった穀物の流通が、北方の軍政府によって差し押さえられ、すべてキリア王国へと横流しされています。これにより、我が国は食糧不足に陥り、逆にキリア王国では穀物が暴落して経済が大混乱しているわ」
「何だと!?」
リアス王子が歯噛みする。
「物資を奪うだけでなく、あえて同盟国に過剰供給して共倒れを狙うというのか! 汚い、汚すぎるぞ帝国!」
「ええ。リュシアン王子は、我が同盟の『アキレス腱』を突いてきたの。同盟というものは、共通の敵がいる時は固いが、国内の経済的利害関係が狂うと、内側から簡単に壊れる。歴史が証明しているわ。大国はそうやって、小国同士を疑心暗鬼にさせて自滅させるのよ」
同盟の崩壊は、パルミアン王国の滅亡を意味する。
ミリアが机の上の地図を見つめ、苦渋の決断を下そうとしたその時、カークが静かに挙手した。
「ミリア様。キリア王国の第2王女エレノア様から、俺宛てに親電が届いている」
「エレノアから……あなたに?」
ミリアの眉間が一瞬で険しくなった。二年の安定期の間も、エレノアは事あるごとにカークへ手紙を送り、パルミアンへの牽制を続けていたのだ。
「中身を言いなさい、カーク」
「『穀物の暴落で、我が国の港湾労働者たちが暴動を起こしつつある。帝国の工作員が裏で煽動している形跡がある。パルミアンの魔導騎士団の武力と、月光の諜報力で、この暴動の首謀者を秘密裏に制圧してほしい。……もし来てくれたら、海の流通ルートを特別にパルミアンに割譲してあげる』……とのことだ」
あからさまな「カークの引き抜き」を兼ねた、キリアからのSOS。
ミリアの胸の中で、二年前以上の激しい嫉妬と不安が渦巻いた。
(またあの赤髪の女狐が、私のカークを奪おうとしているわ! 助けに行かせたくない、彼を私の目の届かない場所へ行かせたくない……!)
だが、ミリアは自分の感情を押し殺し、冷徹な王女の仮面を深く被った。
「……カーク。第二中隊五十名を率いて、即座にキリア王国の王都へ向かいなさい。これは同盟の崩壊を防ぐための、最優先の政治任務よ」
カークは膝をつき、ミリアを見上げた。その瞳には、ミリアの胸の内の痛みがすべて見えているようだった。
「御意。ミリア様、俺を信じて待っていろ。俺の剣はお前のチェス盤から外れることは絶対にない」
カークが部屋を出て行った瞬間、ミリアはガタガタと震えながら、その場に崩れ落ちた。
「……バカ。本当は行かせたくないのに。どうして私は、いつもあなたに命懸けの命令ばかりしてしまうの……っ」
その時、影から音もなくセリカが現れ、ハンカチを差し出した。
「ミリア様、相変わらずのツンデレですが、お寂しければ私が天井裏からいつでも愚痴をお聞きしますよ」
「うるさいわねセリカ! 今すぐ消えなさい!」
リアス王子は、妹の背中を静かに見守るしかなかった。大国の仕掛けたドミノは、二人の絆の隙間を容赦なく引き裂こうとしていた。
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