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第10話:中小国同盟(バッファー・アライアンス)──逆転のチェックメイト

リュシアンの計画をひっくり返すミリア王女

 大陸10カ国の元首代行と代表大使が集う、運命の「大陸諸国首脳夜会」。


 アルデバルン帝国の第2王子リュシアンは、雛壇の最上段から、会場の隅に佇むパルミアン王国のミリア王女を見下ろしていた。

 

「諸国の代表大使、ならびに元首代行の皆様」


 リュシアンが立ち上がり、羊皮紙の条約書を掲げた。

 

「パルミアン王国は、周辺の平和を脅かす危険な戦力を保有し、大国間の摩擦を生み出している。よって、本日この場において、パルミアンの領土を我が帝国、キリア、カルカンで三等分し、その民を安全に保護する『パルミアン解体条約』の調印締結を行いたい」

 

 会場の貴族たちから、賛同のざわめきが起こる。大国たちの残酷な【覇権主義ヘゲモニー】が、小国を完全に圧殺しようとしたその時─。

 

「ふふふ……あははははは!」


 夜会宮の静寂を破ったのは、ミリアの鈴の鳴るような、しかし冷徹な高笑いだった。

 彼女は優雅な足取りで、10カ国の元首たちが集まる円卓のド真ん中へと歩み出た。その背後には、大剣を背負ったカークが、一歩の揺らぎもなく従っている。さらに、キース・ブランが『月光』が徹夜で復旧させた暫定通信魔導具をミリアの手元へセットした。

 

「何がおかしい、亡国の王女よ」


 リュシアンが冷たく睨む。

 

「おかしいのは、あなた方の頭脳ですわ、リュシアン殿下。皆様、その条約にサインすれば、明日にはあなた方の国が滅びるというのに、よくそんな笑顔でいられますわね?」

 

 ミリアは懐から、カークが命懸けで奪取した帝国の極秘書類を掲げた。

 

「皆様、帝国の本当の狙いは、パルミアンの解体ではありません。『月光』の情報と、この書類が証明していますわ。帝国はパルミアンを併合した瞬間、その領土に『キリア王国の王都を直接射程に収める最新鋭の魔導砲台』を建設する計画です。キリア王国のエレノア王女、あなた方の海軍は、陸から狙い撃ちにされても無敵と言い張れますの?」

 

 エレノアがガタッと椅子を蹴って立ち上がった。「なんですって!? リュシアン、我が国を騙したのね!」


「さらに、カルカン王国、および残りの7カ国の中小国家の皆様!」


 ミリアは円卓を見回し、大国に怯える小国の大使たちを鋭く射抜いた。

 

「パルミアンという『緩衝地帯バッファーゾーン』が消滅すれば、帝国は次にあなた方の国境を実質的に支配します。大国同士が直接国境を接した世界で、あなた方中小国が『独立』を保てると本気でお思いですか?  明日には、あなた方の最愛の子供たちが、帝国の前線基地の奴隷にされますわよ!」

 

「な……!」

 

「そんな馬鹿な!」

 

 7カ国の中小国の大使たちが、一斉に顔色を変えた。歴史学の教訓─大国による小国の併合は、常に次の併合へのステップに過ぎない。その恐怖が、会場にドロ沼のように広がっていく。

 

「ミリア、狂言はよせ!」リュシアンが初めて声を荒らげた。

 

「狂言ではありませんわ。だからこそ、私は昨日、ここにいらっしゃる7カ国の中小国の大使の皆様、およびキリア王国のエレノア王女と、極秘裏に『もう1つの条約』を締結いたしました」

 

 ミリアは、もう一枚の美しい青い羊皮紙を叩きつけた。

 

「本日この瞬間、パルミアン王国を中心とした、中小国7カ国、およびキリア王国による【包括的大陸通商・安全保障同盟バッファー・アライアンス】の結成を宣言いたします!  我ら中小国は、これより帝国の陸上封鎖を完全に無視し、キリアの支配するシーレーンを通じて、独自の経済圏を確立します!  もし帝国が我が同盟の1国でも攻撃すれば、同盟全軍、およびパルミアンの魔導騎士団千名が、帝国の心臓部へ向けて『非対称報復』を実行いたします!」

 

「チェックメイトですわ、リュシアン殿下」

 

 完璧な逆転劇だった。

 帝国という1強に対し、大国同士の対立(キリアの離反)を煽り、怯えていた小国たちを「集団安全保障」の枠組みで1つに束ねる。国際政治の体制そのものを【多極共存体制】へと強制変革させたのだ。

 リュシアンは拳を握りしめ、ワナワナと震えていた。彼の描いた完璧なインテリジェンスの包囲網は、16歳の王女の「地政学的逆転の一手」の前に、完全に瓦解した。

 

「……見事だ、ミリア・パルミアン。だが、この恨み、帝国は決して忘れんぞ」


「いつでもどうぞ。その時はまた、私のチェス盤の上で、美味しく転がして差し上げますわ」

 

 ミリアは優雅に一礼すると、呆然とする10カ国の元首たちを置き去りに、カークの手を取って、堂々と夜会宮の正面扉を開け放った。

 星空が広がる宮殿のバルコニー。

 大国を完全にハメ倒し、大陸の新たな覇者プレイヤーとなった二人は、夜風に吹かれていた。

 

「やったな、ミリア。本当に、世界をひっくり返しちまった」

 

 カークが、愛おしそうにミリアを見つめた。

 ミリアは小さく息を吐き、カークの胸にコテンと頭を預けた。もう、冷徹な魔女の顔はどこにもない。

 

「ええ……本当に怖かった。情報が消えた時、私、頭が真っ白になって……。でもね、カーク。あなたが私の手を握ってくれたから、私は最後までプレイヤーでいられたの」

 

 ミリアは顔を上げ、琥珀色の瞳を潤ませながら、カークの首に腕を回した。

 

「……ねえ、カーク。これからパルミアンに戻ったら、その政治とか地政学とか全部忘れて、ただの幼馴染として……私と、デートして。これは王女の命令じゃなくて、一人の女の子としての、命懸けのお願いなんだからね……っ」

 

 その極限のツンデレな告白に、カークの胸は熱い感情で爆発しそうになった。彼はミリアの腰を強く抱き寄せ、その唇を、今度は深く、情熱的に重ね合わせた。

 

「ああ、いくらでも付き合うよ。俺の生涯のすべての時間は、お前を護り、お前を愛するためにあるんだから」

 

 引き裂かれ、すれ違っていた二人の心が、大陸を巻き込んだドロ沼の工作劇の果てに、ようやく1つの永続的な不均衡チェックメイトへと至った。

 パルミアン王国の未来は、これからも大国の欲望に晒され続けるだろう。だが、歴史という過去の光を掲げ、地政学という空間を支配する狡猾な王女と、彼女のために世界を敵に回す最強の騎士がいる限り、その小さな国は、大陸の盤面を永遠に支配し続けるに違いない。

(第2部・完)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。第2部完結です。

第2部用語解説です。

 読者のための歴史学・地政学チェックシート。

 * 多極体制マルチポーラー:1つの超大国だけでなく、複数の強国や小国連合が利害を対立させながら共存する国際秩序。


 * 経済制裁(通商停止): 武力を使わずに、物資の流通を止めることで相手国を経済的に困窮させ、政治的妥協を迫る地政学的手段。


 * シーレーン(海上交通路): 国家の生存や貿易に不可欠な海上の交通ルート。ここを支配する国が国際経済の主導権を握る。


 * 情報遮断ブラックアウト:インテリジェンスの優位(情報優勢)を奪い、敵を完全に孤立無援にするための情報戦術。


 * 集団安全保障アライアンス: 小国が単独で大国に対抗できない時、複数の国家で同盟を結び、互いの防衛力を束ねることで抑止力を高める防衛戦略。

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