工事現場大司教クリスの日常
――異世界より来たりし神に仕える大司教クリス。
神聖魔法を操り、
悪霊を浄化し、
王族に仕える高位聖職者。
そんな男が今――。
「クリスさん! 今日も墨出しお願いしまーす!」
「了解です!」
ヘルメットを被り、
安全帯を締め、
東京の建設現場で働いていた。
◇
「いやぁ、クリスさん来てから現場めっちゃ助かるわ!」
休憩時間。
缶コーヒーを飲みながら親方が笑う。
「力あるし真面目だし、文句言わねぇし!」
「ありがとうございます」
クリスは深々と頭を下げる。
元々、神殿育ちで礼儀作法は完璧。
さらに異世界では騎士並みの鍛錬も積んでいる。
その結果。
現場適性が異常に高かった。
◇
初出勤の日など伝説である。
「クリスさん、その鉄筋こっちお願い!」
「これですかな?」
クリスは六人で運ぶ鉄骨を一人で持ち上げた。
現場、沈黙。
「え?」
「え?」
「いやいやいやいや!?」
騒然となった。
クリス本人は首を傾げる。
「これくらい、神殿の鐘より軽いですが……」
以後。
現場では密かにこう呼ばれるようになった。
――歩くクレーン。
◇
さらにクリスは真面目だった。
「安全確認ヨシ!」
誰より大声で指差し確認。
「段差注意ですぞ!」
新人にも優しい。
「焦らずゆっくりで大丈夫です」
口調は妙に丁寧だが、
なぜか安心感がある。
しかも。
絶対に怒らない。
現場監督ですら舌打ちするようなミスを新人がしても。
「失敗は誰にでもあります」
ニコッ。
聖職者スマイル。
新人、泣く。
◇
だが。
問題もあった。
「クリスさん! 昼飯行きますよ!」
「承知しました!」
初めて牛丼屋へ行った日のこと。
「……美味い」
クリスは感動した。
「この肉と米の調和……素晴らしい」
「そんな感動する!?」
「しかも早い! 安い!」
その日から。
クリスは牛丼にハマった。
◇
「並盛つゆだくで!」
数週間後。
完全に常連化。
しかも。
「温玉追加で!」
進化していた。
◇
さらに。
ある日。
「クリスさん競馬やったことある?」
同僚の何気ない一言。
それが全ての始まりだった。
◇
「これが……競馬」
競馬場。
歓声。
馬。
新聞。
赤鉛筆。
クリスの目が輝く。
「なんと神聖な場所でしょう」
「いや、たぶん神聖ではない」
◇
しかし。
クリスは異常な才能を発揮した。
「この馬、脚の運びに迷いがありますな」
「え?」
「こちらの馬は精神が落ち着いております」
「え?」
観察眼が鋭すぎる。
元々、聖職者として人や魔物を観察していた経験が、
なぜか競馬で開花した。
◇
「クリスさんまた当てたの!?」
「たまたまです」
全然たまたまじゃない。
普通に当てる。
しかも大穴。
現場のおっちゃんたち大興奮。
「クリス神!」
「大司教だからな!」
「マジで神父パワーだろ!」
本人は困惑していた。
◇
ただし。
ギャンブルに強い一方。
電子機器には弱かった。
「クリスさん、LINE交換しましょう!」
「らいん?」
「連絡アプリっす!」
「なるほど!」
数日後。
「クリスさん既読ついてるのに返事ないっす!」
「すみません、既読とはなんですかな?」
文明レベルが追いついていない。
◇
さらに。
ある夏の日。
「クリスさん、空調服着ないんですか?」
「必要ありません」
「いや暑いでしょ!」
「神殿の溶岩地帯に比べれば快適です」
「何その現場!?」
異世界トークが時々怖い。
◇
だが。
現場の人間たちは皆クリスが好きだった。
理由は単純。
この男。
とにかく人が良い。
◇
「クリスさん、今日飲み行きません?」
「ぜひ!」
居酒屋。
「かんぱーい!」
「乾杯!」
ビールを飲みながら笑うクリス。
異世界では常に“大司教”として振る舞わねばならなかった。
威厳。
責任。
立場。
だが。
この世界では違う。
誰も自分に重責を求めない。
ただの“クリスさん”として接してくれる。
それが少し嬉しかった。
◇
ある日。
現場の帰り道。
「クリスさん、最近顔明るくなったよな」
同僚が言った。
「そうでしょうか?」
「うん。最初もっと怖かったもん」
「ははは」
クリスは少し笑う。
「この世界は不思議ですな」
「何が?」
「皆、身分に関係なく笑い合える」
「まあ、日本ですからね」
「……良い世界です」
◇
そして。
異世界へ帰る日。
「クリスさん、本当に帰っちゃうんすか……」
「寂しくなりますな」
現場の仲間たちが集まっていた。
「向こうでも元気で!」
「はい!」
「競馬忘れんなよ!」
「もちろんです!」
クリスは笑顔で頭を下げる。
◇
だが。
異世界帰還後。
「姫様、大変です」
「どうしましたの?」
「牛丼が食べたいです」
「……奇遇ですわね」
「あと競馬もしたいです」
「わかりますわ」
完全に現代文明へ毒されていた。
◇
さらに数か月後。
再び東京へ転移したクリスは。
「クリスさん!?!?」
工事現場へ普通に戻ってきた。
「またお世話になります!」
「帰ってきたぁぁぁぁ!!」
現場、大歓喜。
なお。
その日の昼飯は。
「特盛つゆだくで!」
だった。




