第三章 送達
二〇二八年初頭、ジュリアン・モーガンがチームに加わった。ハーバード大学医学部の薬理学者。ナノメディシンの世界的権威。
カンファレンスの懇親会でハーヴェイの隣に座り、後日ハーヴェイの論文リストを調べて自分から連絡してきた男だった。
モーガンの最初の仕事は、薬理学の基礎をチームに叩き込むことだった。
「薬が効くにはターゲットに届かなければならない。最新のナノメディシンでは、薬剤を極小のカプセルに封入して標的部位まで運ぶ。カプセルが標的に到達したら開いて、中の薬剤を放出する」
「カプセルと薬剤は別物ですね」と守屋が確認した。
「もちろん別だ。カプセルは運搬手段。治療作用を持つのは中身だ」
モーガンはホワイトボードに図を描いた。カプセルが標的に到達し、開口し、中の薬剤がターゲット細胞に接触する過程。
「カプセルから出た薬剤は、ターゲットの細胞に接触する。このとき、ターゲットが薬剤を異物として拒絶しないよう、薬剤の表面をターゲットに似せる。受容体を騙すわけだ」
「似せるのはカプセルではなく薬剤のほうなんですね」
「そうだ。カプセルは殻に過ぎない。ターゲットに直接触れるのは中身だから、中身がターゲットに似ている必要がある」
「そして薬剤は接触した後、ターゲットの情報処理系に介入する。遺伝子発現を変えたり、代謝経路を阻害したり。接触、情報介入、行動変容。これが薬の作用の基本だ」
別の日、モーガンは言った。
「最も洗練された治療というのは、ターゲットが治療されていることに気づかない治療だ。薬が行動パターンを変容させるが、ターゲットは自分の意思で変えたと思い込んでいる」
ハーヴェイが聞いた。「もし宇宙規模でドラッグデリバリーを行う存在がいたとしたら。ターゲットは惑星上の生物。カプセルで薬を送り込む。原理は同じか」
モーガンは笑った。「SF映画の脚本か? 原理は同じだ。スケールが変わっても基本は変わらない」
ビデオ通話の後、守屋は何かが頭の片隅でちらつくのを感じていた。しかしそれが何なのか、まだ形にならなかった。




