表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/69

38. 皇太子は演じる

舞踏会場では、灯火の神性魔具が、頭上を明るく照らし……広間で踊る人々の影を床に投げかけていた。

先程、皆の視線を集め、踊り終えた二人が立ったその場所に……改めて目を向ける。


あの時、確かに……この目で捉えた。

背中を覆っていた白い布が、ほんの僅かに翻った瞬間、おそらくそれを目にしたであろう、竜王の動揺を。

顔色を変え、あの女を覆い隠すように抱き上げ、立ち去った……。

知っていたからこそ、私だけが捉えた……あの行動の意味。


竜王との会談以降、胸のうちに黒々と渦巻いていた何かは、一瞬で吹き飛んだ。


妃に望むほど気に入った女の、不名誉で無様な傷跡に……あの男は、取り乱しているだろう。

その姿を想像すると、意図せずとも自然に、穏やかな笑みを浮かべる事が出来た。


竜王の激しい後悔と怒りの矛先となったアイツは……殴られるのだろうか?

ふと頭に浮かんだその予感に……若干の不快感が芽生えた。

だがその小さな棘は、意識する間も無く、高揚した気持ちの下に、塗り潰されて消えていった……。


純血を何より尊ぶ精人族に「姫を寄越せ」などと要求した、無礼な竜の老王。

だが、父である皇帝は、体良く厄介払いできるとばかりに、アレを差し出した。

神性を持たない無価値な混血……とはいえ、その身体の半分には精人族の皇族の血が流れる。

それでも、父が竜の国へ、老王の側室として送ったのは……唯一の王子を産んだ王妃以降、その側室の誰一人として子を成した者がいなかったからだ。


だが……あの若き竜王との間であれば、話は変わっていただろう。

例え、王妃としての立場を約束されたとて、精人族の神の血が、下賎な竜人族に混じるなど……父は許容できぬはずだ。


だが、結局はそれも、杞憂でしかなかった。

今まで、アレの傷跡のことを知らずにいたということは……その程度の関係だったという事だ。

あの醜い火傷跡は……皇国で大罪を犯した者の印だ。

そのような不名誉まで背負った、傷物の女を……抱こうとする者など、いないだろう。


さぁ、これから、アレはどうなるか……。

城から放り出されるか、ここで酷い仕打ちを受け続けるか……。


その高貴な佇まいから、神の末裔たる精人族の象徴とされ、皇国の民から敬われ、崇拝される精人族の皇太子は……

かつて痛めつけ、屈服させた女が、また新たな窮地に追い詰められた現状が、ただただ面白く……

その暗い思考とは裏腹に、周囲の群勢の期待通りに、慈悲深い微笑みで応えた。


そして宴は……主役不在のまま、終わりを迎えた。



翌朝……というには早すぎる、夜も明けきらぬ未明。

皇国の使者達が滞在している離宮を、突然の来訪者が騒がせた。

その、無礼な来訪者は、扉を押し開けると、立ち塞がる皇国の騎士達を、物ともせず払いのけ……

眼前に立ち、敵意を滲ませた鋭い目つきでこちらを睨んだ。


その明らかに常軌を逸した、竜王の行動に……嫌な予感が頭によぎる……。

(もしやアレの事で……私を責めに来たのか?)

瞬時に、手の平に神性を溜め、障壁を作り出せるよう構える。


だが、竜王が何の前置きもなく発した言葉は……余りに予想外のもので……思わず口端を歪め、笑いを(こら)えた。

頭の中で……その言葉を、噛み締める。


『彼女が……消え失せた』


どうやら、事態は、思わぬ方向に進んだようだ。


『貴方は、何か知っているか』


重くのしかかるようなその問いかけは、今にもこちらに飛びかかってきそうな……一触即発の空気をはらんだ。


首を傾げて、あえて大袈裟に驚いて見せた。


「そんな! いったい何があったのです?」


『何も知らぬのか?』


「あぁ……まさかそんな……」


昨夜、竜王とアレとの間で、想像した通りのことが起きたのか……。

アレは、酷い仕打ちに耐えかねて……逃げ出したか?


『貴方は……彼女の……その、背中の火傷跡を知っていたのか』


その率直な問いかけに、またも虚をつかれた。

何かに()えるような、激しく憎悪するような表情を浮かべた男の真意を……測りかねる。


(あぁ、もちろん知っているとも……。私だけが知っている。

あの女を心底惨めたらしめる、その烙印を……)


だがまさか、正直に話す訳が無い。

罪人を送り込んだと、ここで私が責を問われては、不利になる。


そう思いながらも……ふと、この男の怒り狂い、取り乱す姿が見たくなった。


(この男と争ったとて、私が負けることはないだろう……)


神性で作り出した障壁の下に、この男が這いつくばり……足掻く様を……思う存分堪能したい……。

だが……。

軽く息を吐き、気持ちを落ち着かせ……いつもより一段と、慎重に……演じる。


「何のことをおっしゃっているのか?」


『……本当に知らぬのか?』


相変わらず、その凶悪さを瞳に宿し、敵意を剥き出しにする竜王に、嫌悪感を抱く。

いっそ、その表情に見合うほど、声を荒げれば……なお、蔑むことができるのに。

この男はいつも傲慢で、荒々しく振る舞いながらも、決して冷静さを欠くことなく……重く静かに話す。


ため息をつく。


「腑に落ちませんね……。一体なぜ、彼女は逃げ出したのですか?」


『逃げてなどいない』


空気を震わすような重い声で、そう断言する。

その確固たる自信……それはどこから来るものなのか……。

アレが、その身を隠したとして……逃げたという表現が適切だ。


この男の考えとこの会話の目的が……一向に推察できない。

その瞳の奥に隠された、意図を読み取ろうと、目を合わせ、男を見つめ続けた。


男の、周囲の空気が、僅かに熱気をはらむ。

その拳は固く握られ……視線は一層鋭さを増した。


その時、暗鬱とした空気の中で、男から飛び出した言葉は……余りにも荒唐無稽なものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ