初恋の人
睨み合いを続けること、はや十分。どうやら軍配はこちらに上がったようだ。
「分かった、分かった。俺の負けだ」
溜息交じりに軽く両手を挙げて肩を竦めた。
輝かんばかりの金髪に理知的な空色の瞳をした見目麗しい青年だ。名をウィルフレッド・ブライトウェル——我が国の第二王子にして俺の主人である。
「感謝致します」
どうにか協力をこじつけられた事に胸を撫で下ろす。言葉による説得は得意ではない。
俺の返答に苦笑を浮かべた殿下が小さく呟く。
「しかし、あの朴念仁がなあ……」
朴念仁とは心外である。
抗議の視線を送ると苦笑で返される。
「何もこんな回りくどい真似をせずとも良いだろうに」
理解出来ないといった様子で眉を顰めている。
なかなか首を縦に振って貰えなかった原因はこれか。独りでに納得していると続けて言った。
「いっそプロポーズしたらどうだ。宰相も歓迎するだろう」
「畏れ多い事です」
俺が頼んだのはあるご令嬢の警護についてだ。
宰相から愛娘であるクロエ嬢が見知らぬ男に付き纏われていると聞かされたからだった。
相手は姿こそ見せないものの、頻繁に贈り物を寄越したり、毎日手紙を届けて来るそうだ。
問題は贈り物よりも手紙の方で、内容はかなり狂気的だ。宰相も流石に危険を感じて護衛を付けようと考えているようだ。
「まあ、他でもないお前の頼みだからな。それじゃ、行くか」
殿下が静かに席を立った。どうやら俺を口実に街へ繰り出すつもりらしい。
幸い仕事は落ち着いている。急ぎの案件もない。無断で行方を眩ませられるよりはマシだろう。
「ああ、お前は今から休暇だからな。その物騒な物は置いて行けよ」
釘を刺すように言われて視線を落とした。護衛という名目上、剣を手放すつもりはない。
クロエ嬢の護衛は俺の自己満足なので、溜まっている有給休暇を消費しようと思っている。
だが、彼女が気を遣わずに済むように表向きは護衛任務として遣わされた設定にするつもりだ。
先程まで殿下と睨み合いを続けていたのはその為だ。休暇を使わずとも良いと言われたが、公私混同はしたくなかったのだ。
「それから、格好も何とかしろ。クロエ嬢の恋人の設定だからな」
「……は?」
殿下の前で間抜けな声を上げたのは今が初めてだった。
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身支度を済ませ、剣を持たずに門へ向かう。
普段は撫で付けている髪を下ろし、白のシャツと黒のスラックスというラフな格好に着替えていた。
「待たせたな」
少し遅れてやって来た殿下も普段に比べると大分地味な服に身を包んでいる。
とは言え、元々の容姿が目を惹くので気休め程度だ。
「いえ」
「行くぞ、ヴィンス」
「ああ、ウィル」
堂々と門を潜り抜ける殿下に誰も気付いていない。
俺もこんなラフな格好で城内を出歩かないので、特に怪しまれることなく街へ辿り着いた。