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北アフリカ戦線②

【1943年6月20日~7月03日 北アフリカ・地中海戦域 チュニジア アメリカ第2軍団vsドイツ第10装甲師団】


連合軍の上陸によってロンメルのスエズ突入は中止となった。

ヒトラーは第10装甲師団に諸々の山岳猟兵連隊、空挺連隊を加えた強力な援軍を北アフリカに派遣、チュニジア地域の確保を命じた。

連合軍が先にチュニスへ到達すれば、北アフリカの全枢軸軍が生命線を断たれてしまう。

派遣された援軍部隊は不眠不休でチュニスを目指した。

エジプトから退却していたロンメルも単身空路でチュニジアへと入り、防衛戦を指揮した。


一方連合軍も進軍速度を全く緩めず、27日にはアメリカ軍第1機甲師団B戦闘団の第1大隊がチュニス郊外の飛行場ディデーダに突入。

チュニスから5キロの地点にまで迫っていた。このまま突入していれば、チュニスをめぐるレースは連合軍に軍配が上がっただろう。

しかし、アメリカ軍には実戦経験が致命的なほど不足していた。

チュニス目前にまで迫りながら第1大隊は単身突入することを恐れ、後続の本隊を待つために進軍を停止した。



「なにっ!?敵は進撃を止めただと?」


「はいっ。敵先遣隊はディデーダで完全に停止しています」


「敵にとっては絶好のチャンスのはず。なぜだ?」


「後続を待つつもりかもしれませんが、原因は不明です」


「よくわからんが、今のうちに配置を完了させるのだ。明日には敵を粉砕するぞ諸君!」


3日後、第1機甲師団B戦闘団と第34歩兵師団がディデーダに到着。アメリカ軍は進撃を再開したが、3日の間にドイツ軍側にも第10装甲師団を含めた援軍部隊が到着し、ロンメルはチュニス郊外に援軍部隊を配置して万全の迎撃態勢を整えた。


まず第1機甲師団B戦闘団が攻撃を開始したが、アメリカ軍は早速高い授業料を支払わせられた。

アメリカ軍機甲師団は戦車の比率が非常に高い。

1個装甲連隊、2~3個装甲擲弾兵連隊で構成されるドイツ軍装甲師団に比べると、諸兵科のバランスが悪く、2個機甲連隊、1個自動車化歩兵連隊で構成される。

これでは戦車の数に反して、支援にまわれる歩兵の数が余りに少なく、有効な諸兵科連合戦闘を遂行できない。

アメリカ陸軍は戦間期に提唱された戦車万能論が今だに主流であり、装甲擲弾兵との連携を肝とするドイツ軍装甲兵の敵ではなかった。


第1機甲師団B戦闘団はM3中戦車、M4中戦車を密集させた突撃陣形で第10装甲師団に殺到したが、地雷原に誘導されたあげく、巧妙に配置された88ミリ高射砲で一方的に撃破されてしまい、瞬く間に半数以上の戦車を失った。

第10装甲師団は温存していた装甲連隊を投入して反撃に転じ、B戦闘団の残余戦車を全周包囲して殲滅。

第34歩兵師団も潰走させディデーダを奪還した。


第1機甲師団B戦闘団はほとんどの重装備を放棄して敗走。

90%以上の戦車を失う大惨敗を喫し、支援車輌を含めると1000両を喪失した。

戦死者は1500人。3000人が捕虜となり、4000人が深い傷を負った。


第一戦で鮮やかな勝利をおさめたロンメルはチュニスを連合軍より先に確保することに成功。

連合軍はチュニジア=アルジェリア国境~チュニジア中部にそびえるアトラス山脈とファイド峠を確保するにとどまった。


【1943年7月05日 第三帝国 ベルリン ツォッセン市 陸軍総司令部】


とうとう西側連合軍が動き出した。

これ以降帝国は本格的な二正面作戦に突入する。

史実同様、このままズルズルと消耗戦に引き込まれるのは非常にまずい。

上陸した敵はなるべくはやく粉砕してしまいたい。


ただ陸軍参謀本部の議題であがったのは敵への対処ではなくロンメルの扱いだった。

神秘的な名将として国民から愛されるロンメルも、参謀本部では独断専行の常習者として嫌われている。

委任戦術等、現場指揮官の裁量を最大限重視するドイツ軍ですら許容できないレベルの自由人なのだ。

例えば、Aという拠点を攻略しろという命令が下った場合、どうやって攻略するかは現場指揮官の裁量に委ねられる。

しかし、Aを無視してBやCに行ってしまうのがロンメルだった。


しかも、常に命令以上の成果を上げてしまう。

参謀本部からすれば面白いはずがなく、とくに参謀総長のハルダ―はロンメルを忌み嫌っている。

参謀本部の議題はこの機にロンメルが指揮するアフリカ装甲軍の上位司令部を設置し、ロンメルをOKHの統制下においてしまおうというものだった。

軍の統制上、この考えは正しい。

正しさが勝敗に結びつかないことを除けばの話だが。

俺としては下手に首輪をはめるよりも、好き勝手にやらせるべきだと思っている。

参謀本部がどんな作戦をたてようがロンメルは無視するだろう。

もしかしたら、こうやって話あっている間に勝手に動いてるかもしれない。


【1943年7月05日 北アフリカ・地中海戦域 チュニジア チュニス郊外 第10装甲師団司令部】



「諸君!これぞ天の与えた最大の好機である!」


ロンメルは最前線の偵察指揮所に将校達を集めていた。

ロンメルの示した作戦は簡潔だった。ファイド峠を抜いてアルジェリア国境の関門カセリーヌ峠まで突進。連合軍をアトラス山脈の以西にまで追いやる。


次なる攻勢に備えてすでに第10装甲師団とエジプトから引き抜かれた第21装甲師団、第15装甲師団がチュニスに集結している。


「敵機甲師団の半身は先ほどの戦闘で撃破された。カセリーヌ峠までの道のりで障害となる敵は、2個歩兵師団と半減した1個機甲師団のみ。今なら我々だけで追い落とせるっ!」


「しかし、OKH(陸軍総司令部)からはシチリアに設置された南方軍総司令部の指揮下に入れとの命令が…」


「そんなものは無視してよろしい。我々は前進あるのみだ!」


連合軍の総合戦力は枢軸軍をはるかに凌ぐ。その戦力が機能しだす前に先手をうって、粉砕しなければ勝機はない。迅速な機動戦以外に勝機がないことをロンメルは直感で理解していた。


「全戦車発進っ!敵を粉砕せよっ!」


ロンメルが指揮用の通信車輌に乗り込むと、各戦車は一斉に動き始めた。


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