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西方戦役②

【1940年5月13日 フランス共和国 A軍集団 クライスト装甲集団 第十九装甲軍団司令部】


五個装甲師団、三個自動車化歩兵師団を擁するクライスト装甲集団は西方攻勢の主役である。

この強力な機械化兵力がアルデンヌから英仏海峡まで到達できるかで作戦の成否は決まると言っていい。

そして、おじさまが指揮する第十九装甲軍団がクライスト装甲集団の先鋒をまかされている。


ハインツ・グデーリアン大将。

はやくに両親を亡くした私を実の娘のように育ててくれた恩人であり、ドイツ軍機甲部隊を一手で作り上げた尊敬すべき軍人でもある。

自分が軍に志願したのも、少しでもおじさまの役にたちたかったからだ。

第十九装甲軍団参謀アリス・ハーネ中尉は公私両面で尊敬すべき恩人の下で戦える幸運に深く感謝していた。



そんな、アリスにとっても、ここ数日の進撃は決して楽なものではなかった。

もっとも、連合軍は陽動にひっかかり、この方面に敵の姿はほとんどない。

進撃を妨げる障害は敵ではなく味方の中に存在した。


――――軽快な機甲部隊が迅速に進撃し、少ないコストで短期間に勝負を決める。


これが機甲部隊の創設を訴えた理論家がだれもが夢みた理想だった。

しかし、実際に完成した機甲部隊は予想外に大きく、鈍重だった。

戦車が必要とする装備品、燃料、弾薬は余りに膨大かつ多様で、数百両の戦車を支えるのに最低でも数千両の支援車両を必要とした。


今作戦でも、クライスト装甲集団に参加する一千両の戦車を支えるため、三万七千両もの支援車両が参加している。

戦車部隊の後方では補給用の車列が延々と続き、装甲集団の後ろから前進する歩兵師団との間に深刻な渋滞が発生していた。

アルデンヌの森は車両が通過できる舗装道路が限られているので、道路の優先権をめぐる争いは常に絶えない。

アリス達参謀部のスタッフは英仏軍との戦闘よりも渋滞の解消や、優先権をめぐる各部隊との争いに昼夜を問わず忙殺されている。

計画では憲兵隊が交通管理を担当することになっていたが、優先権をめぐる争いは憲兵隊だけでは解決できず、参謀達がかりだされているのだ。



機甲部隊とは誰もが思い浮かべるイメージと異なり、巨大な後方を持つ鈍重な戦闘単位なのだ。

後方を支える車列は敵の航空攻撃の恰好の標的となるので進撃を秘匿する大規模な軍事的欺瞞が必要となり、進撃を継続させるにはかなりの兵站的工夫を必要とする。

並大抵の国では大規模な機甲部隊を動かすことも出来ないだろう。


――――陸軍総司令部がおじさまの提案を「暴挙」だと判断したのも今ならわかる

――――完全な奇襲が成功し、敵の抵抗がほとんどない今でもこの有様なのだから



「ハーネ中尉。憲兵隊から要請です。」


「すぐいきます!」



結局この日もアリスは一日中、渋滞の解消におわれることになった。




【1940年5月13日 フランス共和国 ラ・フェルテ・スー・ジウアル 北東方面軍司令部】



「第ニ軽騎兵師団司令部との連絡途絶しました!」


「第十軍団長グランサール中将より緊急連絡!敵装甲部隊は橋頭保をムーズ河に橋頭保を確保中!至急応援を乞うとのこと!」


北東方面軍司令部はアルデンヌ方面から突如出現したドイツ軍装甲兵力により、恐慌状態となっていた。

アルデンヌ森林地帯を通行不能と考えていたフランス軍は、少数のベルギー軍にこの方面の防衛を任せるつもりだった。

もし、奇襲を受けても地形上、ベルギー軍だけで十分防ぎきれると判断したのだ。

しかし、ベルギー軍はエバン・エマエル要塞の陥落後、勝手にアルデンヌを放棄してムーズ河北西に退却、ドイツ軍はやすやすと森林地帯を抜けてフランス領への侵攻を開始。

北東方面軍司令部はあわてて対応し、ムーズ河とセダン砲兵陣地でドイツ軍の進撃を食い止めようとしているが、戦況は芳しくない。


次々と届く不快な報告に北東方面軍司令官ジョルジュ大将はこめかみに血管を浮かび上がらせながら、怒鳴りつける。


「セダン砲兵陣地はなにをしている!さっさと敵を食い止めろ!ムーズ河が抜かれれば我々は終わりなのだぞ!」


「そ、それがセダン砲兵陣地は敵航空兵力の集中攻撃で壊滅したとのこと…」


「馬鹿なっ!まだ七時間もたってないのだぞ!?」


フランス軍はムーズ河の要衝セダンに強力な砲兵陣地を作り、九個砲兵連隊二百門の火砲を配置していた。

この火力とムーズ河で十分守りきれると判断していたジョルジュは愕然とした。

ムーズ河防衛線が抜かれれば、英仏海峡までドイツ軍装甲師団を食い止めるものはなにも存在しない。

焦燥にかられたジョルジュはとっておきの機動予備を思い出した。


「そうだっ!第三機甲師団のブロカール少将に至急連絡するのだ!第十軍団を支援してムーズ河橋頭保からドイツ軍を叩きだせと伝えろ!」


フランス軍は三個機甲師団を後方に温存している。

第三機甲師団はドイツ軍戦車のあらゆる主砲をはじく、重装甲のシャールB重戦車六十八両を含む百五十八両の戦車を擁し、強力な打撃力が期待されていた。


「そ、それが・・・ 先ほどガムラン元帥のご命令により第三機甲師団はベルギー方面にむかったとのことです・・・」



「――――っ!?? すぐ呼び戻せっ!!!」


命令を受けた第三機甲師団はすぐにムーズ河に急行したが、その道中で燃料が切れ動けなくなった。

フランス軍機甲師団には戦車の後方を支える支援車両がわずかしか存在しない。

二重指揮権の弊害で右往左往した機甲師団はその戦力を期待されながら、一戦もせずに壊滅したのだ。



こうなるともう悲痛さを通り越して滑稽だった。

ジョルジュは怒りよりも情けなさで一杯で、涙がでそうだった。

余りにもろく、醜態をさらす自軍にほとほと呆れはてたのだ。


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