ヴォロネジ会戦⑧
【1943年5月20日 南部作戦集団 ステップ戦線軍司令部】
右翼の第5親衛軍に続いて中央の第1親衛軍も壊滅の憂き目にあった。
第1親衛軍司令部はクリュチョンキン大将もろともSS装甲軍団の猛攻撃でふきとばされている。
後方の第5戦車軍もスタールイオスコル攻防戦で消耗し、甚大な被害を被っていた。
このまま中央のSS装甲軍団が左翼の第48装甲軍団に合流すれば、スタールイオスコルは抜かれてしまい、第二装甲軍と対峙するヴォロネジ戦線軍は背後を突かれる。
そうなった時、ヴォロネジ会戦はドイツ軍の勝利に終わる…。
ここにきて、最高総司令官代理ワシレフスキー上級大将は予備兵力として控えているドン戦線軍からの戦力抽出を決めた。
火星作戦の生き残りで構成された第3親衛軍と第4親衛戦車軍がドン戦線軍からステップ戦線軍の指揮下に移された。
第3親衛軍は中央の第1親衛軍の穴埋めに使い、第4親衛戦車軍にはSS装甲軍団の側面を突かせる。
コーネフも投入可能な予備を全て動かし、第3親衛戦車軍をSS装甲軍団にむけ、第70軍と第13軍をスタールイオスコルにむけ、第48装甲軍団の左側面を脅かす。
この反撃で鍵を握ったのはSS装甲軍団の側面を突く第4親衛戦車軍だった。
北(第3親衛戦車軍)と東(第2親衛戦車軍)で挟めばSS装甲軍団を殲滅できる可能性が高いとワシレフスキーとコーネフは判断した。
中央のSS装甲軍団を消し去れば左翼の第48装甲軍団、右翼の第24装甲軍団、第3装甲軍団を思う存分叩いて、国防軍最精鋭の8個装甲師団を全滅させることが出来る。
そして、この反撃は第四装甲軍右翼が前進する前に行われなければならない。
ワシレフスキーの予想では第四装甲軍は中央(SS装甲軍団)を守るために、右翼(第3装甲軍団、第24装甲軍団)を前進させ、第2親衛戦車軍の側面攻撃を妨害しようとするはずだった。
敵右翼が前進に成功して第2親衛戦車軍の進撃路を遮断するのが先か。その前に第2親衛戦車軍がSS装甲軍団の側面を突くのが先か。
勝負はこの競争に勝った方が握るであろうことはワシレフスキーもコーネフも認識していた。
【1943年5月20日 南部攻撃部隊 第四装甲軍 SS装甲軍団司令部】
第3SS装甲師団「トーテンコップ」は北方に展開して第3親衛戦車軍に備え、第2SS装甲師団「ダス・ライヒ」、第1SS装甲師団「ライプシュタンダルテ」が第2親衛戦車軍を迎え撃つ準備を整えている。
ハウサーに与えられた任務は簡潔だった。
敵の反撃にひたすら耐える。北から襲来する第3親衛戦車軍と東から襲来する第2親衛戦車軍相手に戦線を維持しなければならない。耐えていれば、右翼が敵の背後を突く。
右翼の第3装甲軍団、第24装甲軍団は600輌の戦車・自走砲を展開可能だ。この強力な機甲戦力が第2親衛戦車軍の背後を突けば、戦車戦の軍配は味方に上がるだろう。
このプランを考えたOKH(陸軍総司令部)のヴェステンハーゲン中佐は右翼の遅れを巧みに利用した。敵の側面攻撃を誘導し、中央に比べてワンテンポ進撃が遅れている右翼でその背後を突く気だ。
ただし、この作戦には一つ大きな問題があった。
右翼が戦車戦に参加するには第2親衛戦車軍がSS装甲軍団の側面を突いた直後に、眼前の敵左翼(第60軍)を突破しSS装甲軍団の位置まで前進しなければならないのだ。
赤軍はこの時間上の制約を理解しているからこそ、安心して第2親衛戦車軍を差し向けてきている。
SS装甲軍団が1日かけて突破した距離をわずか数時間でどのように突破させる気なのか?
ハウサーは首をかしげたが、すぐに考えるのをやめた。
いざとなればSSだけで敵を殲滅すればいいだけのことだ。
【1943年5月20日 南部作戦集団 ステップ戦線軍 第2親衛戦車軍司令部】
第2親衛戦車軍は基幹戦力である2個戦車軍団、1個機械化軍団に加え、最高総司令部予備から1個戦車軍団、1個機械化軍団、3個狙撃軍団が与えられた。
大小あわせて800輌近い装甲戦闘車輌と8万4000人の兵員を麾下に持ち、自前の支援火砲部隊が少ない代わりに1個地上攻撃機軍団の航空支援が約束されている。
この強力な装甲密集戦力がSS装甲軍団の側面を貫いた時、勝負が決まるであろうことは第2親衛戦車軍司令官バターノフ大将も自覚しており、そうした機会が自分に与えられたことを深く感謝していた。
しかし、ドイツ軍を相手にした時の油断はどんな強大な戦力も簡単に消し飛ばしてしまう。
バターノフはワシレフスキーとも面会し入念に攻撃計画を建てた。
裁量権が与えられたとはいえ、各部隊長の技量はドイツ軍に勝ってるとはいえず、柔軟性が発揮できるとは思えなかったのだ。
攻撃が決まったその日、バターノフと麾下の幕僚達は攻撃計画の調整に忙殺された。
パンター、ティーガー、フェルディナントといった鋼鉄の怪物たちへの対処法は、迅速に接近して乱戦に持ち込むしかないというのが、幕僚達とバターノフの結論だった。
全速力でまっしぐらに突っ込む戦法が一番成功率が高く犠牲も少ない。そこでバターノフは第一撃に全てをかけることに決めた。
1個独立砲兵旅団、5個親衛迫撃砲連隊(多連装ロケット砲)による一斉射の後、3個戦車軍団(第2親衛、第18、第31)が突撃。
第2親衛戦車軍団が第1SS装甲師団を叩き、第18戦車軍団と第29戦車軍団が第2SS装甲師団を叩く。
第31機械化軍団、第5親衛機械化軍団は緊急展開用兵力としてバターノフが手元で握り、3個狙撃軍団は敵右翼の攻撃に備えさせる。
第1親衛軍が損耗から回復してから第2親衛戦車軍が投入すべきだとの意見もあったが、バターノフは却下した。
時間を費やせば敵右翼がやってくる。ドイツ軍の精鋭装甲軍団に前後を挟まれるのは余りに危険すぎた。
今なら敵右翼が割り込んでくる前に勝負を決められる。
各軍団、旅団、連隊が攻撃発起地点に配置につくとバターノフは自ら指揮車両に乗り込み全力突撃を開始した。




