ヴォロネジ会戦⑥
【1943年5月18日 南部攻撃部隊 第48装甲軍団 グロスドイッチュラント師団 スタールイオスコル】
「ヘルンライン君。全力をだしたまえ。もし君がスタールイオスコルを抜けなければ、この戦はこちらの負けだぞ」
第48装甲軍団長クノーベルスドルフ大将にそう言って送り出されたグロスドイッチュラント師団は石壁のような抵抗に直面していた。
塹壕、トーチカ、地雷原。
死の迷路が延々と張り巡らされ、あらゆる地点に速射砲、ロケット砲、火炎放射、機関銃、戦車が巧みに潜んでいる。
「第一大隊は壊滅状態であります師団長閣下。中隊長の大半が戦死した大隊も少なくありません。敵の砲火はまるで豪雨のようです」
師団長ヘルンライン中将にそう報告したのは連隊長代理だった。
2つの大隊を束ねていた装甲擲弾兵連隊長ローレンツ中佐は1時間前に、76ミリ速射砲の一撃で戦死している。
突撃の矢面にたった装甲擲弾兵大隊の大半は深い傷を負っていた。
将校が全員戦死した大隊もある。
第一波の装甲擲弾兵大隊は地雷原を処理中に集中砲火を浴びて壊滅。
第二波はティーガ―の支援を得てなんとか地雷原を処理したが、参加部隊の半数が戦死するか傷ついていた。
生き残りの部隊は後方に控えていた戦車部隊に合図を送る。
「第10装甲旅団に連絡。地雷原は排除した。突撃を開始されたし」
そして、本命の第三波。200両以上のパンター戦車群をまとめる第10装甲旅団がまっしぐらに、陣地群に突っ込んでいく。
「全戦車前進!」
彼らの前に立ちふさがったのは赤軍が即興で作り上げた戦車トーチカだった。
増援として派遣された第3機械化軍団は250輌のT-34を埋没させ、硬固なトーチカ群を作り上げていた。
この即席トーチカは思った以上に頑丈で、破壊するにはパンターもティーガ―も射程距離の優位性を犠牲にして、接近するしかなかった。
無視して進むには76ミリ砲は余りに危険すぎる。そして、こうした固定砲台に混じって、一部の掩蔽豪には埋没されてないT-34や自走砲が潜んでおり、パンターの後方や側面を狙い撃った。
「第一大隊前進!怯むな敵を踏みつぶせ!」
戦車伯爵として知られるザウケル伯爵(中佐)の第一大隊は70輌のうち26輌を午前の戦闘で失った。
それでも先鋒を務めるザウケルは自ら指揮官用ティーガ―に乗り込み、がむしゃらに前進を続ける。
ザウケルの指揮官機を含む7輌のティーガーが、1輌また1輌とT-34を撃破していく。
戦車トーチカの群れを抜けると、第一大隊は新たな砲兵陣地に遭遇した。
76ミリ速射砲やデグチャレフ対戦車ライフルが要塞化された農場や村落からさかんに火をふいている。
これらの攻撃は基本的にティーガーの重装甲に弾かれたが、ある勇敢なソビエト砲兵が信じられないほどの至近距離から76ミリ速射砲を操作し、1輌のティーガ―を撃破することに成功した。
「叩き潰せ!」
居場所のばれた砲兵は88ミリ砲の集中砲火を浴び、即座に肉片へ変えられた。
他の火点も建物ごと叩き潰され、砲兵陣地の守兵は散り散りになって逃げ出していく。
ザウケル第一大隊の快進撃はステップ戦線軍司令部にも届いていた。
スタールイオスコルは当初、第74親衛狙撃師団が守っていたが、ステップ戦線軍司令官コーネフは第3機械化軍団を送り、さらに第90親衛狙撃軍団を配置した。
1個師団を食い止める戦力としては過剰すぎるのではないか?との声もあったがコーネフはためらわなかった。
現にグロスドイッチュラント師団の攻撃は第74親衛狙撃師団を踏みつぶし、第3機械化軍団を抜け、第90親衛狙撃軍団戦区にまで通りつつある。
後続の第3装甲師団もこの攻撃に加われば、第48装甲軍団の突破を止められないかもしれない。
スタールイオスコルこそ天王山だと理解していたコーネフの行動は迅速だった。
「直ちに機械化対戦車旅団と第6戦車軍団を送るのだ。急げ!ことは一刻を争う!」
「あと少しで市街地だ。ここさえ抜ければ我らの勝ちぞっ!」
燃料も弾薬も限界に近い。機体も装甲兵も消耗が激しく、シェルツェンもはがされてしまっている。
敵砲火の集中攻撃で後続の部隊が大損害を被っていることは、ザウケル自身も確認していた。
ここまで来た以上、自分達がスタールイオスコルを抜かなければならない。
帰還も殲滅も不可能になる前に決着をつける!
「全機突撃せよっ!」
ザウケルがそう言った矢先に並走していたティーガーが榴弾砲の一撃で炎上した。
第一大隊の前方にはSU152、SU122をはじめとする対戦車自走砲50輌が展開を終え、有利な地形で待ち構えていた。
152ミリ砲は重装甲のティーガーですら一撃で粉砕する。
「冷静さを保て。確実に敵を仕留めるのだ」
第一大隊に残った24輌のパンターと5輌のティーガーは必死に動き回り、機動戦に持ち込む。
ただし、敵に照準を定める時は必ず止まらなければならない。
機甲戦では止まって撃つ時に冷静さを欠いた方が負ける。
この手の勝負では依然として経験豊富な熟練兵を揃えた、ドイツ側に分があった。
赤軍は相次ぐ敗北で指揮官の中間層を担う人材をごっそり失っている。
第一大隊は敵の猛射の中で敵自走砲を確実に仕留めていく。
撃ち合いで劣勢となった自走砲部隊は後退を開始。
ザウケルは残りの砲兵陣地の制圧に乗り出した。快速のパンターが囮となって敵火点をあぶり出し、ティーガーの集中砲火で叩き潰す。
3時間近い戦闘でスタールイオスコル市街前方の最後の防御陣地が制圧された。
「全員よくやってくれた。あとは後続が合流するまで現ポイントを維持するだけだ。全機全周警か…」
言い終わる前にザウケル伯爵は途方もない轟音と、爆炎の中で吹きとばされた。
ステップ戦線軍司令部の命令で駆けつけてきた3個対戦車旅団180輌の自走砲群がボロボロの第一大隊に側面から猛射を浴びせる。
前方からは第6戦車軍団麾下のT-34中戦車200輌が現れる。
弾薬も燃料もなく、指揮官も失った第一大隊になすすべはなかった。
砲撃が止んだ時、一面はバラバラになった死体と、原型がわからないほどねじ曲がった車両の残骸で一杯になっていた。




