青作戦⑥
グロスドイッチュラント装甲擲弾兵師団は本来パンターを重点配備した快速師団だった。
それが火星作戦での壊滅後、青作戦に備えた新型編成で支援砲撃用師団に生まれ代わった。
現在のGD師団は豊富なロケット砲、自走砲、牽引砲兵を持っている。
師団長ヴァルター・ヘルンライン少将は適切な迎撃ポイントを選定し、要所要所に装甲砲兵連隊とネーベルヴェルファー連隊、そして新たに受領した独立ティーガー大隊を押し並べた。
百戦錬磨のヘルンラインは勢いに任せて進撃するよりも、一旦足を止めて有利な地点で火力戦を仕掛ける戦術を選んだ。
一方、迎撃のため南下していた第21戦車軍団、第23戦車軍団は前進用陣地を築くこともなくひたすら南下していた。
赤軍将校(米英軍もそうだが)にとって上級司令部の命令は絶対である。進撃しろ!と命令されれば最優先で進撃しなければならない。
大幅な裁量権を与えられたドイツ軍指揮官に比べると、どうしても意思決定の速度で大きな差がでる。
先頭を進んでいた偵察戦車旅団は独立ティーガー大隊の待ち伏せを食らった。
技術的問題から戦場に投入出来たティーガーの数は45両中12両に満たない。それでも、T-34を一撃で粉砕する長砲身の88ミリ砲とソビエト軍戦車のあらゆる反撃をはじく前面装甲を兼ね備えたティーガーは赤軍戦車兵にとって最悪の敵だった。
先頭のT-34が吹きとばされると、1両また1両と撃破されていく。
戦車が逃げ去ると後続の支援車両が一斉射の餌食となり、1個戦車旅団がわずか12両のティーガ―に壊滅させられてしまった。
ネーベルヴェルファー連隊と装甲砲兵連隊も得意の重火力で後続の戦車旅団群を圧倒し、ロケット弾と榴弾のスコールが立ち塞がる者全てをなぎ倒していく。
43両のT-34が撃破された段階で最後の戦車旅団(61両が定員)が後退。
第21戦車軍団と第23戦車軍団は基幹となる戦車兵力の大半を撃破されてしまい、やむをえず一時後退した。
第48装甲軍団長はこの機を逃がさなかった。
GD師団の激しい火力支援の下、第3装甲師団が攻撃を開始。
後退中の両軍団を捕捉した。
赤軍は車両を降り、近くの村落に簡易的な陣地を作って迎えうった。
防御に徹した赤軍は手強く、先頭を進む第3装甲師団の被害も決して少なくなかった。
第21戦車軍団と第23戦車軍団はこの間に撤退許可を上級司令部から取り付けようとした。本格的な撤退を開始するにはどうしても戦線軍司令部の許可がいる。
許可もなく撤退すれば軍法会議にかけられシベリア送りということもあり得るからだ。
しかし、これが両軍団の命運を決めてしまった。
もしドイツ軍が同じ立場なら許可など得ずにさっさと退却したことだろう。
軍団司令部が戦線軍司令部と押し問答している隙に、パンター部隊が側面に迂回して後方撤退路を遮断。
後方支援部隊と砲撃部隊に襲い掛かった。
火砲も支援車両もパンターの猛攻で粉微塵に押し潰されてしまい、両軍団は戦闘力を完全に喪失。
赤軍の迎撃戦車部隊は叩き潰され、北ドネツ河西岸における二つの橋頭保が奪取された。
ハリコフへむけ突進していた第21軍、第28軍、第38軍、第6軍の計4個軍と第3親衛騎兵軍団、第6騎兵軍団の退路が断たれ、ドイツ軍の仕掛けた罠は完成した。
【1942年12月2日 ソビエト連邦 ヴォロネジ 南西戦線軍司令部】
味方が罠にはまり戦車の牢獄に囚われた状況下で、チモシェンコは不思議と冷静さを保っていた。
装甲師団を利用した罠はドイツ軍の十八番。
何度も痛い目にあった赤軍だからこそ罠にはまった時の対処法は熟知している。
「敵の主力は装甲師団。水も漏らさぬ包囲とはいかないはずだ」
「おっしゃる通り敵の包囲網は決して万全ではありません。包囲軍の多くは装甲部隊が占め、各村落に展開しています。拠点間の隙間を利用すれば包囲から抜けられます」
寒冷期の影響でファシストの包囲軍は村落や町に陣取らざるをえない。拠点間には多くの隙間が空いている。
そして、ドネツ河が氷結したことで氷上通過が可能になっている。ファシストはドネツ河に味方を追い込み殲滅戦を展開するつもりだったのだろうが、ロシアの冬を甘くみすぎだ。
「全ての戦闘部隊は重装備を放棄。中隊毎に再編成し、拠点間の隙間から各自の裁量で脱出せよ。空軍は全力出撃し、地上部隊の撤退を援護するのだ!」
【1942年12月2日 第三帝国 ワルシャワ 陸軍総司令部】
「敵部隊が次々と包囲網から抜けていきます!」
地図上では綺麗に包囲していたが実際は穴だらけだった。
11月終盤にもなれば、夜は屋内で過ごさないと凍死してしまう。ドイツ軍は拠点に拠らざるを得ず、拠点間に小さな間隙が複数できていた。そもそも、装甲師団が主体なので隙間を埋めるには歩兵の数が圧倒的に足りない。
赤軍は軽装備のみを携帯し、小グループごとに包囲網の隙間から抜けていく。ドネツ河凍結がなによりの誤算だった。
史実のドイツ軍人同様、俺もロシアの冬を甘く見ていたようだ。
空軍で敵を叩こうにも、包囲が成功した段階で第8航空軍団はクリミアに戻ってしまい、動かせるのは2個急降下爆撃機中隊しかない。
この程度の戦力では全力出撃中の敵空軍に簡単に阻止されてしまう。
もはやどうしようもない。
「画竜点睛を欠いたか…」
結局、赤軍は4万3000人の死骸と9000人の捕虜を遺して、30万人以上が脱出。
大魚を取り逃がした。




