モスクワ会戦①
【1941年7月1日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 モスクワ 国防人民委員部】
今、クレムリンは危機感一色に覆われている。
ドイツ軍装甲部隊の進撃は凄まじくミンスクからスモレンスクまであっという間に抜かれてしまった。
ジューコフ自身もスモレンスクで二か月の時間は稼げるとみていたのだ。それがわずか三週間程度で抜かれ予備戦線軍50万の将兵が包囲されてしまった。効果を期待した待ち伏せ攻撃も思ったような成果は上げられず、逆に埋伏部隊が壊滅的な被害を受けている。50万の将兵を囮にしたにも関わらず、三個装甲師団に痛撃を与えた程度でおわった。軍内部ではジューコフの方針に対する批判も強まってきている。
少々の小細工が通用するような相手ではない。想像を絶するような精強さだ。
この勢いのままモスクワに殺到されればひとたまりもない。どこかでこの荒れ狂う戦闘マシーンを止める必要があった。
新たな防衛線の候補地として挙げられているのはモスクワ西方と南西部をカバーするルジェフ~ヴャジマ~ブリャンスクの一線だ。モスクワ指導部や軍の高官はこの一線で是が非でも食い止めるつもりのようだ。
だが、ジューコフには特定の防衛線にこだわるつもりはなかった。
この一線からモジャイスク防衛線、モスクワ最終防衛線に至る縦深でドイツ軍を止める。防衛線に幅を持たせる。それぐらいの柔軟性がなければドイツ軍の鋭鋒は止められない。一線だけの防御では容易に食い破られる。
いや、止めるのではない。ひきこんで殲滅する。スモレンスクでやったような小細工ではなく、戦争の帰趨を決するような罠を仕掛ける。
クレムリンからは毎日のように問い合わせの連絡がきていた。スモレンスクが落ちた時点で、ジューコフに対するモスクワ指導部の信頼も揺らいでいる。スターリンに直接会い、彼を納得させなければ軍権を取り上げられる可能性もあった。
最高総司令部主催の査問会に出席したジューコフは自分の考えを述べた。一線で食い止めるのではなく、幅を持たせて柔軟に対応するべきだと。ジューコフの意見に賛同する党高官や軍高官は一人もいなかった。
主流なのは一線で食い止める防衛策か、軍の長老ヴォロシ―ロフ元帥が主張するスモレンスク奪還論だった。
全ての質問が終わると最後にスターリンがといかけてきた。
「あなたの作戦を採用する場合、私は我が国の主力全てをあなたに委ねるつもりです。あなたが負ければ私達は同志レーニンが残した全ての遺産を失うかもしれません。それどころか、全人類がファシストの隷属下におかれることでしょう。今、一度問います。勝てますか?」
「私は勝つつもりです同志スターリン。ですが勝てるかと言われると断言はできません。勝つための努力を最大限実施する。それだけです」
「あなたに任せるかどうかは、明日までに決めます。それまでは休んでいるように」
スターリンの沙汰を待っている間もジューコフは作戦案を考え続けた。自惚れいるわけでもなんでもなく、この危機を乗り切れるのは自分しかいないと断言できる。もし、自分を採用しなかった場合、ソ連は間違いなく滅亡する。
翌日、スターリンの執務室に直接呼び出された。
「私達はあなたに我が国と人民の命運を委ねることに決めました。最高総司令部は残存戦力と新規編制した予備軍を統合してモスクワ防衛軍を組織します。あなたにはこの防衛軍の指揮を任せます」
「はっ。全知全能を尽くし必ずやファシストの侵略を食い止めます」
「私達モスクワ指導部はその間、あらゆるルートを通じてアメリカを参戦させ、イギリスとの関係を改善させます。ですが、この交渉もあなたが勝たなければどうにもなりません」
イギリスとの関係は微妙という他ない。チャーチルはソ連に対してたびたびドイツの危険性を忠告し、英ソの連帯を訴えかけてきた。対するスターリンはその忠告を悉く黙殺し、チャーチルからの親書をモスクワのドイツ大使に手渡す始末だった。今更ソ連が英ソ連帯を訴えてもチャーチルの態度は冷淡にならざるをえないだろう。そして、アメリカはモンロー主義を依然として堅持している。
西側との関係改善にはスターリンの言う通り、戦勝が必要だった。
一礼して執務室を出るとジューコフは直ちに前線に赴いた。
動員された部隊や資材の配置、機動予備の抽出、対戦車障害地帯の設置、各参謀部・司令部の組織とやることは山ほどある。
ジューコフは赴任するやいなや作業に取り掛かった。
【1941年7月5日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 エリニャ 第二装甲軍司令部】
先鋒の装甲師団が伏撃を受けた。三個装甲師団の戦力がこの伏撃で削られた。
だが、ドイツ軍装甲師団の精強さは想像以上だった。アリスがいる第十八装甲師団は一個機械化軍団を潰し、さらに軍司令部まで落としている。他の師団も同様の奮戦を見せたので、被害は先鋒の三個師団にとどまった。後続の装甲師団は伏撃を受けることなく防衛線を抜き、迅速にスモレンスクを包囲することができた。
第二装甲軍はモスクワ攻撃のジャンプ台となるエリニャまで兵を進めている。
あとは敵の包囲を中央軍集団本隊に任せ、装甲軍は念願のモスクワ進撃を開始することになる。
ただ、赤軍の伏撃は思わぬ副産物をもたらした。伏撃や奇襲を警戒し、歩兵軍と装甲部隊が密に連携を取りながら進むべきだとする守旧派の意見が復活したのだ。この手の意見は第四軍司令官ギュンター・フォン・クルーゲ元帥を中心に依然として根強い。
グデーリアンがなんとか自説を押し通し、装甲軍の自由行動権を認めさせたが、今後また痛撃を受ければ彼らの自論が通ってしまうかもしれない。
時間はソ連の味方だ。悠長に歩兵の進撃速度に合わせれば、ソ連は膨大な戦力を新たに動員しモスクワは手がつけられなくなる。
第二装甲軍司令部では早速、モスクワ攻略に向けた戦略会議が開かれた。
グデーリアンの隣にいるアリスが情勢を説明する。第十八装甲師団は一度解体され、その戦力は司令部の機動予備に編入されたので、彼女はグデーリアンの参謀に復帰していた。
「赤軍はルジェフ=ブリャンスク防衛線~モジャイスク防衛線にかけて相当強力な戦力を配置しています。要塞陣地の充実ぶりもミンスクやスモレンスクの比ではありません。さらに、今までと違って我が軍は絶対的な航空優勢を確立出来ていません」
航空偵察に出向いた空軍がすでに赤色空軍の激しい迎撃を受けている。
諜報部はモスクワ近郊の航空基地に最低でも800機の航空機が稼働しているのを確認した。対するドイツ空軍は航空支援が装甲部隊の進撃スピードに追い付いていない。国境の航空基地からの支援が後続距離の問題で実施出来ない以上、鹵獲したソ連領の航空基地に戦力を展開していくしかない。だが、無傷で確保出来た航空基地は乏しく、基地設備の移転や修理に時間を取られ、最前線での戦力展開は進んでいない。
モスクワ戦に投入可能な航空機の数は多くても500機ほどだろう。
歩兵の支援も航空支援も不十分なままモスクワの堅陣に突っ込むわけだ。それを危険とする守旧派の理論にも一理はある。
「困難なのはわかっている。それでも敵の防衛線は装甲軍だけで破らねばならん。なにか策はあるかハーネ大尉?」
すでに赤軍の配置は手をとるようにわかっている。赤軍はどこかに重点を置くこともなくルジェフ=ブリャンスク防衛線~モジャイスク防衛線~モスクワ絶対防衛線にかけて幅広く展開している。
こちらが押しても無理に抵抗せず引き下がれるような配置だ。ここさえ潰せばいいという重心が存在しない。それが底知れぬなにかを感じさせた。
「我が軍は南北からの突破機動で包囲を繰り返して来ました。そこで今回は逆手を取り中央突破を狙うのはどうでしょうか」
「中央に楔を打ち込み敵を分断するのか?」
「はい。恐らく赤軍は我が軍を懐深くに引き込み、消耗させた段階で決戦を挑むつもりかと思われます。
こちらが押し込んでも敵は下がるだけでしょう。その動きを利用してこちらが有利な地点まで前進、敵の縦深陣内で拠点を作ります」
なるほど。なかなかいい案だ。敵がこちらをひきずりこむつもりなら、その動きに乗せられるふりをして前線を押し上げ、有利な地点で踏みとどまればいいというわけか。限界点までひきこむつもりでいた敵は虚を突かれることになる。
ただ、アリスの作戦にはなにかが足りない。
赤軍の縦深陣はただの縦深防御ではない気がする。一度足を踏み入れたら抜け出せない。そんな類の罠を仕掛けているんじゃないだろうか。敵を防ぐのではなくひきずりこんで殲滅するような罠を。
確証はない。対案を思いついたわけでもない。
それでも、どこかすっきりしないものが残った。




