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スモレンスクの戦い⑤

【1941年6月16日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 第二装甲軍 第十八装甲師団司令部】



嫌な予感はしていた。

その予感がアリスの中で確信に変わったのは敵の大規模な阻止線に遭遇した時だった。

あまりに味方にとって都合のいい地点に敵は陣取っていた。そして阻止線の敵機甲戦力は前面に展開しているT34を除けば、そのほとんどが旧式戦車だ。


KV重戦車やT34の主力はどこへ行ったのか?

敵機甲戦力の主力は間違いなく迂回路に埋伏している。これは罠だ。

それも用意周到にはりめぐらされた巧妙な罠。今までの混乱し狼狽していた赤軍とは根本から異なる。


迂回路に埋伏してドイツ軍の別動隊を殲滅。その後、敗走する別動隊を追って、阻止線の守備隊と呼応し前後から挟撃する。包囲殲滅戦を誘っておいて、逆包囲殲滅戦を狙う気だ。

迂回路を先に抑えた方が背後にまわり敵軍を前後から挟撃することができる。埋伏はわかっているなら先にこちらから仕掛ければいい。


ネーリングの許可を得たアリスは随伴していた重砲大隊に迂回路両翼の樹木線に砲撃を命じた。激しい砲撃が周囲の樹木をなぎ倒し、予想通り、砲撃に驚いた敵戦車部隊の主力が倒壊した樹木の陰からでてきた。

そこへ75ミリ砲を搭載した四号戦車の一群が突入していく。先手をうつつもりが逆に奇襲を受け、混乱する赤軍戦車部隊を四号戦車は正確な照準で次々と葬りさる。やはり、装甲兵の練度と質は国防軍がはるかに上回っている。T34は有効射程に到達する前に射ちまくっているが、味方の四号戦車は敵の猛射にひるむことなく冷静に接近し確実にあてていく。

味方のT34が撃破されるにつれ敵の照準はますます乱れ、連携も解けていく。


迂回路の戦闘は第十八装甲師団が制しつつあった。

このまま敵主力機甲部隊を撃破すれば背後にまわり阻止線の敵を殲滅出来る。あとは敵の司令部を直進して落とせばいい。


いつしか勝利の興奮にアリスの思考はのまれていった。



【1941年6月16日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 予備戦線軍 第二十一軍司令部】


「第三戦車中隊全滅ッ!至急、増援をっ!」


「第二戦車大隊司令部との連絡途絶っ!このままでは全滅しますっ!」


迂回路から届く絶望的な戦況が司令部内を交差する。

コーネフは唇をかみしめながら悲痛な報告をきいていた。万全な罠のはずだった。敵の迂回攻撃を誘った上で主力機甲戦力による埋伏で別動隊を撃破、そのまま敵の背後に回り前後から挟撃する。

だが、狡猾なドイツ装甲兵は全てをよみ切り、逆に奇襲をかけてきた。迂回路に埋伏していた主力機甲戦力は現在進行形で壊滅しつつある。

もはや、コーネフは敗北を認めざるをえなかった。主要打撃戦力となる戦車部隊が壊滅しつつある今、敵の退路を断ち一個装甲師団を全滅させる計画は瓦解した。それどころか敵は迂回路を使って阻止線の背後にまわり、阻止線の守備隊は包囲殲滅されるだろう。

だが、このまま逃げるつもりはない。一矢は報いさせてもらう。


「こうなれば最後の攻撃だ。参謀長、砲兵隊に連絡を!」


司令部を囮に最後の埋伏を仕掛ける。成功したところで敵の進撃が止まるわけではない。

だが、敵装甲師団に致命的なダメージを負わせるという最低限の任務は達成できる。もちろんリスクも大きい。

再びドイツ軍に埋伏を読まれれば、この司令部は蹂躙されコーネフ自身も命を落とす。


――――それでもかまわん。己の命をかけてでもファシスト共を道ずれにしてやる。


窮鼠となったものが生み出す異様な闘気にコーネフはあてられていた。



【1941年6月16日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 第二装甲軍 第十八装甲師団司令部】



迂回路の戦いを制したことで前後からの挟撃が可能になった。

機動力のある敵機甲部隊には阻止線から脱出されたが、逃げ遅れた敵歩兵部隊は砲火の嵐の中で殲滅した。

あとは逃げた敵機甲部隊を追撃して壊滅させ、その先にある第二十一軍司令部を落とせば第十八装甲師団の勝利が確定する。


「追い撃てに撃て!一兵も逃すなっ!」


ネーリングの号令で四号戦車が最高速度で疾駆する。スピードを重視して停止間射撃ではなく行軍間射撃で敗走するT34の背後を撃っていく。

正面装甲を向けたまま後退するT34も複数いたが、ほとんどの戦車は背面装甲をむき出しにしたまま逃げている。高速走行中故に命中弾は少ないが、当たれば確実に敵戦車を爆砕させた。

2キロほどの追撃で敗走する敵機甲部隊の過半を打ち倒した。


そして3キロの地点で師団の進撃を阻もうとする12両のT34がこちらにむかってくるのを確認した。

恐らく司令部直衛の最後のT34部隊だろう。必死に食い止めようとしているのがわかる。ここを突破すれば敵の第二十一軍司令部まで阻むものはなにもない。全身の毛が逆立つ。


「揉み潰せっ!ここを抜けば我々の勝利だっ!」


ネーリングの雄たけびのような号令と共に乱戦が始まった。敵のT34と味方の四号戦車が至近距離で撃ち合い、火柱をあげて爆散していく。6両を撃破された段階で、赤軍戦車部隊が撤退を開始した。

勝機が見えた。これで我々が勝つ。司令部を踏みつぶしてスモレンスクまで一気に駆け抜けられる。


そうなれば敵の主力を包囲し壊滅させ、モスクワまでの道が開ける。戦争の勝利は目前だ。

ネーリングは獣のような獰猛な笑みを浮かべ、勝利を確信した。


その時、ネーリングは全身の血が逆流するような嫌な予感におそわれた。

それは過去何度も彼自身を救ってきた兵士の直感だった。


進撃停止の号令をかけようとしたその瞬間、横殴りの砲火の衝撃が彼の師団を襲った。


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