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第三帝国の闇

【1940年9月15日 第三帝国 ポーランド総督府領 ワルシャワ グデーリアン装甲集団司令部】



ポーランドの中心として数百年にわたって栄えてきた古都ワルシャワ。

今では第三帝国の属領として鍵十字が翻り、強力な装甲部隊の駐屯地となっている。

アリスはワルシャワがあまり好きではない。

見たくもないものを嫌でも見てしまうから。

ポーランド占領後に親衛隊(SS)が実施した被占領住民への所業は、筆舌に尽くしがたい。とくにユダヤ人への迫害は陰惨かつ残忍なもので、何十万人もの人々が隔離され非人道的な扱いを受けている。ここワルシャワでも五十万人以上のユダヤ人を収容するゲットーの建設が始まっていて、10月には完成する予定らしい。


伝統的なプロイセン軍人に育てられたアリスにとってナチイデオロギーには嫌悪感しかない。ワルシャワにそびえたつ総督府の庁舎を見るたびに軍人としての誇りを見失いそうになる。自分もこの国家による大犯罪に加担しているのではないか?と。



ワルシャワ駅につくと迎えの士官が待っていた。

士官の案内で司令部の設置された庁舎に入り執務室に通される。執務室の主ハインツ・グデーリアン上級大将に直立で敬礼すると、グデーリアンは答礼を返した後に要件を語りはじめた。


「先日、ルーマニア政府の要請で帝国は油田地帯への進駐を決めた。私の部隊からも第二装甲師団が進駐に参加することになる。君には師団の作戦参謀を任せたい」


ルーマニアへの進駐。純粋に考えれば同盟国ルーマニアを帝国が保護し、経済的な重心となりうる油田地帯をロシアやイギリスの脅威から保護するためだろう。が、真の任務は違うはず。対ソ戦を遂行する上でも対英戦を遂行する上でもルーマニアは前線を支える展開基地になる。

つまり、ルーマニアへの進駐を決めたということは新たな作戦が始まるということに等しい。

東に進んでソ連を討つのか?それとも南に進んでイギリスの地中海支配に挑戦するのか?


「つまり総統閣下は新たな作戦をご命じになったと?」


「恐らくそういうことだ。正式な攻撃命令は出ていないが、陸軍総司令部はすでにギリシャ攻撃作戦の起草を始めている。対ソ戦と対英戦のどちらかを総統閣下がご決意なされたのは間違いないだろう」


ギリシャに侵攻するということは、対英戦だろうか?

ギリシャがイギリス空軍の拠点となり、ルーマニア油田に爆撃機部隊を送る前に先手を討つ。ギリシャを制圧すればエーゲ海は帝国の海となり、そこから中東に爆撃機を送り大英帝国の心臓部であるスエズを脅かすのも難しくない。


一方で対ソ戦を実施する上でもギリシャ制圧は必要な作戦ともいえる。

対ソ戦中にギリシャがイギリス軍を呼び込み腹背を突く可能性がある以上、放置は出来ない。


「アリス。君はどちらの可能性が高いと思う?」


今、帝国は軍発表だけでなく報道も宣伝相のプロパガンダも対英戦に関することで埋め尽くされている。一方でソ連に関することは不気味なほど静まり帰っている。ソ連軍によるベッサラビア併合も一切国内で触れられていない。まるで意図的な思惑があるかのように。


「私には断言出来ませんが、総統閣下と陸軍総司令部は対英戦を囮にした対ソ戦を考えているのではないでしょうか?」


「よくわかったな。陸軍総司令部は東部問題を解決する唯一の手段はロシアに軍事的打撃を与えることだと結論を出した。来年春には作戦が始まる。対英戦は東部作戦のカムフラージュにすぎん」



帝国がソ連を攻めればポーランドと同じ、もしくはそれ以上の地獄が生まれる。ナチイデオロギーにおいてスラヴ系民族はアジアの野蛮な血の混じった劣等人種、いわば害虫と変わらない。

フランス戦が終わりここワルシャワに来てからアリスは帝国の暗部とはじめてむきあった。

同じ帝国統治領でも東と西ではまるで扱いが違う。


このまま非道な全体主義体制を守るために戦うことがはたして正しいことなのだろうか?ソ連を攻撃してなんの罪もない数千万人の人間を地獄に突き落とすことに大義があるとは思えない。

アリスは静かに反問した。


「閣下。この作戦は総統閣下のためですか?それとも帝国のためですか?」


おじさまは驚いた様子だったが、すぐに安堵した表情で語りはじめる。


「アリス。君が狂信的な排外思想に染まっていないことを私は誇りに思う。だが、総統閣下のお考えと関係なく我々軍人には祖国を守る義務がある。私は総統閣下のためではなく帝国の民を守るために全力を尽くす。もし帝国がロシアに敗れれば、待っているのはスターリンの独裁だ。決して『東方生存圏』とやらのために戦うのではない。それをわかって欲しいアリス」


スターリンの作り上げた共産主義帝国は第三帝国と変わらない暴力と諜報に支配された国だ。

もし帝国がソ連に敗北すればおじさまの言う通りの未来が訪れる。

そしてその最悪な未来を防ぐためには軍人である私達が頑張るしかない。

軍人である以上、帝国の民のことを最優先に考えるべきと敢えて総統への批判をしてまで伝えてくれたグデーリアンの心情をアリスはよく理解していた。


「我儘を言って申し訳ございません閣下。私は軍人としての職責を果たすことに全力を尽くします」


アリスは姿勢を正して毅然と答えた。

――――おじさまをこれ以上困らせるわけにはいかない。

――――軍人である以上、帝国の民を優先するのがあたりまえ。


無理矢理思い込んででもアリスは自分の心の靄を取り除こうと努力した。


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