バルカン半島
【1940年8月30日 第三帝国 フランス軍政府領 ファンテンブロー 陸軍総司令部】
バルカン半島。
古来から大国が奪いあってきた「火薬庫」は、大戦期の今でも独英ソの争奪地となっている。
バルカンを制すものが地中海、そして東欧を制することになるだろう。
今、陸軍総司令部はバルカンへの軍事作戦を実施すべく動いている。
英仏海峡での航空戦が停滞するとヒトラーは対英戦への関心を急速に失い『アシカ作戦』の無期限延期が決定、ヒトラーは対ソ戦へと舵を切り、対ソ戦の後方基地となるバルカン半島の重要性は俄然高まった。
そのバルカンを掌握するチャンスがやってきた。1940年8月30日、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリアの三カ国が領土紛争の裁定を帝国に提案してきたのだ。
複雑なバルカン情勢を解説するにはは西方攻勢時の1940年6月までさかのぼらなければならない。
国防軍が総力を挙げて西方攻勢に取り組んでいる間、ソ連は独ソ不可侵条約の果実を得るべく貪欲に領土の拡張に乗り出した。
バルト三国を強引に併合し、さらにルーマニア政府に対してベッサラビアと北ブコヴィナの割譲を要求。
空挺部隊と機械化部隊の大軍を投入し、両地域を強引にむしりとった。
ソ連の西進はバルカンに大きな衝撃を与えた。
ルーマニア王国では国土を明け渡したカロル二世への反発が強まり、ファシズム政党の鉄衛団が台頭。
ルーマニアは大戦勃発までソ連とも帝国とも英仏とも等距離外交を保っていたが、英仏が欧州大陸から撤退しソ連が脅威になった情勢では帝国を頼るしかなかった。
帝国にとってもルーマニアは貴重な油田供給源でもある。
イギリスの海上封鎖で資源の確保に苦しむ帝国にとってルーマニアのプロイェシュティ油田は軍事活動を支える要であり、石油需要の多くは同油田で賄われている。
ルーマニアの油田を守るためにはギリシャを下してイギリスをバルカンから叩きだし、他のバルカン諸国がソ連になびく前に帝国の陣営に参加させなければならない。
それに、対ソ戦決行時は後方基地としても機能することになる。
対ソ戦を遂行する上でバルカンの確保は必須というわけだ。
一方で諸民族が乱雑に入り乱れるバルカンは「火薬庫」と言われるだけあって常に民族紛争が絶えない。
彼らを一枚岩にまとめ上げるのは至難の技だろう。
帝国の主要な穀物供給源であるハンガリー王国とブルガリア王国はルーマニアと深刻な領土問題を抱えている。
ハンガリーはルーマニア・ハンガリー戦争で失ったトランシルヴァニア地方の返還を求めており、国土奪還のためなら戦争も辞さない。
ハンガリーがルーマニアに奪われた領土は第一次世界大戦前のハンガリー領の七割に達し、ハンガリー人は復讐の鬼と化した。
彼らは国土奪還のためならファシズムに染まることもいとわず、真っ先に反ユダヤ法を可決させ帝国の戦争を支持した。
帝国に全面的に協力することで失った領土を回復しようとしたのだ。
ヒトラーにとってハンガリーは頼もしい同盟国であり、ソ連に襲われ泣きついてきたルーマニアよりも優先すべき対象であった。
ブルガリアもイタリアと共同でルーマニアに圧力をかけ、先の大戦で失っていた南ドブルジャの返還を迫っている。
ブルガリアはスラヴ系民族であり、伝統的に親露・親ソ感情が強く、独ソ不可侵条約の秘密協定でもソ連勢力圏として承認されている。
故にソ連に加担する可能性も十分高く、もしブルガリアがソ連軍の進駐を許可した場合、ルーマニアの油田地帯が直接脅かされる事態となり、対ソ戦どころの騒ぎではなくなる。
さらにギリシャ侵攻作戦を決行するにはブルガリア領内の通過権を獲得する必要がでてくる。
こうした事情があるので帝国としてはなんとしても自陣営に引き込みたい。
そこでヒトラーはギリシャ占領後にエーゲ・マケドニアを割譲すると約束、さらにルーマニア問題でもブルガリアに有利な裁定を下すことにした。
ルーマニアの足下を見た帝国はブルガリアとハンガリーの確保を優先、ルーマニア政府に対して北部トランシルヴァニアと南ドブルジャの割譲を迫った。
帝国の裁定案を見たルーマニアの外交官はそのまま気絶してしまったらしい。
もちろんルーマニア政府に拒否できるはずもなく、裁定案を泣く泣く受け入れることになった。ソ連軍の進駐に続いて、またしても領土を失ったカロル二世は国内での支持を完全に失い、ついに軍部のイオン・アントネスクがクーデターを敢行。
カロル二世は国外に追放された。
これでルーマニア、ハンガリー、ブルガリアは押さえた。
残りはユーゴスラビアとギリシャだが、敵国であるギリシャは別として問題なのはユーゴスラビアだ。
ユーゴスラビア王国は帝国寄りの外交を貫いているが、スラブ系民族のセルビア人は親ソ親英勢力が強く、その政情は安定していない。
しかも、支配者層のセルビア人とクロアチア人の対立は根強く、クロアチア人の中には帝国を引き入れてセルビア人支配を解体しようとする動きもある。
史実だと独ソ戦目前に反独将校がクーデターを決行、親独政権を打倒しヒトラーの介入を招いている。
このユーゴスラビア作戦の影響で作戦開始日が一か月延期となり、この延期がドイツの勝機を失わせたと主張する学者もいるぐらいだ。
独ソ戦の最中もパルチザンが大暴れして、後方線を荒らし回り、帝国は最精鋭の装甲軍まで投入している。
史実を見る限りユーゴスラビアという国は帝国にとって鬼門でしかない。
できればギリシャと一緒に片づけてしまいたいが、解体するとパルチザンが虫のように湧いてくる。
ユーゴスラビアという政体を保ったまま、親独政権を作りあげ、独ソ開戦までに情勢を安定させたい。
そのためには史実よりもクーデターをはやめて介入の口実を作る必要性がある。
またアプヴェーアに頼ることになりそうだ。




