キャットファイト
今回のお話は閑話ではありませんが、3人称視点になっております。
「今日はお天気にも恵まれて、よかったですわね!」
「ええ、本当に。私、以前からこの日を心待ちにしておりましたの!」
「素晴らしい狩猟祭になりそうですわね!」
きゃあきゃあ、と馬車に揺られながら、令嬢達のはしゃぎ声が秋晴れの空に溶けていった。
ファランドール学園の学園行事の中でも一段と特殊な、秋の狩猟祭がやってきたのだ。
そもそも学園に通う生徒たちが寮生活を強いられるのは、生徒の安全を守るためである。
もちろん学園生徒は基本、学園外に出ることは長期休暇以外許可されていない。
休日は、学園の校舎内に学園の雇った身元のしっかりした業者が入り込み、校舎のあちこちで店を出したりして、バザールのような活気が生まれるが外に出ることはできないのである。
しかし、秋の狩猟祭は別だ。
学園祭、体育祭、入学式、聖夜祭、収穫祭、などなど様々な催し事はあれど、唯一この行事だけは騎士団の護衛付きで生徒達が外に出かけることが許可される。
行事内容としては、秋の実りに感謝し、初等科全学年で親睦を深め、また民の働きのありがたみを再確認するためという名目で、低ランクの魔物のでる王都外の誘惑の森に向かい、男子は魔物狩りを、女子は簡単なキノコや木の実などの採取を行うという生徒達のストレス発散をかねた、はっきり言うと貴族の道楽である。
「学園生徒諸君!それでは、秋の狩猟祭開催だぁ!奥に行くと、危険な魔物もいるからあまり奥にはいかないように!」
騎士団長レオンハルトの開催の宣言によって、生徒達がバラバラとばらけていく。
今まで授業で習ってきた剣術や、魔法の腕を試す絶好の機会だ。うずうずしていたのだろう。男子は護衛騎士を引き連れて、わーっと、各々魔物探索に出かけてしまった。女子達は散らばりつつ、のんびりと採取という名のお散歩開始である。
「まぁ、見てください!こんなに大きなキノコが!これって食べられますの?」
「ええ、大丈夫ですよ。ですが、それとよく似た毒キノコもございますので、皆様方、安易にお手を触れることのないようにお願い申し上げます」
「なるほど……。私、違いが分かる自信がありませんわ。そういうことを生業にしてらっしゃる方は凄いのね」
「本当に。そういう方がいらっしゃるから、私達もおいしいお食事が頂けるのですね」
「いえ、もったいないお言葉。それに皆様も、木魔法の一種なのですが、識別魔法を学ばれたかと存じます。そちらで判別することも可能ですよ。毒を持った植物や金属は、赤く光りますので、もしよろしかったら試してみてください」
「そうなんですの?あれって、病人の状態をチェックするだけじゃなかったのですね」
「ああ、一年はまだそこまで学習してはいませんでしたのね」
「先輩はもうお試しになったことがあるのですか?」
「ええ。ですから、ここは可愛い後輩に譲りますわ。あなた、やってみたらどうかしら?」
「じゃあ、早速やってみますわ!エスティメイト!」
「まぁ、本当ですわ!光りましたわ!」
「キラキラ光ってますわね、これは安全ということであっているのかしら」
「ええ、問題なく召し上がっていただけるものだという証ですよ」
真面目に社会科見学をしている令嬢もいるにはいるが……。
「ねぇ、見ました?先ほどのエリック王子様の凛々しいご尊顔。素敵でしたわー!」
「あら、それを言うのでしたら、リラ様だって!」
「ええ?レルク様が一番勇猛なご様子ではありませんでしたか?」
「いやですわ。エドガー様が一番落ち着いていらして、変に血気盛んになる方より素敵だったじゃありませんか。落ち着きのある殿方が一番ですよ」
このように、途中で採取に飽き、もっぱら殿方の話に花を咲かせる令嬢達のほうが多数派だ。
いつのまにかその中でも、王子派、エドガー派、リラ派、レルク派の4つの派閥に学年関係なしに分かれ、令嬢達の間でバチバチと火花が飛び散り始めていた。
その様をなんともいえない苦笑いを浮かべながら見守る護衛騎士と採取の安全性の確認のために付き添っている鑑定員が、羨ましそうに真面目組が和気あいあいとしゃべっている方向をちらりと見た。
同僚達がはしゃぐ孫を見守るじいさんのような優しい目をして、令嬢達と話している様子を見て、出そうになったため息をぐっ、と飲み込んだ。
顔にありありと、あっちに行きたいなぁ……。という気持ちがにじみ出てしまっているが、彼らは至極真面目な顔を保っているつもりである。
あの時、チョイスボードに別属性の魔法を流していたら、結果は違っていたのだろうか……。
護衛騎士と鑑定員はくじ運のない己の運命を呪うしかなかった。
「私、もう少し奥の方で先ほど王子をお見かけしたのですけれど、それは素晴らしい光魔法を行使なさって、ワイルドラビットを仕留めていらしたわ。本当に、鮮やかな魔法行使で……」
「エドガー様も木魔法とお得意な水魔法を組み合わせて、凶暴な魔物を水攻めになさっていましたわ!ただ特攻するだけが、素晴らしいのではなくてよ!」
「まぁ!リラ様なんて先ほど奥の方で大きなワイルドボアを闇魔法で撹乱し、木魔法で拘束し、火魔法で炙っていらしたわ!」
「ワイルドボアですって?!そんな凶暴な魔物……。かなり奥に行かれたのね。無鉄砲ではなくて?」
「先輩ったら、なにを仰るんですか!リラ様は、ワイルドボアを引き連れて笑いながら逃げてきたライナック様を助けたのですよ!まさに偽悪的な英雄の名に相応しい振る舞いでいらっしゃると思いますが?!」
「それを言うのでしたら、レルク様だってご学友を庇って、ワイルドボアを仕留めていましたわ!素手で!!!」
『えっ、素手……』
その発言にレルク派の令嬢達は「流石、レルク様!」「きゃー!」と喜び、ほかの派閥の令嬢達は引き気味である。
「ご、ごほんっ!なんて言ったって、エリック王子様が一番に決まっているじゃありませんの。王子様ですよ、お・う・じ・さ・ま!」
「まぁ、不良にキャーキャー言うようなミーハーな方々にはわからないかもしれないですけれど」
「ココット様はどうお考えです?」
2年と4年の有力な家の出である先輩にそう名指しされ、1年女子1番の、いや、モルガン令嬢がいない今、学園一の権力を持つ令嬢であるココット=リーズに白羽の矢が立った。
実は、ココットは悩んでいた。
確かに不良でいらっしゃるリラ様はとても麗しいし、素敵だわ。
1回目の席替えで、お隣になれたのも嬉しかったし、その後の2回目の席替えでも後ろのお席を獲得することが出来た。運命的なものすら感じてしまいますわ。
たいして、王子様は……。
ココットは、入学前、エリック王子のことを心から慕っていた。
モルガン令嬢不在の今、王子の花嫁最有力候補として、周りに色々と吹き込まれてきたのである。
入学当初は、この方が未来の旦那様だなんて、素敵!素敵だわ……!と、とろけるようなうっとりした目で王子をよく見つめていた。
ココットは本来のリラ=モルガンのようにステレオタイプの悪役に相応しい令嬢であった。
自分より優位の権力者には媚びるし、それ以下の者は見下す。
身分が下の者は私に仕えて当然、と今でも思っている。
リラは公爵の中では一番の力を持つモルガン家の嫡男。
しかし、媚びはすれど、国の王子であるエリックより彼女の中で優先される存在では決してなかった。
多少、歩く都市伝説のような存在であるリラの奇抜さやリラ自身の見目麗しさに心惹かれることがあっても、だ。
しかし、ココットは学生生活の中で、王子とリラ、二人とほど近い席になったことで思ってしまった。
あれ、王子様って思ってたより素敵じゃないのではないかしら……。と。
美貌は同レベル、勉強はリラが上、しかし、権力は王子が上。
貴族社会において権力は何よりも大事である。それが覆ることはない。
本来なら、絶対に王子に軍配が上がる。
ココットは典型的貴族だ。けれど、彼女は同じぐらい恋に夢見る乙女でもあったのである。
権力なんか抜きにして、誰にでも好みの異性、というのはいる。
彼女は光り輝く正統派王子様より、リラの魔王然とした妖しい魅力の方に惹かれてしまった。
王子様だから仕方ないのかもしれないが常に傲岸不遜で、よくリラをからかいにくるエリックよりも悪態はつきつつも、理不尽な理由で暴力をふるう乱暴者でもなく、むしろ優しいくらいのリラのほうが魅力的に見えていた。
それでも、迷いがあった。
いくら一つ家格が上のリラでも、王子の権力の旨味には勝てないし、何より両親が、周りが、王子との結婚を期待しているのに、勝手にリラを好きになっていいんだろうか?と。
だけれど、先ほどのリラファンクラブの令嬢の発言で決意が固まった。
「ライナック様を助けるためにリラ様は魔物を討った」、それを聞いたとき、ココットは落胆すると同時に歓喜した。
ああ、やはり!やはり私が思っていた通りのお方!王子様より王子様!仲間を身を挺して救うだなんて、とてもすばらしい行いだわ……!実際にその場を見れなかったことが残念……。
たとえ、私が物語のお姫様のように囚われの身になってしまったとしても、きっとリラ様だったら、王子様のように白馬、いいえ、黒馬に乗ってはせ参じてくれるに違いないわ……!ああ、素敵!素敵だわ!!
そこまで考えて、ココットの頭に彼女に非常に都合のいい啓示がくだった。
許されざる恋、障害があればあるほど燃え上がる恋……。ああ、なんてロマンチック!!
ココットは悪役令嬢に相応しい貴族の令嬢。
本来のリリー=モルガンの後釜になるに最も相応しい、家格、性格、美貌、才を持ち、狡猾で目的のためには手段を選ばず、残忍で、完璧な悪役令嬢代理……。
ただし、彼女を真に正しく表すなら、こう言う必要がある。
猪突猛進で夢見がちな流されやすいかなり残念な悪役令嬢代理、と……。
「私はリラ様が一番素敵だと思いますわ。ワイルドボアの前に友を助ける為とはいえ、身を投げ出すなんて並大抵の方じゃできませんもの」
ちなみにいうと、ココットの頭の中から、レルクという別の意味での規格外はすっかり排除されている。
「なっ……!あなたが、そうおっしゃいますの?!」
「ええ、正直に申し上げまして、エリック王子様は少々子供っぽいところが目立つようにお見受けしますわ」
「なっ、なっ!!不敬ですわよ!!」
「不敬?あら、この学園ではこの程度の発言も許可されていませんでしたか?存じ上げていませんでしたわ」
王子派の非難ごうごうなんのその、ついでにいうと、「レルク様だって、ご学友を庇ったのですけれど?!」というレルク派の主張もスルーして、笑みを浮かべるココットにリラファンクラブが湧きたつ。
「へぇ、あなた、随分と簡単に目移りなさるのね」
そうぼそりと呟いたのは、ココットのクラスメイトの令嬢、リアナ=ライゼット。
薄緑色の髪に同色の目を持つ、伯爵家の令嬢である。
伯爵の娘ごときが、今、この私を馬鹿にしたの?
ココットはふんぞり返るようにして、リアナの方を振り向いた。
「何か仰いまして?」
「いえいえ、大したことではないですわ。あなたは随分とエリック王子様を慕っていらっしゃるようにお見受けしましたけれど、気のせいだったのですね。まぁ、女心と秋の空、とも申しますし」
はっ、と鼻で笑ってそうのたまったリアナの顔には完全に侮蔑の色が浮かんでいる。
ひくひく、とココットの口元が歪んだ。
「ええ、私、王子様をお慕いしていましたけれど、リラ様の魅力に気づいてしまいましたの。まぁ、私が王子様とのご結婚をあきらめることによって、皆様にも王子様を射止めるチャンスが訪れるのではなくて?ああ、それでもリアナ様は伯爵令嬢ですから、可能性は低かったかしら?」
そこまで口にするとココットはわざとらしく、しまった、というような表情になった。
「あらあら、失礼なことを申し上げてしまったかしら。ごめんあそばせ」
くすくす笑いながら口元を手で隠すココットに、今度はリアナがぐしゃりと顔をしかめ、苛立たし気に自身の唇を噛む。
「ココット様は随分と傲慢でいらっしゃるのね。よかったですわ。あなたのような羽虫がエリック王子様から離れて」
「羽虫ですって?!」
「あら、お怒りになるのですか?ご自分で先ほど言ったでしょうに。この学園では、自由な発言が許可されているのですわ。ご自分の発言ももうお忘れになったの?お可哀そうに。頭のご病気でしょうか?」
「このっ……!」
「やりますか?貴方の唯一のとりえのお顔に傷をつけてしまったら、ごめんあそばせ。でも、お許しいただけますわよね。不可抗力ですもの」
「ま、まぁまぁまぁまぁ!!落ち着いて!ご親睦、ご親睦を深める会ですから、これは!」
「そうですよ!ほら、憧れの殿方にこんな姿を見られては幻滅されてしまいますよ!」
あわや取っ組み合いの喧嘩になる、というところで冷や汗を流して静観していた護衛騎士達が二人を取り押さえた。
しかし、リラ派と王子派のギスギスした雰囲気は消えない。
もはや、エドガー派とレルク派は置いてけぼりである。
淑女として、一応落ち着きはしたが、あのまま騎士達が必死に止めなかったら、二つの派閥でそのへんの木の実のぶつけ合いといった抗争でも始まってしまいそうだった程度には険悪になっていた。
「リラー!私はワイルドボアを3頭倒したぞ!君は?!」
「いや、そもそもそんな勝負してないし!やめろ!!そんなデカいのもって追ってくるな!とりあえずどっかに置いてこい!!」
「なんだリラ、レルクに負けたのか?そんなザマでは、完璧なる不良の名が泣くぞ。完璧なる不良殿」
「くどい!繰り返すな!その呼び方はやめろと何度も言っただろ!!」
「騒がしい人たちですね……。まぁ、王子が楽しんでるならいいですけど」
そこに現れた噂の殿方達。
どこにそんな力があるのか、2頭ものイノシシ型モンスターを担ぎ上げて、リラを追い回すレルクと後ろからヤジを飛ばす王子に、それに追従するエドガー。
その存外楽しそうな様子を見て、令嬢達も毒気を抜かれるのであった……。
ブクマ&評価ありがとうございます!
レイアウト設定や「…」を「……」に変更したり、細かい修正をいたしました。
基本はリラの視点ですが、こういったものや別のキャラ視点のものも唐突に挟むかもしれないので、ご注意ください。よろしくお願いいたします!




