お稲荷様、学園を知る
講堂は溢れんばかりの人間が多く集まっていた。
彼らのほとんどは少年少女と呼べる幼い男女であり、その中でも、最も小柄な子供達が今日の主役である。
一様に咲いた笑顔の数々。
実に晴れがましい入学式の始まりであった。
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そんな子供達の様子を、俺は講堂の外から見つめていた。
講堂側面の高い位置にある窓際で、小さい体を活用して寝そべり、期待と不安の混在する面差しで座っているアレンの横顔を優しく見遣る。
俺が人間であれば、間違いなく不審者だ。
男だろうと女だろうとショタロリコンの烙印を押されるような光景に違いない。
この世界に来て、生まれて初めて狐の姿に生まれて良かったと感じた今日この頃である。
さて、入学式の様子についてだけれど。
どうやらこの世界の学園における入学式というものも、主に迎え入れる学園側の人間と新入生との初顔合わせを目的としたもののようで、合計461名の新入生が講堂の正面でそれぞれのクラス分けから列になって着席していた。
各クラスの見分け方は、一目でわかる。
服装の色や装飾の違いもあるが、貴族クラスは高貴な血筋から来る見目の良さが際立ち、戦士クラスは幼いながらも体幹がしっかりしていて一部を除いて体格が良い。そして魔道クラスは頭脳労働が基本だとばかりに痩せ型で、普通クラスはまさに普通だった。
それらのクラスにおいて、その先頭に座る子供たちは特に雰囲気が違っている。
いかにも神童や天才児と呼ばれ、その名に恥じない才覚を持ったオーラを感じさせる。
それもそのはず、この座っている順番は先頭から、先日行ったクラス割振り試験の上位から順に並んでいるのだ。
あの試験は生徒の特性によるクラス割振りだけでなく、同時に順位格付けまで行われていたようで、こういった場での優秀者のお披露目にも活用されている。
多くの生徒に囲まれることになる教師にとって、優秀な生徒は良い意味でも悪い意味でも特別扱いが必要であるというのは常識だ。
彼らは将来、国に対して有用な人材となる可能性が非常に高く、そして逆にその優秀さをもって大きな害をもたらす可能性もある、何とも扱いにくい存在なのだ。
そうした優秀の部類に入る生徒は十分に把握しておくため、順位付けが必要なのだという。
誰に聞いたかって? あの学園長からだよ。最近、結構な頻度で呼ばれているのだ。
例の爆発事件の聴取でアレンが呼ばれたことで一緒に何度か出向いたり、生徒の使い魔判別用の魔術具を受け取るために出向いたり、学園の建物内を自由に彷徨けるようになってからは直接呼び出されて人化用の服を作るため採寸をされたり……あの事件から10日もたたずに何度も呼ばれているわけだ。
あの婆さんは、俺が十分に言葉を聞く能力があると知ってるから、愚痴のようなことからおばあちゃんの知恵袋的なことまで色々と聞かせてくる。
知識習得になって良い面もあるが、学園長の孫の性癖のどうしようもなさにうんざりしてる愚痴なんて聞きたくもなかった。
なんだよケモナー且つロリコンって。絶対お知り合いになりたくねぇよ。
学園長の身内なら、まずあんたと距離を置きたい。学園長繋がりで会うとかの可能性高そうだし。
閑話休題。
学園長が長々しい挨拶を終えて壇上からゆっくり降りていくと、その入れ替わりにウィリアム教頭先生が壇上へ上がった。入寮初日にビスケットをくれた先生だ。
これからウィリアム先生が新入生の名前を読み上げて、代表者が壇上に上がることになる。
時間も限られている入学式で、全員の新入生の名前を読み上げるわけにはいかない為、貴族クラスは全員分、その他のクラスでは上位3名の代表者が名前を呼ばれることになっている。
こうした配分に関しては、当然のように身分というものが大きく関係してくる。
教師陣も教える立場だけあって、相応の身分を形式上持っているけれど、あくまでも形式上の話であり、貴族の子弟に対して不用意な無礼を働くのは避けなければならない。
教師という特権から大抵のことは許されるけれど、公の場で家名を間違えられることは、貴族にとっては酷く名誉を傷つける行為となるため、教師陣は必死に記憶しているらしい。
貴族クラスの人数が、ほかのクラスと比べて少ないとはいえ30人程度はいる。他の400人もいる平民の名前まで読み上げ続けるのはリスキーだ。
俺だったら、間違えずに覚えられる気がしない。30人分の長い名前でも大変なのに、それ以上だとまず間違いなく誰かの名前と混同してしまいそうだ。
教師陣は本当に大変だな。
新入生の名を読み上げる前に短く挨拶を行うウィリアム教頭。
なんとも驚いたことに、彼の頭には見事に自然な頭髪が乗っていた。
今日初めて会った人は、本来の彼の頭がバーコードハゲであるとは思わないだろう。
それ程に自然なカツラだった。立派な七三分けである。
ちなみに、俺の驚きの感情を同調したのだろうか。アレンも同様に驚いているようだった。
『さて、それでは新入生の名前を貴族クラスから順に読み上げますので、呼ばれた方は「はい」と返事をし、壇上の席に移動してください。それでは読み上げさせて頂きます。貴族クラス 一位 ハワード・ラングステイン・ロワ・ダルフォニア第二王子殿下。』
「はい。」
教頭の声で淡々と貴族クラスの長い名前が一通り続き、ようやく戦士クラスに移る。
戦士クラスはアレンが在籍するコースだ。
『戦士クラス 一位 ノストル・ブラットウィンド。 二位 アレン・フォーサイト。三位 レティ・アームストロング。壇上へ移動してください。』
三人は堂々と壇上へ登っていく。
その真ん中にいるアレンは言わずもがな、一位と三位の子も非常に目立っていた。
一位のノストルくんは、幼い少年ながら、体が大きくいかにも騎士のような出で立ち。立派なガタイの偉丈夫である。
顔貌も貴族ほどではないけれど整っており、勝気そうな目をしている。平民の女の子達からすれば、身近な私の王子様になりそうな外見だ。まず間違いなくモテる。
三位のレティちゃんは本当に戦士クラスかと思えるほどに小柄であった。武器を扱ったことがあるのか疑わしいほどに華奢な体躯をしており、眠たそうなタレ目で不安定な印象を受ける。騎士学生服も着せられてる感が強かった。
だがしかし、彼女は戦士クラス三位の実力者。あの外見でも何かあるのだろう。
そして、アレン。
勇者アロンドのフォーサイトという家名はほとんど知られていない。
聖職者であった聖女イリーナがアロンドとの結婚の為に還俗し、実家のフォーサイト家へ戻った為に、アロンドもその名を名乗ることになったのだ。現役勇者は名字を持たない孤児であったと聞いている者は、名字を聞いてもピンとこないのは当然であった。
しかし、それでも勇者という存在を殊更に高く評価するこの学園において、知らない者のいない現役勇者の特徴がある。
それは頭髪だ。
歴代最強と謳われる勇者アロンドは、その燃えるような赤い頭髪がトレードマークとなっている。
精霊の寵愛と呼ばれる頭髪の彩色は、それほど珍しいものではないけれど、褪せた赤とも焦げた赤とも違う、正に原色とも呼べる正真正銘の赤は非常に珍しいものであった。
そして、その息子であるアレンはその要素を見事に受け継いでいた。
成績優秀、赤髪、そして勇者の息子が入学するという噂。それだけでも、アレンが勇者アロンドの子息である事は誰にとっても想像に難くなかった。
教育の行き届いた貴族子弟でさえ好奇の感情を抑えられないようで、この場に集まった新入生から上級生まで目線がアレンに釘付けとなっていた。
となれば、平民はもっと酷い。
新入生は隣同士、まだ会って間もない初対面同士でヒソヒソと囁き合っていた。式に参加している上級生の面々はクラス内の気安さもあって声が大きくなっている。
しかし、その騒つきはそれほど長く続かなかった。
『静まりな。』
決して大きくはない、鋭い鶴声が講堂を走り一瞬にして喧騒が収まった。
その声の主はマイクのような魔道具を手に持つ教頭……ではなく、とんがり帽子に黒ローブと太い杖という魔女風味たっぷりの学園長だった。
『式典の最中さね。喧しいのは進行の邪魔だよ。ほれ、さっさと続けな。』
思わず俺も尻尾が逆立ってしまうような威圧の篭った声だった。
逆らう者は当然誰もいない。教頭が姿勢を正して次の生徒の名前を読み上げていき、先程の騒動が嘘のように進行していく。
あー、びっくりした。
ーーー
恙無く入学式が終了すると、その後は初めての課外授業、ホームルームである。
各クラスの教室毎に担任の先生が割り振られており、戦士クラスには150人程度の新入生がいることから教室が4つに分けられて人数が分配されている。
もちろんこれも試験順位の順に纏められていた。つまり、必然的にさっきの代表者が集まっている状況だ。
「すごいな、アレン。君はもう使い魔を従えているんだな。……随分と強そうな妖狐だ。流石は現役勇者の息子。」
「ノストルくんも、魔剣に選ばれてるなんてすごいよ。うわぁ、かっこいいなぁ。」
「もふもふ。」
代表者仲間の3人はすでに仲が良くなっている気がする。アレンは俺と父親を褒められて上機嫌。ノストルくんも愛剣を褒められて、剣の来歴を楽しそうに語り出す。
そして、レティちゃんはマイペースに俺を撫で繰り回していた。あっ、そうそう、上手いよ。あっ、んん、癖になっちゃうかも……
レティちゃんのテクに息も絶え絶えになっていた時に、救いの主が現れた。教室担任の先生である。
鍛え上げられた肉体を服の上に浮き上がらせ、パリッとした角刈りもあって日本のヤクザを彷彿とさせる眼光の鋭い先生。
どう見ても俺のイメージする教師には向いてなさそうな見た目だが、戦士クラスの教師としては最適と思わざるを得ない迫力の先生である。
関係はないが、勇者一行の女戦士アンナの方が迫力があると思う。
「全員着席だ。今から学園の生活について注意事項を話すから、使い魔も大人しくさせて、静かに聞くように。」
蕩けきった俺をレティちゃんは渋々解放して、新入生達は決められた席に着く。皆素直に着席するが、戦士クラスだけに体を動かしたくて仕方なさそうだ。ただ座ってるだけでも落ち着きがない。
そんな新入生の様子に先生は微笑ましそうに笑う。
「自己紹介をしよう。今日から俺がこの教室での担任になるグレゴリー・マーティンだ。教える科目は戦闘実技で格闘術が専門だ。このホームルームが終わったら教練場でお前らの実力を測ってやるから、ちゃんと話を聞くようにな。」
そんな名乗りと挑発に、新入生達は一様に好戦的な笑みを浮かべた。
流石戦士クラス。動きたい盛りの少年少女にとってはたまらないご褒美らしい。
……俺には分からん価値観だ。
「まずは注意事項からだ。この学園では許可のない私闘は禁止されている。強そうな相手と闘いたい気持ちはわかるが、ちゃんと教師から許可を取って俺の立会いの元、私闘を行うように。わかったな。」
全員が口を揃えて、元気よくはいと返事をする。
「次に、使い魔の扱いについてだ。基本的に理性ある使い魔については、学園内の自由行動を認めている。しかし、暴走や故意的な犯罪を防ぐために、各人の使い魔には特別な魔道具を取り付けさせてもらう事が決まっている。例えばそう、アレン・フォーサイトの使い魔ソフィの首に掛けられた赤いスカーフがそうだ。そのスカーフには使い魔の位置が記録されるようになっている。つまり、悪い事をしたかどうかは調べればすぐにわかるという事だ。自由行動をさせる時には必ず魔道具を付けていないと罰を受けることになるので、注意するように。」
イメージ的にはGPSで監視されてるって事ね。悪いことするつもりはないから別に良いけどさ。
それよりこのスカーフ、赤いから稲荷神社にいるような狛狐を思わせる見た目だ。一介の九尾の狐が神使の真似事をしているようで何故かすごく申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。俺の毛白くもないし……。
「そして、順位についてだ。お前らの順位は試験によって位置づけられたものだが、贔屓や差別する為の優劣ではない。下位の者に対して脅すような要求をしたり、虐めるような真似は絶対にしないように。上位に上がりたければ、ひたすら勉強するか鍛えまくれ。……三位のレティ・アームストロングは学力は壊滅的だが実技で登り上がっただけだ。四位の奴は勉強して成績を上げれば勝つのは簡単だぞ。」
そんな先生の発言に、レティが頬を恥ずかしそうに赤く染め、唇を尖らせて抗議する。仕草は可愛らしいけれど、実技で三位までのし上がったという事実に、俺は戦慄を隠し得ない。
もしかして、このクラスの中で一番強いのってこの子なんじゃないだろうか。
その後、細かい決まりについては文書を読むようにと植物紙を複数枚、各人の机に配られ、細やかな文章の羅列にレティを含めた数人が頭から煙を出して突っ伏した。
そこまでか、勉強嫌い!?
「さて、難しい話は終わりにして体を動かすぞ。まだ修理中ではあるが、教練場へ向かうぞ。さあ、腕試しだ。」
その声に、幼い戦士たちは皆立ち上がっていた。
この子達好戦的過ぎる……。




