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お稲荷様、衝撃の出会い

我輩は狐である。名前はまだない。

なんて冗談を言っても状況が好転するわけではないが、ひとまず冷静になる事は出来た気がする。


俺は今、五人のとんでもなく強い人間に取り囲まれ、身体のあちこちに手傷を負っている。

今のレベルでは狐火きつねびしか応戦する手段がないことが酷くもどかしい。


レベルを上げておけば! と今更な後悔をするが、そもそもこんな事が起きるなんて想定外だったのだ。



ああ、身体のあちこちが痛い。倒れ込んでのたうち回りたい程に痛いのだ。でも倒れるわけにはいかない。

倒れたら、俺は死ぬ。この五人の化け物に殺されてしまう。


では逃げるか。

この焼かれて拓かれた森では、逃げ場などあるだろうか……。


いや、無いだろう。

傷付いて血塗れの体では血痕を追われて追撃されるのが関の山だ。

今の俺には走って逃げきる体力はほとんど残っていないのだ。


俺にできる事は、奴らの回復手段を失わせ、退却させる事。その為には、あの後方のヒーラーが邪魔なのだ。



特大の狐火を作り上げ、前衛の剣士に向かって投げつける。これは多分また防がれる。

だが、多少なり負傷は負っている事だろう。

怯んでる隙に、それを回復させるヒーラーを早急に潰す!


特大狐火を隠れ蓑に、複数の狐火を混ぜ込む。特大が爆ぜたら、一気に後方を攻めるのだ。


特大狐火の生成に反応したのか、魔術師が前衛の元へ走り、三人の前衛を囲むように防御魔法を貼る。

だが、後方はこれで、がら空きだ!


爆発に乗じて、隠していた狐火がヒーラーに襲いかかる。

目の前の前衛から意識を外し、絶対に当てることに集中させる。

ヒーラーを倒さなければ確実に負けるのだ。

妨害などさせてなるものか。


魔術師や剣士の一人が狐火に何かしてきたが、遅い。

俺の狐火の一つがヒーラーに着弾する。


前衛の男の一人が、ヒーラーの名前を叫ぶ。


ヒーラーは、爆風に弾き飛ばされた。

しかし無事だ。防御魔法で止められたか。だがまだ狐火は残って……!?


飛ばされ、倒れこむヒーラーの着ていたローブのフードが外れ、顔が露わになる。

……若い女だった。


そして、俺は更に気づいてしまった。

その女の腹は不自然なほどに膨らんでいて、その場所には新たな命が芽生えている事に。


俺の狐火は勢いをそのままに、女から全てが逸れていく。

もう、俺には彼女を攻撃する事が出来なくなっていた。




そして、一人の前衛の戦士が、無防備となった俺に、剣を振り落とした。



ゲームから現実となったこの世界で、俺は一匹の狐となり、そして死んだのだった。


◆◆◆◆◆


『インフィニティ ファンタジア』通称IF。

日本産のファンタジーの粋を集め、戦闘、製作、農業、商業など、なんでもできるを実現したVRMMORPG(Virtual Reality Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)である。


その物語の大部分は製作者により、十分なボリュームで作られているが、エンドコンテンツ後の飽きない工夫として、驚くべき手法が用いられた。

全シナリオ踏破後の特典として、IF世界のほぼ全ての設定が記載されたルールブック・・・・・・の配布と、元となるキャラクターステータスに収まるステータスの変更と自由な転生を行うことのできる権限が与えられた。その転生可能な対象はルールブック内に含まれる種族すべて。但し、一部は運営による受理が必要となるらしい。

さらには、ルールブックに収まる形でのシナリオ作成の権限も与えられる。

これはつまり、自分の好きなシナリオを作り、運営によって動かしてもらうことができるというシステムなのだ。


そんなシステムを運営するのは、流石に運営側の仕事量がヤバイのではと感じるが、実のところ、それほどでもないらしい。

シナリオの選抜や編集までは人の手が必要となるのだが、ルールに沿った文章を専用のAIに読み込ませることで、登場人物からプレイヤーの行動に即した台詞までを自動的に考えて作ってくれるらしい。

便利な世の中になったものだ。



このシステムは、TRPG(Table talk RPG)のやり方に似ているかもしれない。

AIがシナリオの進行と調整役キーパーであり、プレイヤーの行動を尊重し、明らかに見当違いの方向へ走れば、阻害し過ぎない程度にNPCから助言を出させる。 

そして、プレイヤーの行動によって結末が変わっていくのだ。


本編全シナリオ踏破者にとっても中途の中堅のプレイヤーにとっても、これが面白くないはずがなかった。

踏破者はまだまだ数が極めて少ないが、製作者以上の情熱を持ち、IFの酸いも甘いも知り尽くした猛者達である。そんな彼らにとってシナリオ作りは最高の遊びとなった。

俺たちには、シナリオを踏破したことで世界の流れが全て手に取るように分かっていたのだ。更に裏設定まで知り得た事でシナリオ作成では湯水のようにアイデアが浮かび、悲劇から喜劇までなんでも作成していった。



そのおかげかは分からないが、IFは歴代最長のMMORPGとして記録されることになる。

もはや、IFがMMORPGの代表と言っても良いほどの人気作になっていた。




そして、その時が訪れた。

俺は、シナリオ作成者から脱退し、一プレイヤーとして謎のスタートを切った。

謎の、と言うだけに普通のプレイングではない。


思い付いたのはつい先日。キッカケはフレンドのシナリオ未踏破プレイヤーとレベル帯を合わせた、神喰狼フェンリルの姿で本シナリオを協力プレイした時のことだ。

シナリオ出発前にパーティ登録をするべきなのだが、フレンドがそそっかしく、登録を忘れてシナリオに突入してしまったのである。

呆れ果てたが、俺は異変に気付いた。

フレンドが進めるイベントシーン内に俺が存在し、隣にフレンドがいたのだ。


これは本来あり得ない。

ここでの会話シーンは、プレイヤー目線では自分にのみ語りかけられる。

協力メンバーは後方へ下がり、蚊帳の外になるのが一般的なのだ。しかし、俺はフレンドの隣にいて、時折視線を向けられる。


そして、さらに気付く。

自分の体力ゲージの上。本来、パーティのメンバーの体力ゲージが表示される場所に、見慣れぬゲージが追加されていた。

フレンドの体力ゲージとその下、PETと記載された小さな体力ゲージ。そのゲージの端に小さく俺の名前が記されていた。



その後、俺たちはパーティ登録をせず、そのまま協力プレイを続けた。

フレンドはそそっかしい上にうっかりしてるので、俺がペット扱いになっている事に気付いていなかったようだったが、俺はその間に色々と検証を行っていた。


一つ。ペット扱いの時と、パーティ扱いの時での体力や能力に違いはあるか。答え、違いはない。

一つ。死亡判定を受けた際、自分やフレンドの所持アイテムによる蘇生は可能か。答え、可能。従来通り使える。

一つ。この状態において、フレンドとのアイテム交換は可能か。答え、可能。

一つ。ペット扱いでのパーティチャットは可能か。答え、不可。ただ、神喰狼は普通に音声言語での会話ができるのでチャットを必要としない。おそらくは会話機能のない動物系でやった場合、意思疎通は困難になるだろう。

一つ。この状態で、俺が他人とパーティを組めるか。答え、不可。フレンドが召喚した精霊が同じ欄に現れたので、パーティと呼べなくもないが、プレイヤーとのパーティ編成はできないらしい。

但し、これはフレンドには適用されないので、上限パーティを組んだところで俺が外れることは無いだろう。なにせ、ペット扱いなのだから。


まとめ。

パーティ状態とペット状態とでの欠点と利点はなにか。

欠点。

パーティ間の内密チャットができない。転生した種族によって会話がし難くなる。ペット扱いなのがやや恥ずかしい。

利点。

パーティ上限を超えた戦力の増強。パーティ間での所持可能アイテム量が増加。つまりチート過ぎ。


結論。

これ、報告したら確実に修正対象だわ。



そして、俺はこのバグが修正される前に、謎のプレイングを開始することになったのだ。


名付けて、『新米プレイヤーのペットになって、共に成長してみようプレイ』


ってことで、転生キャラクター作成。

新米プレイヤーがペットにして嬉しくなりそうな、ありふれた種族。まあ、九尾の狐が妥当だろう。

空狐でも良かったが、あれはエンドコンテンツに近いし、レアポップモンスターとしても不自然すぎる。

今回のプレイングは新米プレイヤーに、プレイヤーだと気付かれないことが第一なのだ。

よって、自然のポップモンスター同様に名前は付けず、種族名を前面に押し出した。


勝手に現れ、懐いてきたレアモンスターと共に冒険をする。

なんでも起こり得るIFだからこそ、プレイヤーに不自然感を与えず、単純に特別感を覚えることだろう。楽しんで貰えたら何よりと言うほかない。

いずれ正体がバレるかもしれないが、その時は後腐れなく離れよう。勿論、ロマンチックな別れの演出を用意することは忘れないぜ。

俺はエンターテイナーだからな。


さて、美しい九尾の小狐のビジュアルを作成し終え、設定したレベルは1。オシャレとして額に月のマークを入れて完成だ。

スキルはまだ狐火1と変化1しか使えないが、スキルポイントは有り余ってるのでレベルが上がったらパートナーを補完できるように変えていこう。


それじゃ、プレイスタートだ。



ーー気が付くと。

辺りは見知らぬ森に囲まれていた。


◆◆◆◆◆



「あらあら、二人は仲良しさんね。」


「うん。僕とソフィは仲良しだよ。ね? ソフィ。」


少年の無邪気な態度に俺も思わず和んで、返事とばかりに体を擦り寄せ、親愛を示す。

そんな気持ちを汲み取ったのか、嬉しそうに少年も俺に頬ずりしてきた。

実に可愛らしい。


俺の九つある尻尾もゆらゆらと機嫌良さげに揺れているのを感じていた。


ーーー


結局のところ。俺はあの時死んでいた。

俺のご主人である勇者アロンドのパーティにより、討伐されてしまったのだ。


そりゃそうだ。レベル1で勇者とか呼ばれる相手に勝てるはずがない。

有り余っているスキルポイントを振り分ける余裕もまるで無かったわけだからな。


彼らが討伐に出向いた理由は、俺が住んでいた森の近隣の村で発生した乳幼児誘拐事件に起因する。

村長は、その原因が最近近くに現れた九尾の妖狐によるものだと言ったそうだ。

過去の伝承で、妖狐は子供を攫いその幼体を喰うのだと代々教わってきたかららしい。


そして、それを信じた勇者一行は森に現れた強大な九尾の妖狐と対面した。



そして、俺は殺されたわけだが、その後、ヒーラーである元聖女イリーナが、即座に俺を蘇生させたのだ。


その突拍子も無い行動にメンバーは慌てたが、イリーナは意に介さず、断言する。

「この妖狐は乳幼児誘拐の犯人ではない。」と。



人間の子を躊躇なく食べる妖狐が、人間の女性を、或いは妊婦を見て攻撃を止めるとは考えられないからだ。

それも、自分の命が危機に瀕している時に、である。

死亡によって変化1でのバトルフォーム(巨大化)が解かれて、巨大狐から小狐へと変貌した事も、邪悪な妖狐のイメージを払拭させていたのだろう。


そんなイリーナの説明に、納得した一行は蘇生した妖狐の処遇について話し合う事になった。


元聖騎士イングバルドは、小狐の時点でこれほどの力を持つ魔物は危険だと訴え、村の案件とは別に、処分する案を出す。


女戦士アマゾネスの斧使いアンナは、調教して供にする事を提案する。妖狐の善性を期待して、いずれは仲間にしようと。


寡黙なる天才魔術師カイトは、勇者に任せると言う。ただ、殺すのは面白くないと呟いた。


勇者アロンドは、蘇生させたイリーナの心情を考え、殺す事に反対する。処遇については、我が妻イリーナに一任すると宣言した。勇者の名に相応しい堂々とした態度だった。


五人のうち三人がイリーナ票となった事で、イリーナは妖狐の処遇を高らかに宣言する。


「もうすぐ産まれる我が子の守護者にします!」


その後、勇者らしくなくなったアロンドを交え、さらなる論争に発展したのだが、結局イリーナの案が通されることになり、目が覚めた俺には厳重な弱体魔法が掛けられ、子供の守護者を命じられることになったのであった。


ーーー


あの半月後、アロンドとイリーナの子、アレンが誕生した。


などと、簡単に結果だけを言うが、人間のお産というのは本当に大変だと知った。

ひっきりなしに産婆が行き交い、自分の息が苦しく感じるほど息が荒いイリーナや、アロンドが青ざめつつ必死にイリーナを元気付ける様子はなんとも言えず、まるで戦場のようにも感じた。


俺も及ばずながら手伝いをした。

お産には産湯が必要だ。

当然予備が必要になる。要らないならそれに越したことはないが、足りなければ一大事だ。


大量に水を張って俺はそれを狐火で温める。熱耐性のある俺では適温かの判断が出来ないので産婆の一人に任せるしかないが、あの時、俺たちの心は確かに通じ合った。まだこの世界の言葉を理解できていない時だったが、チームとして言葉のいらない相互協力が出来たのだ。


そして、無事にアレンが生まれることが出来た。


母子ともに健康。

そして、俺に守護すべき人ができた日でもあった。



そして今。

あれから十年と少しが経ち、アレンはすくすくと成長していった。

命じられるままに守護者として常に近くで見守っていたせいか、俺はアレンに対して強い情を抱くようになった。

赤ん坊の頃から俺にべったりくっついて甘えてきた事もそれを加速させた要因だったのだろう。

最近はいつもハラハラしながら彼の行動を見守っている。


しかし、そんな心配は殆ど杞憂に終わっている。

その優秀な血のなせるものか、彼の成長は著しいもので、五歳くらいから鍛錬を始めてアロンド直伝の剣技の殆どを学び取り、イリーナから守護の魔法や回復魔法を修得していった。


まだまだ荒削りで父母には劣っているものの、まだまだ伸び代がある状態。

もうすでに大人顔負けの実力を持った勇者くんになっているのだ。



「アレン。少し、ソフィを私に貸してくれないかしら。彼女とお話があるの。」


「……ちょっとだけだよ。」


イリーナの優しい笑顔の中に真剣味を感じたのか、いつもの様に駄々を捏ねずアレンは俺を手放した。

アレンの素直さに、少しだけ寂しさを感じながら、俺はイリーナの手招きに応じて別室に移動する事になる。


そこには、腕組みをしたアロンドと、久しく見ることのなかった彼のパーティの一団が集合していた。

女戦士のアンナ、魔術師のカイト、元聖騎士のイングバルド。

彼らは十年前の若かった頃と比べて、精悍さを増している様に思えた。

当時の一行の年齢層は十代後半。

イリーナの離脱はあったが、あの時からずっと研鑽を積んできたのだろう。


更にパワーアップした彼らの様子を見て、俺は足がすくむのを感じる。身体が震え、尻尾も勢い無く下に丸まっている。


突然襲われて殺され、弱体化の術を施された俺にとっては、彼らは恐怖の対象だ。

アロンドとイリーナはよく世話を焼いてくれるし、美味しい肉をくれるので慣れてしまったが、この感情はそう簡単に変えられるものではない。

彼らは悪い人間ではない、と分かってはいるのだが、俺の繊細な心はそれを許容する事は出来ないようだ。

おそらく、この先も変わる事はないだろう。


「ん、肉。」


体の震えが止まる。

俺は今、耽美な歌声にも似た、素晴らしい音を聞いたような気がした。

その発生源は、魔術師カイト。


その手に握られているのは一枚の肉。

歯応えの有りそうな、脂の乗っている極上の品と見える。


それが左右に揺れる。

俺は視線で追う。

上に持ち上がる。

角度を上げる為に座り、顔を上げる。

降りてくる。

床に伏せり、目線を肉に合わせる。


そしてとうとう、俺の足下へ置かれた。





「どうだ。うちのソフィは可愛いだろう。」


「それは紛れも無いんだけどねぇ。ちゃんと使えるのかい?」


「この調子だと、肉を上げればホイホイ連いて行ってしまいそうだな。さっきまで震えていたのが嘘のようだ。」


「もふもふ。」


気が付くと、幸せな香りが口いっぱいに広がり、カイトに全身を撫でられていた。


むふぅ……至高のひと時というのは、なぜあっという間に過ぎ去ってしまうのか。

まだ残る余韻を楽しみつつ、カイトの撫で具合にも一通りの評価を下す。


イリーナとアレンは最上位だが、アロンドよりは上手い。星三つ半と言ったところだなぁ。


でも悪くない。ごうかーく!



「さて、それじゃ空気も和んできたところで、大事なお話をしましょうか。アレンとソフィの今後のことについて。」



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