第17話 森
「これを売れば——」
俺は目の前が明るくなるような気がした。ユリアは言った。
「しかも、それだけではないわ。この男は、ずいぶんと蓄財をしていたようね。メモに、その財産を埋めた場所が記されている。これを使えば、当面は困らずに済むわ」
「じゃあ、宿のグレードも、——それはやめておくか」
「それについても、いずれはアジトを探さなければならないけど、それは今後の課題ね」
そして俺とユリアが次にやったことは、足の付かない形で、その金のプレートを売りさばくことだった。共有の財布は、重みをいよいよ増したのである。
「これだけあれば」
そう俺は言ったが、ユリアは決して満足はしていない様子であった。
「リガルドの闇は、深いからね。先立つものはいくらあっても足りないはずよ。工作員に賄賂を渡す必要もあるかもしれない」
「そうだな。あとは、男の蓄財を調べなければいけない」
ユリアはその計画に同意した。
その財産は、とある森の中に埋め隠されていた。といっても、森はさほど深くはない。メモの中には、細かな指定がなされていたので、場所を探すのは難しくなかった。
「小さい滝から東に直線で百五十歩。突き当たりの巨木の下にある……確かに、隠し場所としておあつらえ向きだ。考えたな」
「じゃあ、早速掘り出すことにしましょうか」
そう言って、ユリアは肩に鍬くわをかついでいた。
そして、数十分後。鍬の刃先は何か硬いものに突き当たっていた。明らかに土ではない。
「当たり、かな」
「蓋を開けてみるまでは分からないわ」
そして、ユリアは手早く周囲の土を掘り返した。その中には頑丈な箱が発見された。
俺は早速、それを持ち上げようとした。ずいぶん重い。箱そのものも鉄製である。中身まではガタガタと動かないので分からない。
俺は、やっとのことで箱を地上の地面に置いた。
「さっきの鍵が必要かしら?」
そうユリアが聞いた。
「鍵で開けられたら申し分ないが、なくてもいい。ただの鉄の箱だ。『強化』の力で、一刀両断にすれば足りる」
そして、俺は渡された複数の鍵を試してみた。小さな鍵がぴったりとはまり込んだ。そして一回転させると、箱はあっけなく開いた。
その中に入っていたのは、金銀財宝の数々だった。それは目にきらきらとして、眩まばゆかった。
「すごい。こんなにたくさんの」
俺は率直に驚いた。ユリアは言った。
「あの主任の男は、見た目によらなかったようね」
「ヴィレ研究所なる組織は、そんなに高給なのだろうか」
「その辺りを詮索する必要はなさそうね。ともかく、これは私たちが有効活用させてもらう」
「一度には持ち運べない量だ。当分、ここに埋めておくのが安全だろうね」
「ええ。この場所は私たちしか知らないし、いつでも取りに帰ることができる」
これによって、俺とユリアは活動資金の不安からは解放されたのである。念の為、財宝を一つずつ調べたが、シリアルナンバーなど、足のつく要素は見当たらなかった。
俺とユリアは、以上のような理由により、宿を変えた。グレードの低い宿は、身分証のチェックが入りやすいし、また官憲がスパイを張り巡らせている可能性が高いからである。
また、一定のクラスの宿でなければ、これからの英気も養うことができないとの配慮もあった。
俺とユリアは、広くなった部屋を一通り楽しんだ後、共有スペースで飲み物を飲んでいた。そのテーブルも、以前の宿とは打って変わって、結構な木目調であった。
「この椅子、ずいぶん座り心地がいいな。座っているだけで、つい寝入ってしまいそうだ」
「決して安くはなさそうね」
「前世でも、こんなに良い椅子には座ったことはないよ」
「じゃあ、それは力の象徴かもしれない」
「そうだね。ともかく、今は一休みだ。しかし、いつまでもこうしてはいられないよ」
ユリアはうなずいた。確かに、中肉の男は口封じができたとはいえ、研究所の側から見れば、行方不明である。
加えて、背の低い男——彼もおおかた関係者であろう——を逃がしてしまった。ただ、俺とユリアとに面識はなく、また名前は割れていない。それは、せめてもの幸いであった。
「私も、能力を磨かなければね」
「『操作』の能力をか?」
「ええ。その通りよ」
「良い機会だ。それがどんな能力なのか、改めて教えてくれ」
すると、ユリアは思案するような表情を浮かべた。そして、口を開いた。
「要するに、それは強力な催眠術のようなものよ。基本的に、一対一の能力。直接、顔を見なければ効果はない。射程距離は五メートル程度。それによって、人の意志を操るの」
「じゃあ、俺にも掛けようと思えば、掛けられるということか」
そう言って、俺はユリアをからかった。
「相手が催眠にかかるかどうかは、魔力の練度——つまりは彼我の兵力差に由来する。あなたが強くなればなるほど、技が弾き飛ばされるから、難しくなるわ」
「まじめに答えなくてもいいんだよ。それで、その能力はどうやって目覚めたんだ?」
「私がドムスに拉致されて、過酷で不条理な経験をしたことは、すでに語った。その中で、私は痛切に『愛されたい』と願った。だからよ」
ユリアは多くを語らなかったが、愛されたいからこそ、人の意志をねじ曲げてでも、という非常手段を取ったことは、よく分かった。俺もユリアの立場なら、そうする気がする。
そして能力について話が出たついでに、ある意味で大切なことを切り出した。
「名前をつけなければな……」
「名前? ああ、もしかして」
「そうだ。技の名前だ。『強化」にせよ『操作』にせよ、そのままでは無骨すぎるからな」
そこからは、二人の楽しみが始まった。ああでもない、こうでもない、と言いながら、時は過ぎていったのである。
窓の側で、飲み物の氷は溶けた。二人はもう一杯を頼んだ。そして、その一杯が半分くらい、飲み干された頃、ついに名前が決まったのである。




