第1話 転生
俺——村上淳吾——は、どこにでもいる27歳のサラリーマンだった。
仕事は、不動産営業。
営業はドブ板に始まり、ドブ板に終わる。
学歴が低くても、無名大学卒でも、ちゃんと稼げそうな仕事といったら、俺の頭では、それくらいしか見当たらなかったからだ。
生涯、安い部屋に住み、通勤地獄をするなどは嫌だった。
金がないと、東京では何もできない。ましてや、きれいな嫁をもらうこともできないのである。
しかし、そんな仕事についたのが運の尽きだった。
もともと、俺は体育会系でも何でもない。むしろ、部屋でアニメやアイドルを見ているのが好きなタイプだ。
水樹莉奈ちゃん、最高! もしよければ、俺と結婚してくれませんか!?
にもかかわらず、オタ活のための金がうなるほど手に入り、一国一城の主として、経済的に「上がれる」という夢に、俺は目がくらんでしまった。
それが理由で、カルチャーが合わない不動産業界などに、入ってしまったのだ。
夢や野心など、持つものではない。
そのおかげで、俺は延々と、外回りの営業をしていた。
家に帰ったら、疲れ果てて寝るだけ。
そして、次の日は死んだように出勤する。
好きなアニメすらろくに、見る時間がなくなっていたのだから、本末転倒だ。
それなのに、石にかじりついても、辞めるという選択肢はなかった。
いや、辞めてはならないと、会社に洗脳されていたのかもしれない。そうでなければ、さっさと転職を検討していたことだろう。
季節は盛夏。ひどく暑く、だらだらと汗が流れる。
俺は、ほんとうに憂鬱だった。
営業では門前払いが珍しくない。名刺を破られることすらある。
そして、俺は根性論で、水分補給をおろそかにしていた。ペットボトルの水はぬるかった。
今思えば、それがいけなかったのだ。
俺は、人通りの少ない裏通りにいた。スーツ全体を、太陽がじりじりと照らしている。
そして、俺は気がついた時には、その場で倒れ込んでいた。
意識は、朦朧となっていた。手足が、ぴくぴくとけいれんしている。それが痛い。
あれ、動けない? 手足が麻痺っている?
そう思った瞬間、これは生死にかかわる事態と察した。
コンクリートの地面が、目の前にある。それは冷徹な事実だ。
俺は、パニック状態になった。
死にたくない、脳が壊れたくもない! 誰か助けてくれ!
しかし、声はかすれて、出なかった。
そんな自問自答が頭をよぎった時、俺の目の前は急に熱くなり、真っ暗になった。
◇ ◇ ◇
そして、目を覚ました。
どれほど、時間がたったのかは分からない。しかし、意識はあるようだ。まさか、ここはあの世ではあるまい。天国や地獄は、こんなふうに魂(?)を放置したりはしないだろう。
ああ、生きていたのか。じゃあ、ここは病院だな。
太陽の暑さも感じないし、コンクリートの固さもない。とすると、親切な誰かが、見つけてくれて、119番通報をしてくれたのだろう。
一命は取り留めただけ、良かった、良かった。意識があるなら、大した障害も残っていないだろう。
そう胸を撫で下ろしてから、身を起こした。
もちろん、五体満足で、身を起こすことができただけで、一安心だった。
俺の期待では、病室がそこにはあるはずだった。白いシーツ、点滴、水差し。そして看護師や医者が来て、俺を看病してくれるはずだった。そして両親も見舞いに来てくれて……
しかし、目の前の風景は、その期待をはっきりと、裏切った。
そして、俺は驚愕した。
(何だ、これは……)
そこは病院ではなかった。俺がいたのは、西洋中世風の城下町だ。空気感が、明らかに違う。
もちろん、俺は欧米に営業しに行った覚えはない。だいたい、外国旅行に行ったことすらない。だとすると……
改めて、ゆっくりと周りを見わたす。身体は重いが、さっきに比べれば、どうということはない。
いかにもアニメ・ゲーム風の城下町で、尖塔のある城が見える。左右には大きな商店が並んでいる。なぜか、そこではアンティークのような剣を売っている。鐘の音が遠くから聞こえる。通りの中心では、いろいろな馬車が交錯している。
それ以上の情報は、得られなかった。
通行する人間が、じろじろと俺の姿を見ている。きっと、さっきから倒れ込んでいたからだ。城下町の人通りは多い。その服装はいかにもアニメ風だ。
いや、服装のことなどどうでもいい。
このままではまずいと俺は思った。
なので、俺はひとまず、裏通りに入って隠れることにした。ここがどこであろうと、ひとまず見られなければ問題はない。すると、そこに大きな水溜りが溜まっている。太陽を反射してまぶしい。
ちょうどいい。俺はそう思ったので、さっそく、その水鏡に俺の姿を映した。
そこに映っていたのは、十歳くらい若い、青年の姿だった。十七、八歳くらいか。
道理で、身体が軽く、顔の肌つやがいいわけだ。俺は不思議なことに、冷静だった。しかし、顔つきは全くの別人である。
俺よりも、はっきりと美少年だ。俺が不細工だっただけか? いやいや、一瞬にして、こんなに顔つきが変わるわけがない。
にもかかわらず、太陽の熱にうなされたにしては、ずいぶんと感覚がリアルだった。この世界にせよ、俺の姿にせよ。
しかも、俺は腹すら減っていた。また、起き上がった時の擦り傷も、痛かった。
たとえ、夢の中であったとしても、これは確かに人生であった。
紛れもない。人生だ。
とすると。
俺は、不動産営業に疲れ果てた末に、熱中症で死んで、異世界転生してしまったのかもしれない? しかも、十代の青年の姿で。遺体はすでに火葬されているのだろうか?
にわかに、信じられる話とは思えなかった。だが、そうでもなければ、人格や記憶がそっくりそのままなのに、異なる世界の中で、別人になり変わっているわけがない。しかも、いかにもゲーム風の城下町で。
そんなことを俺は考えていると、俺の視界はぐらりと揺れた。そして、若い女の声が聞こえた。そいつが、俺にぶつかったのだ。
すぐさま振り返ると、その時に見えた光景のため、俺のこれまでの考えは吹き飛んでしまった。




