3滴目 故に剣聖
「我、完全復活なり」
靡く髪。背中に刺さった剣から流れる甚大な魔力。黒い玉座の間は、紅に染められてた。
向かいに立つは、白く、透き通った肌の──もはや人と同じ見た目のサアミクス。
つぎはぎも消え失せ、先までの不死の手本のような姿が嘘のようだ。
その魔力、美貌に怯えたか、ルミィナとポヨンたそは俺の後ろにピッタリくっついていた。
「厄介なことになりましたな、アグランス殿」
「おぞましい……」
──剣聖。誰にそう言わしめた理由がはっきりわかる。
先の剣技だけでない。滾り、溢れるこの底の知れぬ魔力。
『乙女十三座』の第十番で、この実力か。
……待て待て。こいつみたいのか、それ以上のが、あと十二体もいるのか……?めんどくさぁ……。
「……その魔力、恐らく先の褒美によるものか」
俺の言葉にビクビクと震えながら、サアミクスは背中に手をまわす。
「そうですともッ!! これまでになく、至高でありましたァ……。
しかしながら──」
ぐちゃりと、血生臭い音を立てて背中の剣を引き抜く。
滾る魔力が、血と混ざって、さらに紅が増していた。
「我の死肉の剥がれ落つるを見たのは、アグランス様……ただの一人でございます!!」
死肉? なんだ、何を言っている。
──かつて対峙したときは、人の見た目であって。俺が彼女を討った時、その剣聖としての執念、正義から不死となって生き延びたのかと踏んでいたが。
『……いつか、貴方に届かせます。我の、究極の剣技を……』
今、目の前に立っているのは不死などではない。
つぎはぎは弾け飛んで、自身の魔力さえ透かしてしまいそうな白い肌が露わになっている。
まさしく人と同じ、かつて対峙したときと同じの──
──『剣聖 サアミクス』だ。
「足りない足りない。まずは、そこの一端の飢鬼から片付けてしまおうか……」
引き抜いた剣についた自身の血を、二枚舌で舐め摂った。
「ひっ……」
背後から小さく、ルミィナの鳴き声が聞こえた。
「アグランス様、どいてください。我は彼女の死肉を欲するのです」
サアミクスは剣の先端を向けて言い放った。
彼女の二つ名である『死肉』……。それが、意味するのは。
「先のご褒美によって、今までに喰らった1292の死肉が弾け飛びました」
頬に手を当てて、俺に潤んだ瞳を向けるサアミクス。
「貴方に我の剣技を届かせるため、喰らったのだ……。たくさん、たくさん喰らった。しかし、それらすべては貴方の一撃によって無に帰しました」
サアミクスの魔力が滾った。
「一端の不死を殺しては、きわめて上質に熟成された、芽の生えた肉塊を喰らい、我が糧と成したのです……。
──喰らえば喰らうほど、我は甦るのですッ!!」
不気味なほど、サアミクスの笑い声が玉座の間に響いた。
「……死肉は、その血が高潔であればあるほど良いものと聞きます……。
私も、肉を喰らいますから。本音を言ってしまえば、アグランス様さえも……」
背後、耳元でルミィナが囁く。
この空間に肉食系女子が二人もいるのは、いかがなものかね。
「──しかしながら、芽の生えた肉塊とまで……。そこまで腐り果てたものは、気が引けますね……」
ルミィナのレポをよそに、サアミクスに目を向ける。
不敵な笑みをうっすら浮かべて、ゆらゆらと揺れていた。
ボタボタと音を立てて、背中の傷口から血が零れる。
「さぁ、そこの飢鬼!! 我のもとへ……」
めんどくせぇ……今ここで斬り伏せてもいいか?
なんとかして帰ってくれないか……。
「……アグランス様。ここは私がお相手を──」
「──待てルミィナ」
一歩、俺の前に出ようとしたルミィナを制して魔刃の刃先をサアミクスに向けた。
「そこの死肉。俺の血族になりたいようだが……貴様が先に受けた魔力は、俺の力のごく一部だ。
その程度で、『死肉』が一度にして全て綻んでしまうのならば、貴様は到底、魔王《俺》には叶わん」
「……死肉ふぜッぃ……」
俺の言葉を噛み締める様に、頬を赤らめるサアミクス。
「やはり、未だ届かぬのか……」
「お前として、それは嬉々とするべきことなのか? それとも、剣聖として、心折られるものなのか?」
サアミクスの剣を握る力が弱まる。目を伏せて、深い一息。
「……それは──」
固唾を呑み込むルミィナ。ポヨンたそのぷるぷる音。
「──どちらにでも、決まっているッ……!!///」
「ならば、ここで剣聖、心折られ、血族として仕えてしまえば、俺とは二度と対峙できぬぞ!」
「いやぁぁあ!! アグランス様の元につきたい……だが、同時に剣聖としてぇ、貴方に剣技を届かせたいぃぃい……」
サアミクスは、剣を力なく落として、悶えた。
まさしく不死のような蠢きであり、逆に可愛く思えてきた。
ルミィナは「ふぅむ」と、考え、唸った。
そして、しばらくして、半歩歩いて俺の隣に並んだ。
「……アグランス様。私に案がございます」
「なんだ、ルミィナ」
ルミィナが、耳打ちをして俺に伝えた。
──なるほどな、それならまだ厄介ごとにはならないであろう。
「さてはて、どうなることやら、ですな」
ポヨンたそのボヤキ。
ルミィナの交渉に頷いた。すると、俺の隣から抜けて、悶えるサアミクスの元へ歩み寄った。
「剣聖 死肉風情。餌です」
サアミクスの目前、ルミィナは冷たく言い放つと──
──自身の右腕を差し出した。
「ッ?! こ、この高貴なる血を……アグランス様の右腕の血を、我ごとき、一端の死肉が啜ってもよろしいのか?!」
「えぇ。私の配下として迎え入れます」
「……な、なぜ?!」
「先は私を喰らおうとしていたのに……あなたはよくわからない人ですね。
我々、魔王アグランス様に仕える血族たちは、アグランス様の血を啜り、血族となります。そして、その血族から派生した眷族……いわば、アグランス様の孫にあたる者ともなれば、かなりの自由が保障されます。
あなたが『乙女十三座』に所属していようが、関係ありません。
この私が、貴方を眷族として迎え入れます」
ルミィナは、長く伸びた紅の爪で、自身の腕を引き裂いた。
「ひゃんッ……!!///」
最初に血が噴き出し、サアミクスの顔へ飛び散る。
そして、ゆっくりと、柱のように立って、流れ落ちる。
「……いただきまぁっ」
荒い呼吸。小さく鳴いたサアミクスは、そのまま引き裂かれた腕に口づけした。
喉を鳴らしながら、吞み続けるサアミクス。
「……そんなに呑めば、酔ってしまいますよ」
「……ッ! もう酔いしれているぞ、大丈夫だ」
15秒ほどして。ようやく、血が止まった。
「かなりの量、血を注いでしまいましたが。まぁ良いでしょう。
……私の眷族、貴方が初めてですし」
まったく。こんな死肉が初めての眷族などと。
──ルミィナは、昔からそうだった。眷族にするなら、アグランス様の強さを知り得るものでないといけない、と。
「……我が、初めて?」
「えぇ。アグランス様の強さについては、十分に御知りでしょう」
「……こ、光栄にございます……ッ!!」
サアミクスは、ルミィナに跪いた。
「……アグランス殿。私も眷族を増やしたいのですが……」
「魔粘液に血は通わん、諦めろ」
ポヨンたそは、ぷるんと落ち込んだ。
「私の治めることになった領地『ガリオローデオ』ですが。
不死の行き着く最後の地であり……禁忌とされていますから、そこに向かいなさい。アグランス様に届きたいのであれば、不死を大量に喰らい、死にながら戦うこと。
でなければ、到底叶いません」
「……はいぃッ!! 直ちに!!」
──そうして、サアミクスは猛ダッシュで立ち去った。
これにて一件落着……。
「あぁぁぁあああ……疲れたぁぁあぁあ」
「まったく、厄介でしたね」
ルミィナが右腕をさすりながら俺に微笑んだ。
「よかったですなルミィナ殿。初の眷属、ですか」
ポヨンたそぷるぷる。俺の前に出た。
「扱いは厄介そうですけど。強力な武器となり得ますからね」
ルミィナが溜め息混じり──けれども、どこか微笑んで呟いた。
「しかしだ。禁忌的最強変態乙女に俺の眷族が入ったとなると、ほかも黙ってはいないだろう」
「第十番であれですからね……他がどれだけ化け物なことか」
……さすがに、対策を取らなければ。
「ルミィナ、ポヨンたそ。円卓の間へ向かえ。
──俺の血族、全員招集して会議だ」
面倒だ、だとか言っていたが。
中々に、面白くなってきたな。
次は、どんな候補者が来ることか。




