増えていく関係
敦兄に連れられて、職員室へ向かった。
担任は優しそうな若い女性の先生だった。
なんだか、安心する。
話を聞くと、今日はHRで挨拶だけして帰宅らしい。
「じゃあ、美奈ちゃん。りあをよろしくな」
「こら、桐生くん。竹中先生でしょ」
先生がくすっと笑う。
「放課後、職員室に来てね。りあさんの制服を渡すから」
「了解。……りあ、頑張ってな」
敦兄は私の肩をぽんと叩くと、そのまま職員室を出ていった。
先生は私に柔らかく微笑む。
「じゃあ桐生さん、行きましょうか」
先生のあとについて歩き出す。
しばらく歩いて、2-Aと書かれた教室の前で足を止めた。
先生に続いて教室に入り、教壇に立つと、クラスの視線が一斉に集まる。
……見られてる。
緊張をごまかすみたいに、小さく深呼吸する。
ちらっと教室を見渡すと、活発そうなショートカットの女子と目が合った。
――瑞稀。
幼なじみの、後藤瑞稀。
桐生家の再婚のことを知っている、数少ない一人だ。
小学校は、桐生家に引っ越してからも変わらず同じ学校に通っていたから、卒業まで一緒だった。
今回も同じ学校だとは聞いていたけど……こうして同じ教室で顔を合わせると、少し不思議な感じがする。
瑞稀は「りあ」と口パクすると、小さく手を振ってくる。
私も小さく手を振り返す。
――よし。
「桐生りあです」
名前を言った瞬間、教室が少しざわめいた。
「海外に住んでいて、久しぶりに日本に戻ってきました。色々教えてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げる。
ぱらぱらと拍手が起きた。
同時に、さっきまでの緊張がすっとほどける。
「みんな、仲良くしてね。桐生さん、窓側の一番後ろの席に座ってて」
「はい」
言われた席に座る。
HRが続いて、しばらくしてチャイムが鳴った。
「桐生さん、今日はここまでね。また明日からよろしくね」
先生が教室を出ていく。
途端に、あちこちでひそひそ声が聞こえ始めた。
「桐生って……」
「会長と同じ?」
「俊先輩の兄弟かな?」
「え、じゃあ弟もいるよね」
……やっぱり、こうなるか。
居心地が悪くて、机に視線を落とす。
その時――
「りあ!」
聞き慣れた声。
顔を上げると、瑞稀がもう目の前まで来ていた。
目が合った瞬間、距離が一気に縮まる。
「りあ、久しぶり!」
そう言って私の机に身を乗り出す。
「ねぇ、昨日何回も連絡したんだけど!」
「あ!ごめんごめん。ちょっとバタバタしてて……」
まさかアルコールを誤飲してバタバタしてたなんて、言えるわけがない……。
瑞稀は私の様子を見て、ふふっと笑った。
「いいよ。帰ってきたばっかりだもん。まぁ、色々あるよね」
変わらない瑞稀に、ほっとする。
「でも、瑞稀が同じクラスでよかった」
瑞稀が一瞬だけ私を見る。
「そりゃそうでしょ」
そう言って、瑞稀はいつものように笑った。
私は小さく息を吐く。
ふと瑞稀の後ろを見ると、小柄な女の子が立っていた。
……いつからいたんだろう。
気づかなかったのが、不思議なくらい、静かにこちらを見ている。
私の視線に気づいたのか、瑞稀が振り返った。
「あ、この子は芽衣。名塚 芽衣。高校で仲良くなったの」
「……よろしく」
芽衣が軽く頭を下げる。
黒いカチューシャがよく似合う長い髪が、かすかに揺れた。
……人形みたいに、可愛い子だな。
「こっちは桐生りあ。って、さっき聞いたか。前に言ってた私の幼なじみ」
「よろしく、芽衣ちゃん」
転校初日に友達が増えたのが、少し嬉しかった。
「今日はもう帰るんでしょ?」
瑞稀に聞かれる。
「うん。ちゃんと授業受けるのは明日から」
そう答えて笑いかけると、窓の外に目を向けた。
校庭の向こうを、男子生徒が何人か歩いている。
その中に、見慣れた後ろ姿があった。
――颯太だ。
一年生の校舎は、あっちなんだ。
そう思った瞬間、颯太がふいに顔を上げた。
こちらを見た気がして目が合う。
颯太は一瞬きょとんとして、すぐにニヤッと笑った。
次の瞬間。
指で銃の形を作る。
私に向けて、
――バン。
ーーバン。
「……」
私はそっと窓から離れた。
瑞稀がくすっと笑う。
「相変わらずだね」
「なにが?」
「あんたの弟。生意気だねー」
「……輪ゴムで撃ち返してやりゃいいのに」
芽衣が、淡々と言った。
私は一瞬びっくりして芽衣を見る。
でも、悪意があるわけでもなさそうな、涼しい顔。
「あー、この子、たまに毒吐くけど悪気ないから!」
瑞稀が慌ててフォローする。
「そ、そうなんだ」
見た目とのギャップがすごくて、思わず苦笑した。
それから少し話していると、帰る時間になる。
「あ、そろそろ行くね。ちょっと校舎も見ておきたいし」
「うん、また明日ね!」
二人に見送られて、私は教室を出た。
廊下を歩きながら、きょろきょろと周りを見回す。
制服の中でひとり私服は、妙に浮く気がする。
なるべく人の少ない方へ向かった。
中庭に出たところで――
「あ」
家の鍵を忘れたことに気づいた。
さっき見た感じ、颯太はもう移動していた。
敦兄か俊兄に借りればいいかな。
三年の校舎を探そうと歩き出す。
校内の道を適当に進んでいると、気づけば体育館の横に出ていた。
見慣れた、背の高い黒髪が目に入る。
……ちょうどよかった。
「俊兄!」
誰かと歩いていた俊兄が、私の声に気づいて足を止めた。
「りあ!……あ、お前もう気分大丈夫か?」
私は小さく頷いた。
「うん。……俊兄、ごめん。家の鍵ある?忘れちゃって」
「ああ。取ってくるから、ちょっと待ってろ」
俊兄はそう言って、さっとその場を離れた。
一緒にいた人に、何か一言声をかけている。
そこで私は、ようやくその人に目を向けた。
長い髪をひとつにまとめた、ポニーテール。
すらっとした大人びた雰囲気の女子生徒。
……三年生、かな。
私の視線に気づいたのか、その人が微笑む。
「あなた、俊くんの妹さんよね?」
「は、はい」
思わず背筋が伸びる。
「私、剣道部のマネージャーやってるの。俊くんとは部活が一緒で。よろしくね」
優しく言われて、少し安心する。
「あ、すみません。なんか話してたの邪魔しちゃったみたいで……」
「ううん、気にしないで。それより――」
その人が何か言いかけたところで、
「お待たせ」
俊兄が戻ってきた。
「はい」
そう言って、私に鍵を渡す。
受け取った鍵には、キーホルダーも何もついていない。
シンプルすぎる。
……俊兄らしい。
「ありがとう」
「今日、昌枝さん来る日だから。帰ったら会えるんじゃないか」
「あ、本当?」
久しぶりに昌枝さんに会えるのが嬉しい。
……それにしても。
家に昌枝さんがいるなら、鍵いらないんじゃ。
そう思いつつも、やっぱり俊兄らしいな、と少し笑う。
「じゃあ、またあとで」
「ああ」
俊兄と別れて歩き出す。
校門を出る、その時――
ふと、視線を感じた。
……まただ。
朝も、こんなふうに視線を感じた気がする。
振り返るけど、誰もいない。
「……気のせいか」
小さく呟いて、私は学校をあとにした。




