桐生兄弟の学校事情
瑞稀と芽衣と三人で、廊下を歩く。
国際交流部の部室も覗いてみたけれど、今日は活動日じゃないらしく、誰もいなかった。
……タイミング悪かったな。
校舎を出て歩いていると、校庭の奥にプールが見えた。
視線を逸らしてそのまま歩き続けると、広いグラウンドが目に入り、足を止める。
サッカー部が練習しているらしく、掛け声やボールを蹴る音が聞こえてきた。
「ちょっと見ていこっか」
私は二人にそう言うと、グラウンドの方へ歩いていく。
コートの中を見渡す。
……颯太は、いるかな。
少し目を凝らして探す。
「あ」
――いた。
少し大きめのユニフォーム姿で、コートの中を走っている。
家で見るいつもの颯太とはどこか違って見えた。
真剣な顔でボールを追いかけている。
そのままゴール前に走り込み――
シュート。
ボールが綺麗にネットに突き刺さった。
「ナイス颯太!」
チームメイトたちが駆け寄り、颯太を囲む。
……へぇ。
こんな顔、するんだ。
小学生の頃、何度か大会を見に行ったことはあったけど……。
いつの間に、こんなに上手くなったんだろう。
輪の中にいた颯太が、ふと顔を上げる。
そして、目が合った。
タオルを首にかけた颯太が、こちらへ歩いてくる。
走っていたせいで、栗色の髪が少し乱れていた。
「なんだ、見てたんだ」
少し素っ気ない声だった。
「うん。部活見て回ってて」
私は微笑みながら答える。
「……颯太、すごいね?」
すると、颯太は少し目を逸らしてから言う。
「……何が」
「何って……」
言いかけた時、後ろから、ぽつりと声がする。
「……桐生颯太、一年。サッカー部次期エース。反抗期。姉に素直になれない、と」
振り返ると、芽衣が小さな茶色い手帳に何かを書き込んでいた。
「ちょっと芽衣!」
瑞稀が慌てて止める。
颯太はじっと、私の背後にいる芽衣を見ている。
瑞稀はその視線に気づくと、取り繕うように笑った。
「はは……。颯太くん、久しぶりだね?」
瑞稀は小学生の頃、何度か桐生家に遊びに来たことがある。
だから、颯太とも面識はあるはずなんだけど。
颯太は少し考えるようにして、
「……誰だっけ」
と、一言。
瑞稀の顔がぴくっと引きつる。
「っ後藤です!後藤 瑞稀!」
「ああ」
颯太は思い出したように頷く。
「姉ちゃんの友達の……加藤さん」
「いや、今ちゃんと苗字名乗ったよね、私?」
瑞稀が即座にツッコむ。
「瑞稀っ、ごめん」
颯太の代わりに謝ると、今度は芽衣の声が飛んできた。
「りあが謝ることじゃない」
……まぁ、それはそうなんだけど。
「おーい颯太!」
グラウンドの方から部員の声がする。
颯太はそちらを振り返ると、
「じゃ」
と一言だけ言って、コートへ戻っていった。
その背中を見送りながら、瑞稀が肩をすくめた。
「相変わらずだねー、あの子。あんな可愛い顔して、ピリ辛なんだから」
「……かまってちゃん」
芽衣がぽつりと言う。
「え?」
私は芽衣を見るが、芽衣は小さく首を横に振った。
「なんでもない」
それから、静かに続ける。
「……次、行こう」
こうして私たちは、また校舎の方へ歩き出した。
グラウンドの横を抜け、校舎へ戻る途中、体育館の方から、鋭い掛け声と竹刀のぶつかる乾いた音が響く。
「……剣道部だ」
私たちは体育館の方を覗いた。
「俊兄、いるかな」
入口の方へ近づく。
体育館の前には、制服姿の女子生徒が何人か立っていた。
どうやら剣道部の練習を見に来ているらしい。
瑞稀が周りをきょろきょろ見回しながら言う。
「相変わらず人気だねー。俊さん」
「うん、そうみたいだね」
体育館の中を見ると、胴着姿の剣道部員たちが打ち込みをしている。
その中に、俊兄の姿を見つけた。
長身の黒髪。
まっすぐな背筋。
面を外した端正な顔立ち。
部員たちの前で何か指示を出している。
その声に、周りの部員たちがすぐ動いた。
胴着姿が、やけに似合っていた。
ふと、俊兄がこちらを見る。
そして――
「りあ!」
私に気づいたらしい。
俊兄はタオルで顔を拭きつつ、体育館の入口の方へ歩いてくる。
「俊兄、おつかれ」
軽く手を振りながら言う。
「今、部活見て回ってて」
「そうか」
俊兄は頷く。
そこで、視線が瑞稀と芽衣の方へ移った。
「あ、どうも」
瑞稀が改まった態度でぺこりと頭を下げる。
「ああ、この前はありがとう」
俊兄はすぐに思い出したように言った。
「この前?」
私が首を傾げると、瑞稀が慌てて言う。
「試合の応援。ほら、私チア部だし、応援とか好きで」
「あ、そっか」
そういえば、瑞稀チア続けてるって言ってたっけ。
その横で、芽衣がじっと俊兄と瑞稀の様子を観察している。
その時――
倉庫の方から、ジャージ姿の女子が出てきた。
両腕には、タオルの入ったかご。
私は思わず目を向ける。
この前、体育館の横で俊兄と一緒にいた――
剣道部のマネージャーの人だ。
その人は部員たちにタオルを配りながら、一瞬だけ俊兄の方に目を向けた。
……そういえば。
あの時、あの人――
何か言いかけていた。
結局、聞けないままだったけど。
ぼんやりその姿を見ていると、ふと頭の中で別のものがよぎる。
俊兄の部屋にあった、小花柄の封筒――。
……なんでだろう。
全然関係ないはずなのに、なぜか少しだけ気になった。
「りあ?」
俊兄の声で、はっとする。
「! ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「日射病じゃないよな?大丈夫か?」
俊兄は少し眉を寄せた。
「うん、大丈夫」
笑顔で返すと、俊兄の表情がふっと和らいだ。
「そっか。……じゃあ、そろそろ戻るな」
体育館の方へ視線を向けて、俊兄は踵を返した。
その背中を見送りながら、芽衣がまた小さな手帳に何かを書き込む。
「……桐生俊、三年。剣道部主将。品行方正。女子生徒の憧れ。妹にはわりと過保護。そして……」
芽衣は、じっと隣の瑞稀を見る。
「……」
「な、なによ」
瑞稀が少し警戒したように言う。
芽衣は小さく首を振った。
「……別に」
その様子を見て、小さく苦笑する。
そういえば瑞稀は、昔から俊兄に弱い。
俊兄みたいに、きっちりしていて隙のない人の前だと、どうしても少し緊張してしまうみたいだ。
……まぁ、分かる気はするけど。
でも、家だと敦兄と喧嘩したりして、意外と普通なのにな。
俊兄の背中を見送っていると、瑞稀がふと思い出したように言った。
「ねぇ、そういえば、敦さんも剣道やってたよね?去年辞めちゃったみたいだけど」
「……うん」
――昨日、登校中にあっちゃんに聞いた。
でも、なんとなくそれ以上は踏み込まなかった。
瑞稀がにやっと笑う。
「せっかくだし、生徒会も寄ってみる?」
「え?」
今朝の、あの騒ぎが一瞬でよみがえる。
敦兄と、白鳥さん――。
「……」
無言になる私を横目に、芽衣がぽつりと言った。
「……行こう。面白そう」
……嫌な予感しかしない。
でも、生徒会なら国際交流部のことを聞けるかもしれない。
私たちはそのまま、生徒会室へ向かった。




