プロローグ
17歳の誕生日の夜。
私は、四人の義兄弟がいる家に戻ることを決めた。
――桐生家。
昔は、あの広い家で。
みんなと騒いで、誕生日を祝っていた。
でも、あの日を境に、私はそこを離れた。
「りあ、本当に帰るの?」
いつも気丈な母の声が、ほんの少しだけ揺れる。
「りあー!お父さんは寂しい!ひっじょーに寂しい!」
相変わらず大げさな父に、母の肘が容赦なく入る。
「いでっ!」
「……みんなには、私から連絡しておいたからね」
「うん」
みんな――。
その言葉が、胸の奥に静かに落ちる。
敦も、俊も、隼人も、颯太も。
義理の兄弟たちが暮らす、あの家。
思い出そうとして、やめた。
……思い出すより、帰った方が早い。
正直、少しだけ怖い。
でも――ちゃんと向き合いたい。
あの日のままじゃ、いられない。
私は、指先をぎゅっと握りしめた。
――その頃、桐生家。
「マジで!?」
久しぶりの母からの国際電話。
その一言で、敦は思わず声を荒げた。
『あっちゃん、語尾にビックリマーク付けて叫ばなくていいのよ。耳が痛いわ』
電話越しでも分かる静かな圧に、敦は一瞬言葉を詰まらせる。
「いや、だって急にそんな……」
『……あの子が自分で決めたのよ。また、あなた達と一緒に暮らしたいって』
一緒に、暮らしたい。
その言葉が、妙に静かに響く。
敦は何か言いかけて、やめた。
嬉しいのか、困るのか、自分でもよく分からない。
『まぁ、そういうことだから。よろしくね』
淡々とした声の背後から、聞き慣れた野太い声が割り込む。
『おい敦ー!りあたん、いじめんじゃねーぞ!夏は果物たっぷりのかき氷食べさせてやれ!でもあの子、知覚過敏だからな!』
「うるせーよ、親父」
……取り扱い説明書かよ。
ていうか、俺がどれだけあの子を大事にしてきたと思ってんだ。
通話が切れ、リビングに静寂が落ちる。
――りあが、帰ってくる。
それだけで、妙に落ち着かない。
「おい。今の声」
振り向くと、部活帰りの俊が立っていた。
タオルを肩にかけたまま、涼しい顔。
「あぁ」
「あぁ、じゃ分かんねーだろ」
俊に言われ、敦は小さく舌打ちする。
「……誰からだ」
「教えてやんねー。生意気な言い方すんなよ。こっちは兄ちゃんだからな」
「は?双子だろ」
「俺の方が先に母ちゃんの股から出てきてる」
「股とか言うな」
「細けぇ」
いつも通りの、どうでもいいやり取り。
いつもの温度。
――なのに、今日は少しだけ違う。
敦は軽くため息を吐き、ソファへスマホを放った。
「ぐえっ」
ソファから間抜けな声が上がり、のそりと誰かが起き上がる。
「……姉ちゃん、帰ってくるんだってさ」
末っ子・颯太の一言で、空気が止まった。
「……颯太、お前いつからいた」
「敦兄が電話しながらリビング三周してた時」
「してねー」
「そわそわしてた」
「してねーって」
俊が腕を組む。
「……で、いつ戻る」
「知ーらない。知ってても教えてやんない」
「は?」
俊が苛立ちを見せるが、敦が軽く手で制する。
「はいはい、そんな睨まないの。俊、俺にそっくりなイケメンが台無しだぞ」
「似てねーし。二卵性だし」
「あ?」
「あ?」
火花が散る寸前。
その空気を、足音が裂いた。
「あ、隼人」
颯太の声に、廊下の影――隼人が足を止める。
「……呼び捨てすんな」
鋭い視線。
「はいはい、隼人兄」
「おい、隼人。お前また朝までどこに――」
俊の手が肩に触れる前に、隼人が払い落とす。
静かな音。
空気が、一瞬で冷えた。
「……りあ、帰ってくるってさ」
敦の声が、間に落ちる。
その言葉に、隼人の目がほんの一瞬だけ揺れた。
「……あっそ」
それだけ言って、背を向ける。
足音が遠ざかる。
残された三人は、すぐには口を開かなかった。
……本当、素直じゃねーの。
隼人の背中を見送りながら、敦は小さく息を吐く。
――りあが、帰ってくる。
それだけで、なぜか胸が落ち着かない。
誰も気づかないまま、何かが少しずつ動き始めていた。




