192、意地の行方
木々の間をカムイは走る。すると、すぐに見えてきた。雑草の多い広めの平地、魔猿の園が。
そこには大猿が両手を広げたような大木が四本。いくつかの蟠桃を実らせて。
『キキィギャホッギャホオオオオオオオオ!』
平地の端に現れたカムイに向けて魔声が放たれた。
『ガウアァ!』
あっさりとかき消すカムイ。そしてゆっくり、堂々と魔猿の園へと立ち入っていく。
そんなカムイの前に立ち塞がったのは四メイル近いエンコウ猿のオス。族長カカザンの倍以上は大きい。
「ガウガウ」
お前は誰だと聞いているようだ。
「キキィ」
言葉が通じているのかどうか。にやにやと見下している。
「ガウッ」
そんなエンコウ猿を歯牙にもかけず、一瞬にして通り過ぎたカムイ。カムイの口からは魔力刃が伸びており、彼の左脚からは大量の血が流れていた。
「ギギィアアァ!」
一瞬にして激昂しカムイを追う。
「ガウッ」
またも通り過ぎるカムイ。今度は右脚が斬り裂かれた。
「ギギ……」
早くも両膝を地面に突くエンコウ猿。
「ガウガウ」
やはり、お前は誰だと聞いているようだ。
「ギギィイアアァ!」
おそらくは通じてないのだろう。膝立ちのままカムイに襲いかかる。
「ガウッ」
しかし、カムイの速さの前に、まるで追いつけない。魔力刃にその身を刻まれるだけ……
だが、それでも手足の切断にまで至ってないのはさすがはエンコウ猿と言ったところだろうか。
『ギガァアアアア!』
それならばと魔声を放つが……
『ガウァァァ』
カムイを捉えることができない。それどころか一瞬にして背後に回られて、耳に魔声を撃ち込まれる始末。まるで相手にならない。
「ガウガウ」
三度目の同じ質問。耳に魔声を叩き込んだ後では聞こえてないだろうに。
「キキィイイイイイイギャオオ!」
岩のように固い地面を砂のように抉り出し、狂ったように投げつけてくる。カースが見たら「投石器かよ」と言いそうなほどの勢い。カムイの無敵の毛皮でもダメージは必至だろう。当たればの話だが……
しかし、そこまで無差別に投げ続けると問題がある。投石が……蟠桃をかすめている。
『グオオオオオォォォォ!』
カムイにしては強めの魔声が響き、エンコウ猿がピタリと止まった。蟠桃へのダメージは見過ごせなかったと見える。
「ガウガウ」
エンコウ猿の眼前でカムイが前脚を振る。ピシャリと。まるで出ていけと言っているかのようだ。お前なんかに用はない。さっさとカカザンを呼んでこい、そう言わんばかりに。
しかし、未だ動けないエンコウ猿。この猿からすれば出血多量というわけでもないのだろう。魔声の効果もそろそろ消えるはずだ。しかし動けない、動かない。
あるいは自分よりかなり小さいカムイが、蟠桃の木よりも大きく見えてしまっているのか。膝から崩れ落ちて頭を抱えてしまった。
『グオオオオオォォォォーーーーン』
魔力をたっぷりを込めた遠吠え。目の前のエンコウ猿には目もくれず、真上を向いて魔声を放った。カカザン出てこいと言わんばかりに。
頭を抱えて震えるエンコウ猿に背を向けて横になるカムイ。その背中は、お前が来るまで待つと語っているかのようでもあった。
どれほどの時間が経ったのか、突如エンコウ猿がピクリと頭をもたげた。そして犬のように四足歩行で駆け出した。しかしそれは犬と言うより、むしろ兎のようであった。巣穴に逃げ込む兎のように。
エンコウ猿が向かったその先に立つのは、変わり果てた姿の……族長カカザンだった。
「ギギィ……」
カムイに向けて何やら声を発した。
それを受けてゆるりと起き上がるカムイ。
「ガウ……」
力なく佇むカカザンを見て、失望を隠せないカムイ。全身の毛は真っ白になっている。しかし、決してカムイと同じ白などではない。どこか燻んだ、艶も張りもない白。腰も少し曲がっているようだ。
あるいはこの魔猿の園、平地にいつもより雑草が多く、蟠桃の実りが少ないことと関係しているのかも知れない。
しかし、そんなことはカムイにとってどうでもよかった。誰にも邪魔されずに、カース達の助けもなく、自分の力のみでカカザンに勝つためにここまで来たのだから。蟠桃を手にするのはあくまでもついでに過ぎない。
それなのに……
前座のエンコウ猿は大きいだけで手応えなし。肝心のカカザンは老いていた。わずか一年の間で何があったのか、カムイに知る術はない。
興味を失ったかのようにカカザンに背を向けて歩き出したカムイ。アレクサンドリーネ達の所へ戻ろうとしているようだ。
その時だった……




