191、カムイの意地
「……ってことがあってよぉ。兄貴の器のデカさに痺れちまってな。それで舎弟にしてもらったってわけだ」
ブラージことブラージウスツベルトゥスコストの話に一つ誤りがあるとすれば、カースは一言も彼らを舎弟にするとも認めるとも言ってないことだろう。あくまで彼らが勝手に舎弟を名乗ってるだけにすぎない。もっとも最近ではカースの方も、まあ舎弟でいいか……ぐらいの気持ちにはなっているようだが。
「そうね。さすがカースね。器の大きさが並じゃないわ。クタナツの民なんだからあなた達を皆殺しにしたって少しもおかしくないのに。だってカースは言ってたわ。エルフの皆さんには大きな恩があるって。」
今後もカースはエルフに大抵のことをされようとも殺すことはないだろう。また、頼まれればただ働きだろうと何だろうと理由も聞かずにやるだろう。
村長の耳を斬り飛ばしたり、はぐれエルフを餌扱いすることこそあったが。
「恩か。それにしたって結局は兄貴が死ぬ気で実らせた果実なんだからよ。恩と言えるかは怪しいとこだなぁ。まっ、確かにあの実を『エルフの飲み薬』に錬成するのは村長じゃねーと無理だけどよ」
「エルフの飲み薬! それ聞いたことがあります! 何かすごいんですよね!? どんな効能があるんですか!?」
興奮したサンドラが訊ねた。
「大抵のことはできるみてぇだぜ? あん時は人間の女の解毒に使ったみてーだけどよ。死にかけの奴でもたちまち元気にすることだってできるだろうぜ? 蘇生は無理にしてもよ。次に実るのは二十年後ぐれーか? 特に使い道がない時は全員で飲んじまうみてーだな。死ぬほど美味くて元気になるんだとよ。寿命もちっとは延びるんだったか」
「二十年後……あの、それってもしかしてカース君が魔力を込めたらもっと早く実ったりは……」
「するんじゃねー? 兄貴にばっかり頼りっぱなしな気もするけどよ。まー、あの人の魔力はバケモンだからいいんじゃねーの? 俺だって飲めるもんなら飲みてーしよ」
「あっ! でも、それって人間が飲んでも大丈夫なものなんでしょうか……何か代償があるような……」
「知らねーな。飲めば分かるんじゃねー? そういやお前ら兄貴のポーション飲んでゲーゲー吐いてじゃねーか。あの程度じゃ代償たぁ言わねーと思うけどよ。逆に寿命縮まったら泣けるぜー? お前ら短命なんだからよ?」
「そ、それもそうですね……」
「ガウガウ」
「おっと、狼殿。そろそろっすね」
この場にカムイの言葉を解する者はいない。しかし、それでも通じるものはあるようだ。
「ガウガウ」
何やら前脚を上から下に振っている。
「え、もう降りるんすか? あと一つぐれー谷を越えますよ?」
「ガウガウ」
今度は頭を縦に振った。
「あー、じゃあ谷の手前に降りればいいんすね。そんじゃ、あの辺に……」
ブラージが着地した場所は谷を望む対岸。たまたまミスリルボード一枚分程度の平地がある所だ。
谷の幅はおよそ二十メイル。かなり切り立っており、底までは五十メイルを超える。常人が落ちたら即死、万が一生きていたとしても登ってくることは不可能だろう。
「ガウガウ」
右の前脚、その裏側をアレクサンドリーネに掲げて見せた。肉球が可愛らしいだけに、鋭い爪がやけに鋭く見えた。
「えっ、カムイ……もしかして来るな、ってこと?」
「ガウガウ」
首を縦に振った。
「で、でも私達はカースから蟠桃を捥ぐよう頼まれてるのよ?」
「ガウガウ」
今度は首を縦に振り、次に横に振った。
「それは分かってるのね。でもだめなのね?」
「ガウガウ」
やはり首を縦に振る。
「分かったわ。じゃあカムイの用が済んだ後ならいいわよね? カカザンと戦いたいのよね?」
「ガウガウ」
二度、縦に振った。
「分かったわ。じゃあ一時間だけ待つわ。それで帰ってこなかったら探しに行くわ。いいわね?」
「ガウー、ガウ」
嫌そうな顔をしながらも首肯した。自分が負けるとでも思っているのか? と言いたかったことだろう。
「分かったわ。きっちり一時間だからね。それを過ぎたらすぐ探しに行くわ。気をつけてね。」
「ガウ」
そう言ってカムイはひとっ飛び。谷の対岸に向けて跳躍した。
『グオオオオオォォォォーーーー!』
そして着地とともに『魔声』
まるでカカザンへの戦線布告のように。
空へと向けて高らかに吠えた。今から行くから待っていろ、と言わんばかりに。
次の瞬間、カムイの姿はもうなかった。




