369、待ち人……来たる?
ほらやっぱりあの人だ。『闇雲』
アレクの身体を隠しておこう。なんせ全裸で寝てるんだからさ。
「カース殿! やっぱりカース殿だ! よくぞ! よくぞいらしてくれました! さあさあ駆けつけ三杯いきましょう!」
やっぱスペチアーレ男爵だ。ローランド王国に駆けつけ三杯なんて文化はないのに。
「どうも男爵。お久しぶりです。先ほどお屋敷にお邪魔したところ留守だと聞いたものでのんびり待ってようと思いまして。」
「弟子が大変失礼いたしました! あやつも酒造りのことしか頭にない男なもので……」
あやつも……男爵もそうだもんね。
「いえいえ、何やら大事なものを守っているそうで。それより男爵も入りませんか? 森を歩いてお疲れじゃないですか?」
「いや、それが実は全然たいしたものでは……それよりも! いいのですか? 私今かなり汚れておりますが!?」
見れば分かるとも。森を歩いたんだし魔物だってかなり現れただろうし。
『浄化』
「はい、これで大丈夫ですよ。それとも降りて昼食にしますか?」
男爵だって腹へってるだろうしね。普通の貴族は他人の前で裸になることなんかないけど男爵は元平民だしね。
「で、ではせっかくのカース殿のご好意ですので、ありがたく……」
男爵は私と片側に移動した。空中での移動がすっかり板についてるな。かなりスムーズだ。でも換装は使えないのね。空を飛べるのは天空の精霊の祝福だしな。だいぶ使い慣れてる感じがするよね。
「あ、あの、カース殿、少々質問、というかお願いが……」
「どうしました?」
「私とて入浴の際は全ての衣服を脱ぎ捨てることが礼儀だと存じてはいるのです……ですが、その、生来の性分ゆえに、どうにも恥を捨てきれず……どうかこのまま入らせてはいただけないでしょうか……」
ああ、恥ずかしいのか。意外な一面もあるもんだな。パンツ一丁ぐらい問題ないさ。
「いいですよ。そもそもこの湯船には浄化作用もありますから。」
「あ、ありがとうございます。で、では失礼します……」
あらま……これはびっくり。スペチアーレ男爵といえばガリガリに細い針金ボディだと思っていたが。実際は極細に絞り込まれた鋼ボディだったのか……
「ふぅ……おお……これはいいものですな。よもや遥かなる天空でこのような愉悦を味わえるとは……天にも昇る気持ちとはきっとこのようなものなのでしょうな……ふぅ……」
「喜んでいただけて嬉しいです。あ、そうだ。よかったらこれ飲んでみますか?」
アレクが飲んだグラス。軽く洗って乾かして、酒と水を注ぐ。私のグラスにも同じものを。
「おお……これは王都はシリシアム商会のフルートグラス……そこに注がれたこれは……ふおおおぉぉ……ベゼル・ブランヤードでしょうか? おおお……ワイン造りの名人ベゼル男爵の静かな情熱が見えるかのような味わい……ですが、この清涼たる味わいはどうしたことか……ムリーマ山脈の清流を思い起こしてしまうではないですか……はあぁ……うまいです」
マジか。やっぱこの男爵すげぇな……
私は全然覚えてなかったんだが、このシャンパングラスみたいなやつ、正しくはフルートグラスって言うのね。言われてみれば聞いた気がする。縦長の円錐みたいなやつ。
しかも酒の名前までズバリと当てちゃって。ベゼル・ブランヤード? そんな名前だったのね。もちろん覚えてないさ。
「それはよかったです。お代わりもありますので、お好きなだけどうぞ。」
「いえ、今はこの一杯に酔いしれていたいです……この景色にもね。はあぁ……こんな上空で飲む酒の美味いこと。見てくださいよ……我が家があんなに小さくなって……」
高度何メイルぐらいなんだろうね。人差し指と親指で作った輪っかに男爵の家と酒蔵が余裕で入るぐらいには高い。
「ところで、いい木材は見つかりましたか?」
「ええ。今日の私はかなり幸運なようで。実は! なんと! トレンタール・マホガニーを見つけたのです! 最高ですよ! だから早々と帰ってこれたわけでもあります。しかも! 帰ってみればカース殿が来てくれているなんて! どこまでも幸運すぎますよ! さあさあカース殿! 再会に乾杯ですぞ!」
おお、トレンタール・マホガニー。いつだったかダミアンも手に入れてた希少なトレント材だっけ?
少しタイミングは遅いけど乾杯。やっぱいい音がするなぁ。本当にこのグラス買ってよかったよ。天空で絶景を眺めながら細身のイケオジと裸の付き合い……悪くないね。




