367、真夏の空中露天風呂
アレクは私の肩に頭を乗せて、右手を左腕に絡めている。目は開けたまま。
「やっぱりこの高さから見る景色は最高ね。どこまでも広がる緑の絨毯、さすがに海は見えないわね。あれはアブハイン川かしら?」
「きっとそうだね。さすがにあの川は目立つね。」
「ついさっきまであの川の近くにいたのに。不思議な気分だわ。」
「そうだね。普通に歩いたら何週間かかるんだろうね。」
それをひとっ飛びだもんなぁ。
「違うわ。私が言いたいのは、カースと一緒だとこんな普通じゃないことにすっかり慣れてしまったことが不思議なの。こんなとんでもないことをしてるのに『カースだし』で済んでしまうことも含めてね?」
飛んでいるのにとんでもない……うおっほん。
「はは、そう?」
「そうよ。この湯船だけでどれだけ重量があるのかしら? そこにお湯がいっぱい入ってるのよ? それを苦もなくこんな上空まで浮かせて。もちろん揺れ一つなく、水平も保ったままで。これが普通って言ったら宮廷魔導士が泣くわね。」
そりゃそうだ。さすがに私だって分かるとも。確かにこれらは魔力のごり押しも必要だが、それだけで出来ることではない。これまで培ってきた魔力の精密制御や並列発動だって重要なんだからな。
「アレクにそう言われると嬉しいよ。何か飲もうか。冷たいのがいいよね。」
気分的にはキリッと冷やした白ワインを炭酸で割りたいところだが、炭酸などないもんなぁ。どこかで湧いてそうなもんだけど。話にも聞いたことないんだよなぁ。宮廷魔導士あたりに上手いこと説明したらやってくれそうな気もするが……で、その方法さえ開発してくれれば後は私が魔力のごり押しでどうにか……回復や治癒魔法じゃないんだし、何とかなりそうな気もするんだけど。
「ええ、いただくわ。」
では……『水操』ベゼル領で貰った酒を『水滴』冷水で半分に割って……王都で買った細長いグラスに注いで……っと。
「じゃあアレクの瞳に乾杯。」
「もうっ、カースったら。カースの絶大な魔力にも乾杯。」
グラスを軽く合わせる。妙なる高音が一瞬だけ聴こえ、余韻も残さず消えた。えらく透き通った音だったなぁ。やっぱ高いグラスは音まで違うね。おまけに落としたり踏んだぐらいじゃ割れないって話だったし。保温や防汚などあらゆる魔法効果も付いてるんだよな。現代日本のシャンパングラスでもこうはいかないよね。いい買い物したなぁ。
「あぁ……おじい様のお酒を冷たい水で割っただけなのに……すごく美味しいわ。まるで……暑い日、そう今日みたいに暑い日に、清流を見つけてしまい、我慢できずに飛び込んで化粧が剥がれてしまった令嬢の心境のように爽やかね。ありがとうカース。とっても美味しいわ。」
「うん。美味しいね!」
アレクが何を言っているのかよく理解できないが美味いことに違いはない。たぶん酒と水の相性もある気がするんだよな。正確には酒と水と飲む者の相性かな? 酒はアレクの祖父の領地産、それも王家に献上するレベルの造り手。そこに私の水なんだからアレクと相性が合わないはずがないよな。あーうまい。
「ガウガウ」
お前はさっそくミルクか。羊の牛乳……羊乳って言うんだったか?
『水操』
『浮身』
「ガウガウ」
もっと冷やせって? お前本当に贅沢だなぁ……
『遠見』
「ちっ、カース……邪魔が入ったわ。私に任せて。」
「うん。お願い。」
何かな? 米粒にしか見えないが、天空の精霊がぎりぎり出てこない程の高度にまで飛んでくるとは、それなりに厄介な魔物かな。まあこれだけ魔力を垂れ流してれば寄っても来るよな。
立ち上がり私に背を向けるアレク。かわいいお尻が半分お湯の下、美しい背中はよく見える。
『氷壁』
ん? 氷壁の魔法で筒を作った、のか? いや、むしろこれ筒ってより……
『氷弾』
銃身か。それも銃身そのものを杖の代わりにして氷の弾丸に魔力を込めるわけね。そうすることによって通常の氷弾の何倍もの弾速を出すってわけか。氷弾が銃身内で加速するわけだから魔力を込めるタイミングがかなりシビアだと思うが……氷弾の後ろを押すようにしないといけないわけだもんな。理想的なタイミングで魔力を込めることができれば何百倍もの弾速を得られそうだな。少ない魔力でさ。
アレクもヒイズルでの経験を活かしてるなぁ。なんせ私の防御をぶち抜くほどの攻撃だって目の当たりにしたわけだし。
「くっ、やっぱり難しいわね……」
威力は申し分ないが狙いが甘い。今までとは狙い方が違うだろうからね。
「こうやって構えてみてはどうかな? あと、これを付けておくといいかも。」
『氷壁』
銃身の先と中間に赤い照星を付けてみた。その上で銃床も作ってみた。これを腕の付け根に押し当ててライフルのように構えて見せる。見覚えあるよね? ジュダの野郎もこうやって私を狙ったんだから。
「今付けた二つの点と魔物が一直線上になるように構えてみて。狙いがつけやすいかも。」
「え、ええ。やってみるわ。」
裸のままで射撃レッスン。もちろん射撃なんて漫画でしか読んだことないけど。
米粒ほどだった魔物は豆粒より大きく見えてきた。さあて、アレクは狙撃魔法をものにできるかな?




