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失われた世界で  作者: 笑わない猫
届かない訴えの代償
9/11

青空の下で

試験続きで遅くなってしまった!


帰ってきましたよ!!










 人間は他人の死に鈍感だ。


 今更始まった事ではないし、災害が起こってから変化してしまったことでもない。いつの間にかなってしまっていた変化。つまりは退化。

 人が死ぬという事にあまりにも鈍く、どうしようもなく実感が湧かない。

 それ故になってしまった結末。


 交通事故があったとき、そばにいる人間の内、事故にあった人を助けようと行動するのは何人だろうか。

 逆に助けず傍観するのは何人だろうか。

 そう結局人は他人の死に関わりを持たず、持ちたいと思わない。

 いつの間にか人は他人の生死に鈍くなり過ぎてしまったのだ。


 だが、不思議なことに人が死んでいる空気、というものが本能的に理解できてしまう。

 殺人現場の第一発見者がよく感じるという冷たい空気。それは誰かがそこで死んでいるという本能的な警告である。

 同種の仲間で殺されている、死んでいる、と脳が伝えているのだ。

 なんとも不思議な話だ。

 鈍感なのに敏感。

 矛盾すらも矛盾に感じてしまえないくらい、人間は退化したのかもしれない。







 廃墟が立ち並ぶ大きな広場。

 ベルフェリングの迷宮と言われる裏路地を通ることでしかたどり着くことの出来ない場所。

 そして「失われた未来ロスト・チルドレン」であるエリス達の住まいだ。

 その廃墟の中で一番まともな木造建築の玄関の前で、リュヒナは立ち止まっていた。


 玄関の扉に向かって伸ばした手を途中で止め、額に冷や汗を浮かべていた。

 その顔は何かを感じ取ってしまったかのように蒼白で、目は「情報処理能力テクノロジャクション」を使っていることを表す紅色になっている。

 その冷や汗の正体に、なんとなくリュヒナは気付いてしまっていた。


 そう何度も経験するような空気ではないし、リュヒナからしたら経験もしたくないような空気なのだけれどそれでも気付いてしまう、この独特の寒気。


 「誰かが死んでいるかもしれない」という感覚。


 「情報処理能力テクノロジャクション」が使われいることで周りの微かな情報が演算されしまうということもあるが、これは先ほど話した本能に近い感覚だ。


 ――まさかそんなことないよね。


 自分に言い聞かせる。当たり前だ。そんなことが起こるはずがない。昨日まであんなに楽しそうに笑っていたエリス達が誰かに殺される、誰かを殺すなんてことがあるはずがない。

 それでも手が動かないのは、もう分かってしまっているからだ。

 リュヒナの能力がそれを推測しきってしまっているからだ。


「……エリスちゃん……」


 誰に言ったわけではなく、小さく呟いた。

 大きく深呼吸をしてから止まってしまっていた手をやっと動かした。


「エリスちゃーん! おはよ!」


 蝶番の響く扉を開いて、先ほどの悪寒など無かったように顔を覗かせた。

 その中ではリュヒナが思ってたような光景は無かった。


 違う。

 ある意味では、想像していたことだ。

 推測できていたことだ。


「えっと……なにしてる……の?」

「……リュヒナさん?」


 リュヒナの目線の先では、エリス以外の子供たちがある一箇所を下に取り囲むようにして座っていた。

 リュヒナの声に一同は振り向いて、その中でカズヤがリュヒナの姿を見て目を見開いた。


 なんとなくリュヒナが来ることは分かっていたカズヤだったが、だからこそ、一刻も早く終わらせる必要があったのだ。

 この作業を。

 カズヤたちが生き抜くための作業を。


「……みんな、集まって何してるの?」


 取り囲むようにして子供たちがいることからリュヒナからしたらその中心で行われているものがなんなのか目視できない。

 きっと見てしまったら後戻りできない。そんな予感はしていたけれど。


「あ、えっと……その」


 カズヤが明らかに困惑する。


「エリスが……今出かけてるんでまた後で来てもらってもいい?」

「え? あ、うん。わかった。でもなにしてるかだけ教えてもらってもいいかな?」

「あ、その、それはまた今度」

「え、なんで?」


 いつも通り、ふわふわした口調で喋りながら、背筋に走り続ける悪寒を誤魔化すように家に上がる。

 カズヤとカイヤがなんとかリュヒナを止めようと立ち上がった。

 だが、その結果中心での作業を遮る壁が無くなってしまった訳で。

 それを目にしたリュヒナの目は大きく見開かれた。


「あ……あっ――」


 悲鳴をなんとか抑えるので限界だった。

 どちらかといえば悲鳴にならない悲鳴に近いが、それでも卒倒しなかっただけマシだっただろう。

 今まで生きてきて、「失われた未来」としてこの世界を歩いてきて、散々迫害され、無残な死を遂げてきた「失われた未来」を見てきたリュヒナでさえ息を呑む。

 今の目の前の惨状が、どれほどこの世界が終わってしまっているかを教えてくれるように。

 リュヒナの脳内に深く記録される。


 子供たちが一人一人ナイフを持ち、大人の死体をばらばらに必死に切り裂いている様子。


 大人がばらばらにされることなのか。

 子供たちがばらばらにしていることなのか。


 どちらが世界が失われたことを示しているのか……。

 いや。


 どちらも、世界が失われた証拠なのだろう。






警備兵ディリングだらけだな」


 キリアはそう小さく声を漏らした。

 ギルドから出て十数分した大通り沿いの一角。そこにいる警備兵の数を見てキリアはうんざりとした。

 受付嬢から聞いた依頼主の住所。この辺りでは有名は肉まんの店を経営している店主の妻らしく、キリアは今回の依頼の情報をもう少し詳しく聞こうと、こうして足を運んだわけだけれど。

 こうも露骨に警備兵が居ては聞くに聞けない。

 別にキリアがなにか警備兵に捕まるようなやましいことをしているわけではないが、一つの場所に五人の警備兵とあっては、どんな人間でもたじろぐだろう。


 とはいっても、ここまで来て引き返すというわけはいかない。

 依頼は仕事だし、キリア自身も無駄足を踏んだと思いたくはない。そこにある有効な情報源を目の前にして引き下がるなんて馬鹿げている。

 キリアは後頭部をぽりぽりと掻きながらゆっくりとその一角に近づいた。


「ん? 何のようだ?」


 キリアが肉まん屋に近づいてきていると分かった一人の警備兵がキリアに問いかけた。

 別に怪しんでいるわけでもないだろうが、その目から感じる威圧感を受けながらキリアはギルドの依頼養用紙を出しながら答えた。


「ギルダーだ。依頼人に少し聞きたいことがある」

「ギルダー? あぁ。そういえば奥さん言ってたな」


 思い出すように手を顎にやった警備兵はぽつりと呟くと、すぐそばのほかの警備兵に声をかけた。


「ギルダーだそうだ。依頼人である奥さんに会いたいんだと」

「あ? そりゃまずいだろ。今一課いっかの人らが向かってきてる最中だぜ?」

「とりあえず後できてもらうってことにしとくべきか」

「まぁ、そうだろうな。俺らの独断ってのも後々面倒なことになりそうだしな」


 しばらく二人の話を聞いていたキリアが間に入る。


「会えないのか?」

「まぁ、今は少し取り込み中ってことかな。ってかお前「失われた未来」だろ?」

「……それがなんだ」


 キリアをじろじろと見る警備兵たちにイライラが募る。


「身なりからして前の魔獣襲撃を止めた「新たなる希望ニュー・レジェンド」なんだろうがな。ギルダーなら今回の件がどういったもんかは知ってるだろ?」

「何が言いたい?」

「だからなんだ。「失われた未来」の仕業かもしれないってなってるこんなときに「失われた未来」がやってきたら被害者の奥さんはどう思うよ?」


 なんとなく言いたいことは分かった。

 分かったが、そう言われても、といった感じだ。

 もちろん自分が地雷になりえる可能性があるってことぐらいはキリア自身自覚している。自覚してここに来ているのだ。


「確かにいい思いはしないだろうけど、こっちも仕事なんだよ。会うだけ会わせてくれないか」

「はぁ……」

「おいおい、なんだなんだ」


 警備兵とキリアのやり取りが長引いてることで他の三人の警備兵も割り込んできた。

 キリアに対して五人の警備兵が対峙している状況だ。その様子に大通りを通る人の目も集まる。


「いや、奥さんに話が聞きたいって言うからよ」

「そんなもん駄目だ。帰ってくれ」


 五人の中で一番トップなのだろう。その警備兵の言葉にキリアは話す対象をその警備兵に絞る。


「それほど時間を取らせるつもりはない。すぐに終わるから」

「駄目だ。帰れ」

「……お前らにギルダーの行動を制限する権力はないだろ」

「あ? 俺らには一般人を守る義務があるんだよ。てめぇみたいな化け物からな」

「なんだと……!?」


 一触即発の空気に六人全員の空気が重たくなる。


 「失われた未来」として生まれたキリアは自分のことが普通の人間ではないということを自覚している。

 今まで幾度と倒してきた魔獣たちと同類であると、いくら目を逸らそうと自分の中にある化け物の能力は隠すことは出来ない。

 人間と自分たちは別格であり、別の種族であり、別の生き物。


 分かっている。この世界で、この失われた世界で、自分の存在は、「失われた未来」の存在は。


 だけれど――


「俺たちは化け物じゃない。俺たちを生んだお前たちこそが化け物そのものだ」


 ――認めたくない。


「はっ。そんな駄弁しったこっちゃないな」

「お前と言い合いするために来たわけじゃないんだ。いいから依頼人に会わせろ」

「わかんねー奴だな。駄目なもんは駄目なんだよ。帰れ帰れ」

「もういい。邪魔だ」


 そう吐き捨てるとキリアは警備兵達を押しのけるようにして店に入ろうと足を進めた。

 このまま話していることが意味があるとは思えなかったし、なにより今のままでは自分自身我慢ができそうになかった。


「ちょっと調子扱きすぎだなてめぇは!」


 そのキリアのマントの襟を言い争っていた警備兵は掴み、思いっきり引いた。

 突如、首が絞まる衝撃が襲い、キリアはそのまま引かれた後方に引きづられ、地面に投げ飛ばされた。

 はははは、と警備兵の下品な笑い声が大通りに響く。


「……調子こいてんのはお前らの方だ」

「はははは、あ?」


 崩れた体勢をすぐさま戻したキリアの声は先ほどより一層トーンが落ちていた。


「なんだ、俺に歯向かうの……ぅ!?」


 バカ笑いをしながらキリアを見返した警備兵の顔が一瞬で蒼白になった。

 理由は一つだ。

 自分が化け物と称したその化け物の一部が目の前で表れていたのだから。


 キリアの警備兵を睨むその瞳は紅く染まっていた。


「くっ……ば、化け物が!!」

「俺は仏のように甘くないぞ。二度目のその失言……見逃すつもりはない!!」


 「失われた未来」特有の身体能力の上昇を使い、足の脚力のみで一気に加速。警備兵に飛び掛る。

 いきなりの能力発動に虚を突かれた警備兵は一気に制圧されてしまう。


「おいお前!」

「抑えろ!!!」


 他の四人の警備兵達も好戦的になったキリアを止めようと動き出す。

 その手に一切捕まることなく一人、また一人とキリアの拳と身のこなしに倒れていく。

 訓練されているとはいえ、下っ端の警備兵では実戦経験の豊富な「失われた未来」を止める実力はなかった。


「撤回しろ! 俺らは化け物じゃない!」

「……っ……」


 全員を突き崩してからキリアは警備兵を一瞥しながら叫んだ。

 だが、肝心の「化け物発言」をした警備兵は気絶して身体を痙攣させていた。

 撤回の要求も答えることが出来るはずもない。


「え……なに? どうしたの?」

「警備兵が五人もやられたぞ……」

「「失われた未来」がやったんだろ……?」

「まじかよ……」


 今の騒ぎでキリア達の周りには人垣ができていた。

 人垣の各々が話す内容が耳に入るたびにキリアの頭が急激に冷めていく。


「化け物だなやっぱ……」


「っ!?」


 気が付けばキリアは人垣を掻き分けて走り出していた。

 自分が熱くなってしまったことと周りの突き刺さる視線が胸を締め付ける。

 十八になるキリアであってもその言葉と視線はその精神を大きく揺さぶった。

 大きくなるからこそ、中途半端に成長しているからこそ、揺さぶられたときの衝撃は大きかった。


 ――俺は化け物じゃない!!


 まだキリアは大きいだけの子供だった。







「エリスちゃん……どうして?」

「どうしたもこうしたもないわ。殺さなければ私たちが殺されてたのよ」

「で、でも……」

「じゃあ私たちは黙って殺されれば良かったって言うの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「ならもういいでしょ。帰って。そしてもう私たちに関らないで」

「エリスちゃん……」

「ここもばれてるでしょうし、死体の処理が済んだらすぐに移動するわ。それでもう終わり」


 キリアが警備兵と一悶着している間にエリスもリュヒナと邂逅していた。

 尤も、エリスは帰ってくると同時にリュヒナがいることに気付くと、すぐにリュヒナを追い出そうとこうして言ってきているわけだけれど、リュヒナは簡単に引き下がらない。

 それもそうだ。こんなことがあって簡単に引き下がれるわけがない。


 だが、引き下がれないというだけで、なにか説得できるための手段がリュヒナにあるわけじゃない。

 実際、「どうしてこうなったのか?」なんて質問を繰り返して、その答えを聞いてしまった以上なんとも言えない。

 今のエリスに「人殺しだけはしては駄目」みたいな言葉届くわけがない。

 いや、むしろ逆に煽ることになってしまう。

 今リュヒナの持ち合わせている考えと言葉は全部が全部「綺麗事」だ。


「ねぇ、分からない? 能力を使わないと帰ってくれない?」

「……エリスちゃん……」


 エリスの声はとても冷たかった。

 リュヒナに能力を使いたくない。エリスの裏にはその気持ちがあるのだろう。少なくともエリスとリュヒナの短いこの三日間は無駄ではない。

 無駄じゃない。……無駄にしたくない。


「最後よ、リュヒナ。帰って」

「――うん」


 でも、何もできない。


 私は、無力なんだ。


「……ばいばい……エリスちゃん」

「さよなら」


 最後の最後まで淡白だ。

 消え入りそうな声を絞り出すリュヒナに対し、エリスはどこまでも冷徹だ。

 最後に伏せた目を上げたリュヒナに見えたエリスの顔は、初めて会ったあの広場でも顔だった。

 誰も信用しない。全てが敵。

 四面楚歌に生きる疑心暗鬼に囚われた少女。その姿に戻っていた。


 ――無駄じゃなかった。


 そう思った。けれど。


 ――変わってないなら無駄だよね。


 一気にこみ上げてくる涙。

 自分がエリスを守ると決めた決意。それはいとも簡単に挫かれた。

 自分の無力さと目の前にいるエリスの言葉が、リュヒナの心を突き放す。


 さよなら。


「ばいばい……!」


 駆け出した。振り返って壊れかけの家から飛び出した。

 扉を乱暴に開けて走って、「情報処理能力テクノロジャクション」を使うということも考えることなく、ただ路地裏を走った。

 だが、途中で手入れされていない路地裏の地面の出っ張りに足を引っ掛け、そのまま倒れこむ。


 ぐっと、手を握り身体を起こす。

 だが立ち上がることなく、ぺたりと座り込んだまま、止めきれなくなった涙が太ももに雨を降らす。


「う、うぅ、うあぁあああ!!」


 静かな路地裏での少女の泣き声は喧騒に包めれる大通りには届くことなく、ただ無情に――


 ――綺麗な青空に雨を降らせるだけだった。














 


 

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