表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失われた世界で  作者: 笑わない猫
届かない訴えの代償
11/11

もう一度









 二千六十六年。 

 世界が魔気に包まれてから十四年経った春のとき。桜の咲かなくなった世界のある場所で、一つの孤児院が反「失われた未来ロスト・チルドレン」の集団に襲撃された。


 フィッツ領よりさらに下。ムクホシ領と呼ばれる、昔は工業に発展した地域として有名だった場所。そこにひとつの孤児院があった。


 当時、その孤児院には三人の子供が保護されていた。

 十三人による襲撃に、その孤児院は、灰に変わるまで壊されたのだが、十三人のうち生きてその孤児院から出ることができたのは、わずか五人だけだった。

 孤児院の中に居たのは保護されている三人の子供に、それを保護する一人の女性だけだ。なにがあって八人なんていう馬鹿にならない人数が命を落とすことになったのか。

 それは考えるとすぐに思いつくものだった。


 その三人のうち、誰かが「能力」を使ったからだと。


 コントロールできていたのか、ただ暴走化が起こっただけなのか、それを詳しく記した資料は残されていないが、少なくとも能力の発動は確実といえた。


 その後、その三人のうち一人の少女を襲撃した集団が拉致。

 「失われた未来」の人身売買も、裏のほうではよくあることだったため、恐らくそのために拉致されたものだと考えた。

 その後、その拉致された少女の行方を知る術は無い。


 残り二人の「失われた未来」の所在もわからない。


 これは決して珍しいケースでもなんでもなく、この世界では良く起こる、日常茶飯事と言えるほどの事だ。

 だれも特別視しなければ、誰もその三人の「失われた未来」の行方を追うものはいなかった。


 そんな、世界だ。

 そんな世界で、キリアは目の前にいる少女の言葉を信じる、ということがなかなか出来ることではなかった。

 それは個人的な見解とかではなく、ただ客観的に、常識的に考えて、難しいことだった。


「大人に育ててもらってる……!?」

「……そうだよ」


 ほとんどの孤児院が潰されて、「失われた未来」を助けようとする大人に対する迫害も年々酷くなる今の時代。

 さらに「失われた未来」撤廃主義。魔導院インデックスの傘下にあるベルフェリングで、「失われた未来」を保護する大人なんて存在するものなのか。


「……親なのか?」

「……ううん。会ったのは一年前だよ」


 親でもない。

 キリアは、エリスを良く見る場所というところに案内される途中にも関らず、足を止め、少女を保護する大人に興味が行ってしまう。


「そんなことがあるのか?」

「……あるからここにいる」


 まるで自分が生き証拠であるかのように、両手を広げてキリアに自分の姿を見せ付ける。


「そりゃ、そうだろうけど」


 その少女の着ている服装を見れば、納得せざる負えない。


「一体、どんな経緯があればそうなるんだ」

「……うーん。なんだろうね」


 思い出すように少女は、空を仰ぐ。

 なんというか、マイペースな少女だな、とキリアは思った。

 リュヒナとは違うベクトルを持った少女だった。


「……パパは昔の娘に似てるって言ってた」

「パパだとっ!?」

「!? ……うん」


 突然、大声を張り上げたキリアに、びくっと少女の体は震える。

 目を見張って、やや体を乗り出しているキリアに少女は心底不思議そうに首を傾げていたが、すぐに頬を赤く蒸気させた。

 自分が「パパ」と、その人のことを呼んでしまったことに気付いたからだ。


「あ、えっと……なんでもない」

「……なんだ、その、いや、悪いことじゃねぇよ」


 俯くように縮こまる少女に釣られるように、キリアもポリポリと頬を掻いた。


「ただ、「失われた未来」が、パパ……とか、そんな風に親の呼称で呼ぶってのが珍しかっただけだ」

「……うん」


 妙な沈黙が流れる。

 それに我慢できなくなった少女は、止まっていた足を動かし始め、先に進み始める。

 それを見て、自分が立ち止まっていたことにキリアは気づいた。


「……クルミ」

「あ?」

「……私の名前」

「……あぁ、なるほどな」

「……あなたは?」

「俺か?」

「……うん」

「キリアだ」

「……そっか」

「お前いくつだよ」

「……ここのつ」

「うわ、俺と倍も違うのかよ」

「……十八?」

「おう。もうちょいで成人だ」

「……大人だ」

「やめてくれ。大人なんかになんねーよ」

「……いつかなるもんだよ」

「……まぁ、そうかもな」


 夕焼けの光が少しずつ暗くなる。

 裏路地に街灯はない。まぁ、当たり前のことだけれど。

 少しずつ道が見えなくなってくる。壁との境界線もあやふやになる。

 しかし、クルミの足は迷うことなく歩き続ける。ベルフェリングの迷宮を歩き回っている証拠と言える。

 そんなクルミの後姿を見ながら、キリアは声をかける。


「パパってことは、お前の帰り待ってるんじゃねぇのか」

「……うん。でも、まだ帰ってこないよ」

「ふーん。何してる人なんだよ」

「……警備兵ディリング

「はぁ!?」

「!?」


 二度目と言えど、その大声にクルミはびくっとまた震わせた。


「警備兵が「失われた未来」を保護してんのかよ!!」

「……ちょっと、うるさい」

「あ、あぁ、悪い」


 肩越しに振り返るクルミの顔は、完全に迷惑なものを見るような目に変わっていた。

 とはいえ、取り乱すキリアが一概におかしいわけではない。

 客観的に見て、世間的に見て、今特別なのはどう考えてもクルミの方なのだから。


 警備兵は何度も言うように魔導院の直属の管轄だ。

 そして魔導院と「失われた未来」は対極の存在だ。お互いが睨み合う様な、そんな完全な対立関係にある存在だ。


 その、警備兵が。


 「失われた未来」を保護している。


 ――なんだ、このちぐはぐ感は。


「お前がかなり特別ってことは良く分かった」

「……そうだね」


 高低の無い、平坦な声が続く。


「……私は恵まれてる」

「ん?」


 話が変わったことで、キリアもその声を聞き取るために耳を澄ませる。


「……この街で、これだけ落ち着いた生活をしていれるのは、とても恵まれてること」


 決して自慢しているわけじゃないことはキリアにも分かった。

 なにか抱えているものを吐き出すかのように、話すクルミはとても苦しそうにキリアには見えた。


「……苦しんで、もがいて、なんとか生きようとする。そんな文字通り、死に物狂いな生活を私は八年間してきたはず……。……でもパパに出会って、変わった。なにもかも恵まれた」


 歩くペースは変わらない。

 ただただクルミの声が響く。


「……家族を、知った」

「家族、ね……」

「……そう、家族」

「いいことじゃないのかよ」

「……でも、こうして路地を歩いてて思う」

「ん?」

「私は、ここにいていいのか、って」


 周りは、今必死になっている。

 あの災害から引きずられている現状から、生き抜こうと必死にもがいている。

 エリスが大人たちを殺したように、大人たちがエリスを襲ったように。


 そこに、恵まれている私がいていいのか。

 場違いじゃないのか。


「そんなことないだろ」

「……どうして」

「それを言ったら、俺だって場違いだ」

「……それはなんとなく分かる」

「でもそれは、俺たちの歩いてきた、精一杯生きてきた結果だろう」

「……」

「お前を助けてくれたその大人と出会えたのも、お前が頑張ったからだろ」

「……そうなのかな」

「そうだよ」


 クルミが納得したかどうかなんて、キリアにはその顔色が窺えない。

 自分が上手く言葉に出来ていないことも、伝えたいことの半分も伝えられていないことに、キリアは小さくため息をついた。


 クルミにしても、それから口を開くことはなかった。

 もうすっかり日も落ち、数メートルも離れたらお互い姿が見えなくなるような真っ暗な路地裏を、二人は沈黙を保ったまま歩いた。


「……ありがと」


 そのクルミの呟きが、キリアに届いたかどうかは、返事をしなかったキリアからでは、クルミ自身、窺うことが出来なかった。







 リュヒナは、いち早くその状況に気付いた。

 誰かがこちらに向かって歩いてきている、その感覚。

 

 カズヤと話し終えたリュヒナは、「少しだけ時間をちょうだい」とカズヤに言って、初めてエリスと話した空き地に来ていた。

 もちろん、気持ちを落ち着けたかったし、今後のことを考えて多少重たく感じてしまったのもあったけれど。

 リュヒナがここに来て一番先に頭に浮かんだのは、家族という言葉を聞いて動揺していたエリスの顔だった。

 どうしてその顔を思い出すのかはリュヒナ自身も分かったものではなかったけれど、その顔を思い出すと「私が何とかしないと」なんて気持ちになってくるところから、リュヒナのお人よしさが目に見える。


 そんな矢先、「情報処理能力テクノロジャクション」の頭が、その情報をキャッチしていた。


 ――二人、かな。


 足音が微かに聞こえる。

 常人なら、聞こえたところで足音程度だが、リュヒナの「情報処理能力テクノロジャクション」ははっきりと二つの足音に気付いていた。


「大人……じゃないよね」


 まだはっきりとした確証はないが、足音とリズム。近づいてくる速度、歩幅。多数の情報から確実な演算がひっきりなしでリュヒナの頭に展開される。

 その結果。


 ――「失われた未来」か。


 そう行き着く。


 「失われた未来」なら逃げる必要はないし、もしかしたら今大通りで起こってる何かを知っているかもしれない。

 その二人の近づいてくる「失われた未来」を待ってみよう、そうリュヒナは判断した。


 それが正解だったのか、失敗だったのかは判断しかねるけれど。


「……ここ」


 少女の声が聞こえた。

 空き地のすぐそばまで来ているようだ。リュヒナは、いつも通りのほわほわした笑顔でその二人を待って、


 前を歩いていた少女がリュヒナに気付き、立ち止まり、怪訝そうにリュヒナを見つめ、


 二人目の「失われた未来」が空き地に姿を現して、


 リュヒナの笑顔は凍りついた。


「え」


 リュヒナの口から素っ頓狂な声が出た。


「……だれ」


 聞く少女の質問に答えたのは、


「俺の家族だよ」


 後からやってきた二人目の「失われた未来」。

 キリアだった。


「え、な、なんで?」


 なんでここが? という質問をリュヒナは言い切れなかった。

 動揺していた。ここで会うとは思っていなかった。自分が今からやろうとしていることを一番気付かれてはいけない人間に気付かれてしまう。

 冷や汗がリュヒナの背中を駆け抜けた。


「お前がいるとは思ってなかったけど、まぁ、ある意味では好都合か」


 リュヒナの質問にキリアは答える様子はない。

 キリアのそばにいる少女、クルミもどうやらまだ状況を把握しきれずに、目をキリアとリュヒナの間に彷徨わせていた。


「行くぞリュヒナ。エリスに事情聴取だ」

「へ? な、なんで?」


 リュヒナの動揺が諸にキリアに伝わる。

 それだけでキリアは確信してしまう。


 今回の事件にエリスは関係している。


「エリスの場所を知ってるだろ。案内しろ」

「え、いや、え、知らないよー」

「……嘘ついてる」

「見りゃ分かるよ」


 両手を前に出して、知らない知らないと振舞うリュヒナについクルミも声を出してしまった。

 頭がよく、要領のいいリュヒナとは思えないほどの慌てっぷりだ。


「相変わらず嘘が下手だな」

「う、嘘じゃないし!」

「……嘘ついてる」

「ついてないよ! って誰なのその子!」

「クルミだよ」

「……クルミ」

「あ、私リュヒナ、よろしくー」

「……うん」

「……じゃなくて!!」


 なんだこのコントは!!

 ついもれそうになるツッコミをリュヒナはぐっと飲み込む。


「お前も分かってるんだろ」

「だから、わかんないよ」


 これ以上、隠しても無駄だ。そんなことはリュヒナにも分かってた。

 ここでキリアと遭遇してしまった時点で、もうリュヒナの負けなのだ。いや、勝敗の話ではないけれど、負けなのだ。

 だけれど、あっさり引き下がるわけには行かない。


 ――守るって決めたの。


 ついさっきのカズヤの顔を思い出す。


 ――大好きだよ。


 ここで、簡単に引き下がってどうする!


「教えろ。リュヒナ」

「教えない」


 はっきりと、答えた。


「なんだと?」

「教えないって言ったの」


 一段と下がったキリアの声にも動じずに、リュヒナは言い放った。


「……お前は、善悪の違いもわからないか?」

「善悪ってなに!?」


 リュヒナの叫びに、キリアが目を見開いた。

 珍しいからだ。これほど必死になっているリュヒナの姿というのがあまりのも珍しいからだ。

 

「なにが善なの? 悪なの? 一体何を基準にしてるっていうの!」

「……お前って、そんな怒る奴だったんだな」

「え?」


 リュヒナを知っていたつもりのキリアにとっては頭を殴られたような衝撃だった。

 あそこまで激昂するリュヒナを見たことがない。

 いや、昔クレアと喧嘩したときにもしかしたら見たことがあるかもしれない。とはいえ、忘れてしまうほど少ないことだろう。

 なんとなく、寂しさが募った。


「事情が聞きたいだけだ。別に危害を加えにきたわけじゃない」

「だめ、今は会わせられない」

「……リュヒナ」

「絶対に会わせられない」


 そういってリュヒナは、ぐっと腰を下げた。

 一瞬何をしているのか分からなかったキリアだったが、すぐになんの合図なのか気付いた。


「はぁ、引き下がるつもりはないと」

「うん」

「仕方ないな」


 諦めたように、キリアは腰から刀を鞘ごと抜くと、地面にゆっくりと置いた。


「久しぶりの兄妹喧嘩といくか」

「絶対負けないし」


 蚊帳の外になっているクルミは、その二人の様子を興味なさげに見つめながらも。


「……うらやましい」


 歳相応の拗ねたような声を出して、ゆっくりと元来た道を戻り始めた。








 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ