婚約破棄
きらびやかなシャンデリアの光が、かえって残酷に思える夜だった。
卒業パーティーの喧騒が、ある一言を境に、水を打ったような静寂へと変わる。
「セレスティーヌ・ド・ラ・ムーン公爵令嬢。君との婚約を、今この時をもって破棄する」
壇上に立つ王太子アルフレートの声は震えていた。怒りゆえか、あるいは断腸の思いゆえか。
彼に寄り添うのは、平民出身の聖女。可憐に肩を震わせる彼女とは対照的に、セレスティーヌは扇を閉じ、冷ややかな微笑を湛えて見せた。
「……左様でございますか。婚約破棄、謹んでお請けいたしますわ」
その言葉が、アルフレートの瞳に絶望の色を落とす。
セレスティーヌの背後では、目に見えぬはずの聖霊たちが、ざわめきと共に冷たい風を巻き起こしていた。彼女の心象に呼応するように、会場の温度が数度下がる。
「君が聖女に対し、あれほど卑劣な嫌がらせを続けていたとは!信じたくなかった。……月の加護を持つ高潔な令嬢が、なぜこれほどまでに堕ちたのだ!」
アルフレートの糾弾は正しい。彼女はこの数年、彼に嫌われるためのあらゆる手を尽くしてきた。
なぜなら、彼女の血に眠る月の加護が、最悪の形で目覚めようとしていたからだ。
公爵家の禁書庫で彼女が知った真実。
それは、数百年周期で現れる「竜の愛し子」の呪い。
愛し子が覚醒する際、その強大すぎる魔力を安定させるための『楔』として、最も愛する者の命――その魂を喰らうという残酷な儀式。
(私があなたを愛し続けていれば、あなたは私の覚醒と共に死ぬ。……そんなこと、許せるはずがないわ)
セレスティーヌは、胸を刺すような痛みを押し殺し、さらに傲慢に顎を上げた。
「堕ちた? 違いますわ、殿下。これが私。これも私なのです。……ふふ、せいぜいその娘と、お幸せになってくださいませ」
「セレスティーヌ……!」
アルフレートが足を踏み出す。その顔は、裏切られた怒りよりも、まだ彼女を信じたいという未練に満ちていた。
その優しさが、今の彼女には何よりも毒だった。
(来ないで。それ以上、私を愛さないで)
彼女の意志に反して、周囲の聖霊たちが狂ったように舞い始める。銀色の光の粒子が彼女を包み込み、誰の手も届かない結界を作り上げた。
(愛している。世界中の誰よりも)
だからこそ、彼女は彼を捨て、自らを汚し、永遠の別れへと足を踏み出す。
(さようなら、アルフレート様。……私を、どうぞ恨んでくださいまし)
セレスティーヌは深々とカーテシーを捧げた。それが、最愛の人への、最後にして最大の嘘だった。




