その4 初めての恋バナ
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第五話『恋せよ乙女! ロマンスラバー誕生!』
その4 初めての恋バナ
teller:小枝 こずえ
私を階段の踊り場まで引きずってきた河本さんは、ぜえはあと息を切らしてその場に蹲ってしまった。
私も私で、何が何だかわからない。
河本さんに、なんて声をかければいいのかわからない。
今日の河本さんは様子がおかしい。
まさか、挨拶をしただけであそこまで驚かれるとは思わなかった。
鈴原くんや愛歌ちゃんに沢山勇気をもらってきたから、自分から声をかけることが大事だと思って挨拶してみた、んだけれど。
……何か気に障ることをしてしまったんだろうか。
ふと視線を下げると、自分がずっと手にしていた手紙が視界に入った。
『芹沢昴くんへ』と書かれた、可愛らしい手紙。
芹沢さんへの手紙。
多分、河本さんが書いた手紙。
何だろう、これ。
しばらくお互い無言でいると、河本さんがぽつり、と言葉を洩らした。
「……どうして、こんな、朝早くに?」
「……え、えっと……鈴原くんが部活の朝練行くって言うから……一緒に行かせてもらって……えと、私も、早く来て……教室の掃除とか……花瓶の水替えたりとか、したかったし……」
「……立派な心がけね。でも、何でよりにもよって今日なのよぉ……」
うう、だのああ、だの言いながら河本さんが縮こまる。
私はそれを見ておろおろすることしかできない。
やがて、河本さんがゆっくりと顔を上げた。
その顔は真っ赤で、瞳は僅かに潤んでる。
それから河本さんは、自棄になったように叫んだ。
「ええ、そうよ、そうですよ! ラブレター渡そうとしてましたよぉ! 好きなの! 私は芹沢くんが大好きなのっ!! 悪い!?」
……え?
ぽかん、と口を開けてしまう。
びっくりしすぎて、声が出ない。
恋という感情なんて私は経験したことがないし、ついドギマギしてしまう。
河本さんが、芹沢さんのことを、好き。
何度脳内でその事実を反芻しても、慣れそうになかった。
そんな私の様子を、河本さんはじっと睨むように見つめていて。
やがて。
は、と口を開けたかと思うと。
「……もしかして……気付いてなかった……?」
そう問われ、こくり、とぎこちなく頷く。
途端に河本さんの顔が、湯気でも出るんじゃないかってくらい真っ赤になった。
恥ずかしそうに顔を覆った河本さんは、がっくりと項垂れる。
「……嘘でしょ……自爆した……」
「こ、河本さん……あの……」
「……何? ……いいのよ別に。笑っても。小枝さんはいいわよね。ちゃんと彼氏がいるんだから」
彼氏?
何のことだろう。
きょとん、としてしまう。
「あの……何の、ことですか……?」
「……え? 鈴原くんと付き合ってるんでしょう?」
予想外の爆弾を落とされて、今度は私が真っ赤になる番だった。
「ふ、ふえ!? ち、ちが、違うよ……っ、鈴原くんは、友達で……家が隣同士で……そんな風に誤解されたら、鈴原くんに迷惑かけちゃうよ……っ」
わたわたと慌てる私を、河本さんがひどく複雑そうに見ている。
な、何でしょうか。
それから、じと、と私を責めるように見つめて河本さんは言った。
「……貴方のその鈍感さ、結構罪に値すると思うわ」
「え……あ、あの……ごめんなさい……」
「……私に謝られても困るけど」
しばらく、気まずい沈黙がその場を支配する。
どうしようか、と少し迷った末に口を開く。
「あの……えっと……私が言いたかったのは……笑ったりしません、ってこと、で……」
おどおどと言葉を紡ぐ私を、河本さんが涙目で見ている。
どうにか、私はこの想いを伝えたくて。
「私……あの……河本さんの気持ち、応援します……」
「……え?」
河本さんが、虚を突かれたような顔をした。
まるで、そんなことを言われるとは思ってもみなかったような顔。
「河本さん、素敵な人だし……優しいし……可愛いし……好きな男の子に告白しようと思えるのって……凄く、勇気あると思うから……だから、あの……」
河本さんが、黙り込む。
どうしよう、お節介だって思われちゃったかな。
でも、次の瞬間聴こえてきた声は。
「……ほんと?」
戸惑ったように揺れる、至って女の子らしい儚い物で。
私はそれに応えるように、一生懸命何度も何度も頷いた。
「わ、私なんかに何ができるかは、わからないけど……弟が、芹沢さんと同じ部活だし……私にできることがあれば、何でもしたいって言うか……」
河本さんが、また黙る。
私もそれ以上何を言っていいのかわからなくて、黙ってしまう。
そして。
「……ありがと……小枝さん……」
次に顔を上げた河本さんが見せてくれたのは、笑顔。
私が初めて見る表情。
その笑顔が、あまりにも綺麗で、優しくて、可愛くて。
やっぱり、河本さんはとても素敵な人なんだと改めて思う。
どうか、この人の恋がうまくいきますように。




