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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第82章 1928(大正13)年処暑~1929(大正14)年雨水
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政務再開

 1928(大正13)年9月3日月曜日午前8時45分、皇居内にある医療棟。

「失礼いたします」

 兄の治療にあたっている侍医の先生方とも協議した結果、兄の公務は、今日の午前中から医療棟で再開されることとなった。私と大山さんが、兄が御学問所で使っている文房具と、兄の決裁が必要な書類を持って医療棟の貴賓室に入ると、白いシャツと灰色のスラックスを身に着けた兄は、ベッドの上に足を伸ばして座っていた。ベッドのそばには節子(さだこ)さまが屈み、兄の麻痺した左足を熱心に曲げ伸ばしている。

「おう、梨花と大山大将か。おはよう」

 笑顔で挨拶する兄に続き、「おはようございます、梨花お姉さま、大山閣下」と節子さまが言う。貴賓室には侍従さんや女官さんだけではなく、侍医の先生方や看護師さんもいなかった。

「リハビリをなさっておいでだったのですか」

 大山さんの言葉に、「ああ」と兄は頷く。

「節子が梨花から昨日聞いたらしいが、身体の麻痺していない場所の筋力を落とさないのと同様に、麻痺しているところも誰かが動かして、関節が固まらないようにするのが大事だとか。それで朝食の後、節子に手伝ってもらって左足を動かしていた」

「行動が早いなぁ……」

 私が思わず感想を漏らすと、

「当然でしょう、お姉さま。嘉仁(よしひと)さまのこれからのために、できることはやらないと」

兄の左足を動かし続けている節子さまが胸を張る。

「それはそうだけど、脈が速すぎる時は止めるべきよ。しかも、医療関係者がいないのにリハビリをしてたら、何かあった時に対応できないし、脈拍数も測れないわ」

 だからリハビリは医療関係者の立ち合いの下でやって欲しい、と私が口にしようとした瞬間、節子さまが上目遣いでじっと私を見つめた。その眼の力は異様に強く、私は口を閉じてしまった。

「……分かった。節子さま、後で脈の測り方を教えるよ。そうしたら、医療関係者がいなくても脈拍数が分かるでしょ。でも、リハビリを始める時は必ず医療関係者に兄上の体調をチェックしてもらって、リハビリ中でも、何か変だと思ったら、すぐに医療関係者を呼ぶのよ」

 節子さまの眼の力に負けた私がこう言うと、

「はい!じゃあお姉さま、後で、脈拍の測り方を教えてくださいね」

節子さまは満面の笑みで頷いた。

 その時、貴賓室のドアが外から叩かれ、

「失礼いたします」

という声とともに開かれる。ドアの向こうに立っていたのは、兄の長男・迪宮(みちのみや)さまだった。

「おはよう、迪宮さま。兄上のお見舞いに来てくれたの?」

 私の質問に、迪宮さまは「いえ……」と首を左右に振る。そして、

「政務を見学に参りました」

と言って、兄に一礼した。

「えっと……それは、おととい政務を見学しなかったから、その代替で見学に来たってことかな?」

 私が確認すると、

「いえ、そうではありません。……昨日、お父様(おもうさま)と相談して決めました。これから、僕によほどの用事がなければ、政務のある日は毎日参内して見学いたします」

迪宮さまはしっかりした口調で私に答えた。

「俺はそこまでしなくてもいい、と言ったのだがな」

 ベッドの上の兄はそう言って苦笑する。「だが、裕仁(ひろひと)が絶対にやると言って聞かなかったのだ。職務の引継ぎも自然にできるし、それに何より、政治の機微を譲位の日までに少しでも吸収したい、と……。まったく、俺は本当にいい息子に恵まれたよ」

「その意気や良し……でございますな」

 兄の言葉を聞いた大山さんが笑顔になる。「では、(おい)も、力の限り、皇太子殿下を鍛えましょう。ご覚悟ください」

「望むところです。よろしくお願いします、大山の爺」

 迪宮さまが大山さんに最敬礼すると、

「じゃあ、政務が終わるまで、少し休んでいるわ。ついでに、お見舞いのお客様も応対しておきます」

節子さまはそう言って貴賓室から出て行く。私と迪宮さまと大山さんが、兄から勧められた椅子に腰かけると、早速今日の政務の打ち合わせが始まった。

「さて、目下一番心配なのは、俺が倒れた影響だ。式典中に倒れたから、世間に隠しようがないしな」

 開口一番、兄は顔をしかめて言った。

「今朝、宮城(きゅうじょう)前広場を遠目で見ましたが、大勢の人々が皇居に向かって額づいておりました。昨日、皇居から退出する時もそうでしたが……。おじじ様の崩御直前の光景を思い出しました」

 兄の言葉に応じた迪宮さまの表情も少し曇っていた。

「うん、私もそれは見た。あと、今朝の新聞で読んだけど、派手な広告を差し控えたり、催しを自粛したりする動きが出てるって……」

「新聞各紙は号外を何度か出したようですし、ラジオは陛下のご病状についての報道をずっと流し続けていたようです。仕方ないことではありますが、この状況では、今日からの株式相場がどう動くか……」

 私と大山さんも眉をひそめて発言すると、

「そうか、株だな。今日は、俺が倒れてから初めての取引の日だからな」

兄はそう呟いて舌打ちした。

「宮内省からの俺の病状発表は、原と牧野大臣が相談して、正確な、しかし読む者を動揺させないような表現でなされていたが……考えが甘かったな。国民が俺の快癒を願ってくれているのはありがたいが、各々の生活を止めてまでやることではない。それに、俺が死んでいないのに、自粛などするべきではないのだ」

「そうね。これで、不況でも始まったらシャレにならないわ。せっかく、“史実”の金融恐慌を回避したのに」

 兄に続いて私が言うと、

「今朝のお父様(おもうさま)の病状発表がどのようになるか、原閣下と牧野閣下に確認しましょう」

迪宮さまが強張った顔で提案した。

「病状発表に、国民を安心させるような文言を加えられれば、それだけでも世間に対する影響が違ってきます」

「もう一歩踏み込んで、牧野さんに、“冷静に行動するように”という兄上の言葉を伝えてもらってもいいかもしれないわね」

 私は迪宮さまの提案にこう付け加える。「思い切って、もう、勅語を出す方がいいかもしれない。兄上、政務は問題なくできるんだし。だけど、これは世間への影響を慎重に考えて決めるべきね」

「原と牧野大臣を呼ぼう。それから、明石総裁も」

 迪宮さまと私の発言を聞いた兄は、即座に言った。「今回の病状発表には、慎重を期さなければならない。院の総裁の意見も聞いて、国民を混乱させず、そして安堵させるような発表をしなければ」

「かしこまりました。直ちに」

 大山さんが一礼して、貴賓室を去る。緊急呼び出しの電話を掛けに行くのだろう。大山さんの後ろ姿を見送った兄は、私と迪宮さまを交互に見ると、

「さぁ、呼んだ人間が来るまで、少しでも政務をしておこう」

微笑みながらこう言った。


 午前中は、政務の処理でほぼ終わってしまった。兄が呼び出した原さんと牧野さん、そして明石さんとの議論が白熱したのだ。結局、国民の混乱を抑えるために勅語を出すことになり、私は午前中、その事務処理に追われた。

 午後の政務の量は少なく、作業は30分ほどで終わった。「もっと忙しくなるかと思いましたが、なんとか終わりましたね」と迪宮さまが呟いた時、

「嘉仁さま。皇太后陛下が、鞍馬宮(くらまのみや)さまご夫妻と一緒にいらっしゃいました」

節子さまが貴賓室に顔を出した。

お母様(おたたさま)か。会わなければいけないな。輝仁(てるひと)蝶子(ちょうこ)も一緒に通してくれ」

 兄が笑顔で頷いたので、私は後ろにいた大山さんに、

「大山さん、お母様(おたたさま)と輝仁さまと蝶子ちゃんがいる間、貴賓室から出ていてちょうだい」

と命令した。輝仁さまの妃の蝶子ちゃんは、大山さんの外孫だけれど、厳しい妃教育を施した大山さんにトラウマを抱えている。輝仁さまが一緒だから、蝶子ちゃんが気を失うようなことはないだろうけれど、念には念を入れておく方がいい。

 大山さんが貴賓室を去ってから数分後、輝仁さまと蝶子ちゃんを従えたお母様(おたたさま)が、節子さまと一緒に貴賓室に入ってきた。なぜか、輝仁さまの長女の詠子(うたこ)さまも一緒だ。貴賓室にいる全員が椅子に座り、あいさつや、兄の病状についてのやり取りがあった後、

「実は、お母様(おたたさま)。……俺は、裕仁に天皇の位を譲ることにしました」

ベッドの上に座る兄が、背筋を伸ばしてからお母様(おたたさま)に告げた。

「そうですか」

 揃って目を見開いている輝仁さまと蝶子ちゃんの隣で、お母様(おたたさま)はいつもと変わらない口調で応じた。

「はい。今の俺は、祭祀ももちろんですが、閲兵や、特別大演習の統監ができません。不整脈がまた起こって、それで再び脳梗塞になる可能性もあります。……俺は、天皇のままで死にたくないのです。天皇の大喪儀(たいそうぎ)というものは、国を挙げての大騒ぎになってしまいますから、国民に大きな影響を与えてしまいます。それは何としてでも避けたいのです。……いかがでしょうか、お母様(おたたさま)?」

「私にお聞きになっても……」

 兄の問いに、お母様(おたたさま)は苦笑した。

「お(かみ)がそうお決めになったのでしたら、私は何も申しません。私は、お上のご決定に従うだけですから」

 すると、

お母様(おたたさま)、言葉が足らず失礼をいたしました」

兄はお母様(おたたさま)に向き直って頭を下げた。

「俺がお母様(おたたさま)に“いかがでしょうか”と問うたのは、亡きお父様(おもうさま)お母様(おたたさま)に、“嘉仁の世を見届けよ”と今わの際にお命じになったからでございます。それゆえ、“いかがでしょうか”と問うたのです」

「なるほど。それならば、納得いたしました」

 お母様(おたたさま)は軽く頷くと、

「ですがお上、私はただ見届けるだけの人間でございます。私の顔色を一々窺って(まつりごと)をする必要はないのですよ」

兄に向かって穏やかな口調で言う。「は……」と言いながら頭を下げた兄は、顔を上げると、

お母様(おたたさま)、お願いが1つございます」

真剣な表情で言った。

「俺の治世は、あと数か月で終わります。ですが、お母様(おたたさま)には、この次に続く裕仁の世も、できる限り見届けていただきたいのです」

「僕からもお願いします」

 ベッドの足元の方に座っていた迪宮さまが椅子から立ち上がり、お母様(おたたさま)に最敬礼をした。「おばば様には、元気に長生きをしていただきたいのです。そして、僕の治世を、できる限り見届けて、おじじ様に報告していただきたいのです」

「かしこまりました」

 お母様(おたたさま)は頭を下げると微笑した。「では、まだまだ死ねませんね。これからも、身体に気を付けて過ごさなければ」

「ええ、お願いいたします、お母様(おたたさま)。裕仁に譲位したら、お母様(おたたさま)にうんと孝行しようと思っているのです。その時まで、お母様(おたたさま)にはお元気でいてくださらなければ」

「まぁ、それはもったいないことですね」

 お母様(おたたさま)と兄が和やかに会話をしている横で、輝仁さまと蝶子ちゃんは無言のまま身じろぎもしない。兄の“譲位する”という発言を、まだ受け止めきれていないのだろう。蝶子ちゃんの隣に座る9歳の詠子さまは、兄とお母様(おたたさま)、そして迪宮さまの顔を、物怖じもせず順々に見つめていた。

 と、

「輝仁、お前は譲位についてどう思う?」

兄が輝仁さまに視線を向けて尋ねた。

「お、俺?まぁ、俺かぁ……」

 輝仁さまは自分を指さし、少し考える素振りを見せてから、

「兄上がそう決めたんなら、それでいいと思うぜ」

と明るく答えた。

お父様(おもうさま)の崩御の時もちょっと思ったけど、大喪儀って大変だしな。……あ、兄上、譲位の後も、元気で長生きしてくれよ。じゃないと、俺、寂しいし」

「そうだな。ありがとう、輝仁」

 兄が頷いたのを見て、私は「あの、よろしいでしょうか?」と言いながら右手を挙げた。「どうした?」と聞いた兄に、「お母様(おたたさま)に、ちょっとね」と返すと、私は椅子から立ち、

お母様(おたたさま)、おとといは、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

お母様(おたたさま)に向かって深く頭を下げた。

「私、兄上を病気から守れなくて、責任を取って死のうと思い詰めていて……」

「そうでしたね」

 私にこう答えたお母様(おたたさま)は、

「でも、ご自身でそうおっしゃることができましたから、もう大丈夫ですね」

と穏やかな声で言って微笑んだ。

「ああ、やはりそうだったか」

 兄がベッドの上で大きなため息をついた。「昨日、“天寿を全うしろ”と命じて正解だったな。昨日のお前の顔は死人のようだったから」

「仕方ないぜ、兄上。だって、(ふみ)姉上って、兄上のことに一途だから」

 輝仁さまが苦笑しながら兄に言う。

「でも、生きようと考えてくれてるんならよかったぜ。もし、(ふみ)姉上が自殺したら、俺、(ふみ)姉上のこと、絶対許さないからな」

「安心して、輝仁さま。自分で死を選ぶことは絶対にしないから。兄上にも命じられたしね」

 私がたった1人の弟にしっかり請け負うと、

「では、詠子さんも、伯母さまに謝りましょうね」

お母様(おたたさま)が詠子さまに優しい微笑みを向ける。この場に詠子さまの“伯母さま”は2人いる。1人は輝仁さまの姉である私、もう1人は兄の妃である節子さまだ。さて、伯母さまというのはどちらのことだろうかと私が考えていると、椅子から立った詠子さまは私の前にやって来て、

「章子……伯母さま、おととい、叩いてしまってごめんなさい」

と言い、ペコリと頭を下げた。

「詠子さまが、私を叩いた?」

 おととい、そんなことがあったのだろうか。私は首を傾げてから、

「あの……伯母さま、そのこと、覚えてないんだ。……ねぇ、そんなことがあったか、分かる人、いる?」

周囲を見回して助けを求めた。すると、

「ありましたよ」

迪宮さまが即座に答えた。

「詠子さんが叔母さまに平手打ちをして、“伯母さまのせいではない”、と言ったのです。それに対して、叔母さまは怒らずに、ご自身が今までどれだけお父様(おもうさま)に尽くしてこられたかを懇々とお話しなさって……」

「あれは驚きました」

 節子さまも迪宮さまに同調する。「でも、私もその時、何も言えなくて……嘉仁さまが倒れられて、平生の心持ちでいられなかったからでしょうね」

「お、おい、詠子、本当か?」

 慌てて立った輝仁さまが尋ねると、詠子さまは「はい」と素直に首を縦に振った。

「参ったなぁ……お母様(おたたさま)が詠子もお見舞いに連れて行こうっておっしゃったの、これが原因か……」

 右の手のひらを額に当ててため息をついた輝仁さまの隣で、

「詠子、もうこんな乱暴なことをしてはいけませんよ。私に約束してちょうだい」

蝶子ちゃんが娘に言い聞かせようとしたその時、強烈な殺気が貴賓室を襲った。私と迪宮さまが思わず身構えると、

「聞き捨てなりませんなぁ……」

貴賓室から出て行ってもらったはずの我が臣下が、入り口のドアを開け放ち、こちらを睨みつけていた。

「まさか詠子内親王殿下が、伯母君である内府殿下に、(おい)のご主君に、平手打ちをなさるとは……とんだお転婆でございますなぁ……」

 大山さんは静かな怒りを乗せた声でこう言いながら、一歩一歩、こちらに近づいてくる。そして、輝仁さまと蝶子ちゃんに鋭い視線を向けると、

「内親王殿下が目上の人間に暴力を振るうのを放置していらっしゃるとは、鞍馬宮家の教育方針は、一体どのようになっているのでしょう」

大山さんは全身から殺気を放ちながら言った。

「ひっ……!」

 外祖父の激しい怒りを浴びせられた蝶子ちゃんの上体が、不自然な方向に傾く。

「蝶子、しっかりしろ!」

 たちまち青白い顔になってしまった蝶子ちゃんの身体を、輝仁さまが慌てて抱き止める。すると、私の前にいた詠子さまが後ろを振り返り、

「大山!わたしの母上に何をする!」

大山さんから蝶子ちゃんをかばうような位置に動き、大山さんを睨み返した。

「母上を傷つけるなら、お前を罰するぞ」

 なぜか曽祖父に対抗しようとする詠子さまを、

「う、詠子さま、火に油を注がないで!」

私は後ろから慌てて制止した。

「大山さんも殺気を出さないで!蝶子ちゃんが気を失うでしょう!」

「そうだな。それに、不整脈が起こらないか、俺は少し不安になってな……」

 私に続いて兄がこう言うと、大山さんは殺気を収めて姿勢を正し、「申し訳ございませんでした」と謝罪する。兄のそばにいる節子さまがすかさず兄の右手首を掴み、先ほど私が教えた方法で、兄の脈を確認した。

「詠子、おいで」

 兄は空いている左手で詠子さまを手招きすると、そのまま彼女の頭を撫でる。そして、

「お前は元気だなぁ。小さい頃の章子伯母さまと同じぐらい元気なのではないか?」

と、顔に苦笑いを浮かべて言う。

「そうですね。お小さいころの増宮(ますのみや)さんを彷彿とさせますね」

(私、流石に、目上に平手打ちは食らわせてないですよ)

 兄の横でクスクス笑いながら言ったお母様(おたたさま)に、私が心の中で反論すると、

「だがな、この次はないぞ、詠子。もしまた章子伯母さまを叩いたら、伯父さまは詠子をうんと叱るからな。覚悟しておけ」

兄は急に怖い顔になり、詠子さまに告げた。

「兄上、子供相手に本気にならなくても……」

 私があきれ顔で言った横では、

「ああ……兄上、申し訳ない」

「本当に申し訳ありません、天皇陛下……」

輝仁さまと蝶子ちゃんが、小さくなって兄に頭を下げている。詠子さまも事の重大さを悟ったのか、「はい」と返事するとうな垂れていた。

 すると、

満宮(みつのみや)さんもお小さいころは、詠子さんに負けない元気な子でしたね」

お母様(おたたさま)が、今度は輝仁さまに笑顔を向けた。

「そうだったな。章子の城の模型を壊したことがあった」

 兄がしみじみとした口調で言って頷いたので、

「一緒に住み始めたころ、御殿の障子や襖を破ったり壊したりしたわね」

私も兄に調子を合わせ、輝仁さまの幼少時の情報を付け加えた。

「そうでしたな。ということは、内親王殿下を立派な淑女(レディ)にするためには、まずお父上の鞍馬宮殿下を、この大山がご教育して……」

 大山さんもニヤニヤしながら話に乗ると、

「何でそうなるんだよー!」

輝仁さまは両腕で頭を抱えて叫ぶ。それを見て、

「ははは……!」

ベッドの上にいる兄は、お腹を抱えて大笑いする。兄の発病以来、私が初めて聞いた、兄の明るい笑い声だった。

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