内府殿下の往診報告
1928(大正13)年8月7日火曜日午前10時、栃木県日光町にある日光御用邸。
「それで、どうでした?!」
日光御用邸の御座所。兄が執務に使う机の横にある袖机の前の椅子は、政務の時の私の定位置だ。ところが、今はその椅子に節子さまが座っている。そして彼女は、下座にいる私に縋るような目を向けて下問した。
「あのさ、節子さま……」
下座にある椅子に大山さんと並んで座った私は、困惑しながら兄嫁に声を掛けた。
「兄上に昨日の報告をしたら、すぐに節子さまのところにも行って、同じ報告をするつもりだったのよ。それなのに、なんで政務が終わった瞬間に御座所に来たの……」
「だって、一刻も早く聞きたいじゃないですか!」
私のツッコミの語尾は、節子さまの大きな声にかき消された。
「珠子の初めての妊娠ですよ!私と嘉仁さまのたった1人の娘の妊娠……心配に決まってるじゃないですか!」
「いや、それは分かるけどさ……」
掴みかからんばかりの勢いで訴える節子さまを、私が何とかなだめようとしたところに、
「だから、さっさと昨日のことを報告しろ、梨花」
兄の不機嫌そうな声が降ってきた。
「俺はな、今朝、お前と顔を合わせた時から、昨日の報告を聞きたくてたまらなかったのだ。ところが、政務の最中、お前に昨日の話を振ろうとするたびに、大山大将が殺気を放って俺を黙らせて……」
そう言って、兄が恨めしげな視線を大山さんに送ると、
「ご政務を滞りなく進めるためには、必要な処置でございます」
大山さんは涼しい顔で兄に言い返した。
「だが、政務は終わっただろう。梨花から昨日の報告を一刻でも早く聞きたかったから、俺は全速力で、しかし誤りはないように、政務を片付けたのだ」
「存じております」
自分を睨んだ兄に、大山さんは微笑みながら一礼すると、
「ですから、梨花さまからのご報告、心ゆくまでご聴取ください」
頭を上げてこう言った。
「よし!では報告しろ、梨花!」
「お姉さま、お願いします!」
同時に叫んだ兄と節子さまに、「分かったから落ち着いてよ……」と返した私は、昨日、賀陽宮家のご当主・恒憲王殿下に嫁いだ、兄と節子さまの長女・珠子さまの往診をした時の報告を始めた。
今月の2日から日光御用邸で避暑を始めた兄と節子さまに、賀陽宮家から、“珠子妃殿下にご懐妊の徴候あり”という報告がもたらされたのは、5日の夕方のことだった。“妃殿下は激しいつわりに悩まされておいでです”という文章が報告の中にあったため、兄と節子さまに供奉して日光に来て、御用邸近くにある宿泊先の旅館でのんびりしていた私と大山さんは、5日の夜に兄に呼び出され、
――明日の朝一番で東京に行って、珠子の診察をして来い!
と命じられた。
――え、それ、侍医の先生方じゃダメなの?
怪訝な顔で問い返した私に、
――半端な使いでは、乃木中将に追い返されるかもしれないだろう!しかし、梨花と大山大将なら、乃木中将に対抗できるはずだ。
兄はこう答えて、
――頼む!珠子の様子を見てきてくれ!
と叫び、私と大山さんに頭を下げた。……こうして、私と大山さんは、昨日の朝一番の列車で東京へ向かい、麹町区一番町にある賀陽宮邸で珠子さまを診察した後、夜遅くに日光に戻ったのだ。
「……賀陽宮さまのお屋敷にお邪魔した時、ちょうど、弥生先生が珠子さまを往診しに来ていたの」
一通り、珠子さまの身体の状態について兄と節子さまに話すと、私はこう言って、出された麦湯に手を付けた。
「弥生先生に、出産は来年3月上旬の見込みだと教えてもらったわ。もちろん、これからの診察所見で変わる可能性はあるけれど……」
私が更にこう続けると、
「3月ですか……珠子の出産は、私があの子を産んだのと近い時期になりそうなのですね」
節子さまはそう言って、安堵したように息を吐く。そして、
「今回は急なことでしたから、梨花お姉さまに手紙を届けてもらうことはできませんでしたけれど、落ち着いたら珠子に手紙を書かないと。妊娠中のことや、出産にあたっての心構え……あの子に伝えておかなければならないことがたくさんあるんです」
と言って微笑んだ。
「結婚の時、あんなに長い覚書を渡したのに、まだ伝えなきゃいけないことがあるの……?」
私がげんなりしながら節子さまに聞くと、
「あるに決まっているでしょう。お姉さまも、万智子さんが身籠られたら、きっと今の私の気持ちがお分かりになりますわ!」
彼女はものすごい勢いで私に反論する。
(そうなのかなぁ?)
私が首を傾げると、
「そうだ、梨花。乃木中将の様子はどうだった?恒憲と、うまくやっているのか?」
兄が声を潜めて私に尋ねた。
「うん、それは私も気になったから、乃木さんが席を外した隙に、珠子さまに聞いてみたよ」
私も兄につられ、小声で答える。
「結婚当初は、ちょっとだけ険悪だったけど、珠子さまが、“恒憲さまは朝見の儀の時に私を助けてくれたのだから、ケンカをしてはダメよ”と命じたら、賀陽宮さまにちゃんと従うようになったみたい」
「そ、そうか……それは良かった……」
私の答えに、兄は胸をなで下ろす。そんな兄の横から、
「いいえ、まだ安心できませんわ、嘉仁さま」
節子さまが少し怖い目をして言った。
「賀陽宮さまが大丈夫でも、姑の好子さまや、賀陽宮家の職員たちと乃木閣下が対立してしまったら、珠子の妊娠にも悪影響が出てしまうかもしれません。……そのあたりはどうなのですか?」
「皇后陛下、ご安心ください」
節子さまの質問に返答したのは大山さんだった。
「こちらも、珠子妃殿下が、嫁がれた直後に乃木さんにお命じになっておられましたので、乃木さんと賀陽宮付きの職員たちの関係は良好です。それに、好子妃殿下は大体京都にいらっしゃいますから、乃木さんと接する機会はほぼなく、目立った衝突は起きておりません」
「ああ……なら、安心しました」
表情筋のこわばりを解いた節子さまに、
「あ、そうだ。言うのを忘れていたけど、私のところにあった、つわりの時に食べられる料理のレシピ集、私の家から珠子さまに届けてもらったよ」
私は更に付け加えた。
「珠子さまを身籠っていた時に節子さまに渡したものから、内容はほとんど変わっていないけれど……」
そう言って苦笑いした私に、
「十分過ぎます、梨花お姉さま!」
節子さまは満面の笑みとともに頷いた。
「よかった。あの料理集には、本当に助けられましたもの。きっと珠子の助けになってくれるに違いないわ」
「うん。私もそう思ったから、珠子さまに届けたんだ。もっとも、珠子さまには弥生先生がついているから、まず問題は起こらないと思うけどね」
私は節子さまに微笑むと、
「兄上も節子さまも、もし珠子さまのことが心配になったら、私が珠子さまのところに往診に行くから、安心してちょうだいね」
兄と節子さまに、笑顔のままこう言った。
「頼むぞ」
兄は真剣な表情で私を見つめた。「珠子とは離れてしまったから、見舞いに行きたくても行けない。俺たちが見舞いに行ったら、大事になってしまうからな」
「そうよ。だから、何かあったら私に言ってちょうだい」
私が微笑んで請け負うと、「分かった」と言って兄は頷く。節子さまも、笑顔で首を縦に振った。
その後も、兄と節子さまは私と大山さんを質問攻めにした。へとへとになりながらも全ての問いに答え終わると、時刻は既に正午近くになっていた。
すると、
「せっかくだから、昼飯も一緒に食おう」
兄が上機嫌で私と大山さんを誘った。
「そうですね。私、万智子さんが、南部さんのご長男とご婚約なさったいきさつを、梨花お姉さまから聞いておりませんし」
やや興奮している節子さまもこう言って、私をじっと見つめる。断る理由はもちろんないので、私と大山さんは、兄と節子さまの昼食に陪食することになった。
「……立派ですね、利光さんも万智子さんも」
節子さまは、私がお見合いの話を一旦締めると、微笑んで感想を述べた。
「そうだね。利光くんはまだ15歳なのに、色々と万智子のことを考えてくれたし、それに……万智子がね、私の想いを受け継いでくれていると分かって、私、嬉しかったなぁ」
私が節子さまに照れ笑いしながら答えると、
「本当に受け継いでいるのか?」
兄が私にニヤニヤしながら言う。
「“私をお嫁にもらって、私と仲がいいのを見せつけながら、頭の古い方々に言ってやればよい”などというセリフ、梨花には言えないだろう」
「そ、そこはさ……栽仁殿下の性格を受け継いだんだと思うわよ、うん」
私がうつむいて、何とか兄に答えると、
「だろうな。お前との婚約が内定した翌日、栽仁はお前にずっと、“愛している”、と、真正面から言い続けていたからな」
兄はこう応じて、またニヤッと笑う。「やめてよぉ……」と私が頭を抱えると、節子さまと大山さんがクスっと笑った。
「そう言えば、想いを継ぐ、というので思い出したが、雍仁と尚仁と興仁は元気かな。今日か明日あたり、若松に行く予定だったが」
これ以上私をイジメるとまずいと感じたのか、兄は素早く話題を変えた。兄の次男・秩父宮雍仁さまと三男の筑波宮尚仁さま、そして四男の倫宮興仁さまは、おとといから、福島県の猪苗代湖畔にある我が有栖川宮家の別邸に、私の家族とともに滞在しているのだ。
「先ほど、皆さま、若松にご安着という電報が届きました」
私の隣に座る大山さんが一礼して報告したので、
「皆様……ってことは、秩父宮さまと筑波宮さまと倫宮さまと、うちのお義父さまとお義母さまとお祖母さまと、栽仁殿下と万智子と謙仁ね。ずいぶん賑やかな道中だったんじゃないかしら」
私は彼にこう返す。特に、謙仁と倫宮さまは同い年で仲がいいから、移動中も、周りが呆れるくらい話し込んでいるに違いない。
と、
「あら、禎仁さんはいらっしゃらないの、お姉さま?」
節子さまが少し首を傾げながら私に尋ねた。
「禎仁は、小豆島にいるわ」
私が短く答えると、
「小豆島……瀬戸内海ではないか。なぜそんなところに?」
兄も横から私に質問する。
「児玉自動車学校の合宿に、身分を隠して、特別に参加しているの。イタリア人がやっているトマト農場の手伝いをするって誤魔化されて、具体的に何をするかは教えてもらえなかったけれど……まぁ、厳しい訓練なんでしょうね」
私がこう言うと、大山さんがその通り、と言いたげに首を縦に振る。それを見て、これ以上この話題に触れてはいけないと判断したのか、兄は咳払いをすると、
「今回の東北行きで、雍仁と尚仁と興仁は、白虎隊の墓所に初めて参拝することになるな」
真面目な表情になって、こんな言葉を口にした。
「そうですね」
節子さまが、しみじみとした口調で応じる。
「初めて会津を訪れた時、余りに悲しい出来事が起こったという事実に、打ちのめされそうになりました。そして、犠牲になった方々の慰霊をしましたけれど、それで終わりではないのだという思いを私は抱きました。かつて、先帝陛下を思い、意見の相違から争わざるを得なくなって命を落とした方々の冥福を、敵味方の区別なく祈ること、そして、その戦いで傷ついた方たちの回復を祈り、心を寄せること……私たちがやってきたことを、子供たちにも少しは分かってもらいたいものです」
「……きっと、秩父宮さまも筑波宮さまも倫宮さまも分かってくれると思うよ。私の娘だって分かってくれたんだから」
寂しそうに微笑んだ節子さまに私が言うと、
「そうだな。全ては掴めないだろうが、雍仁も尚仁も興仁も、俺たちの思いをくみ取ってくれるよ」
兄も微笑みながら、節子さまの肩を優しく叩いた。
「今、秩父宮殿下のご結婚で、会津は歓喜に沸いておりましょうな」
大山さんが穏やかな声で言うと、
「だと、いいですね。雍仁と勢津子さんのおかげで、会津の人々の心にかかっていた靄が、少しは晴れるといいのですが……」
節子さまが大山さんにこう応じる。秩父宮さまと松平保男子爵の養女・節子さま……ではない、改名して“勢津子”さまは、来月28日に婚儀を挙げることになっていた。
「きっと、少しは晴れているよ、節子」
兄は節子さまに頷くと、
「だが、これで終わりではない。戊辰の役以降、この国で起こった戦の犠牲者に、そして、戦で傷ついた者たちに、俺たちは、できることを一生しなければならないのだ」
厳かな声でこう言った。
「そうだね……」
「はい、嘉仁さま。私たちの、命ある限り……」
私と節子さまは同時に姿勢を正し、首を縦に振ると微笑みあった。




