祖母と孫(3)
1907(明治40)年10月4日金曜日、午前11時45分。
「梨花さま……」
皇居から、麴町区青山南町一丁目の一位局の屋敷に向かう馬車の中。私の隣に座った大山さんは、私の右手をずっと握っていた。
「本当にこれで、よろしいのですか?」
「……ちょっと辛いけど、これしかない」
私は顔を上げると、大山さんの瞳を見つめた。
「あなたに話したことがあったかな。前世の私の家は、曽祖父の代から医者をしていたの。だから、曽祖父が胃がんで亡くなった時、祖父がその診断をしたんだけれど……曽祖父の胃のエックス線写真を見た祖父は、全然冷静になれなくて、その場で胃がんの診断を下せなかったって話してくれた。結局、別の専門医にエックス線写真を見てもらって、胃がんって診断したそうだけれど……」
――あの時は、自分の心がこんなにも頼りないものかと感じたよ。
曽祖父の法事があった時に、祖父がポツリと呟いた言葉を、私はなぜかよく覚えていた。曽祖父の胃がんを診断したとき、祖父は既に医師としてベテランの域に達していた。その祖父がそんな心境になったのだから……。
「……本当に、難しいと思うよ。肉親を診察して、診断を下して、治療をすることは」
「梨花さま……」
「でも、いずれは通らないといけない道なんだ。私の場合は、特に……」
呟くように言うと、
「確かに、その通りでございます」
大山さんが私の手を握る力が強くなった。
「今の時点で、天皇陛下がご病気にかかられた場合、侵襲的な治療が出来るのは梨花さまだけです」
「うん。その時は、私はお父様を診察して、治療しなければいけない。かけがえのない父親でもあり、この国の主権を持つ天皇でもある人をね」
もし、お父様が病に倒れてしまった時、私は冷静に診断を下し、治療することができるのだろうか?今まで考えたことも無かったけれど、その疑問は、心の中でどんどん膨らんでいた。
「……だから、私、もっと修業しないといけない」
私は自分に言い聞かせるような調子で、大山さんに言った。「医術も修業して、精神的な鍛練も積んで、何事にも動じない、強い心を持たないと……」
そう言った時、馬車が静かに停止した。どうやら、一位局の屋敷に着いたようだ。大山さんのエスコートで馬車を降りると、玄関にいたお屋敷の職員さんが、こちらに向かって走ってきた。
「お、恐れながら!」
洋装ではなく、羽織袴の和装に身を包んだ職員さんは、私と大山さんの前に立ちふさがった。
「局さまより、増宮殿下のお見舞いは無用と申し渡されております!なにとぞお帰りを!」
両腕を広げて私たちに相対した職員さんに、
「……一位局さまの診察と治療に当たれ、との勅命を奉じて参りました」
私が静かな声でこう告げると、彼の顔が引きつった。
「し、しかし、局さまは……」
反論しようとする職員さんを、
「勅命に逆らわれますか?」
大山さんが睨みつける。流石に殺気は出していないけれど、我が臣下の迫力に押され、職員さんが一歩後ろに下がった。
「……軍医中尉・章子、勅命により、まかり通るっ!」
ここは、説得するより、気合で押し通るのがベストだろう。精一杯の気迫を込め、お腹の底から声を出すと、職員さんは完全に怯んだ。足が更に2歩、3歩と後ろに下がる。
「大山さん、ついて来て!」
「御意に!」
勢いのまま前に進んだけれど、気圧された職員さんは私たちを引き留めず、私と大山さんは屋敷に上がり、一位局の病室を探して屋敷の奥へと進んだ。すると、
「増宮殿下?!」
前方に、ベルツ先生の姿が見えた。
「ベルツ先生!」
「“勅命により”と聞こえたような気がしたのですが……」
「はい。お父様に、“一位局のところにいる医師と一緒に、一位局の診察と治療に当たれ”という命令をいただきました。未熟者ですが、先生方の末席に置いていただければと思います」
今生の医学の師匠でもあるベルツ先生に最敬礼すると、
「末席などとはとんでもございません。どうぞ、堂々と加わってください」
ベルツ先生が私に頭を下げ返した。
「まぁ、一位局さまが私の見舞いを受けないって言わなければ、ここまではしなかったんですけれど……」
ため息をつきながらこう話すと、
「なるほど、“見舞い”がダメなら、“診察”ならよいだろう、というお考えですね。殿下らしいです」
ベルツ先生はニッコリ笑った。
「一位局さまはこちらです。ご案内いたしましょう」
ベルツ先生はそう言うと、私と大山さんを屋敷の奥まったところにある座敷に案内してくれた。
10畳ほどの広さの部屋の真ん中には布団が延べてあり、そこに一位局は寝かされていた。彼女の口元はゴム製の酸素マスクで覆われていた。枕元には何人かの医師と看護師、そして一位局の甥である中山孝麿侯爵が控えている。私が病室に入ってきたのに気が付いた中山侯爵が、大声を上げようとしたけれど、大山さんが睨みつけると、彼は慌てて口を閉じた。
「いかがした、孝麿……?」
甥の様子に気が付いたのだろう。酸素マスクの下から、一位局の少ししわがれた声が聞こえた。中山侯爵が答えられないでいると、
「局さま」
枕元にかがんだベルツ先生が、一位局に呼びかけた。
「宮中より勅命を奉じて、軍医中尉さまが私の応援に駆けつけてくれました。まだ若いですが、腕の良い医師なのは私が保証いたします。中尉さまに局さまの身体を診察していただきますが、よろしいですか?」
「構わん……」
ベルツ先生が私に向かって頷いた。私は診察カバンを持ち直すと、一位局の枕元に移動し、診察の準備を手早く整えた。
「……脈を拝見いたします」
万が一、“軍医中尉”の正体が私だとバレてしまったら、一位局が診察を拒否するかもしれない。低い声を作って声を掛け、私は一位局の右の手首を取った。驚くほど細い腕を支えながら、脈を探していると、
「ほう……優しい、手じゃ」
酸素マスクの下から声が聞こえ、私は目を見開いた。
(もう、バレちゃった?!)
やはり、作り声に無理があっただろうか。脈を数えながら、注意深く一位局の表情を観察したけれど、彼女はそれ以上言葉を出すことはなく、私の手を払いのけるようなこともしなかった。私は軽くため息をつくと、診察を続けた。
手足にむくみがあるかどうかを確認すると、ベルツ先生にも手伝ってもらって、一位局の身体を横向きにする。胸部の聴診をすると、やはり、左右両方の肺全体に水泡音が聞こえた。手足にむくみはないから、肺炎を起こしていたという病歴と合わせると、右肺の炎症がひどくなり、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)になってしまったと考えるのが妥当だ。熱は39度ちょうど、収縮期血圧も80mmHg、呼吸数は30回……喋れるのが不思議なくらいの重症である。
(私の時代なら、気管挿管して人工呼吸器につないで……ってやるんだろうけれど、今の医学のレベルだとそんなことは無理だ。今日明日がヤマ……ベルツ先生の見立て通りかな)
「ありがとうございました」
作り声でお礼を言うと、私は診察道具を片付け始めた。一位局の返事が無いのは、意識がもうろうとし始めたからだろうか。だとすれば、今日明日がヤマという見立ては、ますます現実味を帯びることになる。そう考えながら診察カバンを閉じた時、
「軍医中尉、どの……」
一位局が声を出した。
「わらわは、あとどのくらい、生きられる?」
病室内に緊張が走った。
(それ……今、聞くこと?!)
患者に余命を告げるという行為は、この時代、一般的ではない。しかも、死期がすぐそこに迫っている患者に余命を告げることは、ほとんど無いことである。
ところが、
「答えよ、中尉!」
今日明日がヤマと言われている重症患者とは思えないほどの気迫とともに、一位局は私に重ねて問うた。
(あ、そっか……)
「わらわは、あとどのくらい、生きられるのじゃ!真実を申せ、中尉!」
中山侯爵の顔が青ざめる。私の斜め後ろで正座している大山さんも、微かに怒気を発している。理由はよくわかる。一位局の言葉遣いは、皇族に対するそれではないのだ。たとえ一位局が私を心底から嫌っていようとも、皇族ではない彼女が、直宮である私に対して命令することはない。
「大山さん、落ち着いて」
私は背を少し反らしながら、獲物に飛び掛かる寸前の獣のようになっている我が臣下に、そっと声を掛けた。
「しかし、重病人とは言え、この無礼な物言いは……」
「重病人だからよ。今、お祖母さま、病気のせいで正常な思考ができてないから」
せん妄、と呼ばれる状態だ。恐らく、身体が病気で激しいストレスを受けているから起こったのだろう。酸素を吸っているとは言え、低酸素状態にもなっているだろうし、せん妄になってしまったのも無理はない。
(意識レベルは正常じゃない……私が何か言ったところで、お祖母さまにはもう、届かない……)
「……恐れながら」
私は正座し直すと、一位局に向かって深く頭を下げた。
「現在、右の肺炎の病勢が増し、両方の肺を傷つけております。その結果、心臓に多大な負荷がかかり、非常に危険な状態です。こうしてお話しできるのが不思議なくらいです」
もし、一位局の意識が正常な状態ならば、病状を誤魔化されて伝えられれば怒り狂うだろう。私は淡々と、彼女に事実を伝えることにした。中山侯爵が目をひん剥いているけれど、後で事情を説明しておこう。
「血圧も低下しており、身体機能の維持は困難です。抗生物質が効いたとしても、その前に命が尽きる可能性が非常に高い。残念ながら、現在の医学では根本的な治療は出来ません。直ちに……直ちに、行幸を仰ぐべきかと考えます」
この局面で“行幸を仰ぐ”というのは、“お父様と最後の別れをする”という意味になる。もう、すぐそこまで、死期が迫っているのだと言ったつもりだけれど、一位局の返事はなかった。もしかしたら、私が話している間に、意識が完全に無くなったのかもしれない。
(一応これで、話せたことにはなるか……)
「中尉さま、一度皇居にお戻りになって、天皇陛下にご報告を……」
ベルツ先生が私のそばににじり寄り、そっと囁く。確かに、事が上手くいったかを、お父様に報告しなければならない。
(これで、お祖母さまとは、お別れかな……)
一位局が何を思って、私の見舞いを受けないと言ったのかは分からない。彼女と分かり合うことがなかったのは悲しいけれど、そういう運命だったのだと思って諦めるしかない。私がもう一度、一位局に頭を下げ、立ち上がろうとしたその時だった。
「よくおっしゃった、殿下……」
一位局の口が、動いた。
「え……」
立ち上がりかけたままの体勢で、私は布団に寝かされている一位局を見つめた。
(喋った……?)
驚いたのは私だけではない。大山さんも、ベルツ先生も、中山侯爵夫妻も、一位局のそばに控えている医師や看護師たちも目を丸くして、座敷の中央に横たわっている瀕死の病人に視線を集中させた。
そんな中、
「案じておりました……増宮殿下は、医師になれるのか……」
荒い呼吸を繰り返しながら、一位局は一つ一つの言葉を紡いでいく。
「もう、10年以上前になりますか……増宮殿下は、堀河どのが亡くなられた時、ひどく打ちひしがれておいでだった。肉親同然のお方であったとはいえ、閉門されて来客を断られ、喪に服されたも同然の有り様……」
確かにそうだった。だから、一位局には“心弱い”と言われ、“増宮殿下には軍人など務まらぬ、医師免許を返上せよ”と迫られた。
「それ故、案じました。増宮殿下が医者となり、お上と皇太子殿下を診察なさる時、冷静に病に立ち向かえるのか、と。男勝りの気性と言われたこの婆とて、お上と皇太子殿下が御不例の時は、大いにうろたえてしまったものじゃ。まして、心弱き……いえ、細やかな心をお持ちの増宮殿下には、耐えられぬのではないか、と。……あの手この手で、必死にお諫め申し上げましたが、聞き入れてはくださいませんでしたな」
「……!」
――この、心弱き増宮殿下に、上医になれと?
英照皇太后陛下の危篤が伝えられ、兄と一緒にお見舞いに行った時……確か、一位局はお父様にこう言っていた。
(じゃあ、お祖母さまは、私を嫌っているんじゃなくて、私を心配して……!)
「どこかの誰かに似て、増宮殿下は強情じゃ。仕方がありませぬから、恐れ多いことながら、試すことにいたしました。この婆のことも、殿下は肉親と思っておいでのようじゃから、わらわが死の床にある時に、医者として仕事がお出来になるか……。殿下を試す機会が、無事に来ることを、毎日、先帝陛下と皇太后陛下に願っておりましたが……ふふ、本当に都合のよい、死病を得ることができました」
「……」
(なんて人よ……)
聞いたことがない。自分の死の床で、自分自身の病を使って、医者である孫を試そうとする患者なんて……。
「増宮さまの見舞いを受けぬ、とおっしゃったのも、増宮さまの診察を受けたいがためですか?」
「その通りじゃ。そう言えば、殿下なら、屁理屈をこねて、この婆の診察をするとおっしゃると踏んでな」
静かに問うた大山さんに、一位局はこう答えると、
「ふふ……この婆が憎いでしょうなぁ、殿下……」
ゴム製の酸素マスクの下で、微かな笑い声を立てた。
「じゃが、お上の御不例ならば、こうはいきませぬ。お上を父親として、心から慕っておいでの殿下ゆえ、お上の御不例に対すれば、今よりも心乱れ……」
「……なめないでください、お祖母さま」
声が震えそうになるのを、私は必死に抑えながら言った。
「私は誰が何と言おうと、国を医す上医になります。何事にも動じぬよう、鍛錬を積みます。そしてお父様と兄上を守ります」
「強がらずとも、よろしい……」
一位局の呼吸の数が、先ほどより増えているような気がする。強がっているのは、どちらだろうか。そう言いたかったけれど、
「……それから、お祖母さまは勘違いをされています」
私は先に、彼女の大きな勘違いを正すことにした。
「私は、お祖母さまを憎んでおりません」
「ふ、それこそ、強がって……」
「憎んでいれば!」
一位局の反論を、私は大声でかき消した。
「……憎んでいれば、診察はしても、このように話しかけは致しません。お祖母さまが、お祖母さまなりに、弱い私を思って、心配してくださったこと、……感謝申し上げます、お祖母さま」
正座をし直して、深く頭を下げると、
「勝手に、なされよ……」
一位局が言った。その声には、気迫は全く感じられなかった。
「……では、解熱剤を飲んでいただきます」
私はそう言いながら、診察カバンを再び開けた。
「何……?」
驚いたように声を漏らした一位局に、
「お父様に会っていただくまで、体力を温存してもらわなければなりません。高熱は体力を奪いますから」
私はキッパリと告げた。
「……お上に、この姿をさらせとおっしゃるのか?起き上がれもせぬ、この身体を……」
荒い呼吸を続けながら尋ねる一位局に、
「そんなもの、周りの人間が支えて起き上がらせれば済むことです」
私はカバンから、調剤用の小さな天秤を出しながら言った。
「それとも、お父様に会う時、私が身体を支えるのが気に入りませんか?」
「……嫌とは、申しておりませぬ」
一位局の答えを聞くと、私は「大山さん!」と傍らの臣下を呼んだ。
「大至急、お父様をここに連れてきて。ああだこうだ言って拒否したら、山縣さんと徳大寺さんと協力して捕まえて、何としてでもここに連れてきてちょうだい!」
「御意に」
大山さんが一礼して、静かに立ち上がる。
「……無駄なことを。行幸までに、わらわの命、尽きるやもしれぬのに」
「無駄かどうか、やってみないと分からないでしょう」
力無く私を睨む祖母に、私は言い返した。「止めても無駄です。私は医師です。それに、私はお祖母さまに似て強情ですから」
「……そうじゃな」
微かに頷いた祖母の言葉に厳しさは無かった。それどころか、私を見つめる祖母の目には、微かな穏やかさがあった。孫の私が初めて見る、穏やかで優しい光が。
1907(明治40)年10月5日土曜日。
私の祖母、一位局は、青山南町一丁目の自邸で亡くなった。
前日の午後1時、急遽見舞いに訪れたお父様を、私と中山侯爵に左右から身体を支えられた祖母は、何とか起き上がって出迎えた。両目に涙を湛えながら、黙って手を握ったお父様に、
――お上の御代の、弥栄を……。
と言うと、祖母は昏睡状態に陥り、二度と目覚めることはなかった。荒々しかった呼吸の音が絶え、脈が触れなくなり、心音も聞こえなくなって、……ベルツ先生と一緒に、私が祖母の死亡宣告をしたのは、午前8時25分のことだった。
「……穏やかなお顔でしたね」
午前10時。参内して、お父様に最後の病状報告をした後、私は青山御殿に戻る馬車に乗っていた。私の隣には、もちろん大山さんが付き添っていた。青山御殿に戻るように頼んだのだけれど、大山さんはずっと青山南町の屋敷に控えていてくれたのだ。
「そうだね……」
私は半分反射的に答えた。馬車に乗ったとたん、緊張の糸が切れて、昨日の昼以来の疲労が身体にも心にも重く圧し掛かったのだ。身体は鉛のように重いのに、頭の一部分だけが妙に冴えていた。
「ねぇ、大山さん……」
「何でしょうか、梨花さま」
「これで、よかったのかな……」
「ええ」
大山さんが、私の右手を握った。大きくて優しい手から、ぬくもりが伝わってくる。
「一位局どのも、梨花さまも、ご立派だったと……そう思います」
「そっか……」
大山さんの暖かい手を、私は握り返した。
「……ごめん、大山さん。青山御殿に着くまで、手を握ってもらっていい?」
「どうぞ」
「ありがとう」
ため息とともにお礼を言うと、私は大山さんの手を、また強く握った。
(私とやり合った時、お祖母さまは……)
徹夜明けの疲労にまみれた頭で、私はぼんやり考えていた。
――女子が軍隊に入るなど……医師免許を取ったことすら言語道断だというのに、この上、更に罪を重ねられると言うのですか?
徴兵令の改正が議会で議論されていた時、祖母が青山御殿に押し掛けてきた時のことが思い出される。あの時、もしかしたら、彼女は、自分の血を継いだ孫の一人である私のことが、祖母として心配なのではないか……そう感じた。お互いがまるで違う価値観を持っているから、祖母は私を嫌っていると思ったことも数えきれないほどあったけれど、あの時感じたことは正しかった訳だ。
「大山さん……?」
「何でしょうか、梨花さま」
「私って、強情かしら、ね?」
ふと浮かんだ疑問を、そのまま口にしてみると、
「ええ、一度言い出されたことは、どこまでもやり遂げようとなさるところは、一位局どのとそっくりです」
非常に有能で経験豊富な我が臣下は、優しい声で答えた。
「そうね……」
私はまたため息をついた。
「……私もお祖母さまも、もう少し、お互いの心を語ることができたら、もっと早く、分かり合うことができたのかしら?」
そう尋ねると、
「恐らく、そうでしょう。ですが、梨花さまは、天皇陛下と一位局どのに似て、不器用でいらっしゃいますから……」
大山さんは容赦のない答えを私に返した。
「……そこまで言われるとは思ってなかったわ」
「おや、そうでしたか。それはまだまだ、修業が足りませんよ、梨花さま」
そう言いながら、大山さんは空いている右手を私の頭に伸ばした。
「ですが、今はゆっくりお休みください。広島に戻られるのは、それからでも」
「……そうね。今日はゆっくりして、明日か明後日に、東京を出発することにするわ。大山さん、手配をお願いできる?」
「かしこまりました、梨花さま」
大山さんの右手が、私の頭を優しく撫でる。その手のぬくもりを感じながら、
「あなたも仕事が終わったら、休まなきゃダメよ……」
私は急速に襲ってくる眠気の中、呟くように言ったのだった。




