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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第44章 1907(明治40)年穀雨~1907(明治40)年秋分
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葉山の団欒?

 1907(明治40)年8月10日土曜日午後2時45分、葉山御用邸の会議室。

「朝鮮の各地では、保護条約改正に反対する暴動が起こっております」

 毎月第2土曜日恒例の、私と兄が参加して行われる梨花会は、今月はお父様(おもうさま)お母様(おたたさま)が避暑をしている葉山で開催されている。9月からの勤務地である広島から東京に戻ろうとすると、休みなく列車を乗り継いでも、片道約22時間かかる。だから9月以降は、私はしばらく梨花会には参加しない。

「暴動には、今月初め、新しい保護条約により解散することになった朝鮮軍の兵士の一部が加わってしまっています」

 そして、今開かれている梨花会は、国内情勢の報告と討論が終わり、海外情勢の報告に移っていた。朝鮮からの報告を私の隣で淡々と読み上げているのは大山さんである。

「しかし、袁世凱(えんせいがい)もこの状況を予測しておりまして、朝鮮に駐屯させていた清軍に命じて暴動を次々に鎮圧しています。更に袁世凱は、清本国に兵士の増派を要請しました。第1陣は既に鉄道を使って奉天(ほうてん)から仁川に到着しています」

(ハーグの事件の第1報を聞いた時に大山さんが言ってた鉄道が、早速袁世凱の役に立ったのか………)

 大山さんの報告を聞きながら、私は6月以降の朝鮮を巡る動向を頭の中で復習していた。

 ハーグでの朝鮮人留学生たちの行動は、朝鮮統監・袁世凱を、そして彼の上にいる清政府を怒らせるのに十分だった。私と大山さんの予測通り、袁世凱は、朝鮮軍を解散させ、清が内政指導権を完全に掌握する新しい保護条約を、朝鮮と清との間に結ぶよう国王に迫った。喜んで袁世凱に従っている朝鮮国王は、唯々諾々と新しい保護条約を承認した。それが先月の中旬のことだ。袁世凱にたっぷりと金品をつかまされている朝鮮の上級官僚たちも、保護条約の改正に賛成した。けれど、庶民や一部の役人たちの間では強い反発が起こっていて、その人たちが暴動を起こしているのだ。

「清軍は、暴動に指導的な役割を果たした者たちを次々に拘束し、朝鮮の官吏に処刑させています。反清勢力を徹底的に潰すつもりのようです」

 大山さんがそう言って報告を締めると、

「“史実”のハーグ密使事件と似た性格の事件が起こるとは思ってもいなかったが、その後の展開は、“史実”の日本と朝鮮で起こったこととほぼ同じ……いや、清の方が苛烈かもしれん」

枢密院議長の伊藤さんが両腕を組んだ。伊藤さんの中には、“史実”で、ハーグ密使事件を韓国皇帝に問いただした記憶があるはずだ。その時の光景も、脳裏を過っているのかもしれない。

「なるほど……では、“史実”と同じように、清は最終的に朝鮮を併合するつもりなのだろうか?」

 質問を出席者一同に投げたのは、避暑中の那須から、昨日、“避暑中の両陛下の御機嫌伺い”という名目で葉山の御用邸別邸に入った兄だ。

 ところが、

「皇太子殿下は、どのようにお考えでしょうか?」

非常に有能で経験豊富な我が臣下は、兄の質問に質問で返した。

「やはりそう来たか。楽をさせてくれぬな、卿らは」

 兄は一瞬、顔に苦笑いを浮かべると、

「清が、朝鮮の統治に、朝鮮国王の権威が必要と判断するかどうか。その一点に尽きると思うが……」

と、呟くように言う。そして、不意に私に視線を向け、

「梨花はどう思う?」

と尋ねた。

「巻き込まないでよ、兄上!」

 私が軽く唇を尖らせると、

「いやぁ、大山大将が、“梨花にも問うてみよ”と目で言っていたからな」

と兄はうそぶく。その言葉で、隣の大山さんの方を振り向くと、彼は今度は、私をじっと見つめていた。彼が私にも回答を求めているのは明らかだ。

「……本当に、油断がならないわね」

 私はため息をつくと、

「でも、これ以上の考えは浮かばないよ。朝鮮国王の権威が朝鮮の統治に必要ならそのまま、必要ないと判断すれば、清は朝鮮を併合する……」

と、頭を左右に軽く振りながら答えた。

 すると、

「なるほど。では、梨花さまには、別の質問に答えていただきましょうか。“史実”で我が国が朝鮮を併合するのより、この時の流れで清が朝鮮を併合するのが早くなるかどうか……」

大山さんは私にこう質問する。

「うーんと、朝鮮国王の権威が、朝鮮の住民の中で落ちるのがいつになるか、ということになると思うけど、朝鮮の話を聞いていると、保護条約の改正に反対している人たちの中には、袁世凱の言いなりになっている国王に見切りをつけた人もいるんじゃないかな、って思う。極東戦争の前には、“今の国王は清の傀儡だ”って言いながら、朝鮮義勇軍が元山で挙兵しているし……国王の権威が失墜して清が朝鮮を併合するの、“史実”の韓国併合より早くなるんじゃないかなぁ」

 考えながら私が答えをまとめると、

「暴動の展開にもよるでしょうね」

野党・立憲自由党総裁である陸奥さんが横から言った。

「暴動に参加している者たちは、今後いくつかの集団に分かれていくと思われます。あくまで国王の名の下に朝鮮の独立を取り戻そうとする集団。今の国王を見限り、新しい国王の擁立を考える集団。更に、国王という存在を否定し、共和国を作ろうとする集団も出て来るかもしれません。どのような集団が反清運動の大勢を占めるかはまだ分かりませんが、それによって、国王が朝鮮に必要か不要かが決まっていくのでしょうね」

「……となると、その“集団”とやらに、列強の後ろ盾がついてしまう可能性が出てくるな」

 陸奥さんの言葉を聞いた宮内大臣の山縣さんが渋い表情になる。

「確かに、朝鮮で列強の代理戦争みたいなものが起こっちまうかもしれない。可能な限り、朝鮮に世界の、特に列強の耳目を集めないようにしないといけないな。朝鮮に手を出さないっていうのが日本の大方針だが、他の列強が朝鮮に手を出すと、日本の防衛上、厄介になる」

「その通りですなぁ。朝鮮に清以外の他国が介入すれば、“イギリスやドイツに倣って、防衛のために軍艦をもっと建造しろ”、と叫ぶお方も出てきてしまうかもしれません。それは国軍大臣として、避けたい事態でございます」

 ムスッとした井上内閣総理大臣に、国軍大臣の西郷さんがのんびりと返答する。確かに西郷さんの言う通り、軍艦の建造にお金を掛けるよりも、飛行器や戦車、ソナーなど、新兵器の開発に力を入れるべきだろう。

「清も協力してくれておりますが、朝鮮の件は、欧米ではほとんど報道されておりません。今後も情報工作を続行いたします」

 私の隣で、我が臣下がニヤリと笑うと、

「なるほど。わが国をまことに守るものは、軍艦でも新兵器でもなく、情報工作、だな」

上座にお母様(おたたさま)と並んで座っているお父様(おもうさま)もニヤッと笑った。

「それとて、完璧ではありません。いずれは列強各国も諜報機関の重要性に気付いていき、梨花さまの世のような諜報機関同士の戦いも起こってまいりましょう。今後も梨花会の皆様のご協力を得ながら、より一層、精進いたします」

 お父様(おもうさま)に向かって一礼する大山さんの横で、

「言っとくけど、あなたたちに教えた諜報機関同士の戦いは、前世の父の見ていた映画の話で、フィクションなんだからね」

私は小声でツッコミを入れる。まぁ、今から思い返すと、私が知らなかっただけで、実は一般人が知らないところでは、各国の諜報機関がしのぎを削っていたのではないか、と思うけれど。

(この時の流れでは、日本も情報戦の強者にならないといけないわね。それこそ、未来のスパイアクション映画で、中央情報院がCIAやKGBと並び称されるようにならないと……)

 少しくだらないことに思いを致していると、

「では、こんなところでしょうかね、今回の会は」

井上さんがお父様(おもうさま)に呼びかける。お父様(おもうさま)が軽く頷いたのを確認すると、井上さんは一同を見渡して、「では、本日はこれで散会ということで」と言いながら、深々と頭を下げたのだった。


 午後3時半、葉山御用邸内の一室。

「そうか……」

 人払いがされたこの部屋で、私はお父様(おもうさま)お母様(おたたさま)、そして兄と4人でお茶をいただいていた。なぜこんなことをしているかと言うと、

――9月からは、会う機会が減ってしまいますから、梨花会が終わった後、お(かみ)明宮(はるのみや)さんと一緒に、お茶会をしませんか?

数日前に、お母様(おたたさま)からこんなお誘いがあったからだ。

輝仁(てるひと)は、一報を聞いてそう言ったか」

 お父様(おもうさま)は私の隣に椅子にかけている兄にこう言うと、テーブルの上にある湯飲み茶わんを手に取る。東京なら、両親と一緒に食事をする時やお茶をする時、どうしても2、3mほどの距離が出来てしまうのだけれど、今、両親と私の間にあるのは、低い脚の、幅も狭いテーブルだけだ。向かいに座ったお父様(おもうさま)と、手を伸ばせば肩に届いてしまうほどの近さで話すのは滅多にないことだった。

「はい。“本当に合格したのか?中等科の1年をもう一度やり直せ、ということではなくて?”と、金子輔導主任に何度も確認していました」

 兄は3日前の輝仁さまの様子を話すと、顔に苦笑いを浮かべる。輝仁さまは8月初めから、兄一家と一緒に那須で避暑をしている。その彼の元に、3日前の8月7日、幼年学校に繰り上げ合格が決まった、という知らせが届いたのだ。

「避暑に出発する時、“気持ちを切り替えて、9月からの学習院の授業の予習をする”って言ってたからね、輝仁さま。私も、今回の合格は半分諦めてた」

 そう私が言ったのは、西郷さんと大山さんが、幼年学校への入学辞退を申し出た人たちを熱心に慰留しているのを知っていたからだ。もちろん、入学辞退を申し出た人たちは、“病気になった”とか、“父が急死したので、家業を継がなければならなくなった”とか、本当にやむを得ない事情が発生した人ばかりで、輝仁さまに忖度して入学権利を譲ろうとする人は一人もいなかった。そんな彼らを、“病気なら、他の医者に診せれば、すぐ治る方法が見つかるかもしれない”とか、“父親が亡くなったのは本当か”とか、国軍省では徹底的に調べ上げ、入学辞退をさせないように手を尽くしたのだ。しかし、そんな熱心な引き留めにも関わらず、入学辞退者は何人か発生した。その2人目が出たのが8月6日で、2位で補欠合格していた輝仁さまが繰り上がり、幼年学校への入学権を得たのだった。

「輝仁さまの合格が決まった時、大山さんと西郷さんが、なぜか悔しがってたわ。“満宮(みつのみや)さまには、もっと試練に耐えていただきたかったのに”って」

「相変わらず厳しいなぁ。もっとも、俺も輝仁が補欠合格になったと聞いた時、西郷大臣に“輝仁の入学については、あくまで公平に取り計らうように”と頼んだが」

「私も大山さんに、同じようなことを頼んだ。もし、輝仁さまの身分に忖度するような動きがあったら、院を使っていいから阻止してほしい、って」

 私と兄が言葉を交わしていると、

「なんだ。嘉仁(よしひと)も章子も、朕と同じようなことを言っていたのか」

お父様(おもうさま)が苦笑した。

「あの、輝仁さま、実力で合格したいって言ってたから、周りが忖度したら絶対にいけないって思って……」

「俺もです。実力での勝負に水を差すようなことがあってはならないと思ったので……」

 私と兄が慌ててお父様(おもうさま)に理由を説明すると、

「それでよいのですよ、明宮(はるのみや)さんも増宮さんも」

お母様(おたたさま)が鈴を転がすような声で私たちに言った。

「今年の航空士官学校の入学試験は、編入者試験の倍率が15倍ほどになり、幼年学校の新規卒業者も、航空士官学校の入学定員に対して、10倍以上の申し込みをしたと聞きました。幼年学校の入学試験の倍率は6倍だったそうですから、今回の試験が乗り越えられなければ、満宮さんは航空士官学校に入学するための試練を乗り越えられないという道理になりますよ」

 お母様(おたたさま)の言葉に、私と兄は顔を見合わせた。

「倍率が15倍って……私が受けた時の医術開業試験も、倍率に直したって10倍にはならなかったよ……」

「うん……それに、幼年学校に入学すれば、輝仁の席次は最下位に近い。幼年学校を卒業してすぐに航空士官学校に入学するには、死に物狂いで成績を上げないといけないぞ」

「……私、東京に戻ったら、秋山さんと広瀬さんに、輝仁さまの勉強のこと、よく頼んでおくよ」

「俺も時々は、輝仁の勉強を見ることにするか。古文と漢文とフランス語なら教えられるからな」

 私と兄がため息をつきながら話していると、

「しかし、そんな難関に、輝仁に続いて挑もうとする皇族が現れるとはな。素晴らしいことだ」

私たちの会話を聞いていたお父様(おもうさま)がニヤリと笑った。

「ああ、山階宮(やましなのみや)武彦(たけひこ)王殿下ですね」

 武彦王殿下は、私が今結核を治療している山階宮菊麿(きくまろ)王殿下のご長男で、学習院の初等科4年生だ。菊麿王殿下の治療に行くと、たまに会うことがあるけれど、とても元気で賢そうな男の子である。彼は飛行器に強い興味を示していて、先日、上野の内国勧業博覧会をお母様の範子(のりこ)妃殿下と一緒に見に行った時、展示されていた飛行器の模型の前からずっと動かなかったそうだ。

――僕、飛行器に乗る軍人になりたい!

 武彦王殿下は、最近ずっとそう言っているのだと、昨日往診した時に父親の菊麿王殿下が私に教えてくれた。

「菊麿どのも、結核の治療が終わったら、海兵から機動に兵科を変えるのだろう?」

「うん、治療が終わったら、まず自動車の免許を取るところから始めるって言ってた。私が最後まで治療出来ないのが心残りだけどね」

 兄の質問に答えると、私は軽くため息をつく。9月末まで薬剤投与が必要な菊麿王殿下の治療は、私の転勤後は、菊麿王殿下に最初に肺結核の診断を下した東京帝大の三浦先生に引き継ぐことになった。10月の初めに撮る予定の菊麿王殿下の胸部エックス線写真は、医科学研究所の状況報告に定期的に広島に来てくれることになった北里先生に託して、私にも見せてくれることになっている。

「はぁ、私の時代並みに交通機関が発展してたらなぁ。そうしたら、東京と広島も日帰りで往復できるから、菊麿王殿下の治療も最後まで出来るのに」

「今だと、列車を乗り継いで、片道で丸1日近くかかってしまうからな。行くことは叶わぬが、お前が寂しくないように、手紙はまめに書くぞ。裕仁(ひろひと)も学校で字を習ったらお前に手紙を書く、と言っていた」

「ああ、9月から小学生だもんね、迪宮(みちのみや)さま」

 今年の4月に6歳になった迪宮さまは、9月に学習院の初等科に入学する。つい最近生まれたばかりのような気がしたけれど、月日が経つのは本当に早いものである。

「迪宮さまの手紙なら、私も張り切ってお返事を書かないとねぇ」

 兄に微笑みかけると、

「では、嘉仁と裕仁の手紙に、朕も歌題を託そうか」

お父様(おもうさま)が不穏な言葉を口にした。

「あ、あの、お父様(おもうさま)?それは、ちょっと、やめていただければ、と……」

 数か月前の悪夢が脳裏を過ぎる。とっさにお父様(おもうさま)にお願いすると、

「大丈夫だ。そなたは朕の子なのだぞ?」

お父様(おもうさま)はなぜか自信満々な態度で言った。

「いや、私、お父様(おもうさま)の子としては、突然変異種みたいなものですし……」

 そもそも、医者嫌いの人間の子が医者になっているのだ。その一事だけでも、お父様(おもうさま)と私は似ていない……そう思っていたら、

「そんなことはなかろう。記憶力が良いのは朕に似ているし、先日課した20個の歌題も、1日で全てこなしたではないか」

お父様(おもうさま)はこんなことを言って私に反論した。

「でもお父様(おもうさま)、あれは人の命がかかっていましたから、事情が特殊で……」

「なかなか良い歌も多かった。どうだ、何首か(そら)んじているから、美子(はるこ)と嘉仁にも聞いてもらうか」

「や、やめてください、お父様(おもうさま)!」

 お父様(おもうさま)のとんでもない言葉に、私は思わず立ち上がってしまった。

「梨花、顔が真っ赤だぞ」

 兄はそんな私を見て微笑し、お母様(おたたさま)は「あらあら」と言いながらクスクス笑っている。

「ははは……冗談だ、章子」

「……肝を冷やすような冗談はやめてください」

 大きな声で笑うお父様(おもうさま)に抗議した時、

「失礼いたします」

障子の向こうの廊下から、大山さんの声が聞こえた。

「梨花さま、そろそろ出立の時刻でございますが……」

 すると、

「なんだ。もう帰ってしまうのか」

お父様(おもうさま)がつまらなそうに言った。

「そうですよ。今夜は、明宮さんと一緒に別邸にお泊りになるのだろうと思っておりましたのに」

「俺もそう思っていて、大夫に梨花が一緒に泊まれるように準備をしろ、と言いつけたのだが……」

 お母様(おたたさま)も兄も、口々に私に言う。確かに、明日も休みだから葉山には泊まれるけれど、引っ越しの荷作りが進まなくなってしまうのではないだろうか。

「あのさ、大山さん……」

 私は椅子から立ち上がると、障子を引き開けて、廊下に控えていた我が臣下に声を掛けた。

「私、今日は葉山に泊まっても大丈夫かな?荷作りのことが不安だったから、今日は東京に戻ることにしていたけれど……」

「お泊りになっても大丈夫ですよ」

 大山さんは私を優しい目で見つめながら答えた。「このようなこともあるかと思いましたので、準備は済ませております。転勤のご準備も滞りなく進めるよう、東條くんと千夏どのには言いつけてありますし」

 いつもながら、手回しが非常に良い。本当に敵わない、と思う反面、今は彼の気遣いがとてもありがたく感じた。

「……じゃあ、兄上のお言葉に甘えさせてもらうね」

 兄の方を振り返りながらニッコリ笑うと、

「では、まだまだこちらにいられますね、増宮さん!」

お母様(おたたさま)が子供のようにはしゃいだ声で言った。

「これで今日は、梨花を思う存分質問攻めにできますよ、お父様(おもうさま)

「だな。職場で好きな男の一人でも出来たかどうか、たっぷり問い詰めてやろう」

 兄とお父様(おもうさま)は、こんなことを言いながらニヤニヤしている。

お父様(おもうさま)、私、軍人なんですよ?職場の同僚にそんな劣情、抱ける訳がないじゃないですか」

 私が反論すると、

「増宮さん、前にも言ったことがありますけれど、思いを寄せる殿方と話したい、添い遂げたいという気持ちは、決して卑しむべき感情ではありませんよ」

お母様(おたたさま)が微笑みながら言う。

「そうだ、お母様(おたたさま)のおっしゃる通り。恋愛感情は、別に淑女(レディ)として問題のある感情ではなかろう」

「うむ。……で、どうだ、章子?気になる男はいるのか?ん?」

 兄とお父様(おもうさま)は、ニヤニヤ笑いを崩さず、こんなことを言いながら、戸惑う私に迫って来る。

 ……こうして、せっかく設けられたはずの一家団欒の時間は、そのほとんどが、ありもしない私の“恋愛話(コイバナ)”を聞き出すために費やされてしまったのだった。

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