表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第42章 1906(明治39)年春分~1906(明治39)年処暑
320/799

日本の行く道(2)

 梨花会の議題は、国内の問題から、海外での問題へと移っていった。

「しかし、北欧のフィンランドは自治権廃止をロシアに撤回させることに成功したが、中欧のポーランドの独立は失敗したか」

 大隈さんが残念そうにため息をつく。

「ミハイル2世が、フィンランドを諦め、ポーランドにロシアの陸戦戦力を集中させる決断をしたのが大きいです。それを察知したドイツの参謀本部は、冷静に状況を見て、“これ以上のポーランドへの介入はドイツにとって利益が無い”と判断し、ロシアとの国境付近に展開していた兵を引き上げるよう、皇帝(カイザー)に進言しました。皇帝(カイザー)は不満だったようですが、参謀本部やビューロー宰相に説得され、兵の引き上げを命じました。オーストリアとイタリア、それにトルコの動きも沈静化しています」

 中央情報院総裁でもある大山さんが、落ち着いた声で報告する。

「……あの火遊びの好きな皇帝(カイザー)が、よく了承したわね」

 私がボソッと呟くと、

「ビューロー宰相は、日本の大使館員に購入させた梨花さまの絵葉書、およそ20種類ほどを皇帝(カイザー)に献上し、皇帝(カイザー)の機嫌を取った、という情報もあります」

大山さんが落ち着いた声でこう付け加え、私は思わずよろめいた。

(カ……皇帝(カイザー)はバカなの?愚かなの?)

 ツッコミを入れようとしたその瞬間、

皇帝(カイザー)のお気持ちは、よーくわかります」

厚生大臣の後藤さんが何度もうなずき、私はツッコミを入れる気力を失った。

「そして、バルカン半島では、セルビアとオーストリアの良好な関係が続いています。セルビア国王・アレクサンダル1世もオーストリア皇帝の遠縁の娘と再婚し、国民に歓迎されています。また、バルカン半島におけるロシアの影響力も、若干低下しているように思われます。これは、ロシアのミハイル2世の施政方針が影響しているかと」

「ふむ、彼は内政に重点を置き、ロシアのすべての民を富ませ、生活を良くしようとしているからな」

 兄がしきりに首を縦に振る。ロシアではシベリア鉄道の工事が再開された。フランスも資金を注入しているけれど、ロマノフ家も自らの持つ資産を鉄道に、そして教育分野にも投入し、国民生活を改善させようと試みているらしい。

「極東平和委員会の業務をしている際、ロシアからの参加者にも聞きましたが、ロマノフ家はいくつか小学校を建て、国に寄付しているそうです。小学校は義務教育とされましたが、その教育費が払えない者は、ロマノフ家が費用を肩代わりして小学校に通わせているとか。また、憲法も制定され、国会も召集されました。首相のウィッテどのの下、新しい立憲君主制の国づくりに余念が無いようです」

 極東平和委員会の委員長を務めていた黒田さんが言った。どうやら、ミハイル2世は、本気でロシア帝国を変えようとしているらしい。

「だから清は、西蔵、蒙古、新彊を4月に独立させられた。清の方では統治業務が煩雑に過ぎて手放したがっていた領地、しかし他国に、特にロシアにとられては厄介だ。ロシアの目が完全に内政に向いている今なら、手放しても問題ないという訳です。清の方でも治外法権撤廃の交渉が始まった。わが国と同じように憲法が制定され、国会が召集された今なら、勝算は十分にある。是非頑張ってほしいものですな」

 伊藤さんがそう言って、感慨深げに息を吐く。清の憲法制定は、伊藤さんの腹心、今は枢密顧問官の一人である伊東巳代治さんが指導している。また、伊藤さん自身も、李鴻章(りこうしょう)さんや、現在清の内閣総理大臣を務めている張之洞(ちょうしどう)さんと個人的に親しい。だから、清を応援したくなるのだろう。

「引っかかるのは朝鮮のことだが……大山どの、義和君(ぎわくん)が処刑された後、釜山(ふさん)で小規模な暴動が起きたということだが、そちらはどうなっていますか?特に、暴動を起こした勢力が、外国と結びついている気配はないでしょうか?」

 宮内大臣の山縣さんが、かすかに眉をしかめた。

「山縣さん、そちらは大丈夫そうです」

 再び、大山さんが落ち着いた声で話し始める。「ただ、義和君を処刑したことと、清によって統監府が置かれたことにより、清への反感が朝鮮の庶民の間で高まっている様子」

「妙な地下組織を作られないようにしないとね……」

 私の呟きに、

「増宮殿下のおっしゃる通りです」

こう返したのは参謀本部長の斎藤さんだ。「地下組織のようなものを作られてしまっては、後々大変です。反感がすべて清に行っているのは、我が国にとって非常に幸いなことですが」

「もちろん、朝鮮に深入りするのは禁物です。朝鮮は清に押し付けて、我が国は我が国の発展をしていけばいいのです。火の粉が掛からないような処置はしなければなりませんが」

 陸奥さんが顎をしゃくると、

「そのためにも、諜報はおろそかにしてはいけません。それから、新兵器……戦車と飛行器、それに関連する諸兵器の開発ですね。対潜水艦兵器も必要ですが、とにかく、これから起こるであろう建艦競争には、乗らないようにしなければなりません。これ以上戦艦を揃えて戦わなければならない敵は、我が国には存在しません。我が国は、我が国独自の軍事の発展を遂げなければなりません」

国軍次官の山本さんもこう言う。

「“ドレッドノート”建艦に始まる騒ぎには、乗ってはいけないということだな」

 上座でお父様(おもうさま)が頷く。“ドレッドノート”というのは、“史実”の今年、イギリスが建造した戦艦の名前である。斬新な設計により、以前に建造された戦艦を一気に“旧式艦”にしてしまった。“史実”では、この“ドレッドノート”建造がきっかけになり、世界各国で軍艦を争って建造する建艦競争の時代に突入するのだけれど……。

「“史実”の“ドレッドノート”と、この時の流れの“ドレッドノート”は、ほぼ同じ諸元です。あのせいで、我が国が“史実”で建造した筑波型・鞍馬型・香取型・薩摩型は、建造した途端に“旧式艦”のレッテルを貼られてしまいました。ですから、今後の極東情勢も考え、建艦計画は“史実”より大幅に抑えました。わが国は各国の軍艦の良いところを取りながら、経年劣化した軍艦を取り変えていく程度の建艦頻度で軍艦を建造していけばよろしいのです」

 斎藤さんがお父様(おもうさま)に力説する。確かに彼の言う通りだ。それに、慌てて戦艦をたくさん作っても、“史実”と同じように軍縮条約が結ばれれば、廃棄しなければならないのだ。

「ふむ。列強は列強の、我が国は我が国の道を行けばよい、ということか。確かにその通りだ」

 お父様(おもうさま)の返答に、斎藤さんが深く頭を下げた。

「我々は、“史実”を教訓とし、今と未来の日本にとってより良き道を探って、それを進むのみ。それには、皆がこれまで以上に心を(いつ)にすることが肝要だ。……皆、これからも頼むぞ」

 私も兄も、井上さん以下会議室にいる一同も、お父様(おもうさま)に一斉に最敬礼した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 是非、半導体と計算機の開発を‼️ それと船舶用ディーゼルを筆頭に発動機をお願いします‼️
[一言] 仮に第一次世界大戦が勃発して、イギリスから派遣の要請があったとしたら、護衛空母に対潜兵器を搭載した駆逐艦、それに抗生物質を満載した病院船ぐらいですかね。 梨花様が乗船した病院船なら、絶対にド…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ