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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第42章 1906(明治39)年春分~1906(明治39)年処暑
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日本の行く道(1)

 1906(明治39)年4月14日土曜日午後2時、皇居内になる会議室。

「重ねてになるが、黒田、松方、桂、極東平和委員会の任務、本当にご苦労であった」

 上座から響くお父様(おもうさま)の厳かな声に、黒田さん・松方さん・桂さんの3人が立ち上がり、一斉に最敬礼する。彼ら3人は、ロシアから新イスラエル共和国への沿海州・樺太の割譲が円滑に進むのを支援するために作られた“極東平和委員会”の任務に従事するため、去年の秋からウラジオストックに派遣され、昨日東京に戻ってきたのだ。

「新イスラエル・ロシア双方から、極東平和委員会の協力により、大過なく主権移譲が終わったことを感謝する、という電文が届いております」

 宮内大臣の山縣さんが、立ったままの3人を見つめながら言った。

「それから山縣、今朝新イスラエルから届いた電文を読み上げてやれ。特に、桂にな」

「はっ」

 山縣さんはお父様(おもうさま)に頭を下げると、再び3人の方を向き、手にした紙を広げた。

「新イスラエルの政府から、今回治安維持部隊として派遣された第1師団の兵に対して、このような電文が届きました。“治安をよく維持し、我が国と国民のために尽くしてくれたこと、感謝のしようもありません。厳格に軍紀を守り、一切略奪・暴行をしない、統率に優れた日本軍に治安を維持してもらえたことは、我が共和国にとって、まことに幸運なことでありました”」

「は!」

 現地派遣軍の司令官を務めていた桂さんが、これ以上ないくらいに深く頭を下げた。

「昨日も、我々派遣軍に対し、優渥なる勅語を賜り……誠に恐懼感激に堪えません!この桂、新イスラエルから感謝の言葉、苦楽を共にした将兵たちにきっと伝達いたします!」

「うん、桂の言葉なら派遣軍の皆も聞くだろうから、よろしく頼むぞ」

 感激に声を震わせる桂さんに、横から国軍大臣の西郷さんが声を掛けた。

 黒田さんたちと一緒に、派遣軍も昨日横浜に上陸し、列車に分乗して東京に戻ってきた。東郷さんが東京に戻ってきた時もそうだったけれど、極東平和委員会のメンバーと派遣軍を迎える東京市民の熱気はすさまじかった。沿道に詰めかけた市民たちが万歳を叫ぶ声は、築地の国軍病院で勤務中の私の耳にも届いた。また、黒田さんたちが報告のため新橋駅から馬車で皇居に向かう時も、興奮した人たちが警官の制止も聞かないで道に飛び出し万歳を叫ぶなど、大変な騒ぎだったそうだ。

 これだけのお祭り騒ぎになったのは、もちろん梨花会の面々のせいである。

 というのは、今回の極東戦争、旧海軍には活躍の機会があったけれど、歩兵や砲兵、騎兵など、旧陸軍に属している兵科の人たちの出番が全くなかったからである。憲法発布と同時に国軍が合同してから既に15年以上、陸軍だ海軍だという縄張り意識は殆ど無くなっているけれど、流石にこのまま戦争が終わってしまうと、旧陸軍の人たちが、“俺たちにも活躍の場を!”と騒ぎ始めてしまうかもしれない。

 そこで、今回の沿海州・樺太での治安維持活動の機会を、彼らをなだめる最大の機会として活用することにした。もちろん、治安維持活動は、軍紀を厳正に、しっかりとやらせる。そして、沿海州や樺太の人たちに迷惑をかけることなく、無事に任務を達成したら、とにかく褒めまくる。梨花会の面々の期待に応え、派遣された第1師団の将兵たちは、桂さんの指揮の下、真面目に任務をこなした。それを確認した大山さんは、新聞などを使い、派遣軍を褒め称えるムードを日本国民の間に作りだした。

――派手に戦果を挙げてはいないかもしれないが、派遣軍はそれよりももっと困難なことを成し遂げて帰ってきた。敵が全くいない他国の土地に派遣されれば、普通の軍ならば略奪・暴行の限りを尽くすだろうが、彼らは現地の住民に一切迷惑をかけることなく、治安維持の任務を果たした。一見すると、地味な任務をこなしただけかもしれないが、これは天皇陛下の思し召しに叶うことであり、世界に誇れる我が国軍の偉大な戦果である。

 そのような論調の記事が、3月の末ごろから各新聞に載る。更には、国軍の各部隊・各学校はもちろんだけれど、文部省の管轄下にある各学校にも、文部大臣の大隈さんから、“今回の派遣軍の偉業を紹介し、称えるように”という通達が出された。

――今回に限らず、折に触れて、“日の当たらないところで、地味な任務をしっかりとこなすことが大事”と国軍将兵・国民ともに刷り込みましょう。そうすれば、“史実”であったような軍の暴走傾向にも、少しは歯止めが掛かるかもしれません。

 先月の梨花会で斎藤さんはこう言ったけれど、その言葉に一同は“その通り”と賛意を示した。

 そして、今回の沿海州・樺太での日本軍の礼儀正しい振る舞いは、日本の国際的な評判も上げた。

 その効果が明らかに出たのが、現在進行中の条約改正交渉だ。元々、“史実”よりも早くなされた刑法・民法などの諸法典の整備、2大政党制が確立し、建設的な議論を行う議会の様子などは、中央情報院の息が掛かった外国人新聞記者たちによって定期的に海外で報道され、“史実”より、諸外国の日本に対する評価は上がっている。そこに極東戦争での勝利と、派遣軍の紳士的な振る舞いが、日本の評判を更に上げた。各国とも、次々と日本との条約改正に応じ、日本の手に関税自主権が戻された対等な条約が締結され始めていた。

「国軍の皆様の協力もあって、小村君と加藤君の仕事も順調に進んでいるようです。本当は、条約改正は僕の手で成し遂げたかったのですが、こればかりは、建設的な議論を重ねた上で選挙に敗北した結果ですから、仕方がありません。西郷殿、桂殿、日本が“史実”よりも早く、名実ともに独立国家になれること、外交にかつて関わった者の一人として、心よりお礼申し上げます」

 前外務大臣で立憲自由党総裁の陸奥さんが立ち上がり、西郷さんと桂さんに向かって恭しく頭を下げる。

「来年には、第6回の内国博もある。東北と九州に帝国大学も出来る。東北で凶作にはなったが、稲作から他の作物への栽培転換を奨励してたから、“史実”より多少はマシだ。けど、凶作の被害を受けた農民の働き口を作るって意味も含めて、東北の日本海側の諸都市の工業化計画はさっさと進めるぜ。立憲自由党と建設的な議論を重ねた末に、有権者が立憲改進党に政権を託してくれたんだ。その期待に応えられるように、しっかり日本を発展させていかなきゃな」

 内閣総理大臣の井上さんはこう言って意気込む。実は、“史実”では、日露戦争後の財政悪化で、第6回の内国勧業博覧会は延期・中止になってしまったのだそうだ。この時の流れでは、来年春に上野を会場にして開かれる予定である。この内国勧業博覧会を日本初の万国博覧会に、という計画は、資金不足と会場周辺での外国人向けの宿泊施設不足から断念せざるを得なかったけれど、第6回内国博は、“真の独立国家・日本”の誕生を祝う、特大のお祭りになるだろう。

「特大の花火を次々と打ち上げすぎて、玉切れで景気を失速させないようにだけは気を付け……いや、卿らなら重々承知の上とは思うが、俺は余り、派手なことは好きではなくてな……」

 紺のフロックコートを着た兄が、ボソリと呟くと、

「朕も、華美に過ぎるものは余り……」

お父様(おもうさま)も眉をしかめる。

「私も、派手なのはちょっと……」

 便乗して私もこう言うと、

「いや、増宮さまは、もう少し着飾ってもええと思いますよ?」

三条さんがのんびりと言った。

「あの、三条さん、そんなお金があれば医科研に回したいですし、私は医師免許を取って軍医になったと言っても、まだまだ修業中の身ですから、華美に走るのは……」

 私が慌てて反論すると、

「梨花さま」

隣に座った大山さんが、優しく私を止めた。

「三条どのがおっしゃっているのは、先日コンノート公やウディネ公とお会いになった時のような国際的な親善の場では、威儀を正すという意味でも、豪奢な服をお召しになっていい、ということですよ」

「うん、そういうところでオシャレをしなきゃいけないのは分かってるし、諦めているけど……私が言いたいのは、微行(おしのび)の時にオシャレをして目立ってしまうと、微行(おしのび)が出来なくなっちゃう、っていうこと」

 微行(おしのび)の時は、群衆の中で目立ち過ぎないように、着物も少し地味なものにして、伊達メガネをかけて変装しているのだけど、それでも、“増宮殿下であらせられますか?”と聞かれてしまうことがたまにある。そのたびに、“あー、恐れ多いことですが、似ているとよく言われるんです”と誤魔化している。もし、オシャレをし過ぎて目立ったら、余計に人目についてしまい、微行(おしのび)が出来なくなってしまう。

「やはり、ご活発なのは、ご幼少のころから変わりませんね」

 私の答えを聞いた山田さんが微笑する。「しかし、微行(おしのび)をなさって、世間の様子を知っておくのは大切なことです。その気になれば、国民の暮らしぶりのみならず、物価の変動や国民の関心事も、ある程度分かりますから」

「……ま、増宮さまがいつかおっしゃってた、バブル経済ってやつにならないようには十分気を付けます。似たようなことは、歴史上いくらでも発生していますからね」

 井上さんの言葉に、「さよう」と重々しく頷いたのは松方さんである。

「イギリスでは、鉄道株に異常な投資がなされたことがあります。それ以外にも、オランダではチューリップ、我が国では万年青(おもと)やウサギに異常な投資がなされたこともありました。経済成長の速度以上に投資が膨らめば危険です」

「“史実”での世界恐慌も、アメリカでの異常な株への投資がきっかけになって起こったようなものです。同じ轍を踏むことのないよう、細心の注意を払わなければ」

 “史実”の記憶を持つ斎藤さんがこう言うと、大蔵大臣の高橋さんが深く頷く。

「……うん、頼んだぞ、卿ら」

 井上さん以下の出席者の発言を聞いた兄がこう言うと、井上さん以下、出席者が一斉に兄に向かって頭を下げた。

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