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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第42章 1906(明治39)年春分~1906(明治39)年処暑
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預かり物

 1906(明治39)年3月21日水曜日、午前11時半。

「増宮さま」

 皇居の車寄せ。軍医少尉の真っ白い正装を身にまとった私は、後ろから声を掛けられた。

「ああ、大兄(おおにい)さま」

 振り返ると、そこには有栖川宮(ありすがわのみや)威仁(たけひと)親王殿下が立っていた。私と同じように、威仁親王殿下が海兵中将の紺色の正装を着ているのは、今日の春季皇霊祭に、私も威仁親王殿下も参列していたからだ。

「明後日の午後は、よろしくお願いしますよ」

 柔らかい声でそう言った威仁親王殿下に、

「はい、久しぶりの舞踏なので、お手柔らかにお願いします」

私は丁寧に頭を下げた。

「本当に久しぶりですね」

 威仁親王殿下は悪戯っぽい微笑を顔に浮かべる。「コンノート公との晩餐会以来、ちっとも我が家においでいただけていないから、嫌われてしまったのではないかと疑いそうになりましたよ」

「そんな訳がないでしょう、大兄(おおにい)さま。純粋に、忙しくなっただけです。疑うなら、大山さんに聞いてください」

 私は唇を少し尖らせた。

 実は、この3月から、私は東京帝国大学の外科で、自分の勉強を兼ねて非常勤の勤務をしている。外科教授の近藤先生が、私が去年10月に築地勤務になってから、“時々、こちらの外科にいらっしゃいませんか”と誘ってくれたので、上官や梨花会の面々にお願いした結果実現したものである。けれど、不規則な週休3日制の国軍病院の勤務でも、休みの日に全て帝国大学に行ったら、私の身体がもたなくなってしまう。なので、帝国大学に行けるのは月に2、3回程度になるけれど、国軍病院ではやらない特殊な手術を見学させてもらったり、手術の助手を担当したり、様々な経験を積ませてもらっている。

 そのあおりを食ってしまったのが、威仁親王殿下のお屋敷での舞踏のレッスンだ。2月までは月に2、3回はやっていたのだけれど、今月はまだ一度も舞踏のレッスンをしていない。ようやく私と威仁親王殿下の都合が合わせられたのが、明後日の午後だったのだ。

「ああ、そうでしたね。非常勤勤務を始められたから忙しくなる、と……」

 私の抗議に威仁親王殿下はわざとらしく顎をしゃくり、

「では、我が家にいらっしゃれば、コンノート公との晩餐会と同じように、無作法をまたやってしまうと恐れられて……」

ニヤニヤ笑いながらこう言った。

「……ちょっと、否定はできないかもしれません」

 私は内心冷や汗をかいていた。

 先月の終わり頃、仕事が終わって青山御殿に戻ると、輝仁さまに勉強を教えに来ていた威仁親王のご長男・有栖川宮栽仁(たねひと)王殿下と、玄関でたまたま鉢合わせた。すると、栽仁殿下は私のそばにツイっと寄ってきて、

――姉宮さま。あの時、自分が間違えて姉宮さまのグラスにワインを注いだ、って申し出た職員が出ました。

と囁いた。

――そう……で、栽仁殿下はどうしたの?

 小さな声で尋ね返すと、

――“それは彼の思い違いだ”って言いました。姉宮さまが、間違ったグラスに口を付けてしまった、って。

栽仁殿下はこう答えた。

――ありがとう。私もそれで押し通すから、よろしくね。

 私の囁き声に、栽仁殿下はしっかり頷き、私から身を離した。

(名乗り出た職員さん、騒ぎが大きくなったから、“増宮殿下に危害を加えた”って自分を責めているかもしれない。でも、あれは、自分の耐えられるお酒の量を知らなかった私が悪いよな……)

 そんなことを思い返していると、

「ハハハ……」

威仁親王殿下が大きく笑った。

「まぁ、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ、増宮さま」

「そ、そうですか?」

「ええ。では、明後日、お待ちしておりますよ」

 わざと心配そうな声を出した私に、とびっきりの笑顔を向けると、威仁親王殿下はちょうど迎えに来た自動車に向かって歩み去っていった。威仁親王殿下は昨年製造を開始した国産のガソリン自動車を発売と同時に購入し、自分や家族の移動用に積極的に使っているのだ。

(威仁親王殿下は、私がワインを飲んだのは、私がグラスを取り違えたせいだって信じてるみたいね……)

 私はほっと息をついた。ただ、この件に関して、まだ問題は残っていて……。

(大山さん、この件の真相を知ってるのかな?)

――梨花さまが酔って倒れた件に関してですが、有栖川宮殿下のお屋敷の職員が、自分が間違って梨花さまのグラスにワインを注いだ、と申し出ています。

 今月のはじめ、私が酔って倒れた件について、大山さんにそう報告を受けた。

――あれ?おかしいな、それは。私は確かに、間違ったグラスに手を付けちゃったんだから。それ、職員さんの思い違いじゃないかな?

 その時は大山さんにこう返答したところ、大山さんもそれ以上は突っ込んでこなかった。

(だけど、なんか引っかかるんだよなぁ。考えを見透かされてる気がして……)

 ただ、この場合、私は職員さんを庇い通さなければならない。おそらく、ワインを間違えて注いだ職員さんの命脈は、“被害者”の私が“そんなことはなかった”と事実を否定しているからこそ保たれている。もしここで、私が“ワインを間違って注がれた”と言い始めたら、その職員さんは周囲からの冷たい視線に耐えられなくなり、職場を退職せざるを得なくなるかもしれない。

(まぁ、バレてるとかバレてないとか、深く考えない方がいい。考え過ぎたら、大山さんの術中にはまっちゃう)

 ふと、慣れた気配を感じた。顔を上げると、黒いフロックコート姿の大山さんが、我が青山御殿から迎えに来た馬車のそばに控えているのが見える。私は頭から考えを追い出して、馬車へと急いだ。


 1906(明治39)年3月23日金曜日、午後4時半。

「では、今日はこのぐらいにしておきましょう」

 霞が関・威仁親王殿下のお屋敷にある舞踏室。

「は、はい……」

 威仁親王殿下の声に、焦げ茶色のスカートを穿いた私は、息も絶え絶えになりながら返事をした。リズムに合わせてステップを踏み、舞踏をするのは結構大変だ。身体を動かすのは得意だけれど、いろいろと気を付けなければならないことがあるので、余計に神経を使ってしまう。

「あら、増宮さま、だいぶお疲れのようですね」

 私の姿を見て、苦笑いする慰子(やすこ)妃殿下に、

「だ、だって、今日、基本からみっちりの練習でしたから……」

荒い息を整えながら答えると、

「医学に夢中で舞踏をお忘れになっているのではないかと心配でしてね」

威仁親王殿下がニヤニヤ笑いながら言った。

「そうですね」

 横から私の手を取りながら頷いたのは、もちろん我が臣下である。

「増宮さまのご容姿は、日本の外交の武器となりえます。是非、美しい舞踏を基本から身につけていただいて、その武器の威力を高めていただかなければ」

 大山さんは、柔らかい優しい微笑を私に向けながらこんなことを言う。今日は大山さんも舞踏の練習に参加して、久しぶりでうまく身体が動かない私をフォローしてくれた。

「……はい、わかってます」

 観念して私は頷いた。今の時代、舞踏は外交に必要なスキルの一つである。先月コンノート公が来日した時には開かれなかったけれど、今後、外国の要人を招いての舞踏会が開かれる可能性はもちろんある。それに備えておくのは大事なことだ。

 威仁親王ご夫妻にお別れの挨拶をして、大山さんと一緒に玄関ホールまで来たところで、学習院の制服を着た栽仁殿下に出会った。

「姉宮さま、こんにちは」

 礼儀正しく頭を下げる彼に、私も丁寧に一礼する。

「こんにちは、栽仁殿下。学習院(がっこう)から帰ってきたところ?」

「はい。姉宮さまは舞踏の練習ですか?」

「うん。久しぶりだったから、なかなか大変だったよ」

 当たり障りのない会話をしていると、首筋がチクチクする感じがした。周囲を見渡すと、私から2mほど離れたところに、この有栖川宮邸の職員さんが立っている。年齢は、私と同じくらいだろうか。黒いフロックコートをきちんと着た彼は、ただならない表情で私を見つめ、

「増宮殿下、お話があります」

緊張した声でこう言った。

 すると、

「か、川野(かわの)さん!」

栽仁殿下の顔が青ざめた。

(ん?)

 ピン、と来たのは、先月このお屋敷で開催された、コンノート公を招いての晩餐会のことだ。私は酔って倒れたけれど、“それは自分が増宮殿下のグラスにワインを注いだせいだ”と申し出た職員がいる……そんな報告を、栽仁殿下からも、大山さんからも聞いている。

(栽仁殿下の慌てぶりから考えると、もしかしたら、この人が、間違えて私のグラスにワインを入れたって申し出た職員さんかな?私に話したいことがあるんだろうけど……)

 ここには今、大山さんがいる。私とグルになっている栽仁殿下は大丈夫だけれど、大山さんに彼と私の話を聞かれれば、あの夜に起こったことの真相が、大山さんにバレてしまう。

(何とか、大山さんを追い払わないと……あ、そうだ)

 私は手に持ったバッグを探り、

「やだ、どうしよう……」

わざと困ったような声を出した。

「姉宮さま?」

「どうなさいましたか?」

 揃って不思議そうな表情をした栽仁殿下と大山さんに、

「無いの……ハンカチーフが無いの!」

私はオロオロしながら叫んだ。

「どうしよう……あれ、母上が奇麗に刺繍してくれたやつなのに……舞踏室に忘れたのかな?」

 そこまで言うと、私は大山さんをおねだりするように見つめた。

「大山さん、舞踏室で私のハンカチーフを探してもらっていい?」

「御意に」

 私の迫真の演技に、まんまと引っかかった大山さんは、一礼すると元来た方へ廊下を引き返していく。「僕も……」とその場を動こうとした栽仁殿下を、私は右手で制した。

「姉宮さま?一体どういうことですか?」

 首を傾げた栽仁殿下は無視して、私は“川野さん”と呼ばれた職員さんに向き直った。

「さて、これで邪魔者は追い払いました。でも、そんなに長い時間足止めはできないから、お話は手短にお願いします」

 目を丸くして私を見つめる川野さんに、私は微笑してみせた。


「ご配慮、かたじけなく……」

 有栖川宮邸の職員・川野さんは、私に深々とお辞儀をすると、

「しかし、もうご配慮は無用です、増宮殿下!」

硬直した表情で叫んだ。

「どうして私を庇われますか!あの時、私は確かに、殿下のグラスに、白ワインを注いでしまったのです!言いつけられていたのにも関わらず!そして、ワインをお飲みになった殿下は、酔って倒れてしまわれた。天皇陛下の大事な内親王殿下であらせられる増宮殿下を傷つけた私の罪は重い。ですから、責任を取って辞職するしかないと思い、辞職願までこうして用意したのに!」

「川野さん、止めてください!」

 栽仁殿下が制止したのにも関わらず、川野さんは震える手で、フロックの内ポケットから白い封筒を取り出した。恐らくあれが、辞職願なのだろう。

(うわぁ……)

 一番恐れていた事態に、私は頭を抱えたくなった。けれど、悩んでいる暇はない。大山さんが戻ってくる前に、さっさとこの場を収めなければ。

「その辞職願、ください」

 私は右手を川野さんに向かって差し出した。

「へ?」

 キョトンとした川野さんに、

「ください!これは令旨です!」

私は強い口調で命じた。ここまでやりたくはなかったけれど、しょうがない。私の激しい剣幕に気圧されてしまったのか、川野さんは私に向かって飛び出してきて、両手で私に辞職願を捧げた。

「……これは、私が預かります」

 川野さんから受け取った辞職願を、私はそう言いながらバッグにしまった。

「は?!」

 川野さんが再び、これ以上ないくらいに目を丸くした。「なぜですか!私は、殿下の身体を傷つけてしまったのですよ!」

「それは、私が、自分が耐えられる酒量を把握していなかったからです」

 私は川野さんに言い聞かせるように、なるべく落ち着いた声で答え始めた。「私がもし酒豪だったら、グラス1杯のワインで酔っぱらうなんて無様な真似はしませんでした。間違えてワインを出されたって騒ぎにしたくなかったから、誰にも気づかれずにワインを飲み干して、それで一件落着にしようと思っていたのに、本当に私はバカでしたね」

「……」

 川野さんは黙り込んで、下を向いた。

「それに、人間は誰だって間違えることがあります。私だって、点滴や採血の手技が上手いと最近は言われるようになったけれど、やり始めたころは失敗ばかりで、患者さんに怒られてばかりでした」

 これは事実だ。ただし、前世で、ではあるけれど。

「だけど、失敗しないように、たくさん練習しました。手技に適した血管をどうやって見つけるかとか、針はどの角度で皮膚に刺したらいいかとか、上手い人がやっているのを見学させてもらったり、自分で針をじっくり観察したりしてたくさん勉強しました。そうしたら、だんだん手技が上手くなって、失敗しないようになったんです。もし、私が手技を失敗したからと言って医者を辞めていたら、ここまで点滴や採血は上手くなりませんでした」

 そうやって失敗しながら身につけたことは、私を助けてくれた。前世でも、そして、今生でも。

「大事なのは、間違ったことに対して罰を与えることではありません。間違えやすい原因をできる限り職場の環境から排除して、間違いにくい環境を作ること。そして、間違った人を周りが支えて、成長させること。そうじゃないと、川野さんが犯した間違いは、このお屋敷でずっと繰り返されてしまいます」

「……」

「川野さん、私はこの一件、もう許しています。だから、責任を取って辞職しようって考えないでください。今回のような出来事の再発予防策を考えること。そして、たとえ間違いが起こってしまっても、間違った人に罰を与えるのではなくて、間違った人を支えて成長させるような、そんな組織を作ること。それを私は望みます」

「僕からも頼みます」

 いつの間にか私の横に立っていた栽仁殿下もこう言った。「父上もこの一件をご存じになったら、きっと姉宮さまと同じことをおっしゃるはずです。だから、退職なんて考えないでください」

「かしこまりました……誓って、殿下方の仰せの通りに致します……」

 ようやく、川野さんが返事をしてくれた。その声は、明らかに涙声だった。

(そう言えば、大山さんは……?)

 話を聞かれてはいないだろうか。彼の気配を探ろうと集中すると、十数秒ほどして、気配が微かに感じられた。次第に、その気配は濃くなっていき、

「申し訳ありません、増宮さま」

大山さんが再び玄関ホールに現れたのは、川野さんが涙をぬぐい終わった瞬間だった。

「舞踏室を隈なく探しましたが、ハンカチーフが見つかりません。……恐れながら、お荷物をもう一度確認していただけますか?」

「入ってないと思ったけどなぁ……」

 再び演技を始めた私は、ブツブツ呟きながら、カバンの中をかき回してみる。

 そして、

「やだっ……ハンカチ―フ、あった……」

カバンの中から、母が桃色の花の刺繡をしてくれた白いハンカチーフを取り出した私は、次の瞬間、大山さんに深く頭を下げた。

「ごめん、大山さん!あなたに迷惑をかけた。これから、もっとよく確かめるようにする」

「そうしてください」

 大山さんが軽くため息をついた気配がした。

「では、増宮さま、青山御殿に戻りましょう」

「……そうだね。じゃあね、栽仁殿下」

 頭を上げた私は、栽仁殿下に挨拶すると、玄関に出て馬車に乗り込んだ。


「ふわ……」

 動き始めた馬車の中、私が軽くあくびをした途端、

「今日は、少しお疲れでしたか、梨花さま」

隣に座った大山さんが苦笑しながら尋ねた。

「少しじゃなくて、だいぶ疲れたよ」

 私も大山さんに苦笑いを返した。「久しぶりの舞踏のレッスンだったから、色々と神経を使ってね」

「ふふ、確かにそうですね。今日の梨花さまは、ステップにだいぶ苦戦されておいででした」

「大山さんがフォローしてくれたから、本当に助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

 馬車の中は、大山さんと2人きりだ。私は遠慮なく、軽く伸びをした。

「でも、相当疲れちゃってたね。ハンカチーフ、失くしたって勘違いしちゃって、あなたに迷惑をかけた。本当にごめんね、大山さん」

 再び頭を下げると、

「いえいえ。ハンカチーフが見つかって、本当に良うございました」

大山さんは微笑して答える。そして、私の右耳に口を近づけると、

「それから、お預かり物は大事なものですから、失くされませんように……」

と優しく囁いた。

「!」

(気づいてたのか!)

 ……やはり、この非常に有能で経験豊富な臣下は、全てを知っていたのだ。私が先日の晩餐会でワインを口にしたのは、私が他人のグラスに手を出してしまったからではなく、私のグラスに川野さんが間違えてワインを注いだからだということ。そして、私の“騒ぎにしたくない”という要請を受け、私がワインを飲んだ理由を栽仁殿下が誤魔化したことを。恐らく、さっきの“ハンカチーフを失くした”という私のお芝居もお見通しで、わざと騙されたふりをして、ホールから立ち去ったのだろう。そして、気配を消して潜み、私と川野さんの会話を聞いていたに違いない。そうでなければ、こんなセリフは出てこない。

(そうだよなぁ。この人、諜報機関のトップだもんなぁ。そりゃ、私みたいな小娘のウソなんて、すぐバレるや)

「やっぱり、あなたには敵わない」

 私は大きなため息をついた。「思いがけなく戦場も経験して、医学の修業もそれなりに積んでいるけれど、私はいつまで経っても、大山さんの手のひらから飛び出せない孫悟空だ」

 すると、

「しかし、単なる暴れ者ではない、お優しい孫悟空でございます」

大山さんはこう言った。「梨花さまご自身が、耐えられる酒量を把握していなかったがために、大騒ぎになってしまいましたが、もし酔わずに無事に晩餐会が終わったら、(おい)にグラスの中身が間違っていたことをそっとお話になり、“再発防止に努めるように”とおっしゃって、間違えたことは不問にするようにとお命じになるつもりだったのでしょう?」

 私が黙って頷くと、大山さんは私の頭をそっと撫でた。

「梨花さまは、淑女(レディ)として、一国を代表するプリンセスとして、ご成長なさっていますね」

「そ、そうかなぁ……?」

 優しく頭を撫でられながら、私は首を傾げた。

「でも、騙されないわよ。あなたのことだから、次は、“もっと鍛えたくなる”って言うんでしょ」

「よくお分かりでございます」

「やっぱりね」

 私は顔に苦笑いを浮かべた。どう頑張っても、私は大山さんの手のひらの上で転がされてしまうばかりなのだ。けれど、それをどこかで心地よく感じているのもまた事実だ。だって、大山さんは本当に、私のことを思って……主君として、大切に思ってくれているのが分かるから。

「お願いだから、私が死なない程度に手加減した鍛え方にしてね」

「心得ておりますよ」

 非常に有能で経験豊富な、どう頑張っても敵わない私の臣下は、主君(わたし)の頭をまた撫でる。

 その手は、優しくて、とても暖かかった――。

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― 新着の感想 ―
[一言] アルコールなんて普段からある程度飲んでいないと如何にもならないかと。 下戸の私がいうのも如何かとは思いますけど。
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