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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第41章 1905(明治38)年寒露~1906(明治39)年啓蟄
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グラスの中身

 1906(明治39)年2月19日月曜日午後5時半、青山御殿の私の居間。

「まことに申し訳ありません、梨花さま」

 頭を深々と下げる大山さんに、

「ううん、構わないよ」

青い中礼服(ローブ・デコルテ)に、ティアラとネックレスなどのアクセサリー一式を身につけた私は、首を横に振りながら言った。

 浜離宮から青山御殿に戻った私は、早めに昼食を済ませると、午後4時半まで昼寝をしていた。夜には、有栖川宮(ありすがわのみや)威仁(たけひと)親王殿下の霞が関にあるお屋敷で、イギリスから国王名代としてやって来たコンノート公を招いての晩餐会が開催され、私も日本側の主賓として出席しなければならない。その席で体調不良で倒れてしまったら一大事なので、非常に有能で経験豊富な別当さんに、休息を取るように助言を受け、私は昼食後、時間になるまで布団の中でぐっすり眠った。

 ところが、4時半に起きて、中礼服(ローブ・デコルテ)に着替え終え、母と千夏さんに手伝ってもらって身支度をすべて終えた時、大山さんが居間にやってきて、人払いをして私と話したいと申し出た。千夏さんと母に居間を出てもらって話を聞いたところ、朝鮮に派遣している中央情報院の職員から、朝鮮南部の街・釜山(ふざん)で暴動が発生したという情報が、たった今入った……大山さんは私にそう語った。

「朝鮮に妙な外国の勢力が入り込んでないかは、常に確認しないといけない。情勢の分析は必要だね。大丈夫だよ、大山さん。しっかり休憩も取れたから、晩餐会でドジは踏まないつもり。それに、伊藤さんと陸奥さんと西園寺さんと山本さんも出席するから、何かあっても対応できるはずよ。まぁ、伊藤さんが暴走しないかは、ちょっと心配だけれど。山縣さんも新橋駅でコンノート公に殺気を飛ばしてたし」

 私が苦笑しながら言うと、

「さすがに、伊藤さんも自重されるとは思いますよ」

大山さんも軽く笑って、

「朝鮮の情勢の分析が終わりましたら、直ちに有栖川宮殿下のお屋敷に向かい、梨花さまと合流させていただきます」

私に向かってまた深く一礼した。そして彼は頭を上げると、

「さ、もう出られませんと、開始の時刻に間に合わなくなります。東條君に同行するように言いつけておきましたので、梨花さま、玄関へどうぞ」

と私を促した。

 馬車に乗って霞が関の威仁親王殿下のお屋敷に着くと、

「おや、大山閣下はどうなさったのですか?」

玄関で私を出迎えた威仁親王殿下と慰子(やすこ)妃殿下が、不思議そうな顔をした。

「ちょっと仕事が終わらなくて。後ほど参ります」

 こう答えたところ、

「ほう、そうですか」

その場に居合わせた陸奥さんが、自分の顎ひげを軽く撫でた。

「近々、増宮さまのところに参上しなければなりませんな」

「ですね、伊藤閣下」

 伊藤さんと西園寺さんも、こう言い合って軽く頷く。どうやらこの3人、私の一言だけで、中央情報院絡みの何かが起こったと察したらしい。だから、青山御殿に……正確に言うと、青山御殿の別館に行って、中央情報院の手に入れた情報を仕入れたい、そう考えたのだろう。流石、修羅場を潜り抜けてきた人たちは、状況を察知する能力が高い。私は黙って微笑を返すと、威仁親王殿下の案内に従って、晩餐会の定められた席に座った。

 晩餐会に招待されているのは、50人ほどだろうか。私は威仁親王殿下の右隣に座り、向かいの席に座っているイギリス大使のマクドナルドさんと少し話した。私が医師免許を取ったばかりのころは、コンノート公のご長男に私を嫁がせる、という話もあったので、彼と会うことを極力避けていたのだけれど、私が軍籍を得てからは、会えば普通に会話を交わすようになった。

『昼に拝見した時と、今とでは、印象がガラリと変わりますね。中礼服(ローブ・デコルテ)がとてもよくお似合いです』

『ありがとうございます』

 大使に微笑みながらお礼を言うと、

『しかし、本当にお美しい。コンノート公には2人の美しいご息女がいらっしゃいますが、増宮殿下のお美しさは、それを上回っていらっしゃる。まさに“極東の名花”ですな』

彼はこう言って、更に私をほめたたえた。

『願わくば、そのご息女方と一緒に、イギリスで増宮殿下のお写真を……』

 マクドナルドさんが更に言葉を続けようとしたとき、

『大使閣下』

隣に座っていた陸奥さんが、マクドナルドさんを呼んだ。

『イギリスの庶民院の総選挙の集計結果はどうなりましたか?投票は済んだとは聞いたのですが、結果がどうなったかが、なかなか情報が入ってこなくてですね……』

 陸奥さんは相変わらず見事な英語で話しているけれど、雰囲気が少しだけ刺々しい。よく見ると、威仁親王殿下の左隣に座っている伊藤さんも、ピリピリしている気がする。

(やめてほしいなぁ。子供だって出席してるのに……)

 晩餐会には、威仁親王殿下と慰子妃殿下の息子である栽仁(たねひと)王殿下、そして娘の實枝子(みえこ)女王殿下も出席している。栽仁殿下は学習院中等科の6年生、實枝子さまは華族女学校初等中等科の第1級、私の時代流で言えば、高校3年生と中学3年生である。この2人に悪い影響を与えないように、和やかに晩餐会が進んでほしいのだけれど……そう思いながら、私はグラスを手にして、中身の白いぶどうジュースを飲んだ。喉が渇いていたし、お腹も空いていたので、せめてジュースで少しでもカロリーを補充しようと思ったのだ。

(あら)

 ジュースを口に含んだ時、予想していたものと違う風味が口の中に広がった。これはジュースではなくて、白ワインだ。食事会の時には、梨花会の面々には、ぶどうジュースや、ぶどうジュースに炭酸水を混ぜたものを、ワインやシャンパンの代わりに出すようにお願いしている。もちろん、私にも同じものを出すようにお願いしていて、大山さんから威仁親王殿下に伝わっているはずなのだけれど……どうやら、どこかでミスが発生したようだ。とにかく、これが、今生で私が初めて飲んだお酒になった。

(でも……ソフトドリンクと取り換えて欲しいって言ったら、ちょっと騒ぎになっちゃうかな)

 私はこの晩餐会の日本側の主賓だ。その飲み物が間違っていたことが知れたら、威仁親王殿下が致命的なミスを犯した、と騒ぎになってしまう。伊藤さんがとんでもなく私を心配するだろう。もしかしたら、責任者がこの場でこっぴどく叱られてしまって、晩餐会の雰囲気が台無しになるかもしれない。

(どれだけ気を付けたってミスは起こるから、大切なのは、再発しないように原因を分析することなんだけどなぁ……。でも、それを伊藤さんたちに言って通用するかな?)

 少し考えた私は、ワインを飲むのはここで止めることにした。万が一の酔ってしまう可能性を考慮したのだ。それに、こうすれば、単純なミスを犯してしまった人も目立たなくて済むから、過剰な罰を受けることもない。晩餐会が終わったら、大山さんにそっと事実を告げて、再発防止に尽くしてもらえば、それで十分だ。グラスに入った水もテーブルの上にあらかじめ用意されているから、そちらを飲んでいればいいのだ。

 それで大丈夫かと思ったのだけれど、

『ああ、この白ワインはとても美味しいですね』

向かいの席のマクドナルド大使にこう話しかけられてしまった。

『そ、そうですね』

 私は動揺を必死に隠しながら彼に返答した。

(まずい、このままワインに口を付けないと、マクドナルドさんに不審に思われちゃうかも……)

 そう思った私は、再びワインのグラスに口を付けざるを得なかった。

 おかしい、と思い始めたのは、最初のメニューであるコンソメスープを飲み終わったころだ。身体が熱くなってきて、私は汗をぬぐうため、手にした小さなバッグからハンカチーフを出した。

『ところで、お嬢様のご婚約が決まったとか』

 私の前では、大使のマクドナルドさんが、威仁親王殿下に話しかけている。

『ええ。先日、約束を交わしたところです』

 威仁親王殿下が、奇麗な英語でマクドナルドさんに返す。威仁親王殿下の娘・實枝子さまは、徳川慶喜さんの嫡男・慶久(よしひさ)さんと、つい先日婚約した。慶久さんは私より2歳下の21歳。美男子で有名だ。

『お似合いの美男美女ですね。慶久さまも美男子ですし、實枝子さまも……』

(あれ?)

 “お人形みたいに可愛らしい”は、英語でどう言えばいいのだろうか。フレーズが出てこず、2人の会話に入っていこうとした私は、とりあえず愛想笑いをしてその場をごまかした。脈が、速くなっているような気がする。

(私、酔っぱらってるのか?)

 前世で酔っぱらったことがないので、よくわからない。もちろん、前世では、飲み会の時にはアルコールを飲んでいた。生ビール中ジョッキ(なまちゅう)を7、8杯飲んでも、ずっと素面のままで酔わなかった。前世の両親も、2人いた兄も、いくら酒を飲んでも酔わない人だったから、もともと、アルコールを分解する肝臓の酵素が遺伝的に強かったのだろうと思う。

 だけど、この体は、もちろん前世のものと同じではない。アルコールを分解する肝臓の酵素の働きが弱い可能性も、十分にある。

(とにかく、少し休んで、酔いをさまさないと……このままだと、なんかやらかすかも)

 私は、用を足すような風を装いながら、椅子から立ち上がった。一瞬身体がふらついたけれど、何とか身体を立て直し、できる限り優雅に歩きながら会場から立ち去る。ただ、足元はずっとグラついていて、姿勢を保って歩くのがとても辛かった。なんだか、呼吸が苦しい感じもする。

 晩餐会の会場である食堂の扉を出て、4、5歩歩いたところで、私の足が止まってしまった。息苦しさと動悸がどんどん強くなって、動く気力が無くなってしまったのだ。

(ちょっと、これ、ヤバい……)

 このままでは、間違いなく倒れる。せめて、壁に寄りかかって、少しでも体力の消耗を防がないといけない。そう思った時、後ろから誰かが私の右肩をつかんだ。

「姉宮さま?」

 この声は、栽仁殿下だ。なぜここにいるのか、と聞こうとした瞬間、身体が大きくふらついた。

「危ないっ」

 バランスを大きく崩した身体の動きが、ある一点で急に止まった。栽仁殿下が、後ろから私の身体を抱きしめたのだ。

「どうしたんですか、姉宮さま?」

「たぶん……酔っぱらった」

 苦しい呼吸の中、私は必死に栽仁殿下に答えた。

「お酒、飲まないようにしてて、君のお父上にも頼んでたんだけど、ワインを出されちゃって……たぶん、ミスがどこかの過程で起こった。しょうがない、いくら気を付けても、人間、間違いは起こす……」

「姉宮さま……」

「ジュースと取りかえたかったんだけど、責任者の人が叱られて、晩餐会の雰囲気が台無しになっちゃうと思って、取りかえ出来なかったの。飲まないでいたんだけど、マクドナルドさんが不審がるから、口を付けざるを得なくて、ワインを飲み続けた。そしたら、このザマ。だから、ちょっと、お庭でも散歩させてもらいながら、酔いを醒まそうと思って……」

「無理だよ、姉宮さま。これじゃ、庭に出るまでに倒れちゃう。横にならないと」

「だけど、栽仁殿下、そんなことしたら、騒ぎになっちゃう……」

「けど」

 栽仁殿下が、腕の中の私の身体をゆっくりと回した。私の右の肩先が、栽仁殿下の逞しい胸板に触れる。

「横にならなきゃダメだ、姉宮さま」

「でも、そんなことをしたら、どうやって騒ぎを収めたらいいの……?」

 私は力なく、首を左右に振った。息苦しさと動悸は全然消えないし、なんだか眠気もする。

「うまい言い訳が、考えつかない。いつもだったら簡単なのに……どうしよう……」

 すると、

「僕に任せて」

栽仁殿下が、真正面から私の目を見つめた。

「僕が何とかするから、姉宮さまは横になって、ゆっくり休んで」

 力強い栽仁殿下の言葉に、私は黙って頷いた。今は、この頼もしい弟分の言葉を信じるしかない。

「姉宮さま、僕の首の後ろに両腕を回して」

 その言葉通りにすると、私の背中と膝の裏に、栽仁殿下の腕が当たった。ふらついていた両足が宙に持ち上がる。どうやら私は、横抱きにされているらしい。

(なんか、暖かくて、力強くて、優しい……)

 そこで、私の意識が途切れた。


 どこか遠くで、雨の降る音がする。

 雨に洗われたひんやりした空気が、右の頬を撫でていく。すると、ズキン、と頭が痛んだ。

(どこだ、ここ……)

 頭の痛みをこらえながら、なぜ自分が見たことのない部屋に寝かされているのか、私は必死に記憶をたどった。コンノート公を新橋駅に迎えに行って、浜離宮まで送った後、青山御殿(じたく)に帰って休憩した。そして、威仁親王殿下のお屋敷での晩餐会に出て、白ワインを飲んで酔ってしまい……。

(青山御殿の私の部屋じゃないから、ここ、威仁親王殿下のお屋敷かな……。とにかく、起きないと……)

 掛け布団の下で、ゆっくりと足を動かしたとき、

「梨花さま」

安堵したような声が、私の耳に届いた。

「大山さん……」

 ゆっくり視線を動かすと、黒いフロックコートを着た大山さんが、私の枕元の椅子に座っているのが分かった。どうやら、私はベッドに寝かされているらしい。

「ここ……威仁親王殿下のお屋敷かな?」

「さようでございます」

 大山さんは私に軽く頭を下げた。

「驚きました。こちらに到着しましたら、梨花さまが酔って倒れたと騒ぎになっておりまして。ベルツ先生に診ていただきましたら、何時間かすれば目が覚めるだろうということでしたが……」

「ごめん……」

 私は目をギュッと瞑った。自分の耐えられる酒量を見誤ったせいで、私はこの大切な臣下を心配させてしまった。

「別の方のグラスに、間違って手を付けてしまわれたそうですね」

(あ……)

 どうやら、栽仁殿下は、そうごまかしてくれたようだ。確かに、晩餐会のテーブルの上には、たくさん食器が載っているから、食器を取り違えるというのもあり得ないことではない。

「いけませんよ、梨花さま。そんな無作法なことでは。テーブルマナーを復習していただかなければ」

「うん……これから気を付ける」

 私は目を閉じたまま答えた。どうやら、職員さんは給仕ミスの件で怒られずに済みそうだ。それは少しほっとした。

「それから、長期飲用の身体への害を抜きにしても、今後梨花さまは、一切アルコールを口にしない方がよさそうです」

「それは間違いないね」

 私はうっすら目を開けた。休息を取っていたとはいえ、寝不足のせいで、万全な体調で晩餐会に出席したとは言い難い。それに、お腹が空いていたところに、ワインを流し込んでしまった。酔いやすい条件が重なってしまったけれど、少なくとも、今のこの体は、前世の身体よりアルコールには弱そうだ。

「前世じゃ、お酒を飲んでも、全然酔わなかったんだけどね。でも、トラブルを避けるためにも、今後は絶対禁酒する。ところで大山さん、今、何時かな?」

「朝の6時半ですね」

 大山さんが、フロックコートのポケットから懐中時計を取り出して答えた。

「うわ、そんな時間か……。とにかく、ここを出よう。今日の式典に出るかとか、あなたへの埋め合わせと親王殿下へのお詫びをどうするかとかは、帰ってから考える」

「かしこまりました。……梨花さま、動けますか?」

 響くように痛む頭を押さえながら、ゆっくり身体を起こす。身体は思いのほか滑らかに動いた。

「何とかいけそう。多分、歩けると思う」

「お気をつけて。(おい)もエスコートいたしますが、慎重に動いてください」

「ありがとう」

 床に下ろした足に、ゆっくり体重をかける。一瞬ふらついたけれど、その後は問題なかった。私は大山さんの言う通り、部屋の出入り口にゆっくりと足を運んだ。

 廊下に面したドアを大山さんが引き開けた時、

「若宮殿下……!」

彼が驚きの声を上げた。

(おい)がおそばにおりますから、どうぞお休みくださいと申し上げましたのに……」

「姉宮さまが心配でしたから」

 ドアから頭を出した私の視線の先で、椅子から立ち上がった栽仁殿下が毛布を畳んでいた。

「栽仁殿下……まさか、私が倒れてから、そこで座って待っててくれたの?!」

「はい。よかった、目が覚めて」

 栽仁殿下は畳んだ毛布を椅子の上に置くと、私にニッコリ笑いかけた。私は大山さんの手を振りほどいて、栽仁殿下のそばに慎重に歩いて行き、背伸びして彼の耳元に口を近づけた。

「ありがとう、栽仁殿下。情けないところを見せちゃって、ごめんなさい」

 そう囁くと、栽仁殿下は首を横に振った。

「ううん。姉宮さまは、お優しくてとても素敵でしたよ」

 私に囁き返した栽仁殿下は、微笑を私に向ける。

(ああ……)

 なんていい子なのだろうか。酔っぱらって醜態を晒した姉貴分を介抱してくれただけではなく、こんなに優しい言葉をかけてくれるなんて。小さいころ、白袴隊の獲物にされかけて、私の胸に顔をうずめて泣いていたのがウソのようだ。

(いい若者に成長したなぁ。栽仁殿下のお嫁さんになる人は、幸せだな。私は無理だけど……)

 急に胸が苦しくなって、私は右手で胸を押さえた。頭も痛いし、まだまだアルコールが身体に残っているようだ。

「増宮さま?」

 異変を察したらしい大山さんに、

「ごめん。まだ酔いが残ってるみたいだ。早く帰ろう」

私は振り返りながら言うと、「じゃあね、栽仁殿下。助けてくれて、本当にありがとう」と栽仁殿下に挨拶して、私はその場を去った。

 威仁親王殿下のお屋敷の玄関を出るころには、雨は雪に変わっていた。空を見上げた私の肩に、大山さんが後ろから外套を掛ける。

「寒いですから」

「ありがとう」

「……もう、どんな理由があっても、お酒を口にしてはいけませんよ」

「うん。あなたを心配させるしね」

 私がそう答えると、大山さんは私を抱くようにして馬車に乗せた。

 何もかもを覆い隠すように、しんしんと降り続く雪の中、私と大山さんを乗せた馬車は、青山御殿に向かってひた走った。外の寒さとは裏腹に、私の身体は暖かく、そして心は暖かさと、ほんの少しの甘さとほろ苦さに包まれていた。

 後から思えば……、この日が、私が無意識のうちに、彼を1人の男性としてとらえた最初の日だった。

※シャンメリーが出来たのは、実際には戦後なのですが、主人公の禁酒要請のせいで、明治時代の日本でそれらしきものが誕生してしまいました。これが実際に世間に広まるかどうかは……知りません。(“増宮殿下御用”とか宣伝文句が付けられてしまった場合は不明)


※實枝子女王殿下と徳川慶久さんとの婚約は、「威仁親王行実」によると明治37年には決まっていたようですが、話の都合上タイミングを変えています。ご了承ください

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― 新着の感想 ―
[一言] 確か、明治天皇は糖尿病 から来る腎不全による尿毒症で崩御なされたんですよね。 糖尿病になる程のワイン好きで更に甘党との事ですが、梨花様は酒豪では無かったようです。
[気になる点] すきっ腹にエタノールは本当に効きますね……お酒を飲む機会がある場合、自分は日本酒を選択するのですが、ちゃんとご飯を食べてから飲み始めた場合と、すぐに飲み始めた場合とで酔いの回りが違いす…
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 梨花会の面子は全員がシャンメリーを愛飲したとかしなかったとか。
感想一覧
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