1905(明治38)年11月の梨花会
1905(明治38)年11月11日土曜日午後2時10分、皇居内の会議室。
「へーぇ、新しい麻酔薬の件は、そういう決着になりましたか」
医科研で新しい局所麻酔薬・プロカインの正式な製造許可をドイツの製薬会社からもらうことにした件についての報告を私から聞いた総理大臣の井上さんは、両腕を組み、にやにやしながら頷いた。
「増宮さまのことだから、小指の先だけ動かして、ちょちょいのチョイで終わらせたんでしょうが……」
「い、いや、大変でしたよ、井上さん!」
私はにやにや笑いを続ける井上さんに、真面目に反論を始めた。「今回は、日本の製薬会社が私たちの実験計画に興味を示してくれたので、そちらから研究資金を得られましたけれど、一時は若槻さんとやりあうっていう最悪の事態も想定していましたから……」
「増宮殿下!我輩におっしゃってくだされば、直ちに予算を付けましたのに!」
不満そうに叫ぶ厚生大臣の後藤さんを、
「これ。増宮さまのご修業にならんから、それはあかん、って言うたやろ、後藤君」
三条さんが上座の方からのんびりとたしなめた。
「さよう。だからわしたちは、若槻君を厚生次官にするという君の案を吞んだのだよ、後藤君」
枢密院議長の伊藤さんも、こう言って三条さんに加勢する。
「若槻君なら、後藤君の仕事も助けられるし、増宮さまが医科研の件で厚生省と折衝をなさろうとしたときに、壁となって増宮さまに立ちはだかることができる。事務仕事はあっという間に片付けるし、美女にも心を動かされることがほとんどない。増宮さまの適切な敵役として……」
そこまで言った伊藤さんが、急に何かを考え込むような表情になった。
「?」
首を傾げた私の前で、伊藤さんは、
「……多少は手心を加えても許されるだろう。何せ相手は、わしが手塩に掛けてお育て申し上げた増宮さまなのだから」
大真面目に言い放った。
(は……?)
ツッコミを入れようと思った瞬間に、
「まったく、俊輔は!」
宮内大臣の山縣さんが鋭く叫んでいた。
「甘いのは、おぬしもではないか!」
「それは狂介もじゃ!宮内大臣になったのをいいことに、増宮さまのところばかりか、希宮さまのところにも繁々と通いおって!」
「将来有望な皇族の方々のご成長を確認するのは、宮内大臣として当然のことであろうが!」
伊藤さんと山縣さんの、いつものしょうもない口喧嘩を、高野五十六航空少尉が、末席から恐ろしいものでも見るかのような目つきで眺めている。
「どうした、高野?」
隣に座る後輩の異変に気が付いた斎藤さんに、
「さ、斎藤閣下……“史実”でも、元老会議はこのような、その……くだらないことで言い争いをするような場だったのでしょうか……」
高野さんはとても困ったような表情で質問した。
「うむ……。流石にこのようなことはなかったと思う。俺も毒されて……いや、慣れてしまって、最近は違和感がなくなってしまったが……」
斎藤さんがぼそぼそと呟くように答えていると、
「聞こえていますよ、麒麟児君も高野君も」
立憲自由党の総裁・陸奥さんの鋭い声がすかさず飛んだ。
「これが、僕たちのこの時の流れでの流儀です。君たちにとやかく言われる筋合いはありません」
斎藤さんと高野さんが慌てて頭を下げたとき、
「そのくらいにしてやってくれ、陸奥総裁」
私の前に座った兄が、陸奥さんに苦笑しながら言った。
「話さなければならないことも、まだあるからな」
「……仕方ありません。承知いたしました」
陸奥さんは兄に向って恭しく一礼すると、「運がよかったですね、君たち」と斎藤さんと高野さんに向かって忌々しげに言った。
「んじゃ、“極東平和委員会”の状況を報告してもらおうか。……桂」
井上さんが苦笑しながら声をかけると、
「はっ」
桂さんが立ち上がって、仰々しく頭を下げた。
日本・清・ロシアの間で結ばれた極東戦争の講和条約では、ユダヤ銀行団が沿海州と樺太を領土とする新国家を来年1月1日までに建国することになっている。そして、沿海州と樺太で、ロシアから新国家への主権譲渡に当たって発生する諸問題を解決するため、日本・清・ロシアの政治家・軍人・官僚で構成される“極東平和委員会”を作り、本部をウラジオストックに置くことが、講和会議の場で承認された。委員長は政権交代まで内務大臣を務めていた黒田さんである。“史実”では1年半ほどしか総理大臣の座にいなかった黒田さんだけれど、この時の流れでは約9年半にわたって政権を担当した。国際的な知名度も、初代内閣総理大臣を務めた伊藤さん並みに高く、委員会の顔として、そしてまとめ役として、非常に適役だった。日本側の委員には、黒田さんのほかに松方さんと桂さんが名を連ねている。桂さんは、新しい国の軍隊が作られるまで、現地の治安を維持するために第1師団から派遣された部隊の司令官も務めていた。毎月、私と兄が参加して行われる梨花会の時には、黒田さん・松方さん・桂さんの中から1人が3人を代表する形で出席することになり、今月は桂さんの番だった。
「……結論を申し上げれば、万事、順調に進んでおります」
桂さんは満面の笑みを顔に浮かべながら報告した。「ロシア国内からも、ヨーロッパ諸国からも、居住希望のユダヤ人が集まり始めました。行政組織の移譲も進んでおりますから、来年1月には選挙を行い、国会議員、そして大統領を決めることになるでしょう。ロシア本国への帰還希望者の帰還も順調で、武力衝突も起こっておりません」
「うむ」
上座に座ったお父様が満足げに頷く。「それは重畳。引き続き励めよ、桂。黒田と松方にも伝えておけ」
「はっ!」
「それから、出発の時にも命じたが、わが軍の目的は、新しい国の軍隊ができる来年1月まで、現地の治安を維持すること。決して他に迷惑をかけるようなことをするな。国軍将兵は常に紳士淑女たれ。この言葉を胸に、己を常に律し軍紀を正しくするように。さすれば、任務が終了したとき、世界はわが国軍を称えるであろう」
「ははっ!」
桂さんがお父様に最敬礼する。様々な業務を終えて、委員会が解散するのは来年の春ごろの予定だ。そのころには新しい国――“新イスラエル共和国”と名付けられるそうだけれど――の運営も、軌道に乗るだろう。
「あと、極東の懸案事項というと、朝鮮だな。と言っても、こっちはもうケリがつきつつあるんだよな、大山さん?」
「ええ」
井上さんの言葉に、私の隣に座った大山さんが軽く頷く。そして、手元にある紙に視線を落とすと、彼は今月の5日に、清と朝鮮の間に結ばれた保護条約について説明を始めた。
「……清は朝鮮王の下に統監を置くことになりました。統監は朝鮮王にいつでも内謁する権利を持ちます。そして、朝鮮国王は統監の財務に関する助言に従うと条約に明記され、朝鮮は清の仲介なしに国際的な性格を持つ条約を結ぶことを禁じられました。昨日、清の政府から協約を結んだことが正式に告示されました」
「……だから、小村には、朝鮮の日本公使館を引き払えって今朝言っておいた。これからは、清が朝鮮の外交を全部することになるからな。朝鮮に公使を置いても意味がないってわけだ」
大山さんのセリフを奪うように井上さんが言うと、
「清は、“史実”で日本と朝鮮が結んだ、第1次と第2次の協約の内容を、一気に約束させましたな……」
伊藤さんが珍しく真面目な顔をして呟いた。今回結ばれた保護条約により、朝鮮は名実ともに清の保護国となった。“史実”で初代韓国統監に就任したのは伊藤さんだから、何かしらの感慨があるのだろう。
「初代の統監は袁世凱かな?」
兄の問いに、「その通りです」と大山さんが軽く頭を下げた。袁世凱は長年、清から派遣された朝鮮公使という身分でありながら、朝鮮王族の暗殺に関与したり、8万の清軍を駐留させたり、権力をほしいままにしていたけれど、それに条約の後ろ盾が正式についたことになる。
「今の朝鮮国王は袁世凱を頼りにして、盲目的に従っているから、国王からの反発はなさそうだけれど、朝鮮の役人たちは反発しているの?」
私が大山さんに尋ねると、
「そこは袁世凱も抜かりありませんよ、梨花さま」
大山さんは私に微笑を向けた。「国王をはじめ、高官や主だった役人たちにたっぷりと金品を贈り、政府内の反論を封じました。国王以下、嬉々として袁世凱の指示に従っているとか」
「自国の主権が侵されているというのに、愚かな者たちですね」
兄の隣に座っている有栖川宮威仁親王殿下が眉をひそめると、
「だからと言って、それをわざわざ彼らに教えてやる義理は、我々にはありませんよ」
陸奥さんが皮肉めいた微笑を唇の端に閃かせた。「朝鮮は清に押し付け、日本は不介入を貫く。それが、増宮殿下が“授業”をなさった時からの、我が国の国是の一つではありませんか」
「しかし陸奥閣下、そうは言っても、朝鮮の民衆の動きには警戒しておかなければならないでしょう」
手を挙げながら発言したのは斎藤さんだ。「不満を持つ民衆に、日本と清以外の国が近づき、朝鮮半島奪取を企てる可能性もあります」
「斎藤の言う通りだな」
山縣さんが鋭く目を光らせた。
「もちろん、それは警戒を要する事項です」
大山さんが山縣さんに向き直った。「清とも協力して、その事態は何としてでも阻止します。いくら我が国が朝鮮に不介入と言っても、清以外の国に朝鮮を取られてしまっては意味がありませんからね」
「その通りですね、大山殿。せっかく我が国が条約改正に動こうとしているこの時期に、極東に新たな騒乱の種をまかれては最悪です。まぁ、このくらいのことで小村君には動揺してほしくはないですがね」
陸奥さんが深く頷いた。この12月からは、世界各国と結んでいる通商条約の改正作業が待っている。政権交代により、陸奥さんは外務大臣の座を次官だった小村寿太郎さんに譲ったけれど、彼による作業がうまくいくかどうか、先輩として気になっているのだろう。
「さて……じゃあ次は飛行器の件だが、児玉」
井上さんが児玉さんに声をかける。すると、
「じゃあ高野、状況報告を頼む」
児玉さんは軽い調子で、仕事を部下に丸投げした。
「はっ」
あらかじめ“頼む”と児玉さんに言われていたからか、それともハッタリなのか、判断がつかなかったけれど、高野さんは堂々と、飛行器の現状について報告を始めた。
先月国軍に設置された航空局の目下の任務は、日本初、いや、世界初の飛行場の建設である。今、飛行場として使っているのは、千葉県の習志野演習場なのだけれど、飛行器の航続距離が少しずつ伸びるに従い、手狭になっていた。しかも、演習場では、歩兵や騎兵、砲兵など、他の兵科の兵たちの訓練も行われるので、演習場全体を使う大規模な訓練がある日は、飛行器の訓練や実験が十分にはできなかったのだ。
そこで、飛行場を新しく作る話が、昨年から少しずつ進められていた。斎藤さんの“史実”の記憶に基づき、“史実”でも日本初の陸軍飛行場があった埼玉県の所沢に飛行場が設置されることになり、用地の買収は先月完了した。田中館先生や寺野先生が研究していた習志野演習場の飛行器研究施設も、飛行場と同じ敷地内に、規模を今よりもっと大きくして移転する予定だ。
「来月の初めには、すべての機能を習志野から所沢に移転します。東京帝国大学と京都帝国大学にもご協力いただいて、研究者もそろえているところです」
高野さんは淀みなく報告を終えると、「そして、増宮殿下にお願いがございます」と私に向き直った。
「何でしょうか?」
「飛行場の開設記念式典に、主賓としてご臨席いただけないでしょうか」
「……私でいいんですか?」
首をかしげると、
「そなたしかおらんではないか」
お父様があきれたような声で言った。「“授業”の時から、そなたは飛行器のことを言っていた。それに、二宮のことを言い始めたのもそなただ」
「はい……」
私は慌てて、お父様に頭を下げた。本当は、二宮忠八さんのことを覚えていたのは原さんなのだけれど、原さんに“史実”の記憶があることは、一部の人しか知らないことなので、表向きには私が思い出したことになっている。
「ええと、高野さん、その式典はいつの予定ですか?」
「12月3日の日曜です」
私はカバンの中からスケジュール帳を取り出した。来月の勤務の予定は、確か書き写したはずだけれど……。
と、
「2日が当直明けで、3日はお休みです」
目当てのページにたどり着く前に、我が臣下がこう言った。
「……私、来月の勤務予定を、まだあなたに伝えてなかったんだけどなぁ」
大山さんが言った通りに、予定が記載されているのを確認した私は、軽くため息をついた。
「梨花さまのご予定は、俺にとっては非常に大事なものでございますから」
大山さんは顔色を変えずに私に言い返すと、
「ご出席は可能でございます。ぜひ式典に御成りを」
と付け加え、軽く一礼した。
「わかったよ、大山さん。……じゃあ高野さん、式典、出席させてください」
末席にいる高野さんに声を投げると、
「あー、待て、章子」
上座から、お父様の声が突然掛かった。
「輝仁もつれていけ」
「へ?」
キョトンとした私に、お父様は少しあきれたような顔で、
「そなた、東京に戻ってから、輝仁と一緒に遠出をしたことがないだろう」
と言った。
「1年近く離れて暮らしていたのだ。たまには、一緒に過ごしてやれ」
(そういえば……)
一緒に暮らしている異母弟の輝仁さまは、この9月で学習院初等科の6年生になった。私が学生だった頃は、一緒に過ごす時間もそこそこあったけれど、今は私が仕事をしている。以前は必ず朝と夕の食事は一緒にとっていたけれど、当直勤務があるので、その機会も少し減っている。
「わかりました、お父様。……高野さん、それで大丈夫ですか?」
もう一度高野さんの方を振り向くと、
「はっ。手配させていただきます」
高野さんは私に最敬礼した。
こうして、私と輝仁さまは、飛行場開設の記念式典に出席することになったのだけれど、まさかそこで、日本の航空の発展を加速させる事件が発生するとは、神ならぬ身の私には予見できなかったのである。




