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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第24章 1898(明治31)年霜降~1899(明治32)年夏至
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閑話 1899(明治32)年春分:ちびっ子たちの決意

※振り仮名ミスを訂正しました。(2020年3月6日)

 1899(明治32)年4月1日土曜日、午後3時。

 麻布区麻布鳥居坂(とりいざか)町にある、久邇宮(くにのみや)家の屋敷。その一室には、学習院初等科の第5学年と第6学年に属する、5人の小さな王殿下たちが集まっていた。年齢の近い彼らは、学習院でもとても仲が良く、余暇の時間でも誰かの家に集まって遊ぶことが多かった。

「へぇ、そういう事情だったのか」

 腕を組んだのは、北白川宮(きたしらかわみや)家の継嗣である、北白川宮成久(なるひさ)王だった。この5人の中で、彼だけが、学習院初等科の6年生である。

「昨日、輝久(てるひさ)が桂閣下にこっぴどく叱られていたのは知っていたけれど、本当はもっと危ない話だったんだな」

「そうなんだよ、(なる)兄上。情けない話だったんだけど」

 成久王の1学年下の弟、北白川宮輝久王が、そう言ってしょげる様子を見せた。

「僕も、山本閣下に怒られた」

 一昨日の騒動に、輝久王と一緒に巻き込まれた有栖川宮(ありすがわのみや)栽仁(たねひと)王も、ため息をついた。「反論してみたんだ。うちの父上、自転車で遠乗りに行く時、速度を出し過ぎて、よくお付きを置いて行っちゃうから、それは咎めなくていいのか、って。でも、“御父上は、きちんとご自身を守る術を心得ておいでです。殿下とは違うのです!”って、山本閣下に更に怒られちゃった。確かに、僕、剣術もそんなに得意じゃないからなぁ……」

「けど、姉宮さま、すげぇなぁ」

 久邇宮(くにのみや)稔彦(なるひこ)王が、目を輝かせながら言った。「暴漢、3人とも倒しちゃったんだろ?」

「うん。仕込み傘を抜いて立ち回ってた姉宮さま、すごくカッコよかったし、綺麗だったよ」

 栽仁王がニッコリ笑う。

「それなのに、“お嫁に行けないから、今日のことは内緒にして欲しい”っていうのは……なんで?」

 稔彦王と同年の異母兄弟である、久邇宮鳩彦(やすひこ)王が首を傾げると、

「多分、うちの馬鹿な父上と兄上みたいな軟弱な男たちに、怯えられてしまうって思ったんだろうな」

と成久王が答えた。

「怯えるわけがないじゃないか。あんなにお優しいのに」

 輝久王が言うと、

「だよねぇ」

「本当、うちの兄上たちみたいな馬鹿なんて、気にしなくていいのになぁ」

栽仁王と稔彦王がそれに同調する。

「華族女学校でも主席だし」

「馬術も、皇太子殿下ほどじゃないけど、できるんだよな」

「それに、西洋式の舞踏もお上手だよ。僕の家に練習にいらっしゃるから、時々見かけるけれど……」

「一高の医学部に進学するんだよね」

「しかも、皇族だからって特別扱いされたくないから、一般の生徒に交じって受験するって、今年のお正月に言ってたよな。……本当に尊敬する」

 成久王、輝久王、栽仁王、鳩彦王、稔彦王の順に発言すると、小さな王殿下たちは、まるで、そこに尊敬する“姉宮さま”……増宮章子内親王がいるかのように、一斉に宙を見つめる。5人とも、頬を少し赤く染めていた。

 と、

「よし、決めたぞ!」

北白川宮成久王が、右の拳を固めながら言った。

「どうした、成兄上?」

 輝久王が不思議そうな目で兄を見ると、

「おれ、幼年学校、試験をちゃんと受けて入る。兄上みたいに、無試験で入るなんて馬鹿な真似はしない。姉宮さまみたいに、正々堂々、試験を受けて合格して、幼年学校に入る」

と、成久王は、力強く断言した。

「僕も……頑張る」

 その横で、栽仁王も決心したように頷く。「僕、今度は姉宮さまを守れるようになる。だから僕も、海兵士官学校、実力で試験に受かって入学する。それに、剣道も頑張るんだ」

「俺もだ、栽仁。俺も、海兵士官学校、実力で入学してやるぜ!」

 輝久王も元気よくこう言った。

「僕も、幼年学校に実力で入るもん!」

「俺も!」

 鳩彦王と稔彦王も、目を輝かせながら頷く。

「よーし、そうと決まれば、姉宮さま目指して、皆で頑張るぞ!」

 一番年長の成久王の叫びに、残りの4人は「おう!」と拳を一斉に掲げたのだった。


 一方。

(ふむ……なるほど、そういうことだったか)

 5人の王殿下たちが気勢を上げている部屋。そのすぐ外の廊下に、軍服を着た小柄な男性が佇んでいた。久邇宮家の教育顧問を務める、国軍参謀本部長の児玉源太郎歩兵少将である。

 心当たりのある報告は、昨日、彼の元に入っていた。一昨日、皇宮警察が、3人の白袴隊を花御殿の近くで捕縛した、というものである。ただ、襲われたのは皇族ではなく、通りすがりの小学生という話になっていた。

(増宮さまが、輝久王殿下と栽仁王殿下を襲おうとした白袴隊3人を、実力でねじ伏せられた。恐らく、昨年差し上げた仕込み傘を使われたのだろう。そして、“お嫁に行けなくなるから内緒にして欲しい”という理由で、王殿下たちにも、この件に関わった皇宮警察の職員にも緘口令を敷かれた、と……。理由には満点を差し上げる訳にはいかないが、結果としては、最良の結果となったな)

 白袴隊の者も、皇族が、護衛やお付きも付けずに歩いていたというのは予想外だっただろう。下手をすれば、不敬罪に問われてしまうと分かれば、彼らも輝久王と栽仁王を襲う真似はしなかったはずである。この件はこのまま、彼らが襲おうとした相手はただの小学生だった、として処理するのがよさそうだ。やんちゃ盛りの王殿下たちにも、今回の件は、良い薬となっただろう。これで、お付きの者を振り切って逃げ出すようなことはなくなるはずだ。

(それにしても……)

 児玉参謀本部長は、目を細めた。どうやら、今回の件は、小さな王殿下たちを発奮させることにもつながったようである。

(対露戦のことも考えていかねばならないが、殿下がたのお気持ちにも、桂さんと権兵衛と共に、出来る限り応えていかなければな……)

 鍛えれば、将来の皇室のよき藩屏になるだろう。そうなるように、教育顧問として、小さな王殿下たちを教え導いていかなければならない。王殿下たちの成長した姿を脳裏に思い描き、児玉参謀本部長は満足そうに微笑んだのであった。

※「僕の父上が~」云々は、「威仁親王行実」から。威仁親王、“千代田”艦長時代の逸話に依ります。しかし、親王殿下の自転車が速すぎてか、それともついて行く人の自転車の技量が余り良くなかったのか、親王殿下に自転車でついて行った人は、親王殿下に数時間遅れてしまい、汽車で後を追ったらしいです……。ちなみに、神戸から自転車で京都・奈良・吉野まで(!)行ったということですが。


※軍関係の教育機関については余り考えていませんでしたが、旧陸軍系・旧海軍系で、何となく前の制度を踏襲していると思われます。大学校は恐らく“国軍大学校”一つにまとめられていると思いますが、ご容赦いただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] あとがきエピソードとか見るに 蹴り姫の武勇伝ほどじゃなくても史実の人々も対外普通じゃないですよね 鍛えまくってる護衛官がついて行けない速度と持久力ってどんなだ……
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