名乗り
1897(明治30)年8月31日火曜日、午後4時。
「そうでしたか……」
節子さまは、私と兄の話を聞き終わると、沈鬱な表情のまま言った。兄は、私たちの実の母親がお母様ではないことを、節子さまに話すことを渋ったのだけれど、私の主張で折れた。
――私には、あの嵐の時、話すように説得したじゃない。“考えや思いを心の内に秘めてしまうと、あらぬ方向に考えが飛んで、お前自身を傷付けてしまう”って。
兄を軽く睨み付け、
――こっちは、すっごく勇気が要ったんだからね。前世の無様な失恋を人に話すなんて……。
と耳打ちすると、兄は苦笑して、
――なるほど、いずれは節子も知ることだ。己を己で縛っておれば、あの時のお前と同じように、こじらしてしまうかもしれんな。
と、私の頭を撫でた。
――節子、辛い話になってしまうかもしれないが、俺たちの話を聞いてもらってもよいか?
――もちろんです。私、嘉仁さまのお力にも、章子お姉さまのお力にもなりたいですから。
兄の質問に、節子さまがしっかり頷いたので、私と兄は、さっき皇居でお父様とお母様から聞かされた事実を、節子さまに話した。“聞いているのが辛くなったら止めるから言って欲しい”と前置きして話し始めたのだけれど、節子さまは途中で遮ることなく、時折相槌を打ちながら私たちの話を聞いてくれた。
「嘉仁さまと章子お姉さまの気持ち、少しだけ、分かるような気がします」
節子さまは少し言葉を置くと、「私も、側室の子ですから」と付け加えた。
「そうなの?」
それは知らなかった。
「私は側室の子だと告げられた時には、とても辛かったです。今も、“なぜ側室の子が、皇太子妃になるのだ”と言う人もいて……」
そう言ってうつむいた節子さまに、
「そんなこと言う奴、今度いたら私に教えて、節子さま。ぶっ飛ばすから」
「ああ、何か言われたら、すぐに俺にも言え。俺の妻になるのはお前だけだからな」
私と兄は力強く断言した。
「ありがとうございます、お2人とも」
節子さまは、私たちに一礼すると、
「でもね、私の実のお母様は、私に余り会ってくれないんです。多分……お父様の正室ではないから、遠慮してしまっているのだと思います」
と、寂しげに言った。
「そうなのか……」
兄が辛そうに言うと、
「だから……だからこそ、私、お母様の名前がお分かりになるのなら、ちゃんと会うべきだと思います」
節子さまは顔を上げ、しっかりした声で言った。
「そうか……」
兄は両腕を組んで、視線を床に投げた。
(確かに、節子さまの言う通りだ……)
もし、私と兄の実の母親が生きているならば、一度は会っておくべきだろう。
「章子、お前は、自分の実の母親が、どこにいるかわかるか?」
「見当もつかない」
兄の問いに、私は首を横に振った。大山さんに聞いたら、すぐに分かるだろうけれど、私事に中央情報院を使う訳にはいかない。しかも、朝鮮の前国王の死が発表されて、半月も経っていない今、中央情報院は情勢の分析で忙しいはずだ。
(そんな時に、大山さんの邪魔をしちゃいけない……)
「そうか……俺の方は、心当たりがあるのだ」
「?!」
私は目を丸くした。
「ど、どこにいるの?兄上の本当の母上は?」
尋ねると、
「恐らく、早蕨典侍だ」
兄は短く答えた。
「さ、早蕨典侍って……宮中の女官じゃない!」
宮中……特に、お父様とお母様の側近くに仕えるのは女官が大半だ。早蕨典侍は、新樹典侍とともに、その女官たちのトップを務めている。私も何度か顔を合わせたことはあるけれど、お父様にはもちろん、お母様にも忠実に仕えている印象がある。
「確か、先年亡くなった、柳原前光伯爵の妹だと聞いたことがある。それにな、今から思い返すと……俺が参内した折にすれ違うと、俺をじっと見ていたことが何度かあった」
「それ……兄上のこと、見守ってたんだよ」
私は兄に言った。「お母様がいるから、母親だって名乗り出られなくて、でも、兄上のことが心配で……」
「もしかしたら……」
節子さまが口を開いた。「皇后陛下にご遠慮されているのもあると思いますが、宮中の秩序が乱れることを嫌っておられるのかもしれません」
「そうか、正室と側室の争いって、よくあることだもんね」
戦国時代でも、江戸時代でも、いや、“妻と愛人”に置き換えれば、私の生きていた時代でもありがちなことだ。
「皇后陛下もご聡明ですし、早蕨典侍も和歌の名手と聞いたことがありますから、きっと、頭の良い方なのでしょう。正室と側室で相争い、宮中の秩序が乱れることを恐れて、母親としての役割を、皇后陛下に全てお任せしたのかも……」
「頭では分かるが、節子」
兄が苦笑しながら、首を横に振った。「産みの母なのに、俺に遠慮をして欲しくはない」
「はい、……私もそう思います、嘉仁さま」
節子さまは頷いた。とても気持ちのこもった言葉だった。
「産みの母と分かったのだから、早蕨典侍と、一度きちんと話をしたいが……」
兄は私に視線を向けた。
「章子、お前はいいのか?」
「いいのかって?」
「お前は産みの母に、会わなくてもいいのか?」
「そりゃ、会いたいけどさ……兄上の方がまず優先だよ」
私は微笑した。「どこにいるのか見当もつかない。それなら、兄上が早蕨典侍と会う方が先」
「しかし……」
眉をしかめる兄の耳元に、私は口を近づけた。
「ほら、兄上、私、前世の母のことも覚えてるからさ。母親が2人から3人になっても、どうということもないというか……」
私に前世があることは、節子さまにはまだ内緒だ。耳打ちすると、兄は「しょうがないな」とため息をついた。
「では、早蕨典侍と会おう。章子、節子、……その時は、一緒にいてくれるか?」
「了解、兄上」
「かしこまりました」
兄の声に、私と節子さまは同時に返答した。
1897(明治30)年9月19日日曜日、午後3時。
花御殿の応接間の椅子には、早蕨典侍、こと、柳原愛子さんが座っていた。今日は、“兄のご機嫌伺いに、お母様から派遣された”、という体を取っているので、彼女は鈍色の袿に、萱草色の袴と、宮中女官の喪中のスタイルだった。
その前に、制服姿の兄と、桃色の着物に海老茶色の女袴を付けた節子さまがいる。
お母様に仕立ててもらった梨の花の着物に、群青色の女袴を付けた私が、4人分の緑茶をお盆に乗せて応接間に入ると、早蕨典侍は目を丸くした。
「増宮さま御自ら、お茶を出していただけるとは……」
「自分で出来ることは、自分でするようにしています」
恐縮する早蕨典侍に、私は微笑んだ。「兄上と節子さまにとってもですが、私にとっても大事なお客様ですから、もてなすのは当然です」
お茶を出すと、私は廊下に控えている侍従さんに人払いをお願いして、節子さまの斜め前にある椅子に座った。
「……早蕨典侍」
人の気配が無くなると、意を決したように、兄が口を開いた。「俺を産んでくれたのはあなただというのは、本当か?」
「はい……」
早蕨典侍は小さく頷いた。「皇后陛下に、“きちんと話をして参れ”と言われました」
そして、早蕨典侍は静かに話し始めた。
「私が皇居に上がったのは、11の時でございます。そこから、お上の側に仕えることになりました。皇太子殿下の他に、2人の御子を授かりましたが……、どちらも、身罷られました」
(おう……)
私は小さくため息をついた。確かに、お父様の子で無事に成人したのは、兄が初めてなのだ。もしかしたら、早蕨典侍が産んだもう2人の子も、“史実”の私と同じように、鉛中毒で亡くなったのかもしれない。
「皇太子殿下には、こうして名乗り出ることはないと思っておりました。皇太子殿下がお生まれになった時には、皇太子殿下は、陛下のただお一人の男の御子……ご無事に成長なされば儲君となって、皇后陛下のご養子になるしきたりでございます。それに、二位局さまと、先年亡くなられた中山忠能さまが、里親として殿下を育てられていました。……私は、ただ腹を痛めただけです。しきたりがある以上、親として名乗り出るなど、もってのほかでございます」
「……」
兄は黙って、早蕨典侍の話を聞いていた。
「ただ、皇太子殿下がお健やかにご成長されていればそれでよい、と……そう思っておりました。それが私にとっては、当たり前のことでございますから」
「それで、俺のことを見守っていてくれましたか」
早蕨典侍は、黙って兄に頭を下げた。彼女の眦には、涙が光っていた。
(だよねぇ……)
平民の家庭なら、余程の事情がない限り、親と子は一緒に暮らすのだ。
でも、宮中では、天皇とその子は、離れ離れに育てられる。
いくらしきたりだと頭で言い聞かせても、母親の心のどこかには、それを否定する気持ちが沸き上がる。子供が可愛いと思う母親なら、それは自然なことだろう。
「……頼みたいことが、あります」
兄が口を開いたのは、応接間にたっぷり沈黙が流れた後だった。
「まだ、信じられないのです、産みの親がお母様でないということは。ですが、俺なりに、けじめはつけておきたいと思うのです」
「けじめ?」
節子さまが目を見張った。「嘉仁さま、まさか……」
「節子、典侍を母と呼ばぬなど、どうしてできようか」
兄は節子さまに微笑を向けた。「お父様やお母様の前では、どうしても侍従や他の女官の目がある。二位局のように、しきたりをやかましくわめく者もいるだろう。だが、このような、気のおけない者しかいない席では、俺はあなたのことを、……母上と呼びたい」
早蕨典侍は、兄に黙って一礼した。
「母上……未熟者の息子ですが、以後、よろしくお願いいたします」
兄が背筋を正して、頭を軽く下げると、
「もったいないお言葉を……」
早蕨典侍の声が震えた。
「よかった、です」
早蕨典侍が「皇后陛下から、ドイツからのお言伝、と言って増宮さまに渡すように言われました」と私に文箱を渡して応接間から出た後、節子さまが呟いた。
「うん、良かった」
私も頷いたけれど、
「いや、まだ良くない」
兄がこう言ったので、私は首を傾げた。
「どうしたの、兄上?もっと押した方が良かった?早蕨さんに、私付きの女官になってもらって、花御殿に住んでもらうとか……」
そう言うと、
「違う」
兄は首を横に振った。
「お前の母親のことだ。俺の方を先にしろと言うから、こちらを先にしたが、対面を果たした今、今度は章子が優先だぞ」
厳しい表情で言った兄は、「お前の母親の見当はついたのか?」と更に私に尋ねた。
「ううん」
恐らく、フリードリヒ殿下からの手紙が入っているであろう文箱を抱えたまま答えると、兄は急に私の左腕を掴み、身体を近付け、
「武官長に探してもらえばよかろう」
私の左耳に口を寄せて囁いた。
「ダメだよ。今は朝鮮とロシアのことがあるから」
「そちらは落ち着いたと、今月の梨花会で言っていたではないか。黒田総理も帰ってきたから、業務も減って、武官長はいつも通りに花御殿に来ているのに」
「それでもダメ。私事に大山さんを使いたくない」
「お前の臣下であってもか?」
「この国に必要な人でもある。主君として、臣下の仕事を邪魔したくはない」
そう小声で答えると、
「妙なところで頭が固いな、お前は」
兄は苦笑して、肩をすくめた。
「だから、これは私自身で調べるよ。でも、“千種”ってことは、もしかしたら、後醍醐天皇の時代の千種忠顕と関係ある家の人なのかなぁ」
その名前を、今生の歴史の教科書で見掛けた。ただ、私の前世の名字の“半井”も、森先生が言っていた“医家の名門の半井家”とは関係ないように、私の実の母も、千種忠顕とは関係ない人かもしれない。
「あの、章子お姉さま?」
節子さまが私に尋ねた。「章子お姉さまの本当のお母様のお名前は、何とおっしゃるの?」
「千種任子。“ちくさ”は千の種と書いて、“ことこ”は任命の任に、子供の子と書くんですって」
私は節子さまに顔を向け、両腕を組んだ。「調べなきゃなぁ。電話番号の一覧とか、紳士録みたいなものって、華族女学校にあるのかしら。それか、上野の帝国図書館とか?結構珍しい名字だから、同じ名字の人がいたら、片っ端から問い合わせれば、親戚にたどり着いて……」
と、
「私、聞いてみます」
節子さまが微笑した。
「へ?」
「父に聞いてみます」
私がキョトンとしていると、
「そうか、節子の父上か」
兄がニヤリとした。「宮中のことにも、公家のことにも明るいだろう。章子の母親のことも知っているに違いない」
(そうでした……)
節子さまのお父様は、あの五摂家の一つ、九条家の当主・道孝さん。しかも、亡くなった皇太后陛下の弟でもある。宮中や公家出身者のことについては、たくさん情報を持っているに違いない。
「じゃあ節子さま、大変申し訳ないけど、私の本当の母のこと、お父さまに聞いてもらっていいですか?」
「もちろん。任せてください」
節子さまは頷いて、花御殿から帰っていった。
そして、数日後、9月24日金曜日。
「章子お姉さま!」
華族女学校の授業を終え、帰宅寸前の私に、節子さまが走って追い付いた。
「分かりましたわ!」
そう言って、彼女が告げたことは、私が想像だにしていなかったことだった。
「嘘でしょう……?」
「いいえ、間違いないって、父が」
「そう……」
私は顔をしかめてうつむいた。
(まさか……あの時の二位局の言葉は……)
思い返していると、
「章子お姉さま?」
節子さまが、心配そうな表情で私を見つめていた。
「ありがとう、節子さま。お父さまによろしく伝えて下さい」
私は慌てて笑顔を作ってお礼を言うと、帰宅を急いだ。
花御殿に戻ると、出迎えた侍従さんに、花松さんを居間に呼ぶように伝えた。
「増宮さま、これから、剣道の稽古では……」
「今日は行きません。休むと御学問所に伝えてください。お願いします」
私の言葉に、侍従さんは頷いて、命令を果たすべく去っていく。私も居間に入って、自分の準備を整えることにした。
「参りましたが……」
花松さんが私の居間に現れたのは、私がランドセルを背中から外してすぐのことだった。
「いかがなさったのですか?これから、剣道の稽古だと思いますが……」
「今日は休むことにしました。……椅子に座ってください」
私が椅子に座ると、花松さんも戸惑いながら、私の言葉通りに椅子に腰かけた。
「先日、参内した折に、あることをお母様から聞きました」
私は、わざと花松さんから視線を外してしゃべり始めた。
「私は、お母様が実の母親だと思っていました。しかし、そうではなく、私はお母様の養子で、実の母親は千種任子という人だと聞きました。……誰のことだか分からなくて、節子さまに調べてもらいました。それで、やっとわかったんです。それが誰かということが」
私は、私の前に座っている女性を見た。彼女の顔は青ざめていた。
「千種任子、女房名は花松権典侍……」
前に座った人の身体は、小刻みに震えている。顔は青ざめたまま、半開きになった口はこれっぽっちも動こうとしない。
「ねぇ……そうなんでしょ、母上!」
とうとう我慢しきれなくなって、私は叫んだ。




