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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第19章 1896(明治29)年白露~1897(明治30)年小寒
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医科研の求人(1)

 1896(明治29)年11月21日土曜日、午後2時。

「はー、やっぱり、医学の話をする方が落ち着くなあ」

 花御殿の自分の居間で、私がお茶を飲んでほっと息をつくと、

「は……」

軍服を着た若い男性が、緊張した表情で私に頭を下げた。秋深いこの時期でも白い軍服を着ているのは、今の国軍では、医療関係の部署に配属されている者だけだ。

「あの、(はた)先生」

 私は呼びかけて、少しでも彼の緊張を解こうと、微笑を作ってみた。「そんなに緊張しなくてもいいですってば。北里先生や森先生からは聞いたと思いますけど、私の前世は平民で、医師免許を取ったと言っても、3か月しか働いてないんですから」

「しかし……」

 国軍近衛師団に所属する軍医少尉・秦佐八郎(さはちろう)先生は、顔を上げずに答えた。「あなた様は今生では、内親王殿下であらせられます。一介の軍医少尉が相対して、このように、親しく言葉を交わしてよいお方ではございません。しかも、お茶まで淹れていただきまして……恐縮の至りでございます」

(堅物だなぁ……)

 私は秦先生に分からないように、軽くため息をついた。

 秦佐八郎先生。“史実”では、梅毒などに効くサルバルサンという薬の開発者として知られる。それだけではなく、原さんによると、ペストの防疫にも尽力し、実績をあげたということだ。

 彼が近衛師団付きの軍医になり、森先生のビタミンBの研究を手伝い始めてから、医科分科会に出席するよう、ずっと要請していた。ところが、彼は、“ちゃんとした成果も出していないのに、出席をするのは(はばか)られる”と言って、参加を固辞し続けた。そして、彼と森先生、高峰先生が共同執筆した、牛の副腎抽出物を壊血病モルモットに与えると治癒できるという内容の論文が、先々週届いた“ドイツ医事週報”に掲載されたので、ようやく私の参加要請に応じてくれたのだ。

「秦君」

 同じく、軍服姿の森先生が、秦先生の肩を軽く叩いた。「増宮さまは堅苦しいのがお嫌いなのだ。この場では同じ立場の医学者同士、ざっくばらんに話し合ってもらわねば」

「しかし、森大佐どの……」

 顔を上げた秦先生は、心底困ったような表情を森先生に向けた。切れ長の目が歪んでしまっている。

「よいのではないですか、森先生?ご本人が、きっちりした方が話しやすいというなら」

 三浦先生が、暖かい微笑を顔に浮かべながら言った。

「ですな、仕方ないでしょう」

 北里先生も頷いている。ベルツ先生も黙って首を縦に振っていた。

「はぁ……じゃあ、しょうがないですか。でも秦先生、意見があれば、階級だの身分だの気にしないで、遠慮なく言ってくださいね」

 私がそう言うと、

「かしこまりました。お心遣い、深謝いたします」

秦先生は私に最敬礼した。

「……ところで、最初に確認しておきたいんですけれど、秦先生は、兵役期間が終わったらどうするんですか?」

 秦先生は、志願兵として国軍に入ったので、兵役に就かなければならない期間は1年間だそうだ。来月でその期間が明けるけれど、一体彼はどうするのだろうか。

「可能であれば、医科研に入らせていただいて、このまま森先生の研究を手伝いたいのです」

 秦先生は固い表情で答えた。「防疫にも興味があります。その仕事も、機会があればしてみたいのですが」

「よかった」

 私はホッとした。「東京に残ってくれるんですね。三重の森先生にはフラれちゃったから……本当に良かった」

 三重の森正道先生……“脾疳”、すなわち、私の時代で言うビタミンA欠乏症の論文を、4月に発表した人だ。帝国大学を出てからドイツに留学して、今は三重県に住んでいる。上京して医科研に加わるよう、北里先生やベルツ先生から再三要請してもらったのだけれど、断られてしまった。“養子として森家を継いで、医院を開業しているので、それを畳むわけにはいかない”と言うのがその理由だった。

 と、

「どうなさいました、梨花さま?」

隣に座っている大山さんが、私に声を掛けた。

「いや、“家”って、難しいな、って思って」

 私は大山さんに答えると、軽くため息をついた。もし、私が前世で死なないで、医師として働き続けていたら、実家の診療所のことも、少しは考えなければいけなかっただろう。まぁ、兄2人のうち、どちらかが診療所を継いでくれたのだろうとは思うけれど、2人とも“継ぎたくない”と言ったら、私が継承しなければならない訳だ。三重の森先生の場合、“家を継がなくては”という思いは、前世の私よりはるかに強いだろう。

「まぁ、しょうがないか。脾疳の研究について、出来る限りのことはするって、三重の森先生も言ってくれたから、私たちも出来ることをやらなきゃ」

 微笑して一同を見渡すと、森先生がぼんやりしているのに気がついた。

「森先生?」

 返事がなく、森先生は遠くを見つめたままだ。何度か繰り返して呼ぶと、彼はようやく返事をしてくれた。

「どうしたんですか、ぼーっとして。体調が悪いですか?」

「いえ、何でもありません。……少し、別のことを考えておりまして」

「そうですか……何を考えてたの?」

 すると、森先生は目を伏せた。

(あ……)

「ごめんなさい。聞かないことにします」

 私は苦笑しながら右手を軽く振った。誰にだって、踏み込まれたくない心の領域というものがあるのだ。そのエリアを、私は大山さんに散々覗き見されてしまっているから、プライバシーに対する感覚がおかしくなってしまったようだ。

(全く……先月もらったフリードリヒ殿下の手紙も、大山さん、内容を把握しちゃってるんだろうな)

 ふと、そんな思いが頭をよぎった瞬間、

「梨花さま?」

当の覗き見の犯人が、私に微笑を向けた。

「何よ」

 すると、大山さんは私の耳元に口を近づけ、

「フリードリヒ殿下のことを考えておいでですか?」

と優しい声で囁いた。

「っ?!な、何言ってんのよ!」

 大山さんを睨み付けたけれど、私の有能な臣下は、優しくて暖かい瞳を私に向けて微笑むばかりだ。

「……考えてないわよっ」

 ベルツ先生達に聞こえないように、小さな声で返すと、

「いえ、考えておいででした。顔に書いてあります」

大山さんも同じように囁き返す。

「……出ないようにしてたよ?」

「ええ、だんだん、出来るようになっておられます。そこは、梨花さまがご成長された部分だと思います。ですが……」

 そう囁いて、大山さんはにっこり笑った。「これ以上はやめておきましょう。皆様、不思議そうに梨花さまを見ておられますから」

「?!」

 一座を見渡すと、医科分科会のメンバー全員が、私をじっと見つめていた。みんな私に熱い視線を注いでいるのは、気のせいだろうか?

「あー、すみません。何でもありません。ええ、ええ」

 私は咳払いをすると、「じゃあ、始めますか」と、笑顔を慌てて振り撒いた。

 

 ここ最近の医科分科会の話題は、放線菌やアオカビを大量に培養するための技術についてだ。去年の4月の段階では、ベルツ先生をわざと除外して、大量培養について話し合っていたのだけれど、後で大山さんと相談して、ベルツ先生や、他の医科研メンバーにも、大量培養の研究そのものについては隠さないことに決めた。ただし、将来、生産拠点を海外に移した時のリスクや、ペニシリンが有力な軍需物資になりうる可能性など、国家機密につながりかねない点は秘匿しておくことにした。もちろん、大量培養の技術開発そのものについては、完成すれば、莫大な特許料を得られる可能性が高いので、医科研の機密事項になっている。

「大阪の石神先生から、一昨日手紙が届きましたが……」

 北里先生が話し出す。石神先生は、高峰先生と大量培養装置を開発するため、昨年の秋から、研究拠点を大阪の医科研の分室に移していた。

「装置の原案については出来上がってきつつあるようです。ただ、液体培地での培養条件の調整に難航しているそうで」

「なるほど……」

 今まで寒天などを利用した個体の培地で培養していたものを、液体で培養するのだ。恐らく、個体の培地では考えなくてよかった、液体の中に存在できる酸素の量などの調整が、なかなか難しいのだろう。

「ただ、問題は石神先生がいつ東京に戻って来るかでして……」

 北里先生はそう言って、顔をしかめた。

「高木先生と浅川先生の仕事量が多くなりすぎて、新規の抗生物質の拾い出しが遅れそうなのですよ」

「うーん……あちらを立てればこちらが立たずか……」

 私は頭を抱えた。彼ら2人には、シズオカマイシンやリファンピシン、ペニシリンなどを、細々と生産してもらっている。幸い、薬剤の値段自体が今は非常に高いので、需要は多くはないけれど、石神先生が担当していた仕事も引き継いでいるので、仕事の進捗が遅くなっているのだ。

(新しい抗生物質を見つけるのも、金本位制を達成させる手助けになるんだっけ……)

 私は、先週の梨花会で、松方さんに言われたことを思い出していた。

――今、医薬品や医療機器などの売り上げや特許料は、我が国の国庫を潤しております。是非、新しい医薬品や医療技術を、医科研には今後も開発していただきたい。

 松方さんが、先週の梨花会でこう言っていたので、医科研がらみの収益がどれほどになっているかを確認したら……とんでもない額になっているのが分かった。特に、エックス線装置が開発され、特許が取られてから、急激に収益が伸びたらしい。

――恐らく、エックス線装置の昨年度の収益だけで、帝国大学がもう一つ建設できます。

 そう松方さんに言われて、腰を抜かしそうになった。

 また、医科研だけではなく、産技研関係の収益も上がっており、外国人観光客も“史実”より増加しているので、観光による外貨獲得量も上昇している。

――更に、伊藤さんによると、日清戦争が起こっておりませんから、“史実”で発生した物価上昇が起こっておりません。しかも、日清戦争の賠償金が取れないことを見越して、“梨花会”が作られた直後から、日本銀行の資金を運用し、手持ちの金貨準備量を約3000万円から7000万円に増やしております。“史実”では、金貨で受け取った日清戦争の賠償金の一部と合わせ、1億円弱の金貨準備量を持って金本位制の実施に踏み切ったそうですが、物価も加味すると、国家予算の黒字分を金貨獲得に回せば、現時点でも金本位制の実施は可能かと。

 松方さんにはこう説明されたけれど、私を含めた出席者のほぼ全員が話を理解できず、

――とりあえず、今の時点では、金本位制にすれば、戦時公債の発行が容易になるということと、貿易赤字が多量に発生する事態になったり、世界大戦等で、通貨の金への交換が行えない事態が発生したりすれば、金本位制を捨てなければならない、ということを御理解いただければと思います。

と高橋さんが教えてくれて、無理やり納得したのだけれど……。

(ていうか、巨額の資金を数年で2倍以上に増やすって、松方さん、どんだけ凄まじい運用をしたんだろう……)

 松方さんの手腕に、改めて震え上がっていると、

「それで、私も高木先生たちの仕事を手伝おうかと迷っているところでして……」

北里先生がこう言って、大きなため息をついた。いつも静かな自信に満ちている先生の姿が、今日は少し小さくなっている気がする。

「いや、そうなると、破傷風とジフテリアの血清の生産はどうするんですか?」

 私は思わず、北里先生に食って掛かった。破傷風とジフテリア……私の時代でも、血清が治療に必要な病気だ。北里先生には、医科研の所長をしてもらいながら、その生産についても担当してもらっているのだけど……。

「そうなのです、それが問題でして」

 北里先生は、またため息をついた。「助手がいれば、血清生産の方は何とかなりそうですが、秦先生に向いている仕事ではなさそうですし……」

「志賀君が、この年末に大学を卒業したら、医科研への就職を希望していますが……石神先生が抜けた分も、可能なら、人を補いたいところですね。まだまだ、人材は必要です」

 三浦先生も、穏やかな表情を曇らせた。東京帝大に在学中の志賀潔さんは、“史実”では、赤痢菌を発見したことで知られるけれど、この時の流れでは、まだ大学生の身ながら、アルコール濃度と殺菌の関係についての論文を発表したり、緒方先生や秋田の田中先生と一緒に、ツツガムシ病の研究をしたりと、医学の発展に貢献している。彼が医科研に加われば、相当な戦力アップにはなるけれど、……それがあっても、医科研には研究者が足りないのが実情なのだ。

「京都帝大の方も、まだ卒業生は出ていないからなぁ……」

 私が両腕を組むと、

「医術開業試験の合格者はどうでしょうか?」

と大山さんが提案した。

「ああ、そうか。野口英世さんって、“史実”では、そろそろ医術開業試験に合格する頃よね」

 野口英世。私が生きていた時代では、千円札の肖像画にも選ばれていた医学者だ。幼少時に左手に大やけどを負い、手術によって、やけどで癒着した指を分離できたことに感激して医師を目指した。そして、蛇毒についての研究や、梅毒スピロヘータについての研究を行い、最後は黄熱病の研究中に、黄熱病に罹患して亡くなった。確か彼は、医術開業試験の合格者だったはずだ。しかも、そろそろ合格してもおかしくないタイミングである。

「探してみる価値はあるかな」

 そう言うと、大山さんが、

「では、内務省に問い合わせてみましょう」

と言った。普段は優しく暖かい瞳が、一瞬だけ鋭く光った。……この様子だと、内務省に問い合わせるだけではなく、中央情報院の方も使いそうだ。それなら、野口さんがどこにいようとも、必ず見つけ出せるだろう。

「頼むね、大山さん」

 私の言葉に、大山さんは頷いた。

 そして、それから1週間ほどたった11月の末、野口さんはあっさり見つかったのだけれど……。

「何でそんなところにいるの?!」

「どうやら、上京してから覚えてしまったようでして……原によると、“史実”でも、そのような癖があると聞いたような気がする、と」

 大山さんがため息をついた。

「二十歳になるかならないかで、医術開業試験の前期試験に受かった、ってことだから、間違いなく優秀なんだろうけど……」

 私も大山さんと同じぐらい、深いため息をついた。確かに、“史実”の野口さんについては、業績を少し知っていたぐらいの知識しか私も持っていなかったけれど、まさか、こんな人物だったとは……。

(イメージが思いっきり崩れたんですけど……)

 でもこれは、彼に関して、表面的で一方的な理解しか出来ていなかった、前世の私が悪い。とはいえ、原さんのことを初めて知った時とは、別の方向からの衝撃を食らって、頭が現実になかなか追いつけなかった。

「今はこちらの場所に、入り浸っているようです。梨花さま、会いに行かれますか?」

「……後学のためにも、一度行っておくか。野口さん、一回説教する方がよさそうだし」

「かしこまりました。では、直ちに準備させていただきます」

 

 ……こうして私は、野口さんのせいで、前世でも行ったことのない場所に行くことになってしまった。

 そう、花街に。

※医療関係の部署の国軍所属者が白地軍服……流石に陸上戦の時は、カーキ色や迷彩柄等に変わると思われます。

※エックス線装置の収益については、ご都合主義的に、かなり盛っております。あと、金本位制についても相当省略しています。ご了承ください。金貨準備量が約1億円弱……というのは、「公爵松方正義伝」の記述を参考にしました。

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