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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第16章 1894(明治27)年立冬~1895(明治28)年清明
112/798

関西旅行(1)

※時系列ミスがあり修正しました。(2019年8月9日)

※セリフミスを修正しました。(2019年8月11日)

 1895(明治28)年4月4日木曜日、午前6時10分。

(眠い……)

 新橋駅を発車した名古屋行き特別列車。上等車のロングシートに腰かけた私は、眠気と闘いながら、朝食用のお弁当を食べていた。普段ならまだ布団に入っている時間なのだけれど、今日は5時前に起床したから、頭がぼーっとしている。

「大丈夫か、章子?」

 右隣に座った制服姿の兄が、心配そうに私を見つめている。今日はまだ、私たちの周りに侍従さんたちしかいないので、“梨花”と呼ぶのは自重しているらしい。

「ああ、大丈夫、兄上。眠いだけ」

 そう言って、私はお茶を一口飲んだ。

 今日から華族女学校(がっこう)も東宮御学問所も、1週間の春休みに入る。その期間を利用して、私と兄は、京都で今月の1日から開催されている第4回内国勧業博覧会、通称“内国博”を見学に行くことになった。その他、2年前に開学した京都帝国大学や、大阪にある第4軍管区の司令部、そして高峰譲吉先生がいる医科研の大阪分室、鳥羽・伏見の戦いの戦跡を巡る予定だ。

「お弁当を食べ終わったら、寝る……」

「早速寝てしまうのか?」

「その方がいいよ、兄上……。大磯に着いたら、伊藤さんの拷問が始まるんだから」

 特別列車だから、名古屋までノンストップで走る……という訳ではない。実は、大磯で臨時停車する。東宮大夫兼、私の輔導主任である伊藤さんが、大磯から乗って来るのだ。今回の旅行には、彼が同行する。大山さんも、東京で用事を済ませた後、6日の夕方に京都で合流する手はずになっていた。

「こら、そんなことを言うな。議長に失礼だろう」

 兄が私を軽く小突く。

「お前が政治の話が不得手なのは、俺も承知しているがな。しかし、お前はあらゆる苦難から、俺を守るのだろう?」

「そのためには、政治を動かすための技量も必要……それはわかってるよ、兄上。でも、苦手なものは苦手だから、それと闘うために、英気を養うの」

「言うなぁ」

 兄は苦笑した。「では、俺の膝を貸してやろうか?」

「そこは節子さまのものだから遠慮するよ、兄上。寄り掛からせてもらえればいい」

 言うが早いか、お弁当を食べ終えた私は、兄の左肩に寄り掛かって、目を閉じた。

「では、俺もお前に倣って、議長が乗ってくるまで、少し休んでおくとするかな」

 兄の声が聞こえた次の瞬間、私は眠りの世界に身を委ねていた。気が付いた時には、列車の窓から、雪をかぶった富士山が大きく見えていた。

(変わらないな、富士山は……)

 最後に富士山が噴火したのは、確か江戸時代だから、今生(めいじ)の富士山と、前世(へいせい)の富士山は、山容はほとんど変わらないことになる。前世では、実家のある名古屋と大学のある東京を往復する度、車窓の富士山を確認するのが習慣だった。

 と、

「おや、目を覚まされましたか」

伊藤さんの声がして、私はぼんやり開けていた目を見開いた。

「い、伊藤さん、……ごめんなさい、おはようございます」

 慌てて身体を起こし、着物が大きく乱れていないかを確認する。今日は、豊田さんが新しい自動織機で織った薄緑色の無地の生地を使って仕立てた和服に、紺青の女袴を合わせていた。

「そうか、もう静岡県に入ってたんですね……1時間ぐらい寝てましたか?」

「いえ、わしが乗ってからずっとですから、3時間近くになりますか」

 私の向かいに座った、紺色のフロックコートを着た伊藤さんが首を横に振る。

「え……?」

 大磯から3時間あれば、流石に東海道線でも、富士山が見える場所なんて通り過ぎているのではないだろうか。そう思ったけれど、今が明治時代であることを考慮に入れていなかったことに気が付いた。周りを見ると、私と同じ空間には、伊藤さんと兄以外いない。

「侍従さんたちは?」

「大磯で、中等車に移動してもらいましたよ。ですから、この車両には、わしと皇太子殿下しかおりませぬ」

 伊藤さんが微笑む。「増宮さまが戸惑われている理由は、大体察しがつきましたが……」

「ええ、私の時代の感覚で考えてしまっていて……ごめんなさい」

 私は伊藤さんに頭を下げた。

「うーん、横浜のスイッチバックを無くしただけじゃ、列車の速度が上がらないですね……」

 鎌倉の前田家の別邸で、大隈さんと原さんを相手に、改軌論争について論じあったのは、今から3年前の夏だ。その直後の国会で、鉄道改軌に関する法案が成立し、現在敷設されている鉄道路線は、1912(明治45)年までに軌間を1435mmにすることが決まり、鉄道敷設法で決められている路線も1435㎜の軌間で敷設されることが定められた。官営鉄道線は、数年後の完了をめどに、徐々に三線軌条化工事を行い、古くなった車両を新しいものに更新するときに、広軌対応の車両に入れ替えることになった。

 鉄道改軌法案の成立の直後に、鉄道のルート変更を伴う、横浜駅のスイッチバック解消工事が始まった。用地買収に手こずったけれど、伊藤さんと井上さんが横浜の有力者に働きかけた結果、無事に交渉も終わり、神奈川と程ヶ谷(ほどがや)の間に短絡線が敷設され、その経路上、前の横浜駅から1kmほど新橋寄りの高島町に、新しい横浜駅が昨年末に開業した。元々の横浜駅は“桜木町駅”に改称され、引き続き、新橋から新しい横浜駅経由で横浜港に接続する鉄道駅として機能することになった。もちろん、神奈川―程ヶ谷間の短絡線は、日本初の三線軌条で敷設されている。

――主治医どのの話と、わたしの記憶を突き合わせると、横浜近辺の鉄道の経路は、国営鉄道に限って言えば、これがほぼ、最終形のようだな。しかし、主治医どのの時代には、ここに更に、私鉄が何本か接続するのか……。

 3年前の年末、鉄道改軌法案が成立したころに、原さんが横浜の地図を見ながらこう呟いていたけれど……。

「それでも、着実に前に進んでおりますよ」

 伊藤さんは言う。「もちろん、機関車や客車の改良も必要ですし、複線化や改軌も必要ですが……そこは、(しま)君に任せましょう」

(原さんに吐かせた人のことか……)

 ニヤリとする伊藤さんに、曖昧な微笑を返しながら、私は2年前の大磯での出来事を思い出していた。

 原さんに“史実”の記憶があることが伊藤さんに露見し、私が伊藤さんと原さんに、拷問を受け……ではなかった、古今東西の政治や外交のディープな話を聞かされている最中に、伊藤さんが、「そういえば、原君」と言い始めたのだ。

――君には、きちんと問いただしておかなければならない。君が知っていて、増宮さまが御存じないような事項をな。

――は……?

 やや大げさに首を傾げる原さんを睨み付けながら、

――鉄道……特に、大隈さんや後藤の側についた、鉄道院の技術官僚のことだよ。

伊藤さんは硬い声で言った。

――この時の流れでは、増宮さまに“建主改従”論を潰されたが、“史実”では、君が総理だった時に、“改主建従”論を完全に潰したようじゃないか。その直前に、改軌計画に関与していた、鉄道院の技術官僚が何人かいるはずだ。その者たちの名前を、教えてもらおうと思ってな。

――伊藤さん、あなたも“史実”では、わたしの論に賛成されていたはずですが……?

 不審の目を向ける原さんに、

――“史実”は“史実”、今は今じゃよ、原君。

伊藤さんは凄みのある笑みを見せた。

――確かに“史実”では、鉄道に関して、わしは君の論に賛成していた。しかし、この時の流れでは違う。増宮さまがおっしゃったことは的を得ている。安価で改軌ができるなら、真に日本の国力を発展させるためには、路線拡大ではなくて、まず主要幹線の輸送力の増大を考えなければならない。

――!

 表情を硬化させた原さんに、伊藤さんだけではなく、大山さんの鋭い視線まで突き刺さり、原さんの額には、冬だというのに汗が光っていた。

――“史実”の記憶を得た今、なおさらそう思うのだよ、原君。……さて、それを踏まえてだ、改軌計画に携わっていた鉄道院の技術官僚、めぼしい者の名前を教えてもらおうか。

 その時に、原さんが教えてくれたのが、島安次郎(やすじろう)さん……“史実”では、後藤さんの下で、広軌化計画を具体的に策定した人だったそうだ。

――元々、関西鉄道にいたはずだが、今はどこにいるのか……。

――関西鉄道にいるか、それとも、帝大あたりでしょうか。

 苦々しい表情で言う原さんに、大山さんは冷静に指摘し、東京に戻ると早速島さんを探し始めた。帝大工科大学の機械工学科に在籍しているのを見つけるまでには時間はかからず、彼は昨年大学を卒業すると、逓信省に採用された。同じく、原さんが名前を吐いた仙石(せんごく)(みつぐ)さんとともに、三線軌条化の計画や、広軌に対応した機関車や客車の開発に携わっている。

「私が生きていた時代には、新幹線を使えば、とっくに京都に着いている時間だから、まだ静岡県を抜けられていない、というのがもどかしいですけれどね……」

「それでも、ご一新の前は、鉄道すらなかったのです。それを考えれば、その日のうちに東京から京都に着く、というのは画期的なことですぞ」

「確かにそうなんですけど……」

 伊藤さんの言葉に、私はため息をついた。どうも、この時代の時間的な距離というものに、まだ慣れない。

「だけど、3時間も寝てたなら、兄上も起こしてくれてもよかったのに」

 唇を尖らせると、

「いや、お前の寝顔が可愛いから見とれていたら、つい、な」

兄がニヤニヤしながら言った。

「なっ?!」

「わしもご相伴に預りまして。……初めてお会いしたその時から、美しさが更に増している。本当に素晴らしいですな」

「ちょっ……!」

 伊藤さんの言葉に、私は顔を真っ赤にして立ち上がった。

「な、な、何を言うんですか、伊藤さん!大体、私の寝顔なんて、見とれるような価値なんて無いでしょう!」

 すると、

「ああ、目を覚ましている方が美しい」

兄が真面目な顔をして言った。

「は?!」

 目を瞠ると、

「かわいい、の方がよいか?」

兄は真面目な表情を崩さずに、私に尋ねる。

「あ、兄上の馬鹿っ……」

 私はプイッと顔を横に向けた。

「恥ずかしくなるようなこと、言わないでよ……」

「すまん、少しいじり過ぎたな。許せ」

 兄が私の頭を撫でた。

「やはりわたしでは、お母様(おたたさま)や武官長のようにはいかぬか」

 なぜか少し悔しそうに言う兄に、

「それでも、以前より増宮さまが、大分変わられているように思います」

伊藤さんが微笑みかけた。

「わしではこのようには参りません。あとは殿下のご修業次第でしょう」

「何の修業ですか、何の。何を言っているのか、さっぱりわからないけれど……」

 そっぽを向いたままの私が首を傾げると、

「わからずとも結構でございます。こういうものは、一番気が付かないのはご本人、と相場が決まっておりますからな」

伊藤さんはニコニコしながら頻りに頷いた。

「さて、少し早いですが、昼食に致しましょうか。休息で英気も養って頂いたことですし、昼食を取りましたら、増宮さまのお待ちかねの“拷問”と参りましょう」

「そんなの、待ってません。拷問を受けて喜ぶ趣味はないです」

 伊藤さんに抗議すると、

「おや、わしの話を“拷問”とおっしゃっておられたと聞きましたぞ?それゆえ、休息しておられたのでは……」

彼はこんなことを言いながら、ちらりと兄の方を見る。

(寝てる間にチクるなよ、兄上……)

 兄の方を振り返ると、兄は澄ました顔で私を見ていた。

「まあ、共に励もうではないか。俺も政治については、議長たちの前では赤子同然よ。まだまだ学ばねばな」

 そう言ってほほ笑む兄に、私は黙って頷くしかなかった。


「と言っても……話題と言えば、あれしかないんじゃないですか?」

 昼食用のお弁当を食べ終わると、私はぬるい番茶を啜った。この上等車には厨房設備が付いていないので、花御殿で淹れたお茶を水筒に入れて、あらかじめ持ちこんでいる。列車はちょうど、焼津駅を通過したところだった。

「あれとは、何でございますか、増宮さま?」

 伊藤さんがニヤニヤしながら私に尋ねる。

「もう、分かってるでしょう。朝鮮国王の退位ですよ」

 私は少しムッとしながら答えた。

 昨年の11月の初めに、朝鮮では閔妃が幽閉されたけれど、3月末になり、国王が退位して、閔妃との間の息子である王世子の李坧(りせき)に国王の位を譲った。

「どうせ、袁世凱と李鴻章さんの策略でしょうけれど……なんで今のタイミングで……」

「前の国王が傀儡として、使えなくなったかな」

 兄が腕組みして指摘する。「夫婦の仲がどうであったかは分からぬが、皇后を幽閉しなければならなかったのだ。例え、袁世凱の言いなりになっていたとしても、反発する気持ちもあっただろう」

「だから、より傀儡として使いやすい王世子に譲位させた……いや、王世子が聡明なら、その理屈は成り立たないよ、兄上。新しい国王が、逆に袁世凱の追い落としに掛かるかもしれない」

「増宮さまのご心配はごもっともですが」

 伊藤さんが兄との会話に割って入った。「新しい国王は全く優秀ではありません。それゆえ、袁世凱も前国王より操りやすいと見たのでしょう」

「ああ、そうなんですね」

 それならば、袁世凱が国王の首を挿げ替えた理由もわかる。

「だけど、そうなると、ちょっとまずい気がする」

 私は兄に言った。「このままだと、前の国王も、袁世凱に逆らおうとするよ。閔妃と連携しちゃう可能性もある。それは阻止しなきゃ」

「なるほど……“3本の矢”のようにさせてはならぬ、ということか」

「そう。一人一人は弱くても、結束したら強くなる。流石に、前国王とその皇后の言うことは、朝鮮の役人達も無視できないと思う。2人で一緒に何かやらかしてくれる前に、敵は各個分断して叩かないと」

「それは、わしと李鴻章どのの会談でも出た話題ですな」

 伊藤さんが頷いた。「それゆえ、あの2人は結び付かないように離間させると言っていました」

「離間か……一体どのように?」

「閔妃の気に入っている祈祷師を、買収したのですよ」

 兄の問いに、伊藤さんは静かに答えた。「閔妃はその手の儀式に熱中しております」

「あー……その祈祷師に、“前国王とは結託するな”というような偽のお告げを下させるんですね」

 私が言うと、「基本的な手ですが、効果は抜群だとか」と伊藤さんは言って、お茶を啜った。

「彼ら2人の間の連絡も、巧みに袁世凱が断っているようです」

「相変わらず、抜かりがないですね」

 私はため息をついた。お気に入りの祈祷師を通じて閔妃をコントロールするとは……考え付きもしなかった。

「しかし、それだけで閔妃がおとなしくしているだろうか」

 兄が両腕を組んだ。「清への働きかけは、李鴻章どのがいるから抑えられるとして、他の国への働きかけをする可能性はあるだろう。もちろん、朝鮮の中での自分の手駒を増やそうともするだろう」

「だよねえ。閔妃が死んでる訳じゃないから……」

 “史実”では、閔妃は今年の10月に、興宣大院君を擁立するクーデタによって殺害されたはずだ。日清戦争後、三国干渉が行われ、日本の影響力が低下した朝鮮で、政権を追われていた閔妃が、ロシア軍の力を借りてクーデタを起こした数か月後のことだったそうだ。私は閔妃が殺されたことしか覚えておらず、詳しい事情は原さんと伊藤さんから聞いたけれど、あの権力欲の強い閔妃が、このままで収まるとは思えない。

「やっぱり、ロシアと結ぼうとするかな、兄上?」

「可能性は十分にあるだろう。しかし、ロシアだけではない。他の列強に近づくことも考慮しなければいけない」

「そこも監視しておりますよ」

 伊藤さんは微笑した。「中央情報院も協力しておりますが、清の手の者が、閔妃の書簡のやり取りや、人の出入りについて目を光らせています。今のところ、妙な動きはないですが、もし妙なことをした場合には閔妃を殺せと、李鴻章どのは袁世凱に命じているとのこと」

「殺すにしても、理由を付けるのが大変ですよ、伊藤さん?」

「何、理由などいくらでもでっち上げられます。そうですな、“国王暗殺を企てた”などが無難でしょうか」

「流石の胆力だな」

 兄がため息をついた。「閔妃を殺すと思い付いても口に出せぬのは、まだわたしが未熟だからだろう。為政者たるもの、時には非情な決断をしなければならぬとは分かっているが……慣れぬな」

「だねえ」

 私も兄に続いてため息をつく。将来、政治に関わることになったら、時には人を死に追いやらなければいけない、非情な決断を迫られる場面もあるかもしれない。だけど、理不尽な理由で人が傷ついたり死んだりするのは、可能な限り防ぎたい。その思いと、政治的に必要な事項とがぶつかることもあるだろう。

(甘いって言われそうだなあ……)

 そう思った瞬間、

「増宮さま」

伊藤さんが私に優しく声を掛けた。

「ご自身を、“甘い”とお考えですか?」

「……どうして、それが分かったの?」

表情(かお)に出ておりましたから」

 私の問いに、伊藤さんは苦笑した。

(欠点が出たか……)

 肩を落としたかったけれど、そうすれば失点が更に大きくなる。私は大きく息を吐きたいのを我慢して、

「そう。理不尽な理由で、人が傷ついたり死んだりしていくことは、私にとって耐えられないことですから。でも、政治に関わるとすれば、時には、人を死に追いやるような、非情な決断をしなければならない……」

と、伊藤さんに答えた。

「だからこそ、我々がいるのですよ」

 伊藤さんは微笑んだ。

「増宮さまに足りない所は、我々が補う。そして、陛下と皇太子殿下と、増宮さまを支えると……これは、大山さんが言っていたことですがね」

(確かに、そうだった……)

――梨花さまに足りないところは、我々がすでに補っております。“皆で知恵を出し合う”と、梨花さまもおっしゃっていたではありませんか。梨花さまがご立派な“上医”になられるまで、そしてなられても、我々が梨花さまを、そして陛下と皇太子殿下と、皇太子殿下のお子様方を支えます。

 原さんと初めて会った直後、確か大山さんはこんなことを言っていた。

「その気持ちはありがたいけれど、あなたたちに頼るばかりではよくないと思います。皆より私の方が後で死ぬはずだから、私自身も色々出来るようにしないと。もっとも、簡単には皆を死なせないつもりですけれど」

 私は伊藤さんに向かってほほ笑んだ。

「皆の“史実”の寿命がいつまでか知らないけれど、皆の健康管理は、2018年の医療知識を持つ医者として、しっかりさせていただきます。とりあえず、禁煙も禁酒も、適度な運動も続けてもらわないと」

「確かに、“授業”の直後に禁煙と禁酒をしてから、身体の調子が良くなったと皆で言っております」

 伊藤さんは頷いた。

「新しく梨花会に入った者にも、増宮さまは同じことを命じられていますが、やはり皆、身体の調子がよいと言いますな。高橋君は特に」

「そりゃあそうですよ。だって、高橋さん、すごくお酒を飲んでたって言ってたから」

 酒量が1日に3升にもなり、若いころには飲み過ぎて吐血したこともあったそうだ。なので、アルコールの害については高橋さんに懇々と説明して、その場で禁酒と禁煙を誓わせた。

「李鴻章どのにも4年前に会った時に禁酒と禁煙を勧めて、早速実行したようですが、やはり身体の調子がよいと言われました」

「そうですか、それはいいことです。李鴻章さんが元気じゃないと、今の清の体制も崩れる可能性がありますからね」

「おっしゃる通り。張之洞(ちょうしどう)どのもおられますから、そう簡単に瓦解はしないとは思いますが、袁世凱の目付け役がいなくなるのは確か。……しかし、やはり増宮さまは、医学が絡むと人が変わられますな」

 伊藤さんは満足そうに目を細めたけれど、

「ああそうだ、伊藤さん、運動もしています?」

彼のセリフの後半は無視して、私は生活習慣の状況を更に確認した。

「散歩は欠かさずにしておりますよ」

「去年一緒に散歩に行きましたけれど、一度に歩く距離はあの時と同じ、3、4kmぐらいですか?」

「さようでございます。それから、夜にも玄人のおなごと寝床で……」

「こら!」

 思わず顔を赤くすると、兄が吹き出した。

「相変わらずだな、伊藤議長の女好きは。梨花、お前の医療知識で、何とかできないか?」

「兄上、ごめん。こればっかりは、匙を投げるしかないわ……」

 ため息をついた私に、

「何なら、せっかくの機会でございます。名古屋に着くまで、増宮さまの後学のために、わしと妻の馴れ初めの話など……」

伊藤さんは顎を撫でながらニヤリと笑いかける。

「は?!」

 私は余りのことに、口をぽかんと開けてしまった。

「あと面白そうなところでは、そうですな、聞多の所や山本の所、それから大山さんの所……」

 ん?

「大山さんの話は、ちょっと聞きたい……かもしれない……」

 私はおずおずと口を動かした。

「素直に“聞きたい”と言えばよかろうに」

 兄が苦笑する。

「いや、大山さんの口からは、捨松さんとの馴れ初めを聞いたことがないんだけれど、そのまま知らない方がいいのかな、と思ったり、主君だったら知っておくべきか、と思ったり……」

「まあ、そう迷われても、わしは話してしまいますがな」

 ……そんなこんなで、名古屋までの車中、伊藤さんによる“梨花会”の面々の恋愛話(コイバナ)が延々と続き、名古屋駅に着いた頃には、私の顔は、耳まで真っ赤になっていたのだった。

※横浜駅周辺の線形改良の過程には、神奈川と程ヶ谷の間に短絡線が出来、その短絡線上に平沼駅が開業、更に電車運転の開始に伴い高島町駅の開業……などのプロセスがあり、最終的に2代目の横浜駅(今の横浜駅とは違う場所です)が開業したのが1915(大正4)年です。拙作ではその過程が完全にすっ飛ばされました。再び横浜駅が移転するかは未知数です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  閔妃は結局は給料をケチったため練習中の国軍(伝習隊)に抹殺されてしまうのですが、今でも日本の陰謀で殺された事と朝鮮では信じられているのが何とも。  その場にいた実子、純宗が「母の仇、禹範善…
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