3,勝負の行方
あの王女豹変事件から、数日が過ぎた。
あれからルーナは豹変することもなく、いつものやわらかな雰囲気の王女だ。
しかも、どういう訳だか、あたしが刺客であると知りながら、ルーナはあたしを側に置いていた。
「ねぇシェリー、この緑柱石の首飾りと、銀のかんざし、どっちが良いと思う?」
「そう……ですね。どちらもお似合いですけど……首飾りの方が華やかで良いと思います」
「じゃあ、首飾りをもらっていこう」
たまに、こんなふうに2人で出かけたりもする。
……一番腹がたつのは、こんな時だ。あたしを刺客だと知りながら、平気で話しかけたり触ったりしてくる。
その余裕が、苛々する。
「どうしたの?シェリー。そんな恐い顔しちゃって」
ひょいと顔を覗き込んでくる。
一瞬、明るい緑の瞳が、あの時のルーナの瞳と重なった。
「……っ、いえ……なんでも……ないです」
「そう?」
その後は、あたしを気遣ったのか、ルーナがあたしに話しかけることはなかった。
「……リル……シェリル?」
アリアさまに呼ばれて我にかえる。
気付くとあたしは、王宮の廊下の壁に手をついて、その手を見つめていた。
「……シェリル……どうか、しましたか?」
精神的に大丈夫か、とでも言いたげだった。そのくらい、あたしの行動は変だったのかもしれない。
「……別に……なんでも、ないんです。ご心配おかけしてすみません」
「もしかして……姫さまにお仕えするのが、大変なのですか?」
「…………」
大変、というワケではないと思う。
確かに……警戒して、精神的に疲れているやのかもしれないけど。
「……いえ。そんな事はございません。大丈夫です」
急いで頭を下げて、その場から立ち去った。
……そろそろ、決着をつけないと、いけないかもしれない。
毒は飲んでくれないみたいだから、自然に殺すのは無理だとしても。
……そう、あたしはあの事件で、何故依頼人がこの王女を殺すように言ったのか、わかった気がした。
あれは……危険だ。
生かしておいてはならない存在なのだと思う。
……だから、あたしがこの手で、あいつの息の根を止めてやらなければならない。
「姫さま」
部屋で2人きり、あたしが呼びかけると、ルーナは怪訝そうな顔をした。
「どうしたの?私のことはルーナって……」
「いいえ、姫さま」
小さく息を吐いて、続けた。
「あたし……このお城を出ようと思うんです」
ルーナはすこし目を見張った。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「そう……残念ね。私、貴女の事、けっこう気に入っていたのに。……いつ行くの?」
この前と同じところから短剣を抜いて、呟くように言った。
「貴女を……殺してから」
ルーナは、しばらく表情を変えなかった。そして部屋の隅にある短剣を取り、物騒に、にやりと笑った。
「貴女……本当に馬鹿みたいね。あの時、私の実力を見たでしょう?」
見た。確かに見た。けれど……。
「任務を遂行しないで戻るより、死んだ方が良いですから」
もちろん、遂行できるのが一番良い。
「へぇ……みんなそう思っているの?」
「……さあ。どうなんでしょうね」
言い終わる前に飛び出した。
ギィンという音で部屋が満たされる。
ルーナはあたしの短剣を振り払い、跳躍してあたしの後ろにまわった。
振り返りざま跳んで避けたが間に合わず、ルーナの剣が頬をかすめた。
「……っ!」
体勢をたてなおす。
ぎりっ、と歯をくいしばる。
「なあに?その顔。負けるのが、そんなに悔しい?」
ルーナの表情には余裕さえあった。それに比べてあたしは……。
「……負けることは……もう、どうでもいい。ただ……」
ただ、何故王女を殺さなければならないのか、それだけが気になる。
確かに、この人は危険だ。
だけど、あたしがあそこで仕掛けなければ、ルーナはルーナのままだった。
あたしがただの侍女だったら、豹変なんてしなかっのに。
それに……。
『私、貴女の事、けっこう気に入っていたのに』
あれは、多分、本気だった。
よく考えると、素晴らしい事だ。
だれかに、気に入られるなんて。
「……でも、あたしは、貴女を殺さなければならないのです」
「何故?」
「……仕事、だからです……っ!」
とび出した。
ルーナの心臓の方へ短剣を向ける。
「……っ!」
ルーナはあたしの短剣を弾き、そしてそのまま……。
「あ……っ!」
あたしの腹に、ルーナの短剣が突き刺さった。
ルーナはちらりとあたしの顔を見て、短剣を抜いた。
血が、大量に出て、その場に倒れこむ。
「う……」
「シェリー……」
ルーナは冷静に短剣の血を拭いながら、淡々と話す。
「私は……貴女を殺したくなかったわ。王宮で働く侍女なんて、どいつもこいつもつまらないんだもの。話し相手にも遊び相手にもならない。……だから、貴女が好きだった」
「…………」
「でも、貴女がその気なら仕方ないわよね。ここで貴女を殺さなければ、私が死んでた」
そう……あたしが殺されなければ、ルーナを殺せていた。
だけど……。
「あた……しも……好きだった……かも……」
「…………」
刺客だと知られたら、殺されるのが普通だ。
それなのに、ルーナは、そんなあたしを好きだと言った。
それが、どんなに嬉しかったか。
「ありがとう……シェリー。貴女はこの前と同じように、刺客から私を守って死んだ事にするわ」
「……はい……」
何故か、涙が出た。
演技以外で泣いた事なんて、ないのに。
ルーナは血を拭った剣を鞘におさめ、叫んだ。
「助けてぇっ!シェリーが……シェリーがあっ!!」
霞んでいく意識の中で、ルーナの声だけを聞いていた。
……あんな一族から、さっさと抜けてしまえば、こんな事にはならなかったかもしれない。
ルーナとは、ただの王女と侍女、という関係だったかもしれない。
だけど、それはもう、叶わない事だ。
……だから、
願わくば、次に生まれ変わる時は、
人を殺めることのない、綺麗な人になりますよう……
初めまして、嬉遊と申します。
この拙い文章を最後まで呼んでくださり、本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。