終着駅はロンドン
「誰?!それなに!」
プロがリチャードのバッグを指さす。
「もしかして……」
リチャードはそう言うと、バッグから魔法石を取り出す。黒い魔法石は部屋の明かりを受け、ほんのりと褐色に透けて見えた。すると、怯えた様子のプロが途端に大人しくなる。
「それ……なにか……話す……」
「……え?話すって……この石が?」
「うん。プロ、これ初めて」
「なにか、言ってるのか?聞き取れたり、しないか?」
「…………置く。…………触る。…………集中。そして……聞こえる」
「わ……わかった……」
リチャードは、魔法石を床に置いて、両手で触れると、目を閉じて意識を手に向ける。
「私の声が…………聞こえるか?」
声が聞こえる。
知らない声だが、不思議と耳に馴染む。
低音で滑舌のいい、穏やかな声だ。
意識の中で目を開くと、シルクハットときっちりとしたスーツを着こなし、白髪に立派な髭を蓄えた紳士風の男がいた。
「あなたが、魔法石?」
「ふむ、聞こえているようだな。如何にも。私は君と対峙した。そして、敗北した」
「は……敗北……ですか?」
「ああ、正々堂々と真っ向勝負した上でな。そして、君は私に致命傷を与えたが、私は君にトドメを刺せなかった。そこで決着は着いた」
「でも、あなたにトドメを刺したのは……ロイヤーくん……ですよね?」
とても奇妙で、重厚感のある空気だったが、リチャードはどうしても引っかかってしまい、尋ねてしまう。
「ロイヤー……ああ、あの青年か。確かに彼は実力者だろうな。あの一撃は見事だった。しかし、彼は勝負したのではなかった。私を負かし、地に伏せさせたのは、紛れもなく君だ」
黒煙のドラゴンはそう断言する。
無言の間が続くと、リチャードは気圧されそうになって、自分から話題を振るようになる。
「あなたは、ロンドンの街をパニックにしました。なぜ、あんな真似を?」
「そうか……あの、多くの人の住む岩の集まりはロンドンというのか。外の世界は実に不思議で、面白い」
「答えてください!」
「おっと、済まないね。年寄りでも、初体験は興奮するものなのだよ。そうだな、言うなればあれは……」
ドラゴンは自らの考えを具現化しようと言葉を探り、選択した。
「……性だ。ドラゴンとしてのな。私達一族は、皆例外なく、身体を燃やし、煙を出し、洞窟で炭の粉塵を浴びて生きる。速く飛ぶことや、煙を爆発させることも、君達で言うところの、空気を吸い、吐くのと変わらない」
「じゃあ、なぜロンドンに?」
「……旅が……したかったんだ」
「旅……ですか?」
「ああ。私のように石になった仲間達から聞いた。世界には、自分達とは違う暮らしや生き方がある。そんな知らない世界を、命の最期くらいは、この目で、この心で見てみたかったんだ……」
「ごめんなさい。俺は、あなたの旅路を……終わらせてしまった……」
リチャードは罪悪感に苛まれ、俯いてしまう。
しかし、ドラゴンはそんなことを気にするでもなく、むしろ笑いながら答える。
「何を言っている。誠に楽しい旅だった。私達のいた洞窟はこんなにもちっぽけで、外の世界はこんなにも鮮やかだった。それに、命を懸けて戦うことも、楽しいことだった」
黒煙のドラゴンは満足気にそう言うと、懐から一枚の紙をリチャードに渡す。
「これは?」
「この住所の場所に行ってくれ。私の友が、そこに居るというのだ。にしても、このような姿ではいけないな。もっと、美しい召し物を仕立てなくてはいけない。それこそ、敗者の誇りに恥じぬ、決闘映えのするものをな」
そう言うと、黒煙のドラゴンはいたずらっぽく笑った。
そこで、リチャードは目を覚ます。
頭の中にはあの紙に書かれていた住所が鮮明に刻まれていた。
明日の予定は決まった。
「リチャード……それ……なに……言った?」
「……プロ、明日は出かけるぞ」
「出かける?美味しい?」
「……美味しいものも食べようか」
「やったー!プロ嬉しい!」
そうして、明日の用事に備えるために、二人はそのまま眠りについた。
翌日、二人はロンドンの街に繰り出した。
「リチャード!あれ、美味しそう!」
「後でな〜」
「なーんでぇ!」
「この人の頼みなんだ」
リチャードは自分のバッグを指さす。中には無論魔法石が入っている。
「うぅ……」
そう言われると、プロはしょんぼりとしてしまう。その様子を見ていると、リチャードも少し申し訳なさが出てくるが、ここは我慢だ。別に後からでもいける。
「この辺りのはずだけど…………あ、ここだ」
リチャードは少し入った通りに目的地を発見する。
そこは、落ち着いた雰囲気の、古い宝飾屋だった。
「……失礼します」
「あら、いらっしゃい。珍しいねぇ、わざわざうちなんかに来るなんて」
リチャードが入店すると高齢な男性が、杖をつきながら寄ってくる。この店の店主だろう。
「この魔法石を、杖に飾り立てて欲しくて……」
リチャードは魔法石を取り出す。
「ほぉ、ウェーリッシュコーラルドラゴンの原鉱か……。しかもかなりの上物……。大したもんだなぁ……でも、いいですかい?このサイズなら売っちまった方が高値ですぜ?」
「いえ、思い入れのある一品なんです」
「……そうかい。そういうことなら、腕がなるわい」
そう言うと、男は魔法石を宝飾台に置く。
そして目を閉じ、そっと手を重ねて、意識を集中させた。
「よぉ、随分見ない間に、やけに歳をとったな」
「!」
男は驚いて、うっかり意識が現世に戻ってきてしまう。そして、リチャードに向かって、目を見開きながら問いかけた。
「お前さん!この魔法石……どうしたんじゃ!」
「その…………その魔法石の持ち主と戦ったのです。その魔法石は、その時の戦利品です」
その言葉を聞いた男は、なにかを悟ってしまった。
「………………そうか。そいつは…………強かったか?」
「……それはもう、まるで……煙の中で、死ぬような思いでした」
リチャードが答えると、男はしみじみと、その言葉の余韻に浸る。宝飾台に手をつき……肘をつき……そして崩れ落ちた。
「……わかった。ワシの人生で、最高の傑作にしてみせよう……」
男は震えるような声で、リチャードに自分の決意を示した。
「頼もしいです」
リチャードは微笑むと、宝飾屋を後にした。
「行くぞ、プロ。あそこのお店、さっき食べたいって言ってだろ?」
「うん!プロ、美味しい好き!」
二人が店を後にすると、男は再び手を宝石に当てて、意識を研ぎ澄ます。
「不格好になったじゃないか……ドラゴン」
「炭鉱夫の落ちこぼれが、今や宝飾屋とは……偉くなったな……小僧」
「そうだなぁ。もう、何十年も前の話だ。炭鉱の仲間達も、もう生きてないのも多い。……良かったのか?世界のどこまでも旅をすると豪語していたじゃないか。ここは…………世界と言うには、まだ狭すぎるぞ」
「良いのだよ。全力でぶつかることの楽しさや、お前さんの言っていた、人の暮らしを知れたのだ。お前さん達は、こんな岩に住んでいたんだなぁ」
「岩ではない。これはレンガという素材なんだ。岩を切り出す他に、土や泥、砂を固めたり、焼いたりして作ったりもする」
「ほぉ、それは実に不思議で、面白い。一度死んだというのに、まだまだ知りたいことが多くてかなわん」
「実に、お前さんらしいわい」
そう言うと、男は奥から装飾のされていない立派な杖を取り出し、宝飾の作業を始めた。
男は、かつての友人を切り出し、磨く。出来次第杖に取り付けてゆくのだろう。
ここから杖の宝飾が完成するまでの数日は、彼ら二人にとって楽しい旅の一休憩になるのだった。
一方、リチャードとプロは昼食を終えて、街の用事に一段落ついたところだった。
スンスンと、プロがなにかの匂いを嗅ぎつけた。
「どうしたプロ?また美味しいものでも食べたのか?」
「……クサイ」
「……?臭い?」
「プロ、これ、嫌い」
「そうかなぁ。俺は感じないけど……」
「くーさーいー!」
そう言うと、プロは駄々を捏ね始めてしまう。
「あぁ、分かった!分かったから……」
リチャードが、プロを諭しながら家路を急ぐと、目の前に小動物が現れる。
「キュピ」
全体的に丸みがかったシルエットをしていて、形容するならツチノコに四つ足が生えたような、そんな見た目である。
サイズ感は正にネズミのそれだ。
「なんだろう?あの生き物。あまりロンドンでは見ないけど……外国から来た生き物なのかなぁ」
「リチャード、くさい!プロ、ここ嫌い!」
「分かった分かった〜さっさと帰ろう」
そうして、二人は家に早足で帰っていった。
その夜、リチャードは悪夢を見る。
妙に匂い立つカビたような香りの、気味悪い濁った緑色の空気がロンドンの街を飲んでいく。
人は次第に倒れ果てて、やがて自分やプロさえも、例外なく侵食していくのだった──




